住み慣れた場所で充実したセカンドライフ。夫婦の時間も1人の時間もリノベーションで快適な家に

25年前に購入した4LDKのマンションに家族4人で住んでいたIさん夫婦。当初は子どもたち2人の部屋を確保できるほか、和室をゲストルームとして使える間取りが気に入っていたものの、15年前に子どもたちが独立して2人暮らしに。ライフスタイルが変化し、所々に住みにくさを感じていたため、住替えも視野に住まい方を見直すことにしたが、長い間この地域で過ごしてきた愛着から、リノベーションを選んだ。 
「私は60代で、夫は70代。もう人生の終盤と言えるので、この先を気持ち良く過ごせる、きれいで明るい家にしたいと思いました」(奥さま)

物件データ 所在地/神奈川県川崎市
延床面積/81.19㎡
リノベーション年月/2022年6月
プランナー/於保誠之
(スタイル工房)
www.stylekoubou.com

リノベーションを依頼したのは「自分たちが望むものを形にしてくれる」と感じたスタイル工房だ。夫婦が特に望んだのが広々としたキッチン。ご主人がリタイア後、時折夕食をつくるようになったことから、2人で並んでも快適に使えるように半クローズドタイプのキッチンをペニンシュラ型のオープンキッチンに変更。さらに和室をなくし、広々としたLDKにつくり変えた。

キッチンは以前と向きを変えて配置。幅広のカウンターでのびのびと作業ができる。「オープンなので熱気がこもらず、気持ちがいいです」と奥さま
キッチンから伸びるカウンターテーブルの一角が、奥さまのワークスペース。センス良く並べられた雑貨が、空間にゆとりをもたらしている

一方で、2人それぞれの個室を設置。一緒にくつろぐこともあれば、自室でテレビを見るなど、程よい距離を保ち、思い思いに過ごしている。
また、工事内容に優先順位を付け、日常的によく使う場所をぜいたくにつくったことも、生活に豊かさをもたらしているポイントだ。構造上、移動できなかった水回りはバスルームの面積を抑え、毎朝の身支度や愛犬の足を洗う洗面室にゆとりを持たせた。

家じゅうの壁に調湿・消臭効果のある珪藻土を使用。水回り以外の床は触れ心地の良い無垢材に変えたが、愛犬が歩きやすいように所々にラグを敷いている
洗面室は広さと収納場所をできる限り確保。洗面器は愛犬の足を洗うのに適した大きさを選び、その隣に足拭き用のスペースをつくった

暮らしの面では、「これからはすっきり生活したい」と、洋服や雑貨などの荷物を3分の2まで処分。グレー・白・木の淡色に、選りすぐりのアイテムが調和し、洗練された印象が漂う。
「1日の大半を過ごすだけに、本当にリノベーションして良かったと思います。雑貨のディスプレイを考えるのも楽しいです」(奥さま)
「ダイニングでビールを飲むのが至福の時間。全部に満足しているので、どこにいても気分がいいですね」(ご主人)
何気ない日常の喜びを分かち合いながら、夫婦の絆をより深めている。

床はほぼ段差がないため、つまずきにくく、掃除もしやすい。以前は収納場所が分散していて不便だったが、玄関横にウォークインクローゼットをつくったことでストレスフリーに
明るく開放的な玄関。靴を脱ぎ履きしやすい高さのベンチを設置。将来、手すりを後付けできるよう壁に下地材を入れた
text_Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

カフェのような大きな土間キッチンは 食事や家族の団らんに仕事、コワーキングスペースも兼ねる万能空間

東京の私鉄駅から徒歩5分程の場所に建つEさんの家。この家はEさん家族の住居であるとともにEさんの仕事場、コワーキングやイベントができるレンタルスペース、賃貸住宅を併用している。
1階にはメインキッチン、ダイニング、小上がり、個室が一つ。ここはコワーキングスペースやイベントスペースとしても使われる広い土間空間。2階はスタディコーナーのあるリビングにミニキッチン、個室、洗面浴室、ロフトなどからなるEさん家族のスペース。隣には賃貸住宅を併設した。1軒の建物にたくさんの要素とさまざまな使い方ができる空間が共存している。

物件データ 所在地/東京都世田谷区
延床面積/191.85㎡
築年月/2018年10月
設計/江頭豊(DOTEMA)
dotema.com/architecture
越浦太朗建築設計事務所
建物外観。奥がEさんの住居部分で手前が賃貸住宅。細い路地とその先はさまざまな植物が植えられた小さな庭。この庭でバーベキューを楽しむこともある

元はEさんが会社員のときに購入した中古の戸建住宅であったが、建替えを機に多様な使い方ができる併用住宅を計画。「仕事の独立を考えていた時期で、私の仕事場を併設するとともに地域に開かれたスペースをつくりたかった。建物はたくさんの人たちに使ってもらえると新しい価値が生まれると思うので。コワーキングスペースや賃貸住宅を併設したことで、仕事以外の収入が担保できるという精神的な安定感も大きいです。自宅で仕事をしながら、プライベートの時間も大切にできる家をイメージしていました」(Eさん)。

2階のLDK。上部にはロフトも設けられた。壁の一部を白いペイントで仕上げ、全体の印象に柔らかみを与えている
2階のリビングは南側に大きな開口が設けられた明るい空間。窓の外は線路敷地なので遮るものがなく抜け感があり空も大きく感じられる

違う職業の人たちが同じ空間で働くことで自然と生まれるコミュニケーションや賃貸住居の入居者と庭を共有することで生まれる親密さなど、他者との緩やかな関係性はプライベートでも仕事上でもいい刺激になるという。
1階の土間がコワーキングスペースとして使用できるのは18時まで。「それを過ぎると、ここはうちのキッチンに変わります。料理をつくる、食べる、くつろぐ空間です。私も利用者さんもそれまでに仕事を終わらせるよう調整しています」(Eさん)。

カフェのような1階のキッチン&ダイニングは、業務用の設備を使用している。カウンターがダイニングテーブル。テレビは置かず会話を楽しむ場に
リビングの一角に設けられたスタディコーナーと構造柱間に可動棚を付けた収納スペース。隣家の迫る東側には大きな窓を設けず、小さな窓を複数配置して風と光を取り込む

一つの空間をオンとオフに切り分けて使いメリハリをつける。これは家族との時間と仕事の両方を大切にしていくことにも通じている。
近年定着しつつあるテレワークやセカンドワークなどの新しい働き方。これからはこんなスタイルの暮らし方も支持されていくのかも知れない。

すっきりとしたワンルームの賃貸住宅部分は、部屋ごとに壁の色を変えたモダンなデザイン。1階は土間付き、2階はロフト付きとプラスアルファのある間取り
text_Yoko Maru photograph_Ayako Mizutani
取材協力

東京郊外で楽しむ農ライフ 家庭菜園で育てた新鮮な野菜を満喫

3人のお子さんと暮らすKさんご夫妻。ご主人は、かつて畑教室に通った経験から農業の奥深さを知り、以降、日常で野菜づくりを楽しんでいた。奥さまも緑や土と触れ合える自然豊かな環境で子どもたちを育てたいと考えていた。
そんなご夫妻の家づくりのテーマは、「庭でのびのび過ごせる住まい」。しかし、約2年かけても条件に見合う土地が見つからず、頭を悩ませていた。

物件データ 所在地/東京都清瀬市
延床面積/133.09㎡
築年月/2021年5月
設計/松本翔平(相羽建設(株))
aibaeco.co.jp

そんな矢先、ご主人の職場がフルリモートワークを導入することに。通勤の必要がなくなったため、エリアを広げて土地探しを進め、急浮上したのが清瀬市だ。幸運にも視界の開けた約70坪の敷地を見つけ、相羽建設(株)に設計を依頼した。

ウッドデッキは大きな屋根付きなので、雨天でも食事が可能。BBQ(バーベキュー)のときは納屋の開口部からお皿を渡したり、窓枠に材料を並べたりしている

「いかに日々の食卓と畑に関わりを持たせるかを考えました」そう話すのは、設計を担当した松本さん。K邸では家族や友人とだんらんできるよう1階にゆとりを持たせている。LDKに入ると、まず目に飛び込んで来るのが窓の向こうに広がる芝生の庭。庭にはウッドデッキを介して下りられるが、庭に面して納屋と一体になった勝手口があり、向かいの自家菜園に気軽にアクセスできるようになっている。

アイランドキッチンの広いカウンターを机にして、ご主人が仕事することも。ピザ生地をこねられるよう天板はステンレスを選んだ
「火を眺めながら食事がしたい」と、ダイニングに大きなのぞき窓がついた薪ストーブを設置。煮込み料理にも大活躍
LDK横の畳の小上がりで遊ぶ子どもを、料理をしながら見守れる。客室としても使えるようにロールスクリーンを設置

9㎡の自家菜園で育てているのは、キャベツ・ジャガイモ・ナス・トマトなど。コンパクトながら本格的な栽培を楽しんでいる。普段使いの野菜はほぼこの菜園で賄えているという。
「料理中に、『ニンジンがないな、採ってこよう』と思い付き、菜園に出ることもよくあります。成長を見られるためか、子どもは苦手だった野菜を食べられるように。農作業に没頭すると、童心に帰ってリフレッシュできるのも魅力です」と奥さま。

納屋には農具やBBQグッズを収納。混合水栓の水場を設置しているため、冬場も野菜を洗うのが苦にならない
K邸で採れた野菜は、どれも大ぶりで立派。「収穫できたものに合わせて献立を考えるようになりました」と奥さま。日々、料理の腕を振るっている

ご主人は、「BBQ(バーベキュー)のときは火をおこしたりお皿を出したり、準備がつきものですが、わが家はキッチンと庭がひとつながりなのでスムーズに行えます。週末ごとにみんなで楽しんでいますね」と話す。自然体で〝農〞を実践できる住まいが、実りある暮らしをかなえている。

子ども部屋は将来、2部屋に分けることを想定して設計。お子さんが色を選んだアクセントウォールは、作品が飾れるようマグネット式に
text_Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

和歌山から長野へ移住。北アルプスの麓、風景になじむ家で穏やかに暮らす

雄大な北アルプスの山々を望む長野県安曇野市。この地に移住してアトリエを併設した家を建てたYさん夫妻。元々は和歌山県で設計事務所を開いていたという。
「初めは北欧の国に移住したいと考えていたんです。しかし調べてみると実際に暮らすのはなかなか難しい。そこで北海道か、よく訪れていた長野のどちらかがいいかなと。仕事は住む場所を選びませんが、仕事で行き来する東京や和歌山との距離を考えると長野が妥当だと思いました」(ご主人)。
幸い北アルプスが目の前に見える理想の土地に出会い、家づくりが始まった。

物件データ 所在地/長野県安曇野市
延床面積/136.54㎡
築年月/2011年5月
設計/山下和希
(アトリエ・アースワーク)
www.aew-style.com

夫妻の希望はいつでもどこからでも山々を眺められること、寒冷地でも家の中では寒さを我慢せずに過ごせること、この土地の気候、風土にふさわしい家にすることなど。「特別な要望は出さず、設計は夫に任せました。工事中に細かな部分を調整してもらっただけ」(奥さま)。

建物をZ型にずらしてつくった庭には、クヌギやハナモモなどを植えた。庭は山を眺め、人が集う場所。建物に回した深い庇には雪を防ぎ、壁の劣化を遅らせる効果も
2面に窓を設けたダイニング。断熱と気密性を考慮して複層ガラスの樹脂サッシを採用。雄大な眺めと四季折々の自然の移ろいを身近に感じて暮らせる

その結果でき上がったのは、平屋のアトリエ棟と住居棟2つの建物をZ型にずらした家。アトリエ棟の低い片流れの屋根は、家の西側に広がる北アルプスの山々と連続するように延び、2階建ての住居棟も極力ボリュームを抑えた。間取りは平屋棟がアトリエと応接室。2階建ての住居棟は1階にLDKと寝室、洗面浴室とスタディコーナー、2階に子ども室が1部屋だけ。夫妻には子どもが4人いる。「移住の際には子どもたちに長野に行くか、和歌山に残るかを決めさせました。初めは2人が和歌山に、2人は長野に。後からもう1人が長野に合流。子ども室を1室しか設けていませんが、そのスペースの使い方は自分たちで決めればいいと思ったからなんです」(奥さま)。

住居棟のLDKにはオーダーメイドの白いキッチンを長い直線に配置。奥は寝室とスタディコーナー。2階には子ども室が1室あるだけ

室内はメイプルの床、漆喰の壁、タモの天井で仕上げられた、北欧のテイストを感じさせる空間。「壁や天井は内断熱と外断熱を併用し、厚さは約200㎜。積雪を考慮して1.3mと2.7mの深い庇を回しました。暖房は輻射熱暖房パネルヒーターで冬じゅう24時間運転。不凍液温水を循環させますが、それほど光熱費はかかりません」(ご主人)。「この風景は毎日でも見飽きないんです」(奥さま)。
ここには雄大な自然に抱かれた、心を満たす暮らしがある。

玄関ホールからの眺め。4段上がった正面に設けられたピクチャーウインドウから常念岳を眺められる。室内の温熱環境がいいので、植物もよく育つのだとか
アトリエ棟のトイレにはトップライトを設置。自然光が降り注ぐ明るい空間に。トップライトはもう1カ所洗面室にも付けられていて、冬場の室内干しなどで活躍する
アトリエの応接室。ここの大きな窓からも、北アルプスの山々を眼前に眺められる。来客もつい長居してしまうとか。床にはライムストーンを貼ってパブリックな印象を高めた
text_Yoko Maru photograph_Susumu Matsui
取材協力

公園に面した自宅の一部を地域にオープン。人と人がつながる新しい賃貸併用住宅

建築家のTさんには、住まいに対するこんな思いがあった。
「住居費は生涯支出の大半を占めます。それなら、ただローンを払い続ける一般的な家の買い方をするのではなく、暮らしながら収益を生む家に住むことで支出も減り、その分豊かな生活ができるのではないか」
そこでTさんは、友人の建築家・宇津木喬行さんとの共同設計で、シェアオフィス、コーヒースタンド、シェアリビング、自宅が一体となった賃貸・店舗併用住宅を建てることにした。

物件データ 所在地/横浜市西区
延床面積/183.84㎡
築年月/2019年11月
設計/宇津木喬行・高橋良弘
(333architects)
www.333architects.com
敷地前の公園に向けて、大きく2面の開口部を取り、廊下をなくすなど間取りを工夫して広々と使えるようにしている

敷地の目の前にある公園に向かって開いたコーヒースタンドは、日本茶インストラクターが週末にカフェを開店。さらにTさん一家が道行く人にコーヒーを振る舞うこともあるという。

1階のコーヒースタンドはT家の玄関でもある。カフェとして貸し出す他、気分を変えて仕事をしたり、DIYをしたり、多目的に使う

地下に設けたシェアオフィスは水回りも備えているため、住宅として貸し出すことも可能だ。

地下には内外の階段から入室可能にし、回遊できるようにした。法規上必要だったドライエリアは明るさももたらす
東側約20㎡のシェアオフィス。鉄筋コンクリート造なので、断熱性・遮音性が高く落ち着いた雰囲気。半地下のため窓からは散歩や通学中の人たちの姿が見える
西側シェアオフィス。奥に階段があるが、施錠できるため独立して使うことが可能。キッチン・バス付きなので住居としても貸し出せる

2階のシェアリビングはT家のプライベートリビングと兼用で、大人数で使えるように窓辺に大きなソファを設置し、アイランドキッチンも導入。料理のスチール撮影やインタビュー動画の撮影などに使われることもあるなどサイドビジネスは順調のようだ。Tさんの奥さまも当初からこのプランに大賛成だったそう。
「家に人を招くことが好きでしたし、さまざまな出会いがあり、家族だけで住むより楽しいです」(奥さま)
プライベートスペースの扉は鍵付きでセキュリティー対策も万全。貸出し受付はインターネット上のマッチングプラットフォームを利用しており、事前に利用者の情報が分かる上、手続きも簡単だという。

2階のダイニングキッチン。キッチン作業台の収納扉は鍵付きで、貸し出すときは貴重品などを収納できる。奥に続くプライベートエリアの扉にも鍵を付けた

「家を〝所有する〞よりも多くの人に活用された方が私たちとしてもうれしいですし、賃料収入をローン返済に充てられます。各部屋の用途を限定せず、余白のある間取りにしているので、将来的に使い方を変えていけるのもメリットです」(Tさん)
現在、シェアオフィスには宇津木さんの事務所が入居しており、宇津木さんとの自然な会話から新しいプロジェクトが生まれることもあるとか。家という枠を超えた住環境から得られるものは計り知れない。

2階には高窓を設置して隣家の視線を遮りながら採光。ロフトは将来、子どもの遊び場にしたり、書斎にしたり、多目的に使うための余白スペース
text_Makiko Hoshino photograph_Hideki Ookura
取材協力

リビングの真ん中に通り土間を配置。庭と室内をつないで、子どもたちが裸足で遊ぶ自由な空間に

柔らかな光に包まれたLDK。3人の子どもたちが裸足で遊んでいる。一人はダイニングテーブルでお絵かき、一人は土間に寝転がり、一人はキッチン隣のワークデスクで本を読む。これがUさん宅の日常風景だ。近隣商業地域にあるT字型の旗竿地に家を建てたUさん夫妻。一般的に扱いにくいといわれる変形敷地だが、それを逆手に取った設計と家族の暮らし方がピタリとはまった。

物件データ 所在地/埼玉県川越市
延床面積/140.39㎡
築年月/2021年8月
設計/関本竜太
(リオタデザイン)
www.riotadesign.com
竿にあたる通路の正面に建てられた車庫がこの家のアイコンになっている。庭の草木を眺めながら渡り廊下のような通路を渡って玄関に至る

設計を手掛けたのはリオタデザインの関本竜太さん。「かなり変わった敷地なので、ここに自分たちが満足できる家を建てられるのかを関本さんに相談しました。第一案から土地の形を生かした面白い設計だと思ったのですが、いろいろお話しするうちに土間を設けたらどうだろうということになったんです」とご主人が話すように、この家を特徴付けているのは玄関からキッチンダイニング、リビングまで続く長い通り土間。家の中と外が土間によってシームレスにつながる。土間を抜けた先には2階の個室へ至る動線と洗面浴室、ランドリー、ウォークインクローゼットへと続く動線に分かれている。

玄関土間から前庭を眺める。前庭と中庭にはさまざまな樹木や下草、野菜やハーブが植えられた。小さな庭が季節の移ろいを身近に感じる潤いの場になる
吹抜けに面した2階のスタディコーナー。背面には腰高の本棚も設けている。キッチン隣にもワークスペースがあり、子どもたちは好きな場所で勉強しているという

2階には必要に応じて仕切れる子ども部屋と寝室、一度屋外に出ないと入れない離れの書斎が設けられた。旗部分の長い奥行きを生かしたプランニングだが、敷地の奥に設けた中庭と2階のブリッジがこの家のユニークさを物語っている。この仕掛けはユニークなだけでなく、家の中に光や風を呼び込む装置にもなっているのだ。将来南隣地に高い建物が建設される可能性を考慮しLDKの南面には大きな窓をつくらず、吹抜けに設けたトップライトや前庭、中庭を通じての採光と通風をはかった。

落ち着いたキッチンと対比するように意識が上に向かう吹抜け。2階のスタディコーナーや子ども部屋の室内窓とつながり、家族の気配を家じゅうに伝えている

「この家はキャラクターの違うたくさんの居場所があって、子どもたちもそれぞれ好きな場所で過ごしています。夏には長い土間を利用して流しそうめんも楽しんでいます」(奥さま)
家の中をつなぐ長い通り土間と変化に富んだ空間が家族の暮らしを豊かなものにしている。

母屋と離れの関係のような2階の書斎はテラスを兼ねたブリッジでつながる。ご主人が音楽を楽しんだり、奥さまが友人とのオンライン飲み会をすることも
text_Yoko Maru photograph_Ayako Mizutani
取材協力

サウナ、アトリエ、大型キッチン。家族の夢を丸ごとかなえた一軒家リノベーション

健康、美容、リラックスなどさまざまな効果が期待できることから、近年、サウナが大人気だ。「自宅であの爽快感を味わえたらどんなにいいだろう」と、ホームサウナを導入する家も増えている。Sさん一家の住まいもその一例だ。

物件データ 所在地/栃木県宇都宮市
延床面積/140.77㎡
リノベーション年月/2021年9月
設計/土田拓也・新倉桃子
(no.555一級建築士事務所)
www.number555.com

Sさん夫妻はまだ20代で、小さいお子さんの子育て真っ最中。今後、新しく家族が増えたり、子どもの教育費がかかったり、ライフスタイルの変化に備えて資金を蓄える必要があった。築38年の戸建を購入してリノベーションすることになったとき、費用面でも家の広さに限りがある点でもサウナの設置は無理だろうと考えていたが、冗談半分で建築家の土田拓也さんに相談したところ、予算内でサウナ室を実現してもらえることになった。

サウナ室の入口付近は外気浴スペースで、窓を開ければ心地いい風に包まれて休憩できる
2階は全ての間仕切り壁を抜いてワンルームに。柱と柱の間に取り付けたカーテンを閉めれば、最大3つの部屋と廊下に仕切れる

「密を気にせず一人でゆっくり入れるのがいいですね。その日にあった嫌なことを忘れてリフレッシュできます」とサウナ歴4年のご主人。
念願のサウナ室は離れの倉庫を改修したもの。入口付近には外気浴スペースも確保した。母屋から気軽に出向いては、癒やされる日々だ。

廊下の床にはフレキシブルボードを採用し、LDKやアトリエとゾーニング。窓から光が注ぐ縁側のような空間で日なたぼっこも気持ちいい

子育てや家事はもちろん、奥さまの料理・洋裁、ご主人のギター演奏・音楽鑑賞という趣味も楽しめる家を望んでいたため、1階はLDK、廊下、アトリエの3つの空間に分割。それぞれを半オープン・半透明のR壁で区切ることで、程よくプライバシーを保ちながら家族の成長に合わせて自由にアレンジできる余地を残した。

アトリエの窓辺には奥さまのワークデスクを造作。アイロンをかけたり、テレワークをしたり、多目的に活用する
元倉庫をサウナに改修。サウナストーンを温めるストーブは、中古品を探して購入。草木を束ねた“ヴィヒタ”を壁に吊るして雰囲気をアップ

「建築家が100%仕上げるのではなく、家族が住みながら手を加えられる家にしたいと思いました」と土田さん。
「アトリエで遊ぶ娘と夫の声を聞きながら、私はキッチンで食材を広げて料理。今は丁寧な暮らしにはほど遠いですが、少しずつ家を整えながらかなえていきたいです」(奥さま)

料理好きの奥さまのために幅2.6m×奥行1.2mの大型の対面キッチンを造作。レンジフードもキッチンと同じ合板で造作し、空間になじませた

子育てを楽しみ、サウナでくつろぎ、趣味にいそしみ、住まいを自分たちの色に染めていく―。幸せのサイクルが考えられた家では、絶えず家族の明るい声が響いている。

アトリエ、廊下、LDKを仕切るR壁の素材は半透明のポリカ波板。開口部には扉代わりにカーテンを取り付けられるようにした
text_Makiko Hoshino photograph_Takuya Yamauchi
取材協力

整然と並べられた膨大な書籍。読書を楽しむために建てられた家

「若い頃から本が好きで、ジャンルを問わずさまざまな本を買い集めていました。気付けば家中が本だらけ。正確に数えたことはないけど2万冊くらいはあるんじゃないかな」とOさん。会社を定年退職したころからこの地に家を建て、本とともに暮らしたいと考えていたという。

物件データ 所在地/東京都武蔵野市
延床面積/100.41㎡
築年月/2020年8月
設計/佐久間徹設計事務所
sakumastudio.com

「平屋みたいに生活のしやすい家に住みたかったのはもちろんですが、一番の希望は長年にわたって収集した大量の蔵書を見やすく取り出しやすくすること。そのための大きな書棚をつくってもらうようお願いしたんです。また小さくてもいいから、野菜を育てられる畑も欲しかったですね」(Oさん)

庭に向かってせり出している平屋部分にリビングダイニングと書庫が収まる。左は多様な植物が植えられたアプローチ。庭との境にはグリ石を埋め駐車もできるよう設計された

設計を託されたのは佐久間徹設計事務所の佐久間徹さん。Oさんのそんな希望を受けて導き出されたのは、道路から少し離れた位置に平屋の「箱」を配置し、少しずらして2階建ての「箱」をつなげたプラン。道路側には塀を付けず植栽を植え、その内側に小さな畑を設けた。道路側からは緑の向こうに小ぶりな家がたたずんでいるように見える。玄関を入った右手は大量の蔵書が収められたリビングダイニング。庭に面した大きな開口からは植栽の緑が楽しめる。家の中央に置かれたキッチンを囲むように寝室と洗面浴室が配された回遊型の間取りで、日常の暮らしはここで完結する。

図書館のような大きな本棚を擁するリビング。壁面を利用した書棚に加え、自立型の書棚が2本、書斎デスクの上も余さず利用。自立型書棚の上部には間接照明も仕込まれている
2本の書棚に囲まれた通路。まるで図書館の開架書庫にいるような気分になる。自分のためだけの空間なので通路は狭め。奥に設けられた窓のおかげで、ここまで自然光が届く
玄関ホールから寝室を見る。寝室の奥にも小さな庭があり、日陰に強い植物が植えられている

2階は和室と洋室、納戸。しかし、納戸はもちろん洋室も今では書庫と化している。「書庫コーナーはリビングの半分近くのスペースを割き、北側に配置しました。ここには三方の壁を利用した書棚と独立型の書棚を2本、造り付けの書斎コーナーを設けています。収納量は7250冊程度と想定し、いろいろなサイズの本を収納できるよう棚の高さや奥行きを計算。もちろん荷重も考慮していますが、1階なのでピアノを置く程度の補強で大丈夫でした」(佐久間さん)

2階の和室。仕切り壁をニッチ状に凹ませ、床板を置くことで簡易的な床の間にしている。樹木の皮を編み込んで仕上げられた網代天井が和の空間を一層引き立てる
2階の和室から廊下を見る。廊下との仕切りになる垂れ壁を抜いているので、実際以上に広さを感じられる。左手上にあるエアコンは横格子戸で目隠し

「中学3年までこの町に住んでいた私にとってここは故郷のようなもの。この家で本を読んだり、畑の世話をするのは本当にうれしいですね。春になったらハツカダイコンや絹サヤ、インゲンなどを植える予定です」(Oさん)
好きな本に囲まれ、緑に癒やされる暮らし。この家にはOさんの至福の時間が流れている。

東側は道路に面した庭。道路との境には中高木の植栽を植えているので、室内から目に入るのは緑だけ。東南向きの窓からは明るく穏やかな光が差し込んでくる
取材協力

地域の里山文化を復活させる 緑豊かな“コミュニティー型集合住宅”

学生時代を東京で過ごしたYさん夫妻は、ご主人の就職先である福島県郡山市に引っ越すことになった。この先、転勤する可能性があったため、住まいの選択肢は賃貸住宅のみ。早速、探し始めたところ心惹かれるコミュニティー型集合住宅に出会った。

物件データ 所在地/福島県郡山市
延床面積/42.75㎡~66.34㎡
築年月/2020年3月
設計/ブルースタジオ
www.bluestudio.jp
建築主/トラスホーム
www.truss-home.jp

地場の植物で構成した中庭と、それを取り囲む3棟の木造住宅。全戸の玄関とLDKは中庭に向けて配置されているので、生活の中でおのずと自然が目に入り、住民の気配を感じることができる。室内はふんだんに無垢の木が使われており、吹き抜けの開放的な空間が広がっている。
「朝起きて窓を開けると、自然光とともに緑を感じられて気持ちが良いですし、癒されます」(奥さま)

地域の憩いの場になるよう、建物に沿ってベンチを設置。外壁は下見板にし、柱には不燃材に木の化粧材を巻き付け、里暮らしの温かみを表現

このコミュニティー型集合住宅がある郡山市中部の小原田地区は、かつて山林が広がる農地が多い土地だったが、戦後は宅地開発が進んでいた。地元に根差して事業を営んでいたオーナーは、「地域の魅力を掘り起こし、人が集まる賃貸住宅をつくりたい」と奮起した。

開放感を重視し、あえてロフトはつくらず吹き抜けに。廊下を省き、各部屋への動線をLDKに取り込んだことで広さを確保した

「住民の交流が促されるように」と、敷地内には公園のような共用スペースが設けられているが、そのコンセプトを体現しているのは設計だけではない。オーナー自らが夏はBBQ、冬は芋煮会や餅つき大会などの催しを企画。近隣住民も巻き込みながら、コミュニティーの充実を図っている。どうしても賃貸住宅なので、いつか入居者は巣立っていくものだ。しかしこうした試みには、オーナーの「この地域で得たことを別の場所でも役立ててもらえたら」という願いも込められている。

バスルームやトイレといった水回りは玄関側に。玄関に入ってすぐに洗面台があるため、帰宅後にすぐ手を洗えて、コロナ禍では特に役立ったという
洋室は扉を閉じるとこもり感が出るが、扉を開放するとLDKと一体にできる。各部屋の窓は向き合っているため風通しが良く、とりわけ夏は涼しい
暮らし方に合わせてアレンジできるよう、個室には造作物がない。目隠しのカーテンを取り付けたり家具を置いたりと、アイデアを巡らせることができる

「最初は地域になじめるか心配でしたが、イベントは基本、出入り自由。強制ではなく緩くつながれるので、気負わず住民の方たちと付き合えます。日常ではすれ違うときにあいさつをする程度ですが、安心感が違いますね」(ご主人)
賃貸住宅とは思えないコミュニティーと自然環境、そしてゆとりある部屋が、これからの2人の豊かな人生を育んでいく。

中庭には季節の移ろいを感じられるよう、アオダモやカエデなどの地元の植物を植栽。自生しているように見せるため、あえて控えめな剪定に
text_Makiko Hoshino photograph_Susumu Matsui
取材協力

ビルに囲まれた細長い敷地に建つ平屋。トップライトが空を切り取り 光と風を導き入れる家

大阪を代表する繁華街「梅田」まで自転車を使えば20分弱で行ける住宅密集地。周辺に建ち並ぶ高層マンションやビルの隙間にポツンと置かれたようなシルバーグレーの平屋がある。間口6.7m、奥行き21.6m、南北に細長く伸びた43坪ほどの敷地に建つIさんの家だ。

物件データ 所在地/大阪市都島区
延床面積/90.09㎡
竣工年月/2020年3月
設計/山本嘉寛
(山本嘉寛建築設計事務所)
yyaa.jp

利便性と道路付けの良さを気に入ってこの土地を購入したIさん夫妻。建ぺい率80%、容積率300%の土地であれば、多くの人は上に伸ばす住宅を望むはずだが、夫妻はあえて平屋を建てることを希望した。「以前からフラットハウスに憧れていましたし、倉庫みたいな家に住んでみたいと思っていました。それに無駄に広い家は好みじゃないので」(奥さま)

細長いプロポーションがよく分かる外観。ガルバリウム鋼板の仕上げは「米軍基地にあるカマボコ型兵舎が好き」というご主人の好みも反映している
家の中央を貫く仕切り収納の延長線上に設けられたキッチン。調理スペースは2人で使っても十分な広さで、必要なものはすぐ手に届く配置になっていて使いやすい

夫婦2人であれば平屋でも十分な居住空間がつくれそうだが、この家にはさらなる条件が。化粧品の卸業を営む夫妻、家には仕事場を併設することと、横浜で一人暮らしをしていた夫の母が同居するためのスペースも求められたのだ。
設計を託されたのは山本嘉寛建築設計事務所の山本嘉寛さん。山本さんは事務所と倉庫、夫婦の個室に母親の部屋を備えた、職住一体の二世帯住宅を平屋でつくるという難題に取り組むことになった。

 
母親の部屋の奥にはミニキッチンも設置。全てのスペースにこの部屋のようなトップライトを設けて、室内に光を取り込んでいる
夫妻それぞれのワークスペースを設けた細長い事務所。座ったときも後ろを通ることができるサイズに計算されているので、取引先との簡単な打合せも可能

間取りは道路に面して玄関と打合せ室、趣味室を兼ねた広い土間。ここに事務所と倉庫が隣接する。奥へ向かって夫妻の個室や水回り、収納などが続き、庭に面したLDKや母親の部屋へ至る。土間から見ると中央が収納で仕切られ、左右をパブリックゾーンとプライベートゾーンに分節しているのが分かる。
南に立つ28階建てのマンションをはじめ周囲を道路やビルに囲まれたこの平屋に光と風を届けるのは各スペースの天井に設けられたトップライト。「明るさはトップライトからの光で十分。窓からは高い空が見えるし、伊丹空港を発着する飛行機上からも家が見えるんですよ」(夫妻)

小さな庭に面したLDK。庭は北側にあるが、移植した植物が力強く根を張っている。合板で仕上げられた壁には好きな絵を飾ってギャラリーコーナーのように使用

若い頃からバイクに親しんでいたという夫妻が暮らしたかったのは、ざっくりとした質感でラフに過ごせる個性的な家。ナラフローリングの床、壁と天井をファルカタ合板と白い塗装で仕上げられた室内は、夫妻が思い描いていた雰囲気を漂わせつつも品のある仕上がりに。夫妻が望むテイストを兼ね備えながらも落ち着きを感じさせる空間になった。「私たちの代が終わっても、この家が100年先まで住み継がれていってほしい」(ご主人)という思いもまた個性的なのである。

多目的に使える土間空間。正面左が事務所スペースで、右がプライベートスペースへと続く。右手には商品を収納する倉庫も設けられた
取材協力

アーチの壁が、家族の理想の距離感をつくる 小さな居場所をたくさん収めた65㎡の家

自然豊かな環境に惹かれ、神奈川県逗子市に家を構えることにしたSさん夫妻。売地がめったに出ない中、3年越しで手に入れたのは、住宅街にある約100㎡の土地だ。予算の都合で建てられる家の規模は限られていたが、育ち盛りの長男、お茶を嗜む奥さま、いろいろな作業をするのに専用の書斎が欲しかったご主人には、それぞれの部屋が必要だった。
家づくりのパートナーに指名したのは、建築家の西田司さん率いるオンデザインパートナーズ。西田さんから「設計のヒントに」と理想の住まいのイメージを聞かれたとき、スクラップブックを用意して10以上のスペースのイメージを明確に伝えたという。

物件データ 所在地/神奈川県逗子市
リノベーション面積/65.10㎡
リノベーション年月/2018年2月
設計/西田司・鈴江悠子
(オンデザインパートナーズ)
www.ondesign.co.jp

1階の玄関は広めの土間。それを取り囲むように子ども部屋・和室・浴室・トイレ・ウォークインクローゼットを配置。2階はリビングダイニングを中心に、夫妻それぞれのワークスペース・2つのロフト・寝室・キッチン・インナーテラス・小上がりが設けられた。多種多様な場所があるのに不思議と全体が融合しているのは、各部屋の境界に架けられたアーチの効果だ。2階は井の字に組んだ壁をアーチ状にくり抜き、各空間をゆるく分節。アーチを介して遠くを見ることで奥行き感が生まれ、実際以上の開放感が得られる。

外観は室内とは対照的に控えめなデザイン。アールを付けた壁や軒裏のレッドシダーが柔らかな印象を放つ。裏手には菜園がある

「木造だとワンルーム風の間取りは難しいのですが、アーチの壁を躯体にすることで実現できました。ご夫妻から『曲線を取り入れた建築が好き』と聞いていたので、構造と意匠の双方から理にかなう住まいになりました」(西田さん)

寝室にはプロジェクターを導入し、白い壁をスクリーンにして映像を楽しむ。ベッドをソファ代わりにリラックスしながら映画やアニメを鑑賞
ご主人のワークスペースには壁付けのはしごがあり、登ると秘密基地のようなロフトが。疲れたときはここで一休み。息子さんもお気に入りの居場所だ
 
1階は玄関から延びる土間を収納と子ども部屋、水回りが囲む。部屋数が多くても中心スペースを広く取ることで、狭さを感じずに暮らせる
奥さまのワークスペースは華やかな模様のクロスを採用。「小さくても自分専用の場所があるとくつろげます」(奥さま)

Sさんがこの家に暮らして約4年。住み心地は上々のようだ。 「家中つながっているのに、パーソナルスペースがしっかり確保されているので、ストレスを感じずタスクに集中できます。私のワークスペースは狭いですが、こもり感があってむしろ落ち着くんです」(ご主人)

タイル張りの壁をアクセントにブルーでまとめた水回り。ガラスのドア越しにパソコンを置き、動画を観ながら入浴することも

また奥さまはこう話す。「弓形の壁をくぐるたびに、旅するようなワクワク感が。いろいろな居場所があるので、コロナ禍でも快適に過ごすことができました」 趣向を凝らした家は、一人の時間も家族の時間も、全てを温かく見守ってくれている。

取材協力

子どもや孫が住み継げる 可変性のある都市型3層住宅

都心の私鉄駅からほど近い閑静な住宅地。周辺にあるゆったりとした住宅が濃い緑をたたえている。このエリアで暮らしていたOさん夫妻は、親しんだこの地での住替えを考えていた。そして見つけたのは、40坪ほどの北側の傾斜地。道路面には車庫が掘り込まれ、その上部が更地になっていた。

物件データ 所在地/東京都渋谷区
面積/168.35㎡
築年月/2021年10月
設計/駒井貞治(駒井貞治の事務所)
komaino.com
構造設計/オーノJAPAN
施工/水雅

「立地もいいし、広さも十分。ここで平屋でも建てて暮らせればいいなと思っていました」とご主人。しかし相手は傾斜地。きっと難しい工事になるだろうと考えた夫妻は、建築家の駒井貞治さんに相談することにした。実は駒井さんはご主人の義理の兄にあたる。

隣地の階段を見ると、土地の傾斜具合がよく分かる。車庫と1階の壁面の木質感が、RC造の硬質なイメージを和らげている

駒井さんが提案したのはRCの三層住宅。傾斜地に家を建てるには、地盤の造成工事だけでもかなり費用がかかる。そのうえに家の工事費も。そこで駒井さんに、車庫から2階まで基礎と住宅の構造が一体化した躯体をつくり、内部を可変性の高い木造で造作するというアイデアがひらめいた。RCの堅牢な建物は、何度でも形を変えられ200年先までも住み継げるというのがコンセプトだ。

中庭を介して2階とつながる1階の洋室。現在はシアタールームとして使っている。車庫へは中庭からの階段で、玄関を回らずにアクセスできる
2階北側に設けられた広い寝室。壁やドアなどはつくらず、広い空間を収納家具で3つに仕切り個室スペースとしている
 
2階の中庭に架けられたデッキ。四方がガラス戸で仕切られているので、室内でも屋外にいるような開放感が味わえる。洗濯物の乾きも抜群だとか
オープンなLDKに似合う浮遊感のあるデザインのキッチン。キッチンの裏には洗面浴室があり、左奥には小ぶりながらも落ち着いた雰囲気の和室を設けた

「模型を見たときに、カッコいい! と思いました。私はイタリアのトスカーナ地方にあるようなクラシカルで味わいのある家が好みなのですが、こんなモダンな家に住むのもいいかなって」(奥さま)
地階は車2台と物置を兼ねた車庫。1階は玄関と個室、ワークスペースがあり、空まで吹き抜けた中庭を囲んでいる。2階はLDKと広い個室に水回り。

1階のワークスペース。現在はカウンターを設置しているが、給排水できるよう設計されているので、将来的にはキッチンやユーティリティーに変更が可能

「毎日の暮らしは2階のワンフロアでほぼ完結していますね。マンションのようで暮らしやすい。さすがに200年後のことは想像できませんが、子どもが家庭を持ったら、私たちは1階に移って、二世帯住居にすればいいと思います。そのためにワークスペースは、将来のキッチンスペースにつくり替えられるようにしてあるんです」(奥さま)。
この家を建てると、会社の社員寮で暮らしていた長男が帰ってきたという。200年後も住み継げるというこの家は今後の家族の変遷や時代の変化を末永く見続けていくことになるのだろう。

変遷のイメージ模型。現状(左)から、2世帯・3世帯同居や一部賃貸など木造部分の増改築を繰り返すことが可能(中)。構造体の耐久性が高いため、200年後でも土を入れて自給自足のための菜園をつくることもできる(右)
取材協力

沖縄生活を手放し、便利な都心に転居。約52㎡の家を拠点に、好きな音楽を満喫

東京都新宿区のマンションで暮らすTさん夫妻の楽しみは、クラシックギター。45年前に弾き始めて以来、その奥深さに魅了され、着実に腕を磨いてきた。今ではカフェでコンサートを開いたり、仲間と海外で演奏したり、音楽は欠かせない存在だ。そんなご夫妻は、ご主人の転勤で6年間、沖縄県で暮らしていた。しかし、定年後はかつて住んだ街に戻ることに。

物件データ 所在地/東京都新宿区
リノベーション面積/51.51㎡
リノベーション年月/2021年4月
設計/オフィス・エコー
www.office-echo.com
プロデュース/東京リノベ
www.tokyo-r.jp

「沖縄でも楽器を通してたくさんの縁に恵まれました。でも、もう郊外暮らしは満喫しましたし、リタイアして自分の時間が増えると、もっと気軽に芸術に触れ、ふらりと飲んで帰れる場所にいたいと思うようになって。交通が便利で文化施設が充実した都心に戻ることにしました」(ご主人)

ミモザやライラックなどの花卉のほか、家庭菜園も楽しむバルコニー。周辺に公園や神社があるため、スズメがやってきて手乗りするほど懐いている

新居に選んだのは約52㎡の中古マンション。限られた面積だが、リノベーションを前提としていた夫妻はポジティブな発想で捉えた。
「高台ならではの開けた景色にひと目惚れ。部屋の広さは以前の3分の1ですが、間取りを工夫し、持ち物を減らせば事足ります。コンパクトな分、工事費を抑えられ、設備などをぜいたくにもできますから」(奥さま)

LDKは天井板を外した分、高さが約20㎝アップ。空間の大きさと無垢の木の床により、音響が良くなった。キッチンの収納は使い方に合わせて計画
LDKの明るい光を廊下に通すガラスの框ドアと上部のFIXガラス。本棚は、ご夫妻の最低限必要な蔵書数が収まる幅約150㎝
 
「毎日使う場所ほど、ぜいたくにしたかった」と奥さま。トイレはランタン柄の壁紙を採用し、棚に花を飾りくつろいだ雰囲気に
白と木をベースにした玄関には、ビビッドピンクのアクセントウォールを取り入れた

リノベーションはプロデュース会社「東京リノベ」と、設計事務所「オフィス・エコー」の江本響さんが担当した。バルコニー側に並んでいた3つの個室をつなげ、明るく開放感のあるLDKに改造。キッチンには食卓と作業台、収納を兼ねた一台三役の家具を造作し、省スペースを実現した。
 「LDKを広々と、水回りの広さもゆとりを持たせた上で、収納量もしっかり確保して快適な生活を維持できるようにしました」(江本さん)

寝室は極力LDKを広くするため最小限に。ベッドカバーに合わせて選んだウィリアム・モリスの壁紙が空間を華やかに演出

大量にあった生活アイテムは、新居の収納量に合わせて半分以下に断捨離。暮らしを見つめ直す良い機会になったという。
T邸は夫妻が旅先などで見つけたアートもポイントだ。濃色のチークの床や華やかなアクセントクロスにしっくりとなじみ、温かみのあるインテリアに仕上がっている。
 「内にも外にも視線が抜けるので、むしろ沖縄の家以上に開放的な気分。掃除がラクな点も気に入っています」と笑顔のご夫妻。リビングで日夜クラシックギターを弾き、気軽にコンサートへお出掛け。変わらぬ音楽への情熱で都心暮らしを満喫している。

取材協力

プライバシーを確保しつつ、 内と外を緩やかにつなげる。 家族が自由に過ごせる居場所のある家

兵庫県川西市の丘陵地に建つ、深い軒と3つの屋根が印象的なこの家は建築設計事務所を主宰する川西敦史さんの自邸。季節の草木に彩られたロックガーデンのような庭の向こうに、格子戸を介して中の気配がうっすらと感じられる。

物件データ 所在地/兵庫県川西市
リノベーション面積/130.10㎡
リノベーション年月/2020年7月
設計/川西敦史(川西敦史建築設計事務所)
akawanishi.com

「3人の子どもたちと毎日慌ただしく暮らしています。夫に希望したのはプライバシーを守りながら、落ち着いて生活できる家でした」と川西さんの奥さま。
「妻の希望も反映させながら、明るく開放的な室内と自然を身近に感じられるような空間を考えました。平面はL字をずらして組み合わせる形にして、3つの庭と連続性を保ちつつ密接につなげました。上下にもレベルの変化を持たせることで、家の中に性格の異なるたくさんの居場所をつくりました」と川西さん。

3つの切妻屋根と平屋を組み合わせた独創的な外観。2階の個室からは平屋の屋根に出ることもできる。表の庭にかぶさるような軒が庭と家を連続させている

建物にロの字型に囲まれた中の庭は、ダイニング、居間、寝室と大きな窓でつながり、室内に居ながらも外との連続性を感じられる場所。この庭は南の裏の庭とテラスで連絡し、子どもたちが行ったり来たり。一方道路に面してあるのは駐車場を兼ねる表の庭。玄関脇の格子戸が家の内外を緩やかに関係付けている。

居間と通路でつながる独立型のダイニングキッチン。キッチンはオリジナルで造作した。背面の壁に貼られたタイルも個性的
子どもが腰掛けているのはアトリエと中の庭を仕切る窓框。ベンチとしても使えるよう奥行きを深く取ってある。明るい木漏れ日が射し込む居心地のいい場所
 
道路側に設けられた浴室もその間に坪庭を設けることで、プライバシーを守りながら開放的な空間に。前庭の格子と呼応するような板張りで仕上げている
玄関の手前に設けられた前庭には少し角度をつけた格子が掛けられ、郵便ポストがある。このバッファゾーンで、内と外が付かず離れずの関係で保たれている

ここはDIYや薪割りをする場所にもなる。室内は天井高の変化によって性格の違うさまざまな空間を生み出している。居間は2階までの吹抜け。キッチンダイニングは、かまぼこ型が特徴的なヴォルト天井を採用。居間との対比が際立つ落ち着いた空間になった。天井の低い玄関隣のアトリエでは趣味や作業に没頭できる。2階、3階は3つの部屋と書斎。各部屋の天井は切妻の屋根を表しにした、意識が上にも抜けるような空間に。また各部屋にも小さなテラスが付けられていて、いつでも屋外とのつながりを実感できる。奥さまのお気に入りはダイニングで2つの庭を眺めながらくつろぐ時間。「短い時間でも庭を眺めているだけでリフレッシュできます」(奥さま)。

廊下も取り込んだアトリエスペース。ここはテレワークスペースとピアノスペースを兼ねているが、背中合わせに配置しているのでお互いが気にならない

子どもたちは家じゅうを走り回り、階段や廊下で本を読んだり、寝そべったりする。その日の気分で自分だけのお気に入りの場所を探しているようだ。夜になれば長男は自室のテラスから天体望遠鏡で星を観測する。平面や上下のズレが生み出したさまざまな居場所は外部とも自然につながり、日々の暮らしをより豊かなものにしている。

中の庭から南方向を見たところ。右手は平屋の寝室、左手は2階建てでダイニングと子ども部屋が重なる。2階のテラスからは眼下に大阪方面の街並みを一望できる
取材協力

ネイルサロンにコーヒースタンド。 小商いの夢をかなえた職住一体型の家

ご主人の転勤をきっかけに、長年住んだ東京から茨城に引っ越してきたYさん一家。県内のあちこちをドライブで巡るうちに、ある地域に引かれいった。かつて水戸藩下で在郷町として栄えた常陸太田市だ。市内に点在する土蔵や町屋など古い建物を生かした飲食店から、新しい生活のインスピレーションを得たという。Yさん夫妻は、ここに住まいを構えて、地域に根差して暮らしていこうと決めた。「私たちの好きなことや得意なことを通して、地元の人たちと親睦を深めていけたらと思いました」(ご主人)

物件データ 所在地/茨城県常陸太田市
面積/89.43㎡
築年月/2020年6月
設計/藤田雄介・伊藤茉莉子
(Camp Design inc.)
www.camp-archi.com

奥さまはネイリストで、安心して子育てと仕事ができる環境を求めていた。そんなご夫妻が希望したのは、自宅で小規模な商いができる住まいだ。
はたして完成したY邸は東西に広がる敷地に合わせた長方形の建物。道路側に店舗、奥に住居が配されているが、両者は通り土間によって区切れ、一旦、屋外に出ないと行き来できない動線だ。

日差しや雨をしのげる屋根付きの広いエントランスは、格好の憩いのスペース。外壁や屋根材は周辺の住宅に調和する淡いグレーを採用している
深い軒に守られ、リビングダイニングからワンクッション置かれた寝室は落ち着いた雰囲気。勾配天井を生かしてロフトを設けた
軒下は物干しスペースや縁側として活用。ネイルサロンの階段は夫妻が自作。この家に住み始めてからDIYに励むようになった

一見すると別棟だが、一つの大きな切妻屋根で連結されており、互いの様子は見えないものの、小屋裏の空間を介して声や音が聞こえる。設計を担当した建築家の藤田雄介さんはこう話す。「『職』と『住』の場を適度に切り離すことで、私生活を守りながら、にぎやかな町の空気を感じられる住まいを目指しました。町の風景になじむ外観デザインにも配慮しています」

幅約2.70m の大きな玄関扉を開け放つと野外のすがすがしさでいっぱいに。木製の引戸には重厚感があり、閉じればしっかりプライバシーを守れる

住居は玄関側からリビングダイニング、キッチン、寝室の順に展開。奥に行くほど軒を深くして近隣からの視線を遮り、プライベート感が増すよう工夫した。最も奥にあるガラス張りのサンルームが、奥さまのネイルサロン。「自分の好きな場所が、日常の中にあるのがうれしいです」と奥さま。掃出し窓で外から直接出入りできるため、独立した使い方が可能だ。大きな窓から景色を眺め、落ち着いて過ごせるとお客さまにも好評だそう。

年内にコーヒースタンドのオープンを目指すご主人。店舗の半分は厨房で、コーヒー受渡し用の小窓を設けた
東西に視線が抜ける半オープンのキッチン。山の景色がよく見える建物の中央に配置した。シンク前の壁をL字に切り取り、圧迫感を軽減

店舗は、コーヒースタンドのオープンに向けて目下、準備中だ。「町内会には朝市から夏祭りまで、さまざまな催しがあります。それらと関わりながら、かき氷などの軽食や雑貨を販売してもいいかもしれませんね」とご主人は笑顔を見せる。
地域で受け継がれてきた文化と、ご夫妻の熱意が化学反応を起こし、新たな物語が紡がれていく。

text_ Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

大きな屋根の下には雑木林のような中庭。 四季の移り変わりを楽しみ、 子どもたちが楽しく遊ぶ場所に

仙台市郊外の丘陵に開ける住宅地に建つ渡辺さんの家。その特徴はなんといっても大きな屋根と焼杉で仕上げられた個性的な外観。屋根には所々に開口が設けられ、樹木の先端が突き出ているように見える。それもそのはず、この屋根の下には雑木林のような中庭が広がっているのだ。

物件データ 所在地/仙台市青葉区
面積/162.91㎡
築年月/2021年3月
設計/渡辺恭兵(建築工房DADA)
dada-arc.com/

この家を設計したのは建築家の渡辺さん自身。「初めから大きな屋根を架けようと思っていたわけではありません。駐車場や中庭、室内との関係性やプランを考慮した結果、このようなプロポーションになったのです」と言う。

大屋根がひときわ目を引く外観。外壁は浮造り仕上げ(うづくりしあげ)の焼杉で、木肌の持つ自然な風合いを感じられる。屋根に開口があるので、太陽光パネルも目立たない

この家にはいくつかの大きなコンセプトがある。将来的には二世帯住宅としても使用できること、環境負荷の少ない素材を取り入れながら快適性を高めること、中庭を通じて自然を身近に感じられることなどだ。

2階フリースペース。この家では各室にドアを設けていない。その分自由な空間使いが可能で、必要に応じてフレキシブルに仕切れる
 
屋根の下は雑木林を思わせる中庭。植栽はアオダモ、クロヒモジ、ヒメシャラなどを中心に下草を組み合わせた。通路に敷かれた地元産の秋保石(あきういし)もアクセントに
2階の廊下をすのこ状にすることで室内の通気が良くなり、1階と2階の温度差が減少する。これもエコな実験住宅としての取組みの一つ
棚とデスクを造り付けた書斎はご主人のテレワークスペースとしても活用。薪ストーブの煙突は2階まで延びているので、その対流熱で冬は家中が暖かい

家の構成はコンセプトに合わせて1階が1LDK、2階が2LDKの二世帯住宅仕様。この2層が大きな窓で中庭とつながっている。現在は単世帯で暮らしているが2階はプライベートな空間、1階は来客などをもてなす空間として使い分けている。「家の中から中庭を眺めてるだけで四季の変化を感じられて、心が休まります。1階リビングで友達とお茶を飲んでいても、子どもたちを中庭で安心して遊ばせておけますしね」と奥さま。

左右に大容量の収納を設けた玄関。靴や外出用のジャケットなどが全て収まる。廊下中ほど左手には洗面コーナーがあり、帰宅してすぐに手洗いができる

この家の個室には仕切り戸が設けられていない。家中がひとつながりになっているのだ。各部屋の通気を図り、暖気や冷気の温度差を少なくするプランニング。他にもウッドファイバーの断熱材や気密性断熱性の高いトリプルガラス、太陽光発電によるオール電化、床下エアコンの冷気や暖気をダクトで循環させる仕組み、さらに雨水タンクを採用。室内の床、壁、天井の仕上げは北海道産カラマツのパネル材、外壁には焼杉を使用している。これらは環境負荷を抑えたエコ住宅の実験なのだと言う。

家族が過ごす2階のLDK。アイランドキッチンにカウンターテーブルを合体。ダイニングテーブルが不要なのでリビングスペースを広々と使える

「自然を取り込みながら環境に配慮した住宅にしたかったのです」と渡辺さん。奥さまは「初めはドアの付いていない部屋があるのは不安でしたが、子どもたちが家中を自由に走り回るのを見ていると、そんな不安も解消されました」と語ってくれた。日々自然を身近に感じながら子どもたちを育てる夫妻を、この大屋根の家は大らかに見守っているようだ。

取材協力

伝統的な建築様式×現代の技術が融合。宙に浮くレジリエンス(適応)住宅

Nさんは長年、日本の民衆文化や世界各国の建築物を専門としてきた歴史研究者。東日本大震災以降は、さまざまな人々が千年単位で居住した可能性のある地域を調べるようになっていた。その中で出会ったのが、茨城県郊外のとあるエリアだ。人里としての歴史の深さとともに、果てしなく広がる田園風景に魅了されたという。東京から移住し、ここで培われてきた営みを体験していこうと決めた。

物件データ 所在地/茨城県
面積/82.81㎡
築年月/2021年3月
設計/福島加津也+中谷礼仁
千年村計画
mille-vill.org
福島加津也+冨永祥子建築設計事務所
ftarchitects.jp

古今東西の建築に造詣のあったNさんには、建てたい家のイメージがあった。特に外せなかったのが、木造の高床構造であること。高い位置に居室があると、いろいろなものを俯瞰できて気持ちがいいというのが理由だ。「稲穂がそよぐ田んぼを眺めたり、コオロギの鳴き声を聞いたり。毎日、違う風情を味わっています」(Nさん)

室内は正方形を 9 分割にした間取り。勝手口を入るとすぐキッチンで、生活動線に沿ってダイニングやバスルームなどが配されている
遠景から近景までを望む開口部。昔の民家に倣い、半屋外の土間を出入口に。バーティカルブラインドとよろい戸で目隠しと防犯対策

メイン設計を託したのは、研究活動を共にし、同じような知見を持っていた建築家の福島加津也さんだ。高床式の木造住宅を建てる場合、建物底面と地面の間に満遍なく柱を立てて支えるのが一般的だが、福島さんは類のない発想をした。中央部に太い柱を4本立て、複数の斜材を立体的に組み合わせて耐久性を確保し、宙に浮かせたような形にしたのだ。「柱を集約させたことで、地上に開放的な空間が生まれました。心理的なのびやかさがあり、格好のコミュニティーの場になるでしょう」(福島さん)

開放感あふれる吹抜けの広間。北側の天窓には乳白フィルムを貼り、柔らかな日差しが注ぐように。冷暖房は床下エアコンと壁付けのエアコンで行う

この家のもう一つの特長が、災害から生活を守る防災機能を備えていること。電気自動車の蓄電池を活用した太陽光発電システムを完備し、万一のときはエネルギーを自給自足できる。しかしNさんは、防災に必要なものは、設備や機能だけではないという。 「太古から続く集落は、一見、目立たないものですが、欠点になり得る地盤や地形を使いこなし、協力して物事を乗り越える知恵と文化を育んできました。その宝物に触れられたら、こんなにうれしいことはありません」

柱と斜材は、通路をじゃましない位置に配置。民家の田の字型の間取りから着想し、一部の部屋は薄暗くして過ごし方に変化が付くようにした
太陽光発電システムは、環境エンジニアの協力を得てオリジナルで製作。三角屋根に設置された太陽光パネルから、蓄電池に電気が送り込まれる

いつか自宅で寺子屋教室を開けたらと語るNさん。旧来の建築様式から導いた新発想の住まいは、未来への期待をも表している。

各国の建築手法や文化的なモチーフが融合した N 邸。書斎は住宅風仏堂にヒントを得て一段高く
text_ Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

築100年の古民家を大改修。これから何世代にもわたって、住み継げる家に

のどかな住宅地にたたずむ大正期に建てられたという古民家。ここに暮らすのは建築家の松村泰徳さんとそのご家族だ。
「生まれも育ちもこの家です。新しい家を建てるという選択はありませんでしたね。ただこの家に暮らし続ける以 上、もっと暮らしやすくしなければと思いました」と松村さん。奥さまも「私もこの土地の出身ですが、この辺りでは古い家に手を入れながら住み続けるのは普通のことなんです。改修では、家事のしやすい家にしてほしいと伝えました。動きに無駄のない動線にしてほしかったですね。またここは底冷えがきついので、床暖房も絶対入れて、とリクエストしました」という。

物件データ 所在地/奈良県葛城市
リノベーション面積/184㎡
リノベーション年月/2019年10月
設計/松村泰徳(松村泰徳建築設計事務所)
matsumura-architects.com/

玄関を入ると通り土間とキッチンが一体化した空間に出迎えられる。オブジェのような印象の螺旋階段と、キッチンに設けられた大きな吹抜けで、自然と意識が上へ向かう。奥には薪ストーブのある居間兼食堂。その上は中2階の居間になっている。一方、今回改修をしかった6つの座敷の上には、広場のような2階の居間を設けた。このようにこの家には居間が3つもある。寒いときは2階の居間、暑いときは1階の座敷、季節やその時々の気分に合わせて過ごす場所を変えている。

堂々たる瓦屋根の外観。門や塀も改修している。開いた格子戸の奥に見えるのはアウトドアリビングの開口。地域とも絶妙な距離感でつながっている

また庭には離れを解体してアウトドアリビングを新設した。「古いものを残すのは大切なことですが、やはり現代の生活に見合う暮らしやすさがなけれなりません」と松村さん。今回はプランや意匠だけでなく、断熱補強や耐震補強も行っている。大規模な工事になったが、2階居間の漆喰塗りや金物の取付け、庭など、できるところは自分たちで施工した。そして改修部分にも、できる限り以前の家で使っていた建具や瓦などを再利用したという。過去の記憶の片鱗を見える形で残しているのだ。

コンパクトで使いやすい現代的なキッチン。上部は吹抜けで、広さ以上の開放感と明るさがある。漆喰で仕上げた壁が優しい空気感を生み出す
 
キッチンから続く居間は食堂を兼ねたスペース。天井が低く抑えられた落ち着きのある空間でゆっくり食事を楽しみ、薪ストーブの火を眺めながらくつろげる
長い間「開かずの間」だった2階を大きな居間に。もともとは養蚕室だったという。ハンモックで昼寝したり、友人の子どもを遊ばせたり、使い方は自由そのもの

この家は過去と現在がつながっている。改修によって健康な命を与えられた家。「この先も息子たちがこの家と家の歴史を引き継いでくれたらいいですね」と松村さん。今回の改修は、この家が未来へつながるきっかけになったに違いない。

離れを解体し、そのスペースにアウトドアリビングも設けた。まるで室内にあるようなキッチンや収納も設置し、アウトドアストーブもあるので通年で使える
アウトドアリビングの一画にはバスタブが。近隣からの視線は遮られているので、庭の緑や空を眺めながら思い切り開放感を味わえる
取材協力

豊かな緑の借景と、複数の庭を楽しむ ユニークな「大の字型」の住まい

植物への造詣が深いAさんご夫妻が、住まいを新築するにあたり選んだのは、南東に広大な公園を見下ろす擁壁上にある敷地だ。どこまでも濃厚な緑が広がる景色に、ひと目で魅せられたという。「豊かな環境の中で家族がゆるやかにつながる家にしたい」と建築家に思いを託した。

物件データ 所在地/東京都町田市
面積/79.05㎡
築年月/2019年2月
設計/前田哲郎(前田工務店)、成島大輔(成島建築設計)、中山史崇(アーキノロヂオ)
maedakoumuten.jp
www.narushima-daisuke.net

完成した住まいは、上から見ると「大の字」のような形で、計5つのブロックが放射状に組み合わされている。最もボリュームのあるリビングダイニングは吹抜けで、天井までガラス張りにすることで、公園の景観を最大限に取り込んでいる。さらに、間仕切り壁はほとんどなくしてオープンに。室内に一歩足を踏み入れると、視界が折り曲がりながら縦横に延び、奥行きと開放感を感じられる。

大ぶりの多肉や塊根植物を寄せ植えしたリビング前の庭。公園の緑と相まって見応えが生まれ、非日常的な癒やしのムードが漂っている

大の字型の建物には、凹形の屋外空間がつくられ、ここがさまざまな用途を果たす「間」となっている。日当たりが良好なリビング前は、造園家であるご主人が異なる表情の庭づくりや新しい品種の栽培を楽しむ実験場であり、陰になるスペースには庭仕事の道具を収納。室内で過ごす家族のほどよいディスタンスを保つことにも一役買っている。

書斎・寝室・子ども部屋のある2階と1階は吹抜けを囲んでつながり、家族の気配を感じられる。折れ曲がる空間の特性上、隠れる部分も
建物に凹凸があることで生まれた多様な「間」を庭として活用。玄関前の主役はシダ類。溶岩石やモミジを取り入れ、風情たっぷりに仕上げた
窓の位置や建物の向きは、近隣の住宅が目に入らないように計画。外壁には火山灰の一種を含む左官材「そとん壁」を。独特の質感が趣を添える

この家に引っ越して以来、夫妻のライフスタイルはすっかり自然のリズムに調和するようになった。例えば、奥さまの朝は近隣のすがすがしい空気を吸い込みながらのウォーキングから始まり、日中はダイニングテーブルでフラワーアレンジメントの仕事に集中。聞こえてくるのは鳥のさえずりや虫の音だけで、心が安らぐという。ご主人は早朝に起床すると、すぐに身支度を整えて2階の書斎へ。目の前に広がる森の向こうからゆっくりと昇る朝日を拝みつつ、自分だけの贅沢な時間を過ごす。

玄関を入るとすぐにキッチンがあり、お子さんが帰ると両親と触れ合える間取りにした。キッチンに立つと窓から庭や公園を望める
建ぺい率が30%と定められており、近隣の住宅を含め、建物は余裕を持って建てられている。キッチンとリビングの間の庭には大谷石を敷いた

「ここに来て、体が疲れにくくなりました。生活環境がもたらす効果を実感しています」(ご主人)
「古いものは好きだけど、住みながら経年変化させていきたい」と、あえて古材を使わないことを選んだ。何十年とかけて味わいを深めていく住まいは、家族の暮らしを一層豊かに実らせてゆくことだろう。

text_ Makiko Hoshino photograph_Takuya Furusue
取材協力

アンティークの家具や雑貨が映える 柔らかい陰影を映し出すしっくいの壁。 新しくて古いたたずまいの家

もう何年も前からそこに置かれていたような古い家具や雑貨が、新しい家と違和感なく馴染んでいる。この家で暮らすKさん夫妻は、住むことで日々感性が磨かれていくような家で暮らしたいと思ったという。設計を建築家・服部信康さんに依頼したのも、その感性に引かれてのこと。

物件データ 所在地/茨城県つくば市
面積/106.46㎡
築年月/2018年7月
設計/服部信康(服部信康建築設計事務所)
ou-chi.in/

「家に過剰な便利さは不要でした。むしろ不便にしてほしかったくらい。家のことに手間暇をかけることで、毎日の暮らしそのものを愛おしく感じられるような家をお願いしました。家具も実家から譲り受けた古いものばかりなので、それらと違和感なく調和する空間にしてほしかったのです」と奥さま。

外壁は落ち着いた色調の深いグレー。駐車場、アプローチの不揃いなレンガは夫妻が施工。植栽や庭石も奥さまの父や弟とともに搬入、施工した

それに応えるように設計された家は、室内にさまざまな陰影が潜み、まるで穴倉のように落ち着く空間と明るく開 放的な空間が共存している。1階は個室が3つとフリースペース、洗面浴室、中庭が設けられた。採光は窓の位置や大きさなどで緻密にコントロールされている。
ここは明る過ぎず落ち着いた心持ちになれるような空間。家の中央に設けられた階段室のトップライトからは、陽光が降り注ぐ。2階はこの階段室を取り囲むようにLDKが配され、ここにもフリースペースや書斎が。リビングとひとつながりになる広いデッキテラスを持つ2階は、開放的な明るい空間だ。

ダイニングはアンティークの家具や照明、雑貨が混然一体となった空間。下1/3に簀戸(すど)をはめ込んだオリジナルの建具も空間全体の雰囲気と調和する
 
寝室隣のフリースペース。土間としっくいで仕上げられた空間にはアンティークのチェストや古い雑貨をディスプレイ。しっくいは夫妻が自ら仕上げた
寝室はヨーロッパの民家を思わせるたたずまい。窓はオリジナルのすべり出し窓。スペインに住んでいたこともある奥さまも懐かしさを感じるとか

この家のインテリアをより印象的にしているのは室内の仕上げ。壁のほとんどは光を柔らかく受け止めるしっくい塗り、天井はラワン合板。また1階の玄関から続く土間や2階の床の板張りが、空間ごとの性格を分別している。この仕上げと呼応するかのように家具や雑貨はこの空間の中で自然なたたずまいを見せている。
書き物や創作が趣味の奥さまは気分に合わせて作業する場所を転々とする。休日は保存食づくりや庭仕事で忙しいご主人、長男も絵を描き、さまざまな物を自分で制作する。

リビング全景。正面の白い壁の向こうは長男のスタディスペース。こもり感があり勉強にも集中できる。天井は梁を現しにしたリズミカルな仕上げ

「この家ではやることがたくさんあって忙しい。でもそんな暮らしが楽しいんです」とご主人が言えば「ここに住んでからは、雨を美しいと感じるようになりました。壁のしっくいの美しい表情はいくら眺めていても飽きることがありません」と奥さま。
この家には時代に流されない美意識と暮らしの哲学があるようだ。

中庭に面した1階の客室は濡れ縁が回してある、ほどよく和を感じる空間。塀を高く立ち上げてあるので、外からの視線を気にせず自由に過ごせる
取材協力

5 人家族の暮らしの変化に柔軟に対応。多目的に使いこなせるグリッド状の平屋

ともに香川県出身で3人のお子さんと暮らすNさんご夫妻は、共働きで平日は忙しく過ごす日々。「家を建てるなら両親に子育てのサポートを頼める互いの実家の近くに」と考えていた。複数の候補の中から選んだのは、歴史的建造物が点在する古き良き街の、優に2軒分はある約320㎡の敷地だ。「文化が息づく地域でご近所の人に見守られながら、のびのび育ってほしいと思いました」(奥さま)
設計は「唯一無二の住まいをつくってくれるはず」とほれ込んだ、神奈川県を拠点としている建築家・土田拓也さんに依頼した。「3人のお子さんが将来、どんな道を歩むかは未知数。土地の広さを生かしつつ、生活の変化に対応する家にしたいと考えました」(土田さん)

物件データ 所在地/香川県綾歌郡
面積/135.10㎡
築年月/2017年7月
設計/土田拓也・野田快斗
(no.555一級建築士事務所)
www.number555.com

そうして生まれたのは、長方形の縦横方向に門型フレームを連続させ、グリッド状に12個の部屋をつくった平屋。現在は中央の3つをLDK、西側の3つを子ども部屋にして空間を広々と使っているが、成長に応じて仕切ったり、子どもが1人、また1人と巣立ったときは、空いた部屋を趣味スペースやストックルームにしたり。夫婦だけになったらLDK全体を拡張することもできる。ワンフロアをゆるく区切るだけの構成が、多目的で無駄のない使い方をかなえてくれる。

通りからの視線や南側からの日差しを遮るため、LDK側の窓は最小限にとどめた。土間スペースの開口部を大きく取っているため、明るさは十分
通りからの視線や南側からの日差しを遮るため、LDK側の窓は最小限にとどめた。土間スペースの開口部を大きく取っているため、明るさは十分
キッチンは双方の両親を含めて複数人で使えるよう大きなアイランド型に。「かえって美しさを保てる」と、家中全て見せる収納にしている
キッチンは双方の両親を含めて複数人で使えるよう大きなアイランド型に。「かえって美しさを保てる」と、家中全て見せる収納にしている
外壁はグレーのセメント板。玄関ポーチの庇を薄くするなど、機能性を保ちつつ、古い町並みに調和する外観に
外壁はグレーのセメント板。玄関ポーチの庇を薄くするなど、機能性を保ちつつ、古い町並みに調和する外観に

「最初にプランを見たときはシンプル過ぎるし、もう少し隠れる場所があっていいのかなと。でも、住んでみて納得。いろいろな居場所がありながら、どこでも家族を近くに感じられ、一体空間の中でそれぞれが好きなことをしていられます。子どもと過ごせる時間は限られているので、何よりの形です」(奥さま)

連続する門型フレームには、寺社仏閣の鳥居をくぐるイメージもあるという。子どもたちはオープンな空間をいつも走り回っているそう
間仕切り壁や上がり框をなくした玄関は、LDKと一体になった開放的な空間。入口を3枚のガラス引き戸にして明るさも十分に確保した

玄関はガラス戸を採用し、床は上がり框をなくしてフラットに。訪れる人への垣根を低くした。双方のご両親は常日頃からふらりと訪れ、お子さ んたちをケア。一層、和気あいあいと過ごすようになったという。
 特徴的な外観デザインは、ご夫妻のコミュニティーへの姿勢が表れている。「この地域で連綿と続いているお祭りがあるのですが、毎年、見るたびに 心を打たれます。地元に根差すことをしていきたいです」(ご主人)
 自由度の高い平屋と町の情緒、人とのつながりの中で、家族の物語が紡がれていく。

庭はサンルームから気軽にアクセス可能。キャンプ気分で食事をしたり、お子さんが木登りをしたり。「公園に行かなくなりました」とご主人
敷地の隅に2階建ての納屋をつくり、アウトドアグッズなどの趣味のものを収納。庭には地元香川県の県木・オリーブやアカシアなどを植えている
text_ Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

「男のこだわり」が詰まった機能的なキッチンで 思いのままに料理を楽しむ。 夫婦の穏やかな時間が流れる家

「いつも庭を見ながら、ここで料理をつくるんですよ。ちょっと一杯やりながらね」と話してくれたNさん。
整然と調理器具が配置された機能的なキッチンには、厨房という表現が ふさわしい。それもそのはず、ご主人は結婚後に奥さまの出身地鹿児島に移り住み、調理師免許を取得。奥さまの実家が経営する旅館の板前をしていたという。このキッチンにはご主人のこだわりとプロならではの工夫が詰まっている。

物件データ 所在地/鹿児島県肝属郡
面積/192.19㎡
築年月/2019年11月
設計/蒲牟田健作(COGITE)
cogite.net

「独立型のキッチンは集中して食材に向き合えますね」(ご主人)。
東に配されたキッチンは芝が敷かれ明るい庭に面している。大きな窓側に面して並ぶのはガスコンロ、作業台、シンク。キッチンのセンターには大理石を採用した重厚なアイランド型カウンターを配置。その空間を取り囲むように調理器具をハンギング収納し、カウンターを挟んで食器収納。キッチンと直線でつながるパントリーの奥にはユーティリティーという配置で、家事動線も抜群だ。毎日の夕飯はご主人がつくり、奥さまは片付けを担当するという。

重厚な雰囲気を醸し出すLD。フランク・ロイド・ライトがデザインした照明器具、タリアセン1やタリアセン2の置き方も見事

「朝など1人のときはカウンターでササっと済ませます。その分夕食はたっぷり時間をとって、2人で過ごすんです。片付けもディスポーザーがあるので、とても便利」(奥さま)
設計を担当したのは建築事務所、COGITEの蒲牟田健作さん。夫婦の希望は大きな屋根を持つバリアフリーの平屋。テイストは奥さまが大好きな建築家、フランク・ロイド・ライトのエッセンスを取り入れたという。しかし単なる模倣ではなく、住む人の好みや価値観を取り入れ、そしゃくした上ででき上がったオリジナルの家だ。

庭から見た外観。屋根は天然石のスレート。耐久性が特徴で経年変化による風合いも楽しめる。屋根を支える柱のピッチもリズミカルな雰囲気に
 
センターのカウンター左手には天井まで届く大型の食器収納庫、コンロの先はパントリーになっている。いちばん奥に見えるのはユーティリティー
右手のテレビを掛けた壁には自然石タイルを貼って重厚感を高める。正面には長女の書を額装して飾った

庭に続く軒の深いテラスに面したLDを囲むように書斎、寝室、洗面浴室などの水回り、客間、キッチンが配されている。LDの壁の一面は自然石タイルで仕上げ、火を楽しむための暖炉が据え付けられた。庭に面した窓の障子で光の陰影を調整。アンティークなテイストの洋家具と和家具が在しながら、不思議な調和を生み出し、重厚さとともに安らぎを感じさせる空間に。

LDとつながる広いテラス。深く張り出した軒にはダウンライトも仕込まれている。庭の植栽がライトアップされた、夜の風情も美しい

共に経営する会社の業務や趣味、ボランティア活動にと忙しい毎日を過ごすNさん夫妻。そんな夫婦は、お互いの時間を尊重しながら、食を介して2人の充実した時間を演出。この家は、夫婦の穏やかで贅沢な暮らしを包み込んでいるようだ。

西側の書斎。出入口以外は天井まで届く書棚が造作されている。ここではテレワークをしたり、趣味の謡(うたい)や鼓(つづみ)の練習をすることも
取材協力

震災をきっかけに自宅で銭湯を開業。 公私のエリアを曖昧にした大らかな住まい

2016年に発生した熊本地震では、家屋の倒壊・半倒壊が相次いだだけでなく、水道・電気といったライフラインも大きな被害に見舞われた。熊本市神水出身の黒岩さんも被災した一人。家族で住んでいたマンションが大規模倒壊し、新たな住まいの取得を余儀なくされた。
震災以降、町に賑わいが失われたのを気に掛けていた黒岩さんは、家を建てる上で「何か地元に貢献できないか」という思いを強くしていた。そこで浮かんだのが、震災時にご近所の人たちがお風呂で苦労した光景だ。この辺りの温浴施設は2つだけで、とても混雑したという。

物件データ 所在地/熊本市中央区
面積/193.96㎡
築年月/2020年7月
設計/西村 浩(ワークヴィジョンズ)
www.workvisions.co.jp
構造設計/黒岩構造設計事ム所
kuroiwa-se.com

偶然にも一帯は湧水が豊富で「神水」の地名の由来ともいわれるほど。「今後、被災したときに銭湯があれば、地域の方々の支えになるはず。地元の資源を生かした銭湯付きの住まいにしようと考えました」(黒岩さん)
1階を銭湯、2階を自宅にした職住一体の家は、一見、公私のゾーンが明確に分かれているが、住居への玄関は1階の店舗入口と共用。番台の横に家族の下駄箱があり、通り抜けると階段がある。2階に浴室はなく、一家は銭湯を使うという。共有できるなら無駄なものは省くという黒岩さんの発想を、設計を手掛けた建築家の西村浩さんはこう解釈する。「ご近所さんとお風呂を共にする可能性もあるわけですが、境界が曖昧な住宅のあり方に一家の心の豊かさが表れているでしょう」

銭湯と住居スペースを結ぶらせん階段。一部をガラス壁にしてエントランス から入る光を取り込み、町の気配を感じられるように
お客さまが利用するエントランスと住まいの玄関。番台向かいには土間ホールがあり、飲み物を販売。入浴後にほっと一息つける

大らかな暮らしへの姿勢は、住居の間取りにも投影されている。間仕切り壁のないオープンな空間で、キッチンを中心にリビングダイニング・ワークスペース・寝室へと行き止まりなく行き来できる回遊動線に。フロア全体をコの字でなぞるようにカウンターが備えられており、好きな場所でパソコン作業をしたり、本を読んだり、フレキシブルに活用している。

リビングから寝室への通路にウォークインクローゼットを設け、家族全員の衣類を収納。2方向からアクセスができ、生活の動線上にあるため使いやすい
天井は通常の1.5 倍の高さ。現しにしたアーチ状の屋根裏と相まって、くつろぎのムードが漂う。高さがある分、上部をロフトにすることも可能

建物の構造は、構造設計を生業とする黒岩さんが自ら担当。構造材に九州の木材を使いつつ、「重ね透かし梁」という木材の耐性・剛性を高める構法を採用することで、大空間ながら震度7の揺れにも耐えられるように設計されている。
地震に強く、公共性を備えた寛容な住まいが、家族の安心と笑顔を守っている。

4人のお子さんのいる黒岩家。キッチンは 6 人家族に十分な幅 6m。「換気は窓を開ければいい」という合理的な発想から換気扇を省いた
店舗は熊本市内の幹線道路沿い。セットバックしたエントランス前は縁側のようなスペース。ベンチを置いて地域の人が腰掛けられるようにしている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Masami Naito
取材協力

四季を彩るさまざまな種類の緑。大きなデッキのアウトドアリビングは、家族や友人とのコミュニケーションスペースに

「仕事の途中にパソコンから目を上げると、庭の緑が飛び込んでくるんです。ホッとするというか和みますね」と話してくれたOさん。LDKのワークスペースからは、正面のデッキテラス越しにさまざまな種類の緑を眺めることができる。
この家が建っているのは緑豊かな丘陵地帯。築20数年の中古住宅を購入し12年間ほど暮らしたが、小さく区割りされた間取りと狭い庭、玄関を出るとすぐの駐車スペースなどに使い勝手の悪さを感じていた。家の不具合も気になりだしリフォームを検討したが、思い切って建て替えることに決めたという。

物件データ 所在地/東京都町田市
面積/98.04㎡
築年月/2020年11月
設計/新井 崇文 (新井アトリエ一級建築士事務所)
arai-atelier.com/

設計を依頼したのは夫の元同僚だった新井アトリエ一級建築士事務所の新井崇文さん。「新井さんの自邸を見せてもらったら、自分たちが住みたい家のイメージに近かったんです。それに庭のつくりがとてもきれいで」(奥さま)

階段から俯瞰したLDK。丸いダイニングテーブルは見た目以上にゆったりと使える優れもの。キッチンカウンターも奥行きがあって使いやすい

1階は広々としたLDKとワークスペース。そこに幅広の木製建具でつながる広いデッキテラス。内と外が一体化する空間は実際の面積以上に広く、伸びやかさを感じさせる。アプローチからデッキテラスまで続く庭にはさまざまな種類の植物が植えられた。多種混植しているので、四季を通じて季節ごとの花や実、緑を楽しめるのがうれしい。

適度に隙間を空けた板張りの塀。外からの視線が遮られプライバシーは守られるが、中からは外の気配を感じることができる
 
アプローチは緩くカーブを描きながら、玄関やデッキテラスへと続く。ここにも中高木から日影に強い植物まで、さまざまな種類が植えられている
オープンタイプのⅠ型キッチン。通路幅も広く、複数人で一緒に作業してもスムーズだとか。キッチンに立っていても庭の緑を楽しめる

塀は高めに立ち上げているが、板には隙間を設け下部も大きく空けているので圧迫感は感じない。「庭のメンテナンス担当は僕です。植物の様子を見ながら水やりしていると、それだけでもリフレッシュできますね」(ご主人)
LDKの中心は大きなオリジナルのキッチン。オープンタイプのキッチンの背面には食器や調理家電を収める棚、北側にはパントリーと勝手口。

2階の子ども部屋とバルコニー。必要に応じて2つの窓の間を壁で仕切って2部屋にすることも可能。通風が良いので、洗濯物も乾きが早い

またパントリーはワークスペースともつなげ、キッチンとの回遊動線を確保している。2階には寝室と2つに仕切れる子ども部屋、洗面浴室やクローゼット、バルコニーを配置。 「毎日大量に洗濯物が出るのですが、2階で洗って干してホールのカウンターで畳んでしまう。洗濯動線が2階で完結するのでとてもラク」(奥さま)とのことで、共働きで3人の子どもを持つ、忙しい夫婦の日常を支えている。

LDK、パントリー、階段の中間に位置するワークスペース。適度に仕切られこもり感があり、床を1段上げたので立っている人とも目線が合わせやすい

「子どもの友達やママ友、パパ友が来たときは、玄関ではなくデッキテラスから出入りしてもらいます」(奥さま)この家のにぎやかな日常生活は、広いデッキテラスと緑豊かな庭に彩られている。

取材協力

雄大な風景を眺め、心地よい暮らしを営む 高台にあるロケーションハウス

自営業を営むご実家で職住一体の生活をしていたKさんご夫妻は、「職場と自宅は別の方がくつろげる」と、以前から思いを募らせていた一戸建てを新築することに。通勤圏内で土地探しをはじめたが、そこには揺るぎないイメージがあった。「出張や旅先でふと目にする自然豊かな景色には、心なごむものがあります。自宅にいながらその気分を味わえたら、どんなにいいだろうと思っていました」(ご主人)

物件データ 所在地/神奈川県横浜市
面積/116㎡
築年月/2017年12月
設計/西久保毅人(ニコ設計室)
www.niko-arch.com
プロデュース/ザ・ハウス
thehouse.co.jp

見つけた土地は、高台で視界が大きく開かれているのはもちろん、街並みや往来する電車、海まで望める叙情的な風景に、何より心を捉えられたという。「ただ景観をダイナミックに表すのではなく、段々と広がっていく奥行きのある住まいにしたいと思いました」と話すのは建築家の西久保毅人さん。外を一望する開放的なリビングにした一方で、1階から2階へ貫く円筒の小部屋を設置。キッチンの壁は大きく湾曲させ、〝こもれる〞場所をつくった。曲線を多用したユニークなつくりは、もう一つの意図がある。

敷地は高台にあるため、今後、建物が建っても視界が遮られる心配はない。デッキでは朝食をとるほか、椅子を出してくつろぐことも

西側の道路から見た外観。杉板や植物をあしらい威圧感が出ないようにした。東に向かって傾斜しているため、朝日が気持ちよく、眺望も良好
玄関土間の横にワークスペースを配置。ふとしたときに景色を眺められるように窓を設けた

「親子は一緒にいたいときと、離れていたいときの両方があると思うんです。完全に空間を隔てると触合いの機会を逃してしまうし、オープン過ぎてもストレスになります。目的が定まらず、工夫する余地がある方が、家族が心地よくつながれると考えて、あえて一見無駄で用途が不明確な場所もつくりました」(西久保さん)当初はモダンな住まいを望んでいたご主人だが、これに深く共感。奥さまの意向もあり、家族のあり方を最優先するプランで進めてもらったという。「お正月に親戚が集まってちゃぶ台を囲むような、気楽に過ごせるところが気に入っています」(奥さま)

床に大判タイルを張ったキッチンは昔の台所のような風情が。湾曲した壁の間にできた曖昧なスペースは路地裏のよう

掘座卓にしたダイニングでお子さんと料理をしたり、リビングにテントを張って寝転がったり、のびのびと家族の時間を楽しんでいる。「この家に住んでから親子の距離が近くなった」というご主人は、続けてこう話す。「起抜けの朝日も仕事終わりの薄暮も、晴天も雨天も見飽きることがありません。毎日、居心地の良い旅館を訪れたように『いいなあ』と思います」至極の眺望を今日も心ゆくまで楽しんでいる。

「子どもの成長を見守りたい」と子ども部屋に扉は付けず、あえて未完成なつくりに。子どもたちは閉じこもることなく、ほぼLDKで過ごす
円筒の小部屋(こもり部屋)は吹抜けで、上部からほんのりと明かりが届く。「リビングだと音が広がるので、ここでギターを弾いています」(ご主人)
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

まるで空中庭園つきスカイハウス。駐車場の敷地を有効活用して子育てしやすい開放的な家に

「こんな家に住むことになるなんて想像していませんでした。当初、自分たちがイメージしていた家とは全然違う」と笑うTさんご夫妻。
この家が建つのは細長い駐車場の奥。敷地は奥さまのお母さまが所有していたもので、家を建てた今も1階部分は月極駐車場として貸し出している。結婚、妊娠を機に「この駐車場に家を建てたら?」と勧められたそう。ともに大阪市内が仕事場のTさん夫妻が、利便性の良いこの土地に家を建てるのをためらう理由はなかった。

物件データ 所在地/兵庫県西宮市
面積/112.02㎡
築年月/2014年3月
設計/河田 剛(とのま一級建築士事務所)
www.tonoma.net/

設計を任されたのはご主人の郷里の友人でもある、とのま一級建築士事務所の河田剛さん。当初は「中庭のある2階建てを建てようと思っていた」という夫妻の案を聞き、河田さんは「なんか違うな」と感じたと言う。「Tさん夫妻は音楽が好きで、趣味も多いし、インテリアにもこだわる。そんな個性的な2人だから、別の提案をしてもいいんじゃないかと思ったのです」(河田さん)

男の隠れ家のようなホビールームには、ご主人のギターやドラム、釣り道具などが整然と収まる。別棟になっているので、趣味に没頭できるとか

そこで河田さんは、手前の3台分を貸出用駐車スペースに、奥を居住スペースにすることを計画。構造を鉄骨にし、LDKや洗面・浴室など生活の中心部分を2階に上げ、1階には寝 室や子ども部屋を配置。2階には薄いスラブを敷き、中庭ならぬ広い屋上庭園、おまけに別棟のホビールームも設けた。1階は月極駐車場以外に2台分のスペースを確保、物置や自転車も置けるゆったりとした空に。2階のLDKと洗面・浴室の引き戸を開ければ、室内と庭がつながり、その境界が曖昧になる不思議な空間が出現する。

俯瞰で見た外観。角形の鋼管が屋上庭園を支えている。庭の下部分はピロティ方式になっていて、広さは十分。自転車や物置もゆったりと置ける
 
L字型の一方に置かれた洗面・浴室は通風もよく、洗濯動線も抜群。窓際のブレースは、LDKやホビールームとも統一感のあるデザインとして機能している
1階には中央の階段を挟んで寝室と子ども部屋。それを貫く土間は奥さまのワークスペースや子どものデスクスペース、収納などに利用されている

「びっくりしました。でも住んでみると暮らしやすいし、なにより開放感があって最高です」とご主人。またL字型に庭を囲むように配置されたLDKと洗面・浴室からは2階が全て見渡せるので、家事をしながらでも子どもに目が行き届く。共働きで2人の子どもを育てる夫妻にとっては、家事動線の良さもうれしいそう。

オープンタイプのオリジナルキッチンは、コンクリートを立ち上げて造作されている。調理しながらでも、庭の隅まで目が届く見通しのよさアーコールのチェアを合わせて。奥のリビングコーナーには畳スペースもある

「この家ではかなり実験的な設計にチャレンジしたと思います。発想を変えれば、土地はもっと有効に、自由に活用できるんじゃないでしょうか」と河田さん。広く開け放たれた2階は月極駐車場の上にいることを忘れてしまうほど。空をより近く感じることができる極上の住空間だった。

大きなナラ材にアイアンを組み合わせたダイニングテーブルに、イームズやアーコールのチェアを合わせて。奥のリビングコーナーには畳スペースもある
text_Yoko Maru photograph_Tomoaki Kawasumi
取材協力

室内から気軽にアクセスして楽しめるスケートパークを設けた家

東側にこんもりとした竹藪、南側は視界が開ける気持ちのいい敷地に建つSさんの住まい。住居前の迫力ある造作物は、スケートボードに興じるための「ランプ」だ。
中学生時代からこの競技に親しんできたご主人。マイランプに憧れを抱きつつも不可能と考えていた矢先、先輩が自宅にランプを設置したことを知り、自身も家づくりを機に実現へと動き出した。土地探しから設計、施工までを依頼したのは建築家の干川彰仁さん。スノーボードの経験者で、同じ〝横ノリ〞のセンスを感じたのだそう。希望したのは、「好きなものに囲まれ」「経年変化が味となり」「建築物に融合するランプがある」住まいだ。

物件データ 所在地/群馬県高崎市
面積/103.51㎡
築年月/2020年6月
設計/干川彰仁(ほしかわ工務店設計室)
hossyhouse.com

幅8m、奥行3.6mのランプは本格派。最適な角度を求めて大型スケートパークを視察し、試作して精度をチェック。エッジ部分にはコーピングを施し、細部までこだわった。「最初からレベルを高くした方が、上達する喜びを味わえると思ったんです。仲間には『家にいるまったりした気持ちでは乗れないね』と言われます(笑)」(ご主人)。

ランプの下部を収納スペースに充て有効活用。玄関のアプローチにはさまざまな植物を植えた
オープンなつくりの中2階。床は図工室のようなパーケット張りに。窓の先はテラスとランプ。床下は収納スペースに

ランプのプラットホームと住居の中2階の高さを合わせ、両者をテラスで結ぶことで、室内からのアクセスをスムーズに。ランプの手前にはコンクリートの広場があり、「室内・ランプ・広場」と往来できる。のびのびした環境下で、子どもたちは大人に教わることなくスケートボードを体得。
テラスにはベンチを兼ねた手すりが設置され、奥さまは腰かけて子どもを見守ることができる。「スケボーの魅力は誰とでもすぐに打ち解けられるところ。親子で存分にコミュニケーションを取りながら自然と体力づくりができるのがいいですね」(ご主人)

複数の窓から光が注ぐリビング。廊下をなくし、動線をシンプルにまとめて開放的な空間に。キッチンから子どもの姿を見ていられて安心

住居スペースは職人による造作家具や、趣ある無垢材を取り入れた落ち着いた空間。ご主人のスケートボードのデッキやドライフラワーがインテリアを彩る。「外出しても早く家に帰りたいと思ってしまいます。それぐらい居心地が良いので」(奥さま)おのずと体を動かす機会が生まれ、インテリアも楽しめる住まいが、家族の心身の健やかさを守っている。

西側の玄関は採光を抑え、ほの暗くしてLDKと変化をつけた。格子の扉や土間など、住まい全体でほどよく和の意匠を取り入れている
ダイニングキッチンの家具は全てオリジナルで造作。床はアカシア、クリなど場所ごとに素材と張り方を変え、趣を加えている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

子どもたちとの暮らしを楽しみたい! リビングで家族と一緒に学習できる のびやかな草屋根の家

「宿題をやってるとね、おじいちゃんとおばあちゃんが見えるんだよ」と子どもたちが笑うこの家は、奥さまの実家の向かいに建てられている。この家の学習コーナーは玄関を入ってすぐの場所。子どもたちは学校や保育園から帰ると、ここに荷物を降ろして、手を洗いに洗面所へ。両親は家事の手を止めることなく、子どもたちの勉強を見られる。子どもたちが昼寝をするのはリビングの一角の和室。室内は書斎を中心に回遊でき、引き戸を開ければほぼワンルーム状態に。ご夫妻が望んだ、家族がいつも一緒にいられる家はこうしてでき上がった。

物件データ 所在地/兵庫県豊岡市
面積/115.94㎡
築年月/2017年3月
設計/前田由利(YURI DESIGN)
www.yuri-d.com

「この地域では高校から家を離れる子どもが多いので、それまではできるだけ子どもたちと一緒にいたいと思って」と語るのはTさんご夫妻。兵庫県姫路市から日本海側の豊岡市への移住。きっかけは第一子の妊娠。ご夫妻はこの豊かな自然に囲まれた土地は、子どもをのびのびと育てるにはうってつけの環境と思ったという。計画はとんとん拍子に進み、ご主人は転職、小学校教諭の奥さまは転勤。奥さまの実家で暮らしながらの家づくり計画がスタートした。

LDKの一角を和室とし、ダイニングには薪ストーブを設置。はしごを昇ればロフト、その下に奥さまが家で仕事をするための書斎がある

1階の屋根はなだらかな傾斜の草屋根で、深さ10㎝程度の地盤上に芝生を植えている。家族はそこに土を入れ小さな畑もつくった
学習コーナーの左手の棚にはみんなで使う辞書や図鑑などを収納。ここでは上の子どもが下の子どもに勉強を教えたり、遊び相手になったり

設計を手掛けたのは、自然素材でつくる草屋根の家が得意な建築家・前田由利さん。草屋根とは屋根に人工地盤をつくり、草を植えることで室内への熱侵入を防ぐ建築方法。ご主人が大学の授業で知った前田さんの草屋根建築に共感し、「家を建てるならぜひ前田さんで」と考えていたという。希望したのは「家族がいつも一緒にいられる間取り」「リビング隣の学習コーナー」「子ども部屋は不要」など。でき上がったのは、広い草屋根が特徴的な自然素材でできた家。間取りはLDK、和室、寝室、書斎、水回り。吹抜け上のロフトが2つ。至ってシンプルだが、使い勝手や生活動線には十分な考慮がなされている。

オープンキッチンは、子どもたちがどこにいてもすぐに分かるベストポジション。背面にはパントリーと駐車場に続く勝手口

テレワークができない職種のご夫妻は、休日もバラバラ。家族がそろった日には庭や草屋根で食事をしたり、庭いじりをして過ごすという。都市部の暮らしとは違う日常。ここでは家族みんなが一緒に過ごす、限りある時間を、何よりも楽しんでいた。

畝は草屋根上の畑。日当たりが良く、昨年はイチゴやスイカを植えたが、なんとスイカは20個余りも収穫できたとか。のどかな里山の風景も一望できる
道路を挟んだ向かいには祖父母の家があり、学習コーナーの窓からおじいちゃんに声を掛けられることもしばしば
取材協力

築35年の自宅の1階をカフェに。 お客さまの笑顔に支えられる第二の人生へ

 閑静な住宅街に現れる、温かな木の壁と大きな窓を備えた一軒家。「いらっしゃい」と語り掛けるような家の形をした扉を開けると、キッチンに立った店主が笑顔で迎えてくれる。39年間、小学校の養護教諭をしていたMさんは、約3年前に自宅にカフェをオープン。そのきっかけは、教諭時代の経験にあるという。

物件データ 所在地/札幌市南区
面積/44.50㎡
リノベーション年月/2018年5月
設計/伊藤宏行(アトリエココ)
www.ateliercoco-sapporo.com
コーディネーター/白取真美(ルチルデザイン)
www.rutiledesign.com
施工/高杉工務店
takasugi-k.com

「生徒の中には家庭に困難を抱えている子が少なからずいて『おいしいご飯を食べさせてあげたい』と常々感じていたんです。一方で、先生たちの苦労も絶えなくて。公務員の枠から離れ、誰もが気軽に立ち寄って心と体を大事にできる場所をつくりたいと考えていました」(Mさん)

通りから店内の様子が分かるように窓を大きく、入口扉をガラス戸に変更。夜になると明かりが漏れて、訪れる人に安心感をもたらす
大幅なリフォームは1階のみで、住居スペースの間取りは既存のまま。住宅玄関に入って左手に店舗とつながる引き戸があり、行き来がしやすい

やり残した仕事の目処が立ったことから、定年を待たずに退職することに決め、仕事をしながら開業の準備を始めた。店舗は当初、駅近の物件を借りるつもりでいたが、「90歳のおばあちゃんになってもお店がしたいと思ったら2階を住居スペース、1階をカフェにするのがいいと気づいたんです。階段を下りるだけで仕事ができますから」とMさん。料理も経営も素人で心配は尽きなかったが、いろいろなカフェを見て回り、開業支援のスクールで学ぶ中で「まずはやってみよう」という気持ちになったという。

庭にアオハダを植栽。「枝が細く、葉が小さいので壁に映る影がきれい。夏の強い日差しや視線を程よく遮ってくれます」(Mさん)

「くつろげる空間を」と建築家の伊藤宏行さんに依頼した。「ほっとできる家庭的な雰囲気になるようシステムキッチンや自然素材を取り入れています。大人数のテーブル席、ひっそり過ごせるカウンター席を用意し、思い思いに過ごせるようにしました」(伊藤さん)
Mさんにとってカフェは住居の一部。閉店後に食事を摂ったり、ちょっとした家事を済ませたりとリビングのように使っている。メニューは塩麹、醤油麹などの発酵食が中心。マイペースな時間と良質な食事のおかげで、まず自分自身が健康になれたという。

断熱材を入れ替え、壁を補強して築35年の住まいをアップデート。ゆったり配したテーブルとパイン材の床が、和やかなムードを醸し出す
北側は壁でふさいでいたが、裏山の景色を生かすべく、大きな窓をつくってカウンター席に。ときにエゾリス、キツネが訪れる特等席

「来た人に『ほっとする』と言ってもらえるのが何よりの喜び。家が生まれ変わり、私自身もリラックスできるようになりました。最初は一緒に働く仲間がいなくて心細かったですが、今は自営業者のつながりを楽しんでいます。やりたいことに素直に行動すると、縁が広がるものですね」とMさん。変わらないアクティブな姿勢が、第二の人生を輝かせている。(海老原さん)

教諭時代の同僚や親御さんのほか、ふらりと立ち寄る1人客も多い。仕事の合間や閉店後に自らほっとひと息。カフェはMさんの暮らしそのもの
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

大屋根に抱かれた住居スペースとガレージ。 バイク好きのご夫婦が手に入れたのは、 趣味のスペースとご近所とのコミュニケーション

3台のバイクと3台の自転車、壁にはたくさんの工具が並び、メンテナンス用オイルの匂いがするバイクガレージ。「家を建てるとき、バイクと車が置けるガレージは、絶対に譲れない条件でした」と語るBさんご夫妻。
ガレージといえば、男性の趣味の場所と捉えられがちだが、この家ではバイクが2人の共通の趣味。だから予算や敷地の都合がどうであろうと、バイクガレージを諦めるということはあり得なかったそうだ。

物件データ 所在地/横浜市戸塚区
面積/123.78㎡
築年月/2016年12月
設計/DOG一級建築士事務所
dog-archi.com

ご主人は会社員、奥さまは看護師。家を建てることを計画したとき奥さまの職場の同僚から紹介されたのが、DOG一級建築士事務所の齋藤隆太郎さんだった。ご夫妻は計画当初の段階から齋藤さんに相談し二人の要望を満たせる土地を丹念に探していったという。見つけたのは、40〜50年前に開発された横浜市郊外の住宅地で、雛壇状に整地された52坪ほどの敷地だった。
「こんな難しい土地でも、齋藤さんなら希望を叶えてくれると思いました」と、ご夫妻は全幅の信頼を寄せた。土地にはさまざまな法的な制約があったが、その一つ一つをクリアした結果でき上がったのがこの家だ。

一見、平屋のようにも見える大屋根に守られた家。中庭のシンボルツリー・ヤマボウシが色を添える

住宅の基礎にあたる擁壁部分にはセパレートされた車庫とバイクガレージ。ガレージ横の屋根のかかった外階段を上がって住宅の玄関へ。玄関を開けると2階まで吹き抜けた大きなLDKと和室。2階には寝室と将来的には2つに分けることもできる子ども部屋が設けられた。子ども部屋は吹抜けを通じて1階のLDKとつながっている。道路側から見るとガレージからせり上がるようにかけられた大きな屋根が印象的。この屋根のおかげで、ガレージと住宅が一体化し、一見大きな平屋とも見紛うスケール感に仕上がった。室内とガレージはガラス戸で仕切られ、1階のどこからでもバイクガレージを眺められる。

バイクガレージ手前のポーチ。ここを右に折れ、階段を上がると玄関に至る。屋根がかかっているので、雨の日も濡れずに移動できるのがうれしいして形にした
リビングダイニングの一角に設けられたご主人の書斎コーナー。棚で仕切ってあるので集中できる。「まさかテレワークの時代になるとは思いませんでしたが、このスペースがあって助かりました」(ご主人)

「バイクに乗るのも好きだけどメンテナンスやカスタマイズも大好き」というご主人は、暇があればここで作業しているそうだ。一方「乗るのが専門」という奥さまは、リビングから長男と一緒にそんなご主人を眺めるのがこの家の日常風景。
「バイクガレージを開けていると、近所の人が自然に声をかけてきてくれますね。特に高齢の方が懐かしそうに。そのおかげか、子どもも近所の方たちにかわいがってもらっています」(ご主人)
Bさんご夫妻は念願のバイクガレージとともに、ご近所との親密なコミュニケーションまで手に入れたようだ。

リビングの左手に見えるのは、2つのガレージに挟まれた中庭。道路レベルから1階上がった高さのところにあり、リビングに隣接している。子どもがここで遊ぶようになってからは人工芝を敷いたという
2階の子ども部屋から見下ろしたLDK。吹抜けに設けられたハイサイドライトからたっぷりの光が降り注ぐ。奥に見えるガレージは一段下がった雛壇の下に設置
大きな吹抜けの天井はリーズナブルな価格のシナ合板で仕上げた。予算をかけるところ、節約するところを分けてコストコントロール。奥のキッチンはI I 型で、壁側にガスコンロ、ダイニング側にシンクと作業台、その奥にはパントリーがある。ここは奥さまの使いやすさを最優先に考えた
取材協力

40㎡のコンパクトな家に自分らしく住む。 キッチンから気持ち良く一日が始まる家

長年、賃貸生活を送っていたYさんは、「毎月、同じように住居費を掛けるなら、所有物にしないともったいない」と、マンションの購入を検討していた。
 「家を買うための貯金をしてきたわけではないので、1人でローンを払い続けられるかが最大の壁でした。でも、収入やお金の使い方、今後のライフプランなどをファイナンシャルプランナーと一緒に整理すると、不可能ではないことが分かったんです」(Yさん)
 

物件データ 所在地/東京都調布市
面積/40.2㎡
リノベーション年月/2018年5月
設計/ゼロリノベ
zerorenovation.com

郊外の広い部屋より、コンパクトでも利便性の良い都会の物件が自分のライフスタイルに合っていると、駅から徒歩10分ほどの約40 ㎡のマンションを選んだ。この先、パートナーと暮らすことになっても問題のない広さで、資産価値を維持しやすいことも決め手だったという。

衣類の量に合わせて広さを確保したWIC。オープン棚などでざっくりつくり、細かな収納は自ら用意。オレンジの壁紙で温かみをプラス

Yさんは「持ち物は厳選した方が、ゆとりある丁寧な暮らしができる」という信条のもとリノベーションを計画した。もともと1LDKだった間取りを再構成し、窓のない西側に水回りと収納を集約させ、それ以外を南北東の三面に窓がある見晴らしのいいオープンなワンルームに一新。シンプルだが、自分だけにぴったりの間取りや動線、収納を完備した空間が出来上がった。 住まいの主役は、中心に据えたL字の大型キッチンだ。
 「朝起きて最初に立つ場所なので、特に気に入るようにしたくて。視線が窓の外に抜けて、ゆったりした気持ちになります」(Yさん)

コンロはにおいを排出しやすい窓側に配置。後ろを向くとすぐ冷蔵庫があり、シンクとも行き来しやすく、使い勝手が抜群
統一感のあるものはオープン棚に並べてしまうのがYさんの収納ルール。玄関横の壁は黒板仕様。キッチン側に間仕切りを設けて生活感をオフに

玄関土間からキッチンへ直接出入りできる効率の良い動線など、実用性を備えているのはもちろん、側面にオープン棚を造作して雑貨のディスプレイスペースも用意し、インテリアとして映えるようにした。窓辺にはカフェ風の大きなソファ席を設けてリビング兼ダイニングに。食事をしたり、寝転がったり、多様な過ごし方ができる。

玄関の土間はキッチンにも直結していて、帰宅したらすぐに買い物袋を置ける。右手のバルコニー側には洗濯物を干せるハンガーパイプを設置
寝室は朝日が注ぐ東側に配置。ガラスの間仕切りを取り入れて光が巡るように。床は杉材のほか、一部にOSB合板を使用してコストを調整

「帰った瞬間にほっとするし、賃貸時代に比べて家で過ごす時間が増えました。小さなものでもしっかり吟味して買うようになり、隅々まで自分仕様の家に心から納得しています」とYさん。自分サイズの空間で暮らしを一つ一つ丁寧に紡ぎながら、住まいへの愛着を深めている。

リビングや寝室など一部の窓を二重サッシにして断熱性をアップ。ショーケースに見立てて好きな雑貨をディスプレイしている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

リビング吹抜けのキャットウォークやキャットステップ。 いつでも愛猫の気配が感じられる、 大らかなキャットハウス

「私はどちらかといえばイヌ派でしたね。しかし、ネコ好きの妻の影響でネコの愛らしさに開眼したというか…」と語るYさん。埼玉県狭山市のこの家で妻と長女、ネコのチョコ(9歳)、メム(5歳)と暮らしている。2匹は、都内の保護猫カフェにいたところを見染められ、Yさんの家族となった。
 

物件データ 所在地/埼玉県狭山市
面積/85.12㎡
築年月/2019年4月
設計/前田敦( 前田敦計画工房(同))
www.mac-atelier.com/

以前暮らしていたのは、新築で購入した都内のマンション。当初は夫妻と2匹の穏やかな日々が続いたが、夫妻は徐々にマンションでネコを飼うことへの不安が募っていったという。「マンションは、上下の移動に制限がありますし、ツルツルのフローリングは滑りやすく、ネコの腰などへの負担が大きくなってしまうんです」。そこでまだ築3年だったマンションを売って、新たにネコのための家を建てることを思い立ったという。

リビングの床の一部は掘り下げられており、より上へと視線が抜ける。段差がベビーゲート替わりになっているので、現在は子どもの遊び場としても機能している
リビングの床の一部は掘り下げられており、より上へと視線が抜ける。段差がベビーゲート替わりになっているので、現在は子どもの遊び場としても機能している
2階の洋室は2面に窓が設けられ、近くの公園の緑などが眺められる。夫のトレーニングルームとして当初設計されたが、将来的には子ども部屋になる予定
2階の洋室は2面に窓が設けられ、近くの公園の緑などが眺められる。夫のトレーニングルームとして当初設計されたが、将来的には子ども部屋になる予定
切妻屋根のシンプルな外観。外壁はガルバリウム鋼板横葺きで仕上げた。2階の印象的な丸窓には、夜になって室内の明かりを灯すと、ネコのシルエットが浮かぶ
切妻屋根のシンプルな外観。外壁はガルバリウム鋼板横葺きで仕上げた。2階の印 象的な丸窓には、夜になって室内の明かりを灯すと、ネコのシルエットが浮かぶ

夫婦とネコが穏やかに、ストレスフリーで暮らせる家。夫妻の希望を形にしたのは、前田敦計画工房の前田敦さん。前田さんは、イヌやネコと暮らすための家を数多く手掛けてきた建築家。Yさんは土地探しから前田さんに相談し、家づくりをトータルにサポートしてもらった。

2階の寝室から吹抜けを見る。トップライトから自然光が入る明るい空間。ネコはここから1階にいる家族を見下ろすが、家族がここからネコを眺めることもある

計画はとんとん拍子に進み、駅から数分の場所に土地を購入。敷地は広いとはいえないが、夫婦とネコが暮らすには十分に満足できる家が建つ。間取りは2LDK。1階はLDKと洗面浴室。2階には個室が2つ。そんな家の中には、ネコのためのスペースがちりばめられている。キャットウォーク、キャットステップはもちろん、LDKに面したテラスもネコのためのスペース。ネコはテラスにも自由に出入りできるが、外には出られないよう、塀を高く立ち上げているのだ。ネコ専用トイレは階段下に設置し、低い位置に換気扇も取り付けた。キッチンはネコが入れないよう、引き戸を付けた独立型に。LDに面してガラスで仕切られているので、キッチンで作業していてもネコの姿を眺められる。近隣を住宅に囲まれているため、プライバシーを守る観点から大きな窓は設けず、閉じた形の外観になった。しかし、トップライトを設けているので、室内は十分に明るい。

清潔感を感じさせるキッチンスペース。引き戸で仕切られているが、ガラスを通してリビングからの光が入ってくるため、思いのほか明るい。奥には通気のための小窓も設けた

想定外だったのは、家を建てた後に長女を授かったこと。ネコのメムは「かぎしっぽ」。古来、日本でも海外でも「かぎしっぽのネコは幸せを呼び込む」といわれてきたが、Yさん夫妻にはネコとともに家族の幸運が舞い込んだのかもしれない。

正面のグリーンにペイントされた壁の向こうがキッチン。必要な部分は空間を分け、ネコ も人も暮らしやすいよう配慮されている。柱には爪とぎが巻き付けられた
取材協力

広々とした土間から富士山を一望。 薪ストーブで冬も快適に暮らせる高原の家

雄大な自然が広がる富士山の麓、朝霧高原で生まれ育ったご主人は、大学時代を都会で過ごす中で地元の魅力を再認識してUターン。実家の牧場を継ぎ、結婚して子どもを授かったのを機に住まいを新築することにした。

物件データ 所在地/静岡県富士宮市
面積/139.12㎡
築年月/2019年6月
設計者/菊田康平・村上譲(Buttondesign)
www.buttondesign.net
施工/E-house㈱
e-house0909.co.jp

設計を依頼したのは、自分たちのライフスタイルを知りつくした友人であり建築家の菊田康平さんと村上譲さん。冬の寒さが厳しいこの地域では、暖かく過ごせる住環境が不可欠。また、富士山の眺めをどう取り込むかも大切なポイントになった。これらのテーマを体現するのが1階の中央に設けた薪ストーブと土間空間だ。

霧に浮かぶ富士山をイメージして外観はもや靄に溶け込むオフホワイトで統一。敷地が広いため、外で音楽を楽しむことも
右手の開き戸が玄関扉だが、正面にも格子の引違い戸を設けて土間からも出入りできるようにした

「牧場経営は始終、大自然と触れ合う仕事です。外界との接点をつくりながらも〝こもり感〞を出すことが重要と考えました」と菊田さん。
 土間の西側に景色を望む大きな窓を備えているが、左右に振り分けたリビングとダイニングキッチンの窓は小さめに。2階はプライベートなエリアだが、階下とは吹抜けでつながっているため、家族の気配を感じられ、暖気も家全体に広がる。

階段はあえて住まいの中心部に寄せて、2階に開放感が出るようにした。踏板までフローリング材を使い、シンプルでも趣のあるインテリアに
土間は表面に細かい凹凸があり、触れたときにひんやりしない福島産の白河石。住まいは薪ストーブだけで全体が暖まるよう断熱性能も備えている

「じんわりとした暖かさを感じながら揺らめく炎を見るのが、この季節の癒やしです」(奥さま)薪ストーブの周りは、富士山の特別な瞬間を捉えられる特等席。朝日に照らされる様子や夕日に赤く染まる姿、星明りに浮かぶシルエットなど毎日異なる姿を見ていると、新鮮な気持ちになれる。

ダイニングキッチンはあえて天井を低く窓も小さめにして"こもり感"を演出。キッチンは手元に立上りがあるので、ゲストがいても料理に集中できる

「大きな窓を一つに絞ったことで富 士山を身近に感じられるように。住むこと以上の体験ができています」(ご主人)
 3人の子どもがいるこの家では、週末に友人家族を招いてバーベキューを楽しむことも多い。表情の異なる複数の居場所は、一家の日常の幅を広げるのはもちろん、子ども連れのゲストが来たときも活躍。傍らで遊ばせたり、昼寝をさせたり、思い思いに過ごしている。
 ベランダ向かいの一帯は、自ら所有する牧草地。自然とつながる職住一体の暮らしが、今日も家族に充足感を届けている。

2階はゆったりしたワンルームで、将来、区切って子ども部屋にすることも想定している。ゆるやかなカーブを描いた天井には、暖気を巡らせる効果が
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

キッチンではいろんな家事を同時進行。 開放感と穏やかさに包まれたコートハウス

海と山に囲まれた風光明媚な愛知県蒲郡市にIさん家族が暮らすコートハウスがある。ご主人は大学卒業後、会社員を経て、家業のイチゴ農家を継いだ。奥さまは保育士。子どもは小学生と幼稚園児の元気な男の子が2人。これで忙しくないはずはない。
 

物件データ 所在地/愛知県蒲郡市
面積/138.82㎡
築年月/2015年2月
設計/松原知己(松原建築計画)
matsubara-architect.com/top.htm

奥さまは保育園で午前中の勤務を終え帰宅すると、山のような家事をこなさなければならない。「仕事から帰るとすぐに夫と自分の昼食の用意。午後は、幼稚園のお迎えや習い事の送り迎え。帰ると夕飯の準備。同時に洗濯などもしているので、夕食を終えるまでは、キッチンに立ちっぱなしですね」と話してくれた奥さま。

コの字型に囲まれた中庭には芝を敷き詰め、シンボルツリーとしてアオダモを植えた。スタディコーナー前には、メンテナンスフリーの大谷石でテラスをつくった
道路から見た外観。背の低い塀や植栽で緩やかに仕切られている。右側イチゴハウスの横から裏動線へ通じる。左はご主人の事務室と趣味室を兼ねた「離れ」

そんな忙しい家族の生活の中心がこのキッチン。ここに立つと、廊下に設けられたスタディコーナーへ視線が通り、中庭の緑を眺めながら、家事をこなすことができる。
ご主人は「畑の一角に建てる職住一体型の家なので、オンとオフは分けたかったですね。ならば中庭のある家がいいのかなと。でも閉塞的になるのではなく、光や風を取り込んだ開放感のある家にしたかった」という。

正面の引き戸の奥が家事室、サービスコート、外部へと続く裏動線。キッチンは清潔感のあるステンレス製。背面には、里山の風景を遠望できるハイサイドウインドーも
リビングからDKを望む。リビングは2段ほどスキップしているので、平屋でありながら、高低差のある空間の変化も楽しめる。リズミカルな現しの梁も印象的

設計を任されたのは、松原建築計画の松原知己さん。提案したプランは、コの字型に中庭を囲んだ「母屋」と、ご主人の事務室と趣味室を兼ねる「離れ」を組み合わせた平屋のプラン。回りは背の低い塀と常緑樹で囲い、外部と程よくつながりながらプライバ シーも守られるよう計画した。

キッチン内側には、奥さまこだわりのタイルを貼った。「ここにいると、スタディコーナーやLDまで目が届きます。中庭の抜け感も気持ちいいですね」(奥さま)

また、ご主人が農作業から帰ってくるための裏動線も設けた。職住一体型住宅だからこそ、オンとオフをうまく切り替えるための仕掛けが必要というわけだ。「母屋」と「離れ」からは、いつでも中庭の様子を眺めることができる。

カウンター下を掘り下げたスタディコーナー。DKとの仕切りには引き込み戸が設けられている。子どもが勉強に集中したいときはここを閉める

キッチン、リビングの外壁側に設けられたハイサイドウインドーからは、イチゴのハウスや遠くに里山の風景を望むことができる。内を見ても、外を見ても、場所によって変化に富んだ景色に出会うことができるのだ。
 小学三年生の長男の将来の夢は「イチゴ農家になって、お父さんと一緒に働くこと」。親の働く背中を見て育つ。職住一体の住宅は自然とそんな環境を整えてくれる。

取材協力

DIYで一軒家のリノベーションに挑戦。 古い建具や家具がなじむ住まいに

ずっと賃貸物件に住み続けるつもりだったKさんご夫妻は、散歩中に偶然出合った築60年の一軒家に一目ぼれし、その考えを一変させた。2人暮らしに最適な小ぢんまりとした平屋で、隣り合う住宅がない丘陵地にあるため、視界の広がりも良好。しかも庭付きだ。
「どこまでも好きなように改装できそう」と想像をかき立てられ、すぐに不動産会社に連絡。解体に差し掛かっていたが、粘り強く交渉し、購入にこぎつけた。
 

物件データ 所在地/北海道函館市
面積/82.22㎡
リノベーション年月/2018年11月
設計/(同)富樫雅行建築設計事務所
togashimasayuki.info

もともと古いものが好きなご夫妻は、函館市内で古民家を再生する建築家の富樫雅行さんにリノベーションを依頼。そこで、施主がDIYで工事の半分を担当する「ハーフビルド」を提案される。
 「家づくりのプロセスを共にすれば、より愛着を持って長く付き合える家になります。中古住宅は不確定要素が多いものですが、現場にいると建物の状態を理解した上で工事を進められる。古い物件にほれ込んだKさんにはハーフビルドという方法がベストだと思いました」(富樫さん)

屋根の塗装はご主人が担当。ハーフビルドを経験して、大工技術の素晴らしさや家の仕組みが分かり感動したという
庭はもともとあった切り株や自生の草花の風情が生きるよう、宿根草を中心に植えた。ひし形を組み合わせた木製の薪入れは、ご主人のDIY

素人故に多少いびつに仕上がっても、経年変化で風合いを増した建材と重なり合えば、しっくりなじみ、逆に味わいになる。2人ともDIYはほぼ初心者だったが、「プロがしっかりサポートしてくれるし、技術を身に付けておけば、この先役に立つかもしれない」と、チャレンジすることに。床・天井・壁を剝がす作業から、珪藻土の塗装や板材の張付けまで、構造に関わる部分以外はほとんど自ら実践。休日のたびに朝から日没まで励み、約6カ月をかけて住まいを完成させた。

函館は和洋折衷の古民家が多く、方々から建具や家具を譲ってもらった。古い雑貨や建材となじみ、穏やかなムードに
洋風の建具と茶だんすは別の古民家の解体現場からもらってきたもの。「和風の建具も考えましたが、明るい雰囲気が出て正解でした」(ご主人)

「少しくらい床が凹んでいても機能に変わりはないし、自分たちの手によるものだから親しめます。何より『こうすれば良かった』という点がなくて。住んで2年が経った今でも家にときめきます(笑)」(奥さま)

玄関は広くする予定だったが、壁で仕切って奥をキャットルームに。洗浄・乾燥・やすり掛けした旧台所の床材を張っている
水回りに勝手口を設け、ご主人がサーフィン帰りにすぐ砂を落とせるように。カウンターは昔の裁ち台、洗面ボウルにはほうろうのたらいを使用

最終的な間取りは工事しながら決めていった。空間を体感しているからこそ、使いやすい形が浮かんだという。
 「作業はコツをつかめば面白くなりますし、簡単な修繕なら、自分たちでできるようになります。ハーフビルドは大変でしたが、挑戦して良かったです」(ご主人)
 「好きなものに囲まれ、思うように変えていけてうれしい」というご夫妻の笑顔が、満足度を物語っていた。

システムキッチンは友人のつてで入手したもの。高さを調整し、面材にアイアン塗料を施してアレンジ。渋くなり過ぎない色合いがポイント
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

必要最小限のエネルギーや資源を自給自足。 災害時に力を発揮する「オフグリッドハウス」

地球温暖化に伴う気候変動の影響で、豪雨や台風などの自然災害リスクが高まっていることが指摘されている。
「災害に強い家」に住むことは、多くの人の課題と言えるだろう。Oさんご夫妻が自宅の向かいにこの別棟を建てたのは4年前のこと。電力会社の送電網を利用せず自家発電を行う「オフグリッドハウス」で、屋根には電気をつくり熱を取り込むオリジナルの太陽光パネルが設置されている。
 

物件データ 所在地/東京都町田市
面積/55.45㎡
竣工年月/2016年10月
設計/エイバンバ 一級建築士事務所(CONTAINER DESIGN)
abanba.co.jp

さらに敷地内には井戸があり、非常時にはトイレなどの生活用水に利用することができる。万一の場合でも公共インフラに頼り切ることなく暮らしを継続できるのだ。現在はご主人の仕事場兼茶道をたしなむ奥さまの趣味スペースにしているが、将来は息子さん一家を母屋に迎え、完全に移り住む予定だ。

敷地の所々に「余白」が生まれるように建物を台形型に計画。余白部分には蓄電池や蓄熱槽、井戸ポンプなどが配置されている
暖房は1階のペレットストーブのみだが、優れた温熱環境により一台でも十分暖かい。間伐材を再利用したペレットを使い、環境に配慮

「これからの時代を見据えた意義のある家を真剣に考えた結果でした」とご夫妻。もともとエネルギー問題に関心があったが、決定打になったのは東日本大震災での原発事故だ。
 「我々の世代で後始末できないもののうえに生活が成り立っていたと知ってショックで。私たちが使うエネルギーなのだから、自ら賄うようにしたいと思ったのです」(奥さま)

土間スペースのデスクまわりに集約された各機器のメーター。残りの電力、家中の温度・湿度などが細かく分かり、電化製品を使うときの目安にしている
2階のスノコ床とトップライトで空気や光を家中に循環させる。冬は階下から暖気を取り込み、夏は窓から熱気を逃がす

鉄筋コンクリート造の建物は、基準より強度を高めて建築。躯体の外側に断熱材を貼るRC外断熱工法やトリプルガラス樹脂サッシを採用し、高気密・高断熱で、ムラのない温熱環境も実現している。頑丈かつ、省エネルギーな設計が災害時の安全性を高めている。

南側の屋根に太陽光パネルを載せるため、茶室の天井は広く取られている。羽目板風の壁はコンクリートに杉板を貼り、木目や節を転写したもの
ペレットストーブの熱は床下を通り、窓辺の吹出口から取込む仕組み。高い断熱性能やコンクリートの蓄熱効果などの相乗効果で年中快適

「エネルギー機器は刻々と進化しているので、今もベストな方法を模索中です。お施主さまに挑戦する気持ちがあるからこそできた『未来型住宅』と 言えます」(建築家・番場俊宏さん)
 ご主人は室内のメーター表示を見て電力の消費量や室温などを毎日記録。自ら管理する中で暮らしとの向き合い方が変わったという。
 「自宅でつくるエネルギー量には限りがあるので、無駄にしていないか使い方を考えます。『家を運営している』という感覚です」(ご主人)
 自給自足のスピリットと住まいの機能性がリンクしたO邸。今の暮らしも大切にしつつ、いざというときの備えも十分だ。

壁で視線を遮りながら回遊性を確保したキッチン。電化製品も設備も必要最小限。燃料はプロパンガスなので緊急時でもしばらくは安心
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Ookura
取材協力

大開口から木々が育つ庭を贅沢に一望。 光と風がめぐる、夏に快適な住まい

南北に開けた日当たりの良い敷地に一戸建てを新築したYさん。庭をくの字で囲むように建つ平屋造りの住まいは、玄関を中心にパブリックとプライベートスペースの2つのエリアに分かれていて、どちらも南北に大きな開口が設けられている。全開にすると内と外が一体になり、家中にフレッシュで気持ちのいい風が通り抜けてゆく。
 

物件データ 所在地/兵庫県相生市
面積/93.76㎡
竣工年月/2017年1月
設計/岸本貴信(CONTAINER DESIGN)
cd-aa.com/

「しょっちゅう蝶々の通り道になっています(笑)。室内にいても、ほとんど外にいるような感覚ですね」(ご主人)  抜群の開放感のカギを握っているの が、枝をのばす木のように放射状に広がる柱だ。構造壁の代わりに屋根を支え、遠くまで視線が抜けるのびやかな空間を獲得している。柱にはキッチンカウンターやワークデスクのほか、食器棚やディスプレイに活用できるオープン棚をつくり付けて、家族の溜まり場とした。設計を手掛けた建築家の岸本貴信さんは、「新たな芽から大きな木が育ち、木陰ができる。そんなイメージで家族の居場所をつくりました」と話す。

軒の深い屋根が日差しを遮るため、軒下も室内も涼やか。地面までのびるデザインは、「庭から登れても面白いね」という雑談から生まれた

庭に面した縁側は、家族3人の憩いの場所。深い軒や背の高い樹木が夏の強い日差しを和らげてくれるため、涼しく、のんびりと過ごせる。庭ではテーブルを持ち出してバーベキューをしたり、ビニールプールで息子さんを遊ばせたりと、アウトドアライフを満喫。ユーカリやドウダンツツジ、ジューンベリー、マイヤーレモンといった多彩な樹木が育ち、イチゴやレタスといった家庭菜園も楽しんでいる。 

ロフトに上がるらせん階段。宙に浮くような個性的なデザインがインテリアを彩る。ロフトを抜けると屋上にアクセスできる
カフェのような木製ドアを造作。玄関を中心として右にパブリックスペース、左にプライベートスペースを配置し、玄関上部に屋上を設けた

「庭ができて暮らし方ががらりと変わりました。実のなる木は鳥を呼び寄せます。収穫したものをすぐキッチンで使えるのも便利だし、豊かだなと思いますね。家で過ごす楽しみが増えました」と奥さま。自然に囲まれ、クリーンな空気を家のどこにいても満喫できる健康的で心地よい夏の日々を叶えている。

水回りと寝室が集約されたプライベートエリアも間仕切り壁がなく、回遊できる動線に。日々の掃除や洗濯物の収納もストレスフリー
床はモルタルと杉板で仕上げを変えて段差をつくり、広々としたひと続きの空間に立体感と奥行き生んでいる
大木をモチーフにした柱が印象的なLDK。柱の周りを囲うようにテーブルやキッチンカウンター、棚がつくり付けられている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Takashi Daibo
取材協力

高床リビングを中央に配した職住一体の家

テレワークが一般化しつつある中、自宅で快適に仕事ができる環境づくりに注目が集まっている。経営コンサルティング会社を営むKさんは3年前、LDKの一角にワークスペースを配した職住一体の家を建てた。
 以前は、コートハウスで暮らしてきたご夫妻。中庭をロの字で囲う家はお気に入りだったが、雨漏りが度重なり、 メンテナンスをしても解決できなかったことから、建替えを計画。建築家の二宮博さんと菱谷和子さんが主宰する設計事務所に依頼した。 (ご主人)
 

物件データ 所在地/東京都世田谷区
面積/117.25㎡
竣工年月/2017年3月
設計/ステューディオ 2 アーキテクツ
home.netyou.jp/cc/studio2/

ご夫妻の希望は、以前の住まいで気に入っていた部分を踏襲しつつ不満点を解消することと、ご主人の仕事場をつくること。程なくして提案されたのは、2階にLDKを配し、中央に高床の床座リビングを設けるプラン。リビングを挟んでダイニングキッチンとロフト、ご主人の仕事にも使える家族共有のワークステーションを設置するものだった。

敷地は住宅密集地の一角にあるため、窓は最小限に抑えてプライバ シーを確保。モノトーンの外壁はガルバリウム鋼板
キッチンは家族で囲める大きなアイランド型。白い天板と木製の面材を 組み合わせたシンプルなデザインが空間に馴染む

「床座のリビングは、くつろぎの場でありながら、子どもたちの遊び場にもなる柔軟なスペースです。その横にワークステーションをつくることで、職住一体の暮らしを楽しめたらいいなと考えました」(二宮さん)
 ワークステーションに造作した長いカウンターでは、ご主人が仕事をする横で、子どもたちが勉強をしたり、書をしたり…。暮らしのさまざまなアクティビティーに対応する場となっている。1階にも、仕事に集中できるように独立したワークスペースを配置。生活と仕事を無理なく両立できるように配慮した。

リビングの床面とワークステーションのカウンターはフラットに連続させ、コーナーには隣家の借景を楽しめる窓を設置
経営コンサルタントを自営されているご主人。仕事に集中できる環境も必要と考え、玄関を入った正面に個室のワークスペースをつくった
玄関から階段の上り口までフラットな土間床が続く。土間は墨入りモルタ ルで落ち着いた印象に仕上げた

以前の住まいで気に入っていたという中庭の代わりに空を取り込むハイサイド窓を設け、空中の庭として機能するルーフテラスをつくることでご夫妻の希望を全てかなえる住まいに仕上げた。
 「高床リビングという、変化に富んだワンルーム空間はすごく気に入っています。子どものそばで仕事ができる毎日は、まさに私たちが望んでいたものですからね」(ご主人)
 それぞれが自分時間を謳歌でき、思い思いに過ごせる居場所がある。絶妙な距離感を得られるK邸は、多様なワークスタイルに柔軟に対応できるヒントとなりそうだ。

ロフトを設けて天井を低く抑えたダイニングキッチンと、高く吹き抜けたリビング。ロフトは子どもたちの遊び場として活用
text_ Hiromi Matsubayashi photograph_ Takuya Furusue
取材協力

高さ約3mの天井に開放感がいっぱい。森と空、街並みを望むリゾート風マンション

沖縄に住むSさんご夫妻は、子育てが一段落したのを機に「もっとゆとりを感じて過ごしたい」と、十年以上暮らしたマンションを手放し、住替えを決意。物件を探す中、たまたま通りかかった場所でマンション建設予定の看板を見つけた。
 「市街を見晴らす高台にあり、向かいは琉球王朝時代からの歴史深い森。『これは間違いない!』と、すぐに最上階の住戸を申し込みました」 (ご主人)
 

物件データ 所在地/沖縄県那覇市
面積/115.46㎡
竣工年月/2018年6月
設計/㈱デザインスタジオ琉球樂団
www.r-gakudan.jp/

窓の外には青々とした空と緑。美しい街並みも広がり、晴れた日は遠くにけらま慶良間諸島も見える。約42㎡の広いLDKと最大3.2mの高さがある折上げ天井もぜいたくだ。開放感にあふれ、まるでリゾートのような雰囲気が漂う。  「ダイニングで夜景を眺めながら食事やお酒を楽しむ時間は最高です。気を遣わずに済むため、レストラン以上にくつろげます」(ご主人)

建具の高さを天井高と同じにして廊下を広く見せている。大理石調の白いタイルが明るさと高級感を醸し出す
LDKと隣接する洋室。現在はお嬢さまの部屋として使用しているが、引き戸をオープンにしてLDKと一体化することも可能

内装はライフスタイルに合わせてカスタマイズ。現在は社会人のお嬢さまと暮らしているが、いずれ夫婦二人暮らしになることを想定してシンプルでフレキシブルなプランに。LDK横の洋室は引き戸で仕切り、開け放てば広々と多目的に使うことができる。壁付けのL字型キッチンは、複数人が立って調理、配膳までをスムーズに行える。

オープンクローゼットとWICを併設した寝室。オープンクローゼットとの間仕切りにルーバーを用いて開放感と明るさをキープ
バルコニーはLDKから寝室までひと続きでキッチンからも出入りができる。ガラス製の手すり壁は眺望を邪魔せず、優雅な景色を満喫できる

また、沖縄の気候に配慮した設計の工夫が、より豊かな暮らしを叶えている。軒の深いバルコニーは強い日差しが遮られ、リビングの一部としても快適に過ごせる。開口部は遮熱、遮音効果を兼ねた水密性の高い複層ガラスのサッシを採用しているため、台風時の雨風の浸入やごう音を防いでくれる。室内壁にはしっくい、床下に竹炭を施し、湿気対策も万全だ。さらに遠赤外線による冷暖房システムにより、風を起こすことなく部屋の温度を均一化させている。

カビや埃が舞わない遠赤外線の無音、無風の冷暖房システムを導入(写真右)。壁にはご夫妻の好きなお酒やグラスを収める棚を造作

奥さまは、この家に引っ越してきてから、住まいの大切さを実感するようになったという。
「刻々と移ろう自然を感じては、癒されています。過ごす時間の全てがお気に入りです」(奥さま) 心も体も満足する家を手に入れ、人生のセカンドステージを生き生きと楽しんでいる。

L字型キッチンにアイランドのカウンターを合わせ、多くの作業が効率的に行えるように。回遊できるのも便利
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

織物工場のノコギリ屋根を住まいに採用。 大空を望み、光に包まれる気持ちのいい家

古くから繊維産業によって発展してきた愛知県一宮市。現在もあちらこちらで見られる「ノコギリ屋根」の工場が、趣のある街並みを形成している。
 ご主人の地元である一宮市に住まいを構えたKさん一家。連続する鋭角の屋根がシンボルの自宅は、街との調和を意識したデザインだが、そのユニークな外観には、快適な生活環境を実現するための配慮が隠されている。
 

物件データ 所在地/愛知県一宮市
面積/99.62㎡
築年月/2017年7月
設計/川島範久(川島範久建築設計事務所)
norihisakawashima.jp

「ノコギリ屋根の工場では安定した光を得るために採光面を北向きにし ますが、住宅なのであえて南向きとし、光が降り注ぎ、空の変化をダイレクトに感じられるようにしました」と話すのは設計を担当した川島範久さん。「とにかく明るい空間に」という要望を受けて着想したという。

広いテラスで子どもも大人ものびのびと過ごす。大きな屋根は夏の強い日差しを遮る一方、日射角度の低い冬は光が奥まで届く
北側のスペースは壁で仕切られ、プライバシーが保たれているが、スリット窓により広く感じられる。WICは将来、寝室にする予定

住まいは約40㎡の長方形を3つ並べた構成で、南側からテラス、LDK、寝室兼子どもスペースを配置。暗くなりがちな北側の空間にも、ノコギリ屋根によって高窓が設けられ、光を招き入れている。その他、傾斜した屋根には、日射角度の高い夏の日差しを遮る効果もある。
 「家族と一緒に過ごす時間が何よりの安らぎ。子どもたちが部屋にこもらないようにしてほしいとリクエストしました」(奥さま)

外装材のガルバリウム鋼板を天井に用いて外との一体感を演出。光の反射を狙い、空間を白で統一し明るい雰囲気に

LDKはテラス側をガラス張りにして開放的な場所に。寝室兼子どもスペースとの間の壁には、横長のスリット窓を入れ、気配が伝わるように工夫。扉一枚で行き来できるため、それぞれの場所で過ごす家族の距離がより近 くなっている。
 「外の様子が分かり、安心して子どもを遊ばせておけるのがいいですね。ゲストが来たときも、すぐコミュニケーションが取れます」(ご主人)

間仕切り壁の上部をオープンにして圧迫感を軽減。視線が抜けるよう、扉や壁の上部にガラスの欄間を設けた
メインの空調は1台の床下エアコン。冬は床下の温風が窓際から給気され、寒暖差を防ぐ。また断熱ブラインドなどを採用してより高断熱に

「ご家族にとっての最良の住まいを突き詰めた結果、地域で受け継がれ てきた形を活用することになりました。現代の価値観に合わせ、伝統を再解釈する試みになったと思います」(川島さん)
空と光をいっぱいに感じる住まいで、今日も家族のだんらんが育まれている。

北側の寝室兼子どもスペース。長いテーブルは家族共有のワークスペースとなっている。ベッドに横たわるとハイサイド窓から空が見える
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

オープンな空間の真ん中にキッチンを配置。 家族を身近に感じ、飲食を満喫する家

平日フルタイムで働くSさんご夫妻は、通勤に便利な山手線内側に住まいを持ちたいと考え、文京区に建つ築42年のマンションをリノベーション前提で購入した。都内出身のご主人が学生時代によく来ていたなじみのある地域で、周囲には緑豊かな庭園や伝統ある教育機関などが点在し、子育て環境としても好条件。窓からの景色の良さも決め手になったという。
 

物件データ 所在地/東京都文京区
面積/62.1㎡
リノベーション年月/2017年2月
設計/㈱フィールドガレージ
www.fieldgarage.com

郷土料理を食べに地方に出向いたり、酒蔵を訪ね歩いたりするなど、飲食への探究心が旺盛なご夫妻。リノベーションで要望したのは、食卓を囲む時間が充実し、料理をしている間も子どもの遊ぶ姿を見守れる住まいだ。
 元3LDKの空間は壁を撤去して広々としたLDK+個室1室のプランに改修。キッチンと食卓が設けられているのは、LDKの真ん中。南側の大きな開口部から光が注ぎ、借景の緑も眺められ、家族が自然と集まってくつろげるメインスペースとなっている。

コンクリート躯体となじむように色のトーンを抑え、マットな素材を使用。「ピカピカではないので、気を張らずに暮らせます」(奥さま)
キッチンと同じタイルで統一感をもたせた洗面室。スイッチやコンセントは使いやすさを考えて配置。洗面台下には掃除機用コンセントがある

「家族がどこにいても、会話しながら楽しく料理ができるようになりました。作りながら食べたり、食事の途中で冷蔵庫からさっと1品持ってきたりできるのがいいですね。外食が減りました」(奥さま)
 また、家事の負担を軽減するため、寝室や洗面室にも扉を設けずひとつながりの空間に。
 「ロボット掃除機が立往生することなく、家中を一気にきれいにしてくれるので助かります」(奥さま)
玄関土間とキッチンとの間にウォークスルークローゼットを設けたのも時短ポイントだ。帰宅して上着を掛け、すぐに家事に取り掛かれる

自転車やコートハンガーも置ける広めの玄関土間。クローゼットがすぐ近くにあるため、外出前の身支度や忘れ物を取りに行くのも便利
寝室は、将来、真ん中に壁を立てて2室にすることも可能なつくり。就寝スタイルを布団にすることで、お子さんの遊び場を確保した

インテリアはガレージのような雰囲気が好きなご主人の希望を反映。躯体壁の一部をむき出しにしてリビングにはロードバイクをディスプレイしている。
 「愛車を眺めながら飲むお酒は格別です」(ご主人) 緑にあふれ、文化の薫る土地と住まいに癒されながら、家族の豊かなときを刻んでいる。

壁にはアメリカから取り寄せたスタンドにロードバイクをディスプレイ。躯体を現したままで、建設時に書かれた線や字が味わいになっている
グリーンのタイルがやわらかな表情を与えるキッチン。床は耐水性のあるフロアタイル。油はね対策で、コンロは壁向きで設置
text_ Makiko Hoshino photograph_ Mizuho Kuwata
取材協力

バーを備えた小部屋やサブ階段を設置。 趣味を充実させ、過ごし方の幅を広げる家

岡山駅から車で30分ほどの田園地帯に住まいを新築したNさん一家。
交通量の少ない静かな環境や通勤しやすい立地が気に入り土地を購入したものの、農地転用許可を取るのに3年かかったという。しかし、その期間で理想の住まいをじっくり探究。当初はハウスメーカーで建てる予定だったが、「ゼロから好きなように建てたい」と考え、地元の設計事務所・風景のある家に依頼し、ライフスタイルに合う家を実現した。
 

物件データ 所在地/岡山市中区
面積/118.65㎡
築年月/2017年9月
設計監理/風景のある家.LLC
huukei-design.com

ワインコンサルタントのご主人は、自身もワインの愛飲家。仕事柄お客さまを招く機会も多いため、家族だけでなく、お客さまも気兼ねなくリラックスしてもらえる家を望んでいた。そこでポイントが置かれたのが玄関だ。
 「足を踏み入れたとたん、気持ちいいと思える『部屋』のような空間を目指しました」と話すのは、担当した河島康さん。約10㎡を玄関に充て吹抜けとした上で、屋外とLDK側にはめ殺し窓やガラス戸を採用。明るく視線が抜けるため、開放感を味わえる。

外観は岡山の昔ながらの和風住宅を意識し、2階部分に焼き板を使用。 軒裏を垂木現しにするなどして味わいを出した
2人で立っても余裕を持って使えるようにキッチンの通路幅は約120㎝と広めに設計。収納には使いやすいシステムキッチンを採用

玄関の向こうには、床が三段分下がった隠れ家のような小部屋を設けた。小さな流しとグラスの収納棚、ワインセラーを備え、バーのように仕立てられている。
 「一人でぼんやりお酒を飲むと息抜きになり、お店に行く必要がなくなりました。息子が隣でジュースを飲むこともあり、親子の良い時間を過ごせています」(ご主人)
 さらに、玄関にサブ階段を設置することで、ご主人がリビングで接客している間、家族がリビングを通らずにスキップフロアや2階に行けるように配慮した。

グレーの琉球畳を敷いたモダンな雰囲気のタタミルーム(スキップフロア)。サブ階段が架けられていて、玄関とダイレクトにつながる
屋根裏の構造材が美しく映えるように壁をグレーで統一。2階の手すり壁は上部をオープンにし、見上げたときに開放感が得られるようにした

「純和風住宅が好きだったのですが、現代には使い難いように思い、和モダンをテーマにしました」(ご主人)
外壁には、瀬戸内地方の住宅で親しまれてきた防腐性のある「焼き板」を使用。また、室内にはふんだんに無垢材を取り入れ、和室やキッチンなど、所々で梁を現しにした。
 寝室や子ども部屋の面積は最小限にし、その分、生活動線である廊下や階段、LDKを広めに設計したことで、ゆとりある間取りと和の風情が相まって、リラックスムードが漂う家となっている。暮らし方にフィットする快適な住まいには、今日も家族の笑い声が響く。

バーは床が低くなっていて秘密基地のよう。「家にいながら、ふらりと飲みに出掛ける気分を味わえます」(ご主人)
LDKのほか廊下や階段までスギの無垢材を使用。足ざわりが良く、素足で過ごせる。LDKは大きな窓の効果でより広く感じられる
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

ボルダリング壁にお絵描きスペースも。 子どもが笑顔になる、子育てに最適な家

Cさん一家が以前住んでいたのはご両親が所有するオフィスビル。大通りに面していて騒がしく、アレルギー体質の家族がいるため、空気環境も悩みの種だったという。子どもが小さなうちに家を建て、子育てのひと時を大事に過ごしたいと思っていたご夫妻は、閑静で緑豊かなさいたま市の郊外にある約180㎡の土地を手に入れ、一戸建てを構えることにした。
 

物件データ 所在地/さいたま市緑区
面積/117.62㎡
築年月/2018年12月
設計/昭栄建設㈱ Shoei彩工房事業部
筋野 高如(基本設計)、脇坂 隆洋(実施設計)
www.shoeigro-built.com

「家族でいる楽しさを最大限に味わい、親子関係を豊かに育んでいける家にするため、住まいの中心に階段をつくり、家族をつなげる装置としました」そう話すのは設計者の筋野高如さん。リビングの吹抜けと階段は一体化され、料理中やソファに掛けながらでも、1階と2階を行き来するお子さんを見守れるようになっている。玄関からLDK、階段、2階廊下までオープンな間取りは、どこにいても家族の様子がわかり、自然と会話が生まれる。

グレーのガルバリウム鋼板でシンプルモダンに仕上げた外観。玄関前に千本格子のパーテーションを立てて目隠し
一体感のあるデザインと地震時の転倒防止のため、収納家具は造り付けに。大きな実験用シンクは子どもの汚れた洋服を洗う時も便利
廊下のパーテーションに黒板クロスを貼り、伝言板兼お絵描きコーナーに。 その裏は洗濯物に花粉などが付着するのを防げる室内物干しスペース
高気密・高断熱住宅なので、各階1台ずつのエアコンで年中快適な室内温度をキープ。光熱費も節約できる。

遊び盛りの子どもたちのために、LDKにボルダリング壁を設置。梁からは ロープを吊るし、2階廊下には黒板スペースを設けた。
 「公園で遊ぶことが大好きな長女が、雨の日でも家で退屈しないようにとつくってもらいました。4歳の長男と一緒に壁のホールドをつかんで2階によじ登り、黒板にお絵描きするとロープで降りてと、家じゅうを何度も行き来して楽しそうに遊んでいます」(奥さま)
 ご夫妻のもう一つのこだわりが、快適な温熱環境・空気環境を整えること。

広く回遊性のあるキッチンは親子で使いやすいつくり。作業台は両側に棚がありたっぷり収納が可能。どこに何を置くか計算して形にした

ご夫妻のもう一つのこだわりが、快適な温熱環境・空気環境を整えること。 家全体を外側から断熱材で包み、壁に二重の通気層をつくって高気密・高断熱にする「ソーラーサーキット工法」に、機械で計画的に給排気を行う「第一種換気」を組み合わせた。これにより夏は涼しく、冬は暖かで、常時きれいな空気の住まいを実現している。
「話し声や生活音が身近に聞こえるので、同じ空間にいる安心感があって居心地がいいです」と笑顔のご主人。開放的なキッチンで食事の支度をしていると、子どもたちがお手伝いに駆け寄ってきてくれる。何げない日々の幸せを噛みしめている

「子どもが小さいうちはダイニングで勉強を」とカウンターを配置。家全体に取り入れた無垢材が、ぬくもりを添える
text_ Makiko Hoshino photograph_ Susumu Matsui
取材協力

外国人と一つ屋根の下で半共同生活。シェアハウスで日常的に国際交流を体験

中学、高校とクラブチームに所属し、スポーツに打ち込んできた荒木さん。 シアトルに短期留学をした際、「生活も競技も型にはまったところがなく、誰もが自分を楽しんでいる」と感じ、いつかまた海外に行きたいと考えていた。
 

物件データ 所在地/福岡市博多区
面積/677.29㎡
リノベーション竣工年月/2011年10月
設計・施工/OBSCURE(服部英城)
デザイン監修/㈱福岡リノベース www.f-renobase.com
取材協力/「Discovery Hakata South」
企画・運営/九州レップ㈱ krep.co.jp

福岡市の専門学校に進学し、一人暮らしをしていたあるとき、友人との会話から国際交流型シェアハウスがあると知る。市内で見つけた「Discovery HakataSouth」は、外国人は費用が優遇される設定で7割の入居者がイタリアやフランスといった欧米からの外国人。日本で留学気分を味わえる願ってもない環境だ。「社会人になれば簡単には渡航できない。今しかできないことをしよう!」と半年前に越してきた。

個室、ドミトリー、共用スペースから成る大型シェアハウス。無料のシェアサイクルも。保証人や敷金が不要なため、短期間の入居者も多い
遠くに山々や離着陸する飛行機が見られる、気持ちのいい屋上。洗濯物を干すほか、外国人は日光浴での利用が多い。「一人暮らしではなかなか得られない場所です」(荒木さん)
シアタールームはいつでも自由に利用可能。「たまにルームメイトと一緒に映画を観ます」(荒木さん)。スクリーンにはパソコン画面も映し出せる
キッチンではシェアメイトとワイワイ料理をして食卓を囲むことも多い。庭で時折バーベキューを楽しんでいる

「期待で胸がいっぱいでしたが、本当にみんなと仲良くなれるかな?という不安も。でも、初日から気さくに話し掛けてもらえて、すぐにその思いは吹き飛びました」(荒木さん)
 リノベーションした4階建てのビルは、1階が丸ごと共用スペース。広いリビングには複数のソファやテーブル席が用意され、シアタールームも完備。くつろぎの場が至る所にあり、交流が促される。渡日した外国人にとっては日本でコミュニティーを得られる良さがあり、住人同士の関係は良好。背景には、運営サイドの計らいもあるという。
「定期的に業者の清掃を入れ、掃除の負担がかからないよう配慮。入居者にハウスマネージャーを担ってもらい、意見を逐一吸い上げています」(運営会社・金城さん)

エントランスにはウェルカムの気持ちを込めて、地元・福岡市のアーティストによる世界地図を展示。カウンターやソファなどが配され、憩いのムードが漂う
水回りは全て共用。業者の清掃が定期的に入るため、きれいな状態が維持されている。インテリアは、外国人が親しみを持てるデザインに
ダイニングのコーナーに収納ボックスを用意。レトルト食品や香辛料といった細々とした嗜好品を個別に管理できるようにしている

アルバイトに勉強にと忙しい荒木さんだが、積極的に住人たちとの時間をつくっている。休日はカフェや観光地に共に出掛け、触合いを満喫。英語でのコミュニケーション力を身に付けられるのが魅力だが、言葉を超えた友情を築けたことも大きいという。
 「好きな人たちと一緒にいると安らぐし、早く帰りたいなといつも思います。普通に一人暮らしをしていたら到底、考えられない体験です」と笑顔を見せる荒木さん。かけがえのない今このときを楽しんでいる。

各個室は10㎡で30室全てに家具や冷蔵庫、Wi-Fi設備が付く。元社員寮で壁もドアも頑丈。プライバシーが確保され安心して過ごせる
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Ookura
取材協力

みんなで机を囲んで仕事に勉強に専念。 図書館のようなワークルームのある家

Oさん一家は大学教員のご主人と研究者の奥さま、7歳の長女、5歳の長男の4人暮らし。公園を臨む世田谷区のマンションに住み始めたところ、のどかな自然と、ギャラリーや古書店のある豊かな文化性が気に入り、近隣に一戸建てを建てることにした。
購入したのは約64㎡のコンパクトな敷地。限られた面積だが、自宅で仕事をすることが多く、専門書を大量に所有するご主人にとって、大容量の書棚と職住一体の暮らしは外せない条件だった。
 

物件データ 所在地/東京都世田谷区
面積/97.3㎡
築年月/2016年5月
設計者/彦根明+狩野翔太(彦根建築設計事務所)
www.a-h-architects.com

O邸の間取りは1階が書棚に囲まれたワークルームと音楽ルーム、2階はLDKと浴室、3階は寝室と子ども部屋で、建物の中心に円筒状の壁で囲まれたらせん階段を配したユニークなプラン。
「シンプルな間取りだと広がりを感じにくいため、『変化のある空間づくり』を目指しました」そう話すのは建築家の彦根明さん。らせん階段の壁を部分的にオープンにして、空間全体に適度なつながりを持たせている。

建物を南側に寄せたことで、高さ制限(北側斜線)をクリア。北側にはアプローチを設けて木製ルーバーで目隠し
らせん階段の壁はピアノの搬入出に必要な幅を確保し、構造壁を入れているため歪な楕円形に。有機的なフォルムが芸術的なムードを漂わせる

「ご家族を見ていると、とてもフラットで対等な関係。一体感を得ながら自立して過ごせる設計とすることで、よりOさんらしい暮らしに近づけたいと思いました」(彦根さん)
 ご主人の仕事場であるワークルームには、子どもたちと奥さまのデスクも設けられている。4つの机を中央に固めてそれぞれにパーテーションを立て、同じ場所にいながらおのおのが勉強や作業に専念できるようにした。書棚は壁全体につくり付けて収納量を確保。書物に囲まれたようなつくりは学術に携わるご主人にとって至福であり、図書館のような穏やかなムードも味わえる。

リビングダイニングの東側の窓は、視線を遮りながら公園の緑を取り込む高さ。戸棚は下部を開放して間接照明を入れ、軽さと広がりを演出

「思い切った試みでしたが、仕事中でも子どもが宿題をしたり本を読んだりする姿を見守れるように。2階の気配も伝わり、いつも家族といる気持ちになれます」(ご主人)
「人との関わりの中で、子どもが自分の過ごし方を見つけられる家になったなと。色々な居場所があり、1人の時間も充実します」(奥さま)家族のスタイルにマッチし、心にゆとりをもたらす住まいが、4人の絆を育んでいる。

玄関には明るさと広がりを感じられるガラス扉を採用しているが、アプローチの木製ルーバーと壁によってプライバシーは守られる
敷地北側の余白を生かして3階にテラスを設置。らせん階段の壁の一部に開口部を設けて抜けをつくり、手摺りは支柱側に設置
三角屋根の勾配を現した開放的な寝室。白壁×木のぬくもりのある空間に公園の鮮やかな緑が映え、美しいコントラストを見せている
取材協力

text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura

開放的な土間スペースで気軽に交流。 町と人を結ぶ、現代の金澤町家

江戸時代に加賀百万石の城下町として栄えた金沢市。戦災を免れたために由緒ある街並みが残り、古くからの建築物は「金澤町家」と呼ばれ親しまれている。仕事をきっかけに東京から金沢に越して来た竹内さんは、「金沢らしいエリアに住むことで、この地と向き合っていたい」と、街の中心部に近い土地を選んだ。
 

物件データ 所在地/石川県金沢市
面積/149.18㎡
築年月/2015年10月
設計者/竹内申一
(竹内申一建築設計事務所/金沢工業大学)
www.take-arch.com

建築家のご主人は、これまでの経験から当然のようにモダンな家を建てるつもりでいたが、そこは図らずも歴史ある寺院が点在する重要伝統的建造物群保存地区にあり、景観を損なわない外観にすることが、条例で決められていた。「外側だけ繕うのは違和感があるし、かといって江戸、明治のつくりに倣っても暮らしにくいはず」と、今の時代にふさわしい町家とは何かを考え、〝伝統の再定義〞にチャレンジすることにした。

敷地はにし茶屋街や寺院群が近くにある街の一角。屋根に黒の金属板、外壁に米ヒバを使い、風情ある景観になじむようにしている
建物の短手方向を、耐力壁が必要ないラーメン構造とすることで奥行きを実現。梁は北陸の積雪荷重に耐え、空間にリズムを生むサイズと間隔で入れた

「大切にしたのは『町との親和性』です。かつての町家は道路側に店舗、奥に生活空間が設けられていましたが、わが家も外に開いた場所をつくり、地域の方と自然に関われるようにしたいと思いました」(ご主人)
大通りに面した1階はガラス張りにして天井を高く設定。公共ホールのように非日常的でオープンな雰囲気の土間スペースと音楽室を設けた。声楽家の奥さまが教室を開いたり、ご主人がお子さんのパパ友達と飲み会をしたり。土足で過ごせることもあり、気軽に人が集まっている。寝室やLDKは上下の階に振り分け落ち着けるようにしたが、スケルトン階段が通り土間の役割を果たし、家全体でつながりを感じられる。

床レベルを上げて1階と距離を取った2階のLDKは、よりプライベートな空間。大通りに面するため見晴らしが良く、息子さんと一緒に伸び伸びと過ごせる
1階の天井は4.5mもの高さをつけ、非日常的な雰囲気に。玄関側のガラスは二重にして、生活スペースへの防音と音響に配慮した

「近所の方から『あのお店みたいな家の人ね』と話し掛けられると、顔が分かる家になったなとうれしくなりますね。町の風景を享受する一方で、夜はうちの灯りが道を照らしている。家と町に接点が生まれると、互いに豊かになる気がします」(ご主人)
「ワークショップも音楽会もしてみたいと、想像しては夢を広げています。ゆくゆくは町の小さな拠点のようになるといいですね」(奥さま)文化が息づく金沢が大好き、と口をそろえるご夫妻。現代の町家によって地域と結ばれ、自分たちらしく思いを表現している。

土間スペースには小さな洗面台を設け、手を洗ったり食器をすすいだりできるように。室内側の建具にも鍵を付けセキュリティー対策をしている
冬の防寒のため、LDKの手前に建具を設置。ガラス戸にして視界の抜けをつくり、廊下が空間として無駄にならないようにした
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

住みやすい街でマンションリノベ。 家族がつながる適度に開放された住まい

ご主人の仕事の都合で豊中市に移り住んだNさん一家。当初は空港や新幹線停車駅へのアクセスの良さからこの街を選んだというが、住み始めてみると緑豊かな公園の多さや申し分のない教育環境を実感。すっかり気に入り、2人目のお子さんを授かったタイミングでマンションを購入することにした。
 学生時代に建築を学んでいたご主人は、個性的な中古物件をリノベーションしたいと考えていた。出会ったのは、著名な建築家が設計した築 26 年の集合住宅。外観や共有スペースに趣があり、間取りも一風変わったつくりで、「これは面白い家になる!」と、イメージが広がったという。
 

物件データ 所在地/大阪府豊中市
面積/97.46㎡
リノベーション年月/2017年3月
設計/アートアンドクラフト
www.a-crafts.co.jp

Nさんご夫妻が求めたのは、ほどよくプライバシーを保ちながら、どこにいても家族のつながりを感じられるワンルーム風の住まいだ。
 「子どもを部屋にこもらせることなく、いつまでも楽しく過ごせる家族でありたいと思いました」と奥さま。壁や扉は極力なくし、玄関から廊下、LDK、ライブラリーと、家全体を回遊できるように。ダイニングとライブラリー、子ども部屋は直線で結び、子ども部屋には大きな開口部を設けた。各部屋の間には袖壁やパーテーションを設け、床の高さや材質を変えて、ゆるやかにゾーニングした。

リビングはオープンだが、パーテーションがあることで落ち着いた雰囲気に。時折、こちら側をダイニングにして気分を変えることも
家族4人が使いやすいように玄関を広めにとり、大容量のオープン棚を造作。木製ドアは特注品。大きなガラス窓から明るさと開放感を得ている

「家族それぞれが自由に過ごす時間も必要だと思いますが、まだ幼い子どもたちが何をしているのかは気になるもの。ダイニングから遊ぶ様子が見えるので、目をかけながら、ゆっくりお茶を 飲めて助かっています」
(奥さま)ご主人がライブラリーの机に向かいながら、リビングにいる奥さまと会話をすることも。

生活動線上で使えるように廊下の脇に洗面台を配置。廊下はフレキシブルボードで仕上げモルタル風に。黒枠のパーテーションがアクセント
子ども部屋の面積を確保するため、寝室は最小限に。出入口の手前に余白をとり、こもり感を出した。ミントグリーンの壁色は長女のセレクト

「互いを近くに感じますが、それが妨げにならず、別のことに集中できるのがいいですね」(ご主人)
 お子さんたちは床の段差に座って本を読んだり、窓辺におもちゃを並べたり、毎日遊びに夢中。その姿を見るとうれしくなると、ご夫妻は話す。のびやかな空間で今日も家族の笑い声が響いている。

ダイニングと子ども部屋の間にライブラリーがあり、適度な距離を保って見守れる。子ども部屋にはユニークな大小の開口部を設けた
造付けカウンターのあるライブラリーは調べものなどに使用。「LDKからの視線を遮る袖壁があるので集中できます」と奥さま
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

賃貸マンションで大規模なDIYを実践。 アイデアを形にして理想の空間に

プロダクト・空間デザイナーの加藤敬さんが住むのは、松戸駅から徒歩 15分ほどの場所にある築45年の賃貸マンション。近くには歴史ある庭園があり、部屋の広さは約 57㎡。豊かな自然とゆとりある空間は、ものづくりの環境にうってつけだったが、何より引かれたのは退去時に原状回復する必要がなく、自由にDIYができる点だった。
 

物件データ 所在地/千葉県松戸市
面積/56.83㎡
築年月/2018年8月
プラン・施工/加藤敬
www.instagram.com/itsukadesign
取材協力/まちづクリエイティブ
www.machizu-creative.com

かつてジュエリー会社に勤め、店舗の内装を任されていた加藤さんは、デザインから資材の手配、施工までを経験し、自らの手で空間をつくるとりこになっていた。松戸市で空き家対策も行うまちづくり会社が用意したこのマンションは、まさに願ってもない条件。都心のアパートから移り住み、やってみたいこと全てをここで形にしようと決めた。
 「限られた状況下、失敗や成功を繰り返しながら、工夫して仕上げるのが面白くて。『買わずにつくる』と意気込み、床からベッドまでほぼ全て 手づくりしました」(加藤さん)

リビングの床は既存畳に防カビ・防虫シートを貼り、ベニヤを敷いて板の 間に。家具を動かすときなどに寸法を測りやすいよう正方形の板で統一
直線と曲線を取り入れ、デザインに動きをつけるのが加藤さん流。土間は玄 関口だけ一段高くして曲線で仕上げている

土日を使って作業を進め、約1年で今の状態にしたという加藤さんの部屋。用途に合わせて3つのスペースに分かれており、玄関に入るとすぐに土間のDIYルームがある。続いては和室。ごろりと寝転がれる畳のほか、小さなテーブル席もある。リビングは通称「アイデア出し部屋」。床から天井まで真っ白でまとめ、窓辺にデスクを配置。おのずと発想が湧いてきそうな、研ぎ澄まされた空間だ。各部屋は壁で隔てられているが、室内窓などを採用しているため、ゆるくつながりを感じられる。曲線の窓枠や天井のかすれたペイントなど、ディテールのデザインも徹底した。

DIYルームでは主に試作品をつくっているが、玄関に近く、靴を脱がずに立ち入れるため、隣人との交流の場としても活用している
落ち着いたムードを出すため、和室はくすんだ色でまとめ、内窓を設置。自作のテーブルは脚を丸棒にするなど和になじむデザインに
垂れ壁の厚みに合わせて壁を造作し、テレビを埋め込んだ。モビールも加藤さんの自作。天井にビスを打ち、竹の棒を取りつけて吊るしている

「リビングで思いついたことを、DIYルームで試すことができます。すぐ行動に移せる環境が整い、『いろいろやってみよう』と意欲が湧くようになりました。一通り挑戦すると、次のアイデアが浮かぶもので、目下、今度は何をしようかと画策中です」(加藤さん)
 自分でつくると愛着もひとしお、と笑顔を見せる加藤さん。手応えを感じながら、今日もこの部屋で新たなものを生み出している。

和室の土間は玄関までつながり、靴を履いたまま過ごせて便利。玄関側の垂れ壁にはじゅらく壁を採用した
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Ookura
取材協力

北国の生活を一年中豊かにする インナーテラスのある家

南西部に山岳が広がり、豊かな自然と都心の華やかさの両方を兼ね備える札幌市。山を望む住宅街で緑を身近に感じながら暮らしてきた源さんは、親しみある地元に家を新築することにした。購入したのは高低差が約4mある三角形の土地。地盤調査を行うと、一部は平坦であると分かった。
整地したり、高低差に合わせた建物にしたりすると、費用がかかる上に使いにくいため、限られた平らな場所にシンプルな形で建てることにした。
 

物件データ 所在地/北海道札幌市
面積/106.22㎡
築年月/2015年8月
設計者/髙木貴間(髙木貴間建築設計事務所)
yoshichikatakagi.com/

以前のマンションは、フラワーデザインの仕事をするのに手狭なのが悩みだったという奥さま。そこで建築家の髙木よしちか 貴間さんが提案したのが、玄関やアトリエ、ダイニングキッチンのある1階の中央に、大きな吹抜けのインナーテラスをつくるプランだ。ここだけは断熱材を使わず、屋根や壁などで強い雨風を避けながらトップライトや半透明の複合シートで採光性を確保した。

1階のインナーテラスと2階は基礎から張り出したつくりに。道産の建材を 積極的に使っており、外壁は道南スギを無塗装で張った
三角屋根の形状を現したインナーテラスの天井。最頂部には天窓があり、 家の中にこもった暑い空気が抜けていく

自然の光を感じながら伸びやかに過ごせるインナーテラスは、生花の状態を保ちやすく、資材の搬入出もスムーズ。作業場になるほか、暖かい季節はバーベキューを楽しむなど、人と集うのが好きな一家の格好の交流の場になっている。真冬は風除室やサンルームとなり、居住スペースの防寒性を高めてくれるのも利点だ。

廊下とリビングの傾斜した壁は耐力壁で、空間にゆとりをもたらす効果も。 窓を設けたことで、インナーテラスとのつながりと採光性が生まれている

「北海道では、高気密・高断熱住宅で室温を一定に保つのが一般的ですが、あえてコントロールされない、季節で使い方が変わるスペースを中心に置くことで、生活に彩りを添えられたらと考えました」(髙木さん)
 室内は広さや開放感を得られる工夫が随所に施されている。2階を格子床の廊下にするほか、リビングの壁に隙間をつくり、1階の気配が分かるように。敷地に平坦な部分が少なく、基礎を小さくせざるを得なかったため、木造部分で十分な強度をつけ、一部の部屋を基礎から迫り出してつくることで、床面積を増やしている。

ドアには断熱性の高い樹脂フレームのLow-E複層ガラスを採用。窓の半透 明の複合シートはテントに使われるもので、取り外すこともで
インナーテラスの北側は雰囲気を変え、一段高くしたウッドデッキに。夏場 は涼しく、寝そべったり、お茶を飲んだりしてくつろいでいる

「仕事ははかどるし、ドアを開ければインナーテラスとダイニングがひと続きになり、夏は特に気持ちが良いです」(奥さま)
 既成のスタイルから外れた新しい北国の住まいは、日常に今までにない新鮮さをもたらしている。

家族3人それぞれの寝室があり、息子さんの部屋は山を望む南西側。はしご で上り下りするロフト状のベッドを設け、限られた空間を有効活用
ゲストを招くことが多いため対面式キッチンとし、収納は障子で目隠し。上部 のリビングの壁には隙間があり、キッチンに立ちながら家族と会話ができる
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

ローカルな暮らしを求めて高松に移住。家族の傍らで自宅兼ゲストハウスを営む

高松の観光スポットにアクセスしやすい住宅街で、若宮さんご家族はゲストハウスを営んでいる。住宅と宿泊施設を廊下で結んだ職住一体の家は、開業と同時に新築したものだ。
 「仕事は早朝から深夜に及びますが、行き来がラクなので、拘束されているとは感じません」(ご主人)
 2棟は廊下を介しているため、騒音が伝わる心配はない。扉には鍵が備わり、家族のプライバシーも守られている。
 

物件データ 所在地/香川県高松市
面積/194.59㎡
築年月/2014年7月
設計者/佐伯博英(佐伯工務店)
saiki-komuten.jp

中学時代に外国の人々と文通したご主人は、高校時代に国際支援団体に関わり、国際協力の仕事を目指すようになる。しかし、青年海外協力隊で派遣された西アフリカのセネガルで、考えが一転する。
「単身または妻子と異国に赴任する生活が続けば、日本の親兄弟や友人と会うことは難しい。片やセネガル人は、土地に根差し、仕事場は自宅のそば。父親が子どもの服を買いに行くのは当たり前で、親子の距離が近いんです。豊かさを肌で感じて、価値観が変わりました」(ご主人)

手前に駐輪場があり、通りから目隠しされる形になった玄関。飛び石や格子戸、瓦の庇など、来訪者の胸が高鳴る外観デザインに
ゲストの心が安らぐように、建物のあちこちに和の素材を取り入れた。階段の手すりには、竹を使っている

同じような生き方がしたいと思いついたのが、故郷高松でゲストハウスを開くことだった。セネガルで同僚だった奥さまも共感し、結婚とともに高松に移住。バックパッカー旅を愛好してきたご夫妻の経験を生かせる最善の選択だった。

ゲストハウスのフリースペース。受付を兼ねており、息子さんが手伝うことも。天井は全てスギを使った

「お客さんに親しまれ、家族がホッとできる空間を目指しました」と話すのは、設計者の佐伯博英さん。
 天井の梁を現しにして開放感を持たせ、徳島のヒノキの床や宮崎のシラスが材料の壁など、心安らぐ国産の自然素材を豊富に取り入れた。リビングには畳を採用。家族で集ってはくつろいでいるという。和の意匠を散りばめたゲストハウスは、風情があると宿泊客に好評だ。

和紙を貼った壁が柔らかなムードを添える玄関。住宅とゲストハウスの間 には中庭があり、視線が合わない位置に窓が設けられている
子ども部屋は、将来、間仕切りすれば個室化できる。今は秘密基地として、想像力いっぱいに遊んでいる

「掃除の合間に予約を受けたり、お客さんの観光の相談にのったり。暮ら しの傍らで仕事をしています」と、笑顔で話すご主人。助産師の奥さまとは、家事を平等にこなしている。
 「各国を渡り歩くのもいいけれど、地元に根を下ろして暮らす方が楽しい。親の働く姿から、息子も学んでいるようです」(奥さま)
 何より理想とする生活を体現しながら、家族の物語を紡いでいる。

ダイニングも兼ねた畳リビングの壁の材料には消臭、調湿効果のあるシラスを使用。外には濡れ縁や庭を設け、自然を満喫している
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

鎌倉の自然を望む築50年のマンションをレトロな味わいを生かしてリノベーション

建築が好きで、これまで色々な街の賃貸物件を〝住み歩いて〞きたという菅生さん。都心での生活を謳歌していたものの、仕事やプライベートで経験を重ねる中で、ふと違う暮らし方をしてみようと思い立った。気持ちが向かったのは、鎌倉。「まずは気軽に賃貸で」と、試しに市街から離れた極楽寺に移り住んでみたところ、すっかり引き込まれ、3年半後には近くのマンションを購入した。
 

物件データ 所在地/神奈川県鎌倉市
面積/40.75㎡
リノベーション年/2014年
設計者/石井大吾(Daigo Ishii Design)
daigoishii.com

「当初は鎌倉駅近くで探していたのでしぶしぶだったのですが、住んでみたらここは海と山が身近で本当に静か。得がたいものがあるんです」(菅生さん)
 何よりの決め手は、海と山を望む絶好のロケーションと築50年の建物の味わいだ。

洋服を飾りながら収納できるハンガーラックは、玄関から寝室を目隠しする役目も。ワンルームで開放感がある点もお気に入り

「部屋に入った瞬間、美しい眺望に心を奪われて。レトロな内装も気に入りました」と話す菅生さんは、長年リノベーション会社で働いていたプロ。
手を加えればもっと魅力が増すはずと、迷わずリノベーションを決意し、基本プランを建築家の石井大吾さん、難度の高い造作物は施工会社に任せながら、同僚や友人たちとDIYでつくり上げた。

アンティークデスクにガスコンロをはめたキッチン。「メンテナンスに手間はかかりますが、この家に住む面白みの一つ」と菅生さん
化粧品店で使われていたアンティークのショーケースに、小さな観葉植 物をディスプレイ。「水やりもゆったりした良い時間」と菅生さん
リビングのコーナーにあるアメリカ製アンティークドアの向こうはWIC。季 節違いの洋服などをしまっている

そろえた家具は、ほとんどがアメリカのヴィンテージ。施主支給した水栓やレンガなどのパーツも、味のあるものばかりだ。ワークトップや ダイニングテーブルは、古い木製デスクにシンクをはめたり、山小屋の扉を使ったりしてリメイクした。愛着 の湧くシャビーなアイテムと、既存のディテールが溶け合い、独特のムードが漂っている。

ステンレスのカウンターは、以前の家で使用していた吊戸棚を活用した もの。手前の席に友人が腰かけ、キッチンに立つ菅生さんと会話を楽しむ

都内への通勤は片道1時間半だが、オンオフの切替えになっている。休日は海でスタンドアップパドル・サーフィンをした後、買い物をして、帰ったらリビングでお酒を一杯。夜は仕事で遅くなることが多く、平日にゆっくりできるのは朝のわずかな時間だが、そのひとときがとても大切なのだという。
 「日差しの中で海を見て、水を飲みながらぼんやりとする。何てことない日常の一こまですが、このために鎌倉に来たのだと感じます」(菅生さん)
 都心では得られなかった心身を解きほぐす住まいと時間を日々満喫している。

大きな窓から鎌倉の雄大な景色を一望。サッシには黒のアイアン塗料をペイント。バルコニーにも家具を置き、くつろげるように
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

収穫から料理まで自然の中でワイワイと。 家庭菜園の楽しみが増す、土間のある家

「野菜を育てたり、DIYをしたり、つくることが好きです」と話すSさんは、いつか自然を感じながら暮らしを満喫できる一戸建てを建てたいと思っていた。奥さまと2人で地元の豊橋市の賃貸マンションに住んでいたが、新築するならローンを組みやすい30代前半のうちにと一念発起。自らの足で時間をかけて理想の土地を探し回った。畑を宅地造成したこの敷地は、豊橋駅から車で約15分ながら、目の前が山々と田畑の一大パノラマ。南側は建設が制限される市街化調整区域なので、この先、風景を壊されることはない。地盤が強いことも分かり、「これ以上の好条件はない」と購入を決めた。
 

物件データ 所在地/愛知県豊橋市
面積/111.00㎡
築年月/2018年11月
設計/伊藤博昭(㈱イトコー)
itoko.co.jp

せっかくなら地元の工務店と建てたいという思いと、「自然と寄り添う家づくり」に共感したことから、東三河で展開する建築会社「イトコー」に依頼。設計者の伊藤博昭さんから受けた提案は、思いもよらないものだったという。

深い軒が夏の強い日差しを遮り、室内の温度上昇を防ぐ。両隣の家からの視線に配慮して建物を少し斜めに振っている
南に向けて大開口を設けることにより風をたっぷり取り入れることができる。壁の一部に設けたルーバー越しに訪れる人の気配が分かる

「この環境をいかに暮らしに落とし込むつくりとするかが、Sさんらしいライフスタイルを実現させる鍵でした」と伊藤さん。畑に面した南側を大きく開き、「屋根」「キッチン」「家庭菜園」「家具」までを備えた土間スペースをつくった。ここは自然の開放感を味わいながらくつろげる第2のLDK。

2階への動線の短縮と落ち着いた雰囲気を出すため、天井を低く設定したリビングダイニング。梁や下地をむき出しにして開放感を高めた

野菜は土間の先にある庭に置いた大型コンテナで育てている。腰を屈めずラクに手入れができる上、収穫、調理、食事、片付けまでをシンプルな動線で行えて、家にいながら気軽にアウトドア気分を楽しめる。庭からゲストを招きやすく、DiYの作業場にも最適。引っ越して数カ月だが、早くも道具箱や棚づくりなど、得意の木工にいそしんでいる。

2階は寝室や浴室を配したプライベート空間に。1階の来客を気にせず入浴できる。また個室は引き戸でフレキシブルに間仕切ることが可能
2階の洗面スペースは、朝気持ち良く過ごせるように2面に開口部を設けて大きな鏡を設置した

「朝起きて景色を眺め、植物の手入れをするのが日課に。料理に凝ったり、近所を散歩したり。自然に親しむようになりました」(奥さま)
 「季節の移り変わりを眺められるのがぜいたく。家の居心地が良いので、外出が少なくなりました」(ご主人)

ロフトはご主人のワークスペース。「DIY好きなので、将来は棚をつくるなどして倉庫のように使いたい」とご主人
text_ Makiko Hoshino photograph_ Susumu Matsui
取材協力

マンションリフォームで理想の暮らしを実現。 プリザーブドフラワーを楽しむ家

世界各国を行き来しながら、ハードに働いてきた西田さん。「帰る家が欲しい」と、北区のとあるエリアにマンションを購入したのは 10 年前のこと。
日当たりが良い上に、2LDK+Sの十分な間取り。カウンターキッチンもあり、ひと目で気に入った。しかし、長く暮らす中で床や壁の汚れが目立ち始め、リフォームを考えるように。折しも、数年前にゆとりを持てる働き方に変え、趣味で始めたプリザーブドフラワーを兼業とするまでになっ ていた。自分らしく暮らしを変化させ、理想の空間への思いを募らせていた時期と重なり、インテリアから部屋の使い勝手までを見直すことにした。
 

インテリアプラン/浅野佳代(㈱アサノプランニング)
echt-tokyo.com
物件データ 所在地/東京都北区
面積/49㎡
築年月/2018年2月
設計・施工/㈲ディー・エス・アイ
d-si.jp

そうしてかなえたのは、植物やアンティークが似合う、ナチュラルな住まい。白い壁や建具に、柔らかなブラウンの床がベース。色柄のきれいな壁紙を張ってアクセントウォールをつくり、華やかさを演出した。
  「壁を取って広い空間にすることも できましたが、家でレッスンを開きたかったので、オンオフを付けたくて。間取りは変えないことにしました」(西田さん)

寝室は窓のない西側の部屋。「静かで快適」と西田さん。洗面室などのド アには白のシートを張ってコストダウンを図った
趣味で始めたプリザーブドフラワーは、販売・レッスンするまでに。ますます 意欲を高めている

最も胸を高鳴らせたのはアトリエづくりだ。自然光の注ぐ南側に配し、ここだけは壁を真っ白に。主役の花が引き立つように環境を整えた。造作した黒枠の室内窓は開放感を生み、雰囲気を盛り立てている。
 以前はリビングで作品づくりを手狭に行っていたが、今ではゆったりとアトリエで制作。寝室の扉は半透明のガラス戸に変えて、視線を遮りながら採光できるように。用途別に部屋を区別したことで、気持ちも切り替えやすくなった。

「家の中で、一番良い部屋をアトリエにしました」(西田さん)。シンプルな配色と、たっぷりと注ぐ自然光は、撮影や、花材を合わせるのに最適

コストダウンの技も利かせている。施工会社に依頼して、手持ちの家具をブラウンや白にペイント。一部の建具には白のシートを張り、黒のノブやつまみに変えて、新調せずとも部屋に馴染むようにした。  「思い描いた空間になると、ここに似合う作品をつくりたいと感じるようになり、創作意欲が湧いてきます。家具や小物を少しずつ変えるより、リフォームが断然おすすめ。好きなものに触れていると元気になるし、家に帰ること、家で過ごす時間が楽しみになりました」(西田さん)

室内窓は空間をゆるくつなげるほか、撮影時の良い背景に。ガラスシェードの照明や自然な風合いの木製テーブルがムードを醸し出す
トイレには明るい色柄の壁紙を。作品を飾り、華やかさを感じられる場所に。タオル掛けやペーパーホルダーは黒のアイアン製に付け替えた
寝室の壁一面に張ったのはドイツの輸入壁紙で、ゴージャスでも落着きのあるところがお気に入り。廻り縁には細めのモールディングを施した
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

ごろりと横になれる畳でだんらん。新旧の良さが融合する和モダンな家

 ご両親と暮らすMさんは、2016年に熊本地震を経験。築40年の旧宅に傾きや隙間が生じたため、建替えに踏み切った。耐震性を考えて平屋とし、棚などは倒れる心配のないよう全てつくり付けを希望。とはいえ急きょ新築を決めたため、他に具体的な要望が思い浮かばなかったという。そこで設計者の山下真之さんは、「どんな家にしたいか」より「どんな生活がしたいか」に重点を置いてヒアリング。家での様子や、ふとした世間話からもくみ取り、「親しんできたつくりを継承しながら、新しい要素を加えた住まい」を提案した。
 

物件データ 所在地/熊本県上益城郡
面積/83.29㎡
築年月/2016年12月
設計/山下真之(グラント一級建築士事務所)
www.arc-grant.net

かつては台所が孤立し、和室が連続する昔ながらの和風住宅だったが、新居はオープンなLDKにして、リビングだけに畳を配置。使いやすい空間にしつつ、以前と同じ形でだんらんを楽しめるような設計に。畳は「せっかくなら地元のものを」と、熊本県八代産を取り入れた。

「継承と革新」のテーマのもと、モダンな箱型と軒の深い平屋を組み合わせた外観。地震対策のため、屋根は軽量のガルバリウム鋼板を採用
広い玄関は来客にも好評。奥の引き戸を開けるとMさんの部屋に抜けられる。「部屋から直接出掛けられるので便利です」(Mさん)

水に恵まれた土壌のもと、500年以上も続けられてきた八代地方のイ草栽培。今では畳表生産量の国内シェア約9割を誇り、国産畳といえば八代といっても過言ではないほど。天然土で染め上げた、たっぷりの良質なイ草で織られる八代産畳には、独特の風合いや香り、たたずまいがあり、座り心地の良さとも相まって、リビングに憩いのひとときを生んでいる。

広く見せる効果を狙い、畳は正方形の縁なしとし、タモ材の床に埋め込んだ。漬物を つくるお母さまのために、キッチンには食品庫を設けている

「食事のときはもちろん、お風呂上がりに寝転がったり、釣り道具を広げたり。気が付くとずっと畳で過ごしています(笑)」(お父さま)
 生活リズムが異なるため、二世代の部屋を離し、それぞれの部屋から玄関、キッチンに抜けられる動線に。 回遊性によって移動がしやすくなり、今まで以上に家族を身近に感じられるようになった。

2つの居室をつなぐ廊下には水回りが収まり、リビングを通らずに出入りできるため、プライバシーを保てる
釣り竿を手入れするお父さまのために、以前の家にあった縁側と芝生を移設。40年来のご近所さんが、変わらず野菜などを持ってやって来る

「ご近所さんがリビングの窓から私たちを見かけて、訪ねて来るんです。変わらない付合いができることが、うれしいです」(お母さま)
 「早く帰りたいなと思うようになって、家族といる時間、一緒に笑っている時間が増えました。仕事から戻って両親がくつろいでいる姿を見ると、ホッとします」(Mさん)

Mさんの部屋の小さな高窓は、前の家で2階からよく外を眺めていた愛猫のために設けたもの。棚をキャットステップ代わりにしている
浴室やトイレだけでなく、キッチンにも行きやすいご両親の部屋。断熱性・ 気密性が高く暖かいので、冬でもすぐ布団から出られるという
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Okura
取材協力

回遊性のある動線と広い外部空間。 室内外で好奇心のまま遊びを満喫

「地域子育て支援拠点」を10カ所以上有するほか、「子育てふれあい公園リニューアル事業」「子育て情報メール」など、さまざまな育児支援に力を入れている春日部市。5歳と7歳の女の子がいるKさんご夫妻は、長女出産のタイミングでご主人の地元であるこの町に越してきた。周囲には公園が多く、市が主催するベビーマッサージや離乳食の教室に参加するなど、住みやすさを実感してきたという。
 

物件データ 所在地/埼玉県春日部市
面積/1階97.72m²+ロフト19.87m²
築年月/2013年9月
設計/川端貴雄(かくれんぼ建築設計室)
www.kakurenbo-arch.com

家を新築するにあたり、子どもにとってベストなプランを考えることは自然な流れだった。成長に伴い、刻々と家族の暮らしは変わるもの―と出した答えは、未完成のまま、その時々で変化させられる家だ。

子ども部屋の丸柱は抱きついたりよじ登ったりと、遊び心をかき立てるアイテム。庭に設けた鉄棒は布団干しにも活用している"
廊下の壁にチョークボードを設置。小さなうちはお絵描き用だが、将来は伝言を残すなど、コミュニケーションに役立てる予定

「娘たちの意見を聞きながら、都度つくり変えていくことで、住みたい家を想像できる子になってほしいという思いもありました」(ご主人)
 年を重ねてからの安心感と農業を営んでいた実家の母屋への親しみから、「切妻大屋根の平屋」も条件にした。こうして建てられたK邸は、変化への包容力や、遊びや学びを誘発する設計があちこちで見られる。

机に向かう遊びが増えてきたため、学習スペースが大活躍。専用エリアを設けたことで、率先して片付けをするようになった

子ども部屋は日当たりのいい南東側。柱と梁を現し、将来は壁を設けて間仕切りができるようにしている。縁側から出入りできるため、おのずと庭や友達との距離が縮まるのもうれしい。LDKは最大限に広く、多目的に使えるよう計画。大きなウッドデッキと庭が連続し、のびのびと外遊びも楽しめる。LDKの一角につくっていたデスクコーナーは、約2年前にパーティションを設けて半個室化して子どもの学習スペースに変えた。

ロフトで遊ぶ子どもたちと家事をしながら交流できる。天井や壁の一 部は自分たちでペイントした

「プライベートの領域を守るため、玄関や個室からリビングを通らずに脱衣室、キッチンに抜けられる動線をつくりました」
 そう話すのは、設計を担当した建築家の川端貴雄さん。家全体に回遊性が生まれ、子どもたちが駆け回れるように。また、キッチンや子ども部屋の上に設けたロフトに上り下りするなど、外遊びができない日でも家の中で元気に遊べるようにした。
 「宿題などを済ませた後は、縄跳びに鉄棒、工作など、ずっと姉妹一緒(笑)。目の届く範囲で遊ばせておけるので、安心です」(奥さま)

キッチン上部のロフトは畳敷き。小窓もあり居心地が良い。頑丈な手すり壁をつくり、安全性にも配慮している
全面に木を使った山小屋のようなこもり感のある寝室。スペースを有効活用するため、ベッド下を収納にし、すのこで通気性を持たせた
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

伝統を残しながら、快適性をアップ 京町家を多種多様に使いこなす

京都の魅力を語る上で外せないのが、そこここの路地裏で見られる風情ある京町家。近年、維持・継承の難しさから急速に減少しているものの、歴史をたたえた独自の味わいにひかれる人は多く、暮らしやすく手を加えて住み継ぐケースが見られる。
 東京で出版関係の仕事をしていた森さんご夫妻。東日本大震災をきっかけに独立と移住を考えるようになり、ご主人の実家がある京都に居を構えることにした。昔ながらの知恵を生かした生活や年月を経たものに、かねてより関心のあった奥さま。調べるうち、暗く、すき間風の吹くイメージのある町家だが、現代の建材を使うことで快適性が上がると分かった。ご主人とも思いが一致し、「せっかく京都に住むなら」と、町家暮らしを決意。出会ったのが、西陣エリアにある築95年の元酒屋の物件だ。
 

物件データ 所在地/京都市上京区
面積/76.5m²
リノベーション年月/2013年10月
設計/ミセガマエヤ
www.misegamaeya.net

「職住一体で使いたかったので、隣家に気を遣わずに暮らせる一軒家であることが利点でした」(ご主人)
 耐久性に不安があったため、町家リノベーションの実績があるミセガマエヤと共に内見。問題ないと判断が下り、リノベーションを敢行することに。柱や梁などの一部を残し、ほぼスケルトンの状態にして間取りを変更したが、既存の建具の多くを生かし、以前の面影を残すことを大切にした。

「きれいな格子にひかれました」(奥さま)。外観はほぼそのままだが、一部ガルバリウム鋼板の屋根に葺きかえ、新しい窓を設けた
1階のどこからも見やすい位置に据えた坪庭。水やり用の手押しポンプが趣を添える。「ここで干し柿もしたい」と、夢は膨らむばかり

仕事や子育ての展望を込めてテーマとしたのは、「発想が豊かになる家」だ。家中からアクセスのいい場所に階段を配し、「ものごとを考える契機になるように」と、壁に大きな本棚を造作。浴室からも眺められる坪庭、水場付きの広い土間を設け、「癒し」と「活発性」の混在する刺激ある住まいとした。子ども部屋や階段脇の和室は、引き戸で仕切れるつくり。これは小さな居場所をたくさん生むための仕掛けだが、旧来の意匠とも合致し、町家らしい風情へと昇華している。

京町家の特性である外から見えにくい格子の効果で“こもり感”の出た土間。お子さんが遊べるよう広めに計画した
2階まで続く本棚には書物がぎっしり。上り下りのときにふと手に取って、知識を蓄えたり、着想を得たりと役立てている
丸見えになるのを防ぎながら、リビングとつながりを持たせたキッチン。収納は全てオープンにして使いやすく

「天窓や高窓を設け、断熱材を入れてもらうことで格段に明るく、温かくなりました。町家だから過ごしにくい、ということはありません」(ご主人)
 「住まわせてもらいながら、家を育てているという気持ちでいます。自分たちに馴染んできたなと感じると、うれしくなりますね」(奥さま)

仕事場は上下階に。今は2階の南側をご夫妻で使っている。床や天井はブラウンの塗料を施し、こなれた風合いに

使う素材を変えるなどして一つ一つの部屋に表情を与えながら、家全体をワンルームのようなオープンな空間に。公園と庭側方向に計3つの大きな窓をつくり、森に包まれるような気分を味わえるようにした。
 「朝も昼も晩も、外に行かず家で食事をするんです。少し疲れたらリビングなどでくつろいで、1日中家の中で過ごしています」(奥さま)

京町家特有の店の間・中の間・奥の間を思わせるつくり。一段高い2畳の和室は、ベンチにしたり仮眠したりと、いろいろな用途で活用
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

緑の借景と傾斜地の特性を生かした自然を身近に感じる六角形の住まい

区域のほとんどが高尾山麓から三浦半島に向かって広がる「多摩丘陵」からなる町田市は、町田駅周辺など一部に平地がある以外は大半が丘陵地。おのずと住宅もその起伏への対策をとった建て方が必要になる。建築家の奥さまとドッグトレーナーのご主人の家は、まさにその好例。勾配をメリットに変え、自分たちらしい住まいを実現している。

物件データ 所在地/東京都町田市
面積/135.08m²
築年月/2015年6月
設計/平真知子(平真知子一級建築士事務所)
www.tairaken.com

自宅でドッグトレーニング教室を開きたいというご主人の思いから、新築を決意した二人。「新宿などの都心に行きやすく、丹沢をはじめとした山地も近い。以前から住んでいた町ですが、山登りをする私たちにとって、改めて見ても最良のエリアでした」(ご主人) インコやゴールデンレトリバーと、自然に親しみながら暮らしたいと思ったご夫妻は、「緑に隣接して見晴らしが良いこと」を条件に町田市内で土地探しをスタート。そして公園の雑木林に面した傾斜地を見つけた。

傾斜がある芝生の庭は、愛犬ピークが足腰を鍛えるのに格好の運動場。土からの強い圧力を受け流すため、基礎内部に斜めの空洞をつくっている
2階は生活動線に合わせて部屋が配され、回遊できるつくり。「部屋がオープンだと孤立しないので、ラクな気持ちで家事ができます」(奥さま)

「擁壁が新しい土地は価格が高めで、古いと逆に改修工事費がかかってしまいます。であればその分の費用で好きにつくってみたいと思い、公園との連続性を出すために、斜面にそのまま建てることにしたんです。基礎部分は地下室とし、外からも出入り可能なドッグトレーニングルームに活用しています」(奥さま)

階段脇の壁に本棚を造作。移動するついでに手にとるなど、便利に使っている。近くに書斎があるので資料本の整理にも役立つ
「朝一番に景色を楽しみながら歯磨きができて幸せ」と奥さま。洗面台の木 製カウンターは、洗濯物を畳むときなどにも役立っている

近隣の視線を遮るように考えられた建物のフォルムは、六角形。その形に合わせたという間取りも、実にユニークだ。1階の真ん中は、吹抜けのダイニング。それを取り囲むようにキッチンや寝室をはじめ、計 12 個のスペースを配している。 「2人とも家で仕事をするので、いろいろな居場所をつくりつつ、それでいてお互いの気配が伝わるようにしたかったんです」(奥さま)

愛犬ピークが年老いても過ごしやすいよう、床はフラットに。無垢材は肉球 に負担の少ない、柔らかなカラマツ材を使っている

使う素材を変えるなどして一つ一つの部屋に表情を与えながら、家全体をワンルームのようなオープンな空間に。公園と庭側方向に計3つの大きな窓をつくり、森に包まれるような気分を味わえるようにした。 「朝も昼も晩も、外に行かず家で食事をするんです。少し疲れたらリビングなどでくつろいで、1日中家の中で過ごしています」(奥さま)

4階くらいの高さにある迫力ある枝葉を間近で見られるのは、傾斜地に建て たからこそ。寝室の天井は傘を広げたような六角錐に
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Okura
取材協力

お互いの領域を大切にして、大らかに関わる。三世代の家族が良好につながる住まい

めがねや繊維といった地場産業が盛んな福井県は、雇用環境が安定しており、結婚後も仕事を続ける女性が多い。共働き率は全国1位。安心して仕事と子育てが両立できるよう、若いうちに親と同居する夫婦が見られ、二世帯同居率は全国で2位だ(※平成 27年国勢調査)。福井市内の住宅街に家を建てた中川さんも、まさにそのケースだという。

物件データ 物件データ所在地/福井県福井市
面積/211.59m²
築年月/2015年3月
設計/原田学(㈱ハウズ)haws.jp

「子どもを産むタイミングで同居を始める知人が多かったので、自然な流れでした」(奥さま) 長男の誕生後、すぐにご主人の実家で暮らすことに。しかし、築30年の和風住宅 には使い勝手に限りがあり、建替えを決意した。 二世帯住宅は、各世帯の領域をどのくらい持ち、どのくらい交流を望むかで形態が変わる。中川さんが理想としたのは、「暮らしの気配が伝わる、ほどよく独立した家」だった。

冬に雪が積もらないよう切妻屋根に。雪が落ちても問題ない方向に架けられている。2カ所に駐車場があり、車は大人が1台ずつ所有
ご両親が休みの日小学校から帰った長男は、玄関から1階のLDKに直行するという。玄関の右手前に納戸、奥にはサンルームを設けた

親世帯は1階、子世帯は2階とし、1日の中で使 用 頻 度の高いLDKやトイレ、洗面は別にしたが、玄関とメインの浴室は共有とした。親世帯の1 階LDKは、全員でもだんらんできるよう広めに設計。出入口のドアにガラスを使い、2階に上がる姿やLDKの様子が見えるようにした。 所々に動線の重なりや、オープンな部分をつくることで、おのずと家族の関わりが生まれている。

吹抜けにして開放感を出した2階LDK。雨が多いことで知られる福井県だが、瓦屋根にしたことで雨音が気にならなくなったという

また、気候がもたらす影響にも十分配慮している。日本海に面する福井県は湿度が高く、冬の積雪量が多い。吸放湿性のある木造にしたほか、高性能の断熱材や床暖房、窓にLow‐E複層ガラスを採用して結露を防止。スタッドレスタイヤや除雪用のスコップなどを置ける収 納スペース、室内干し用のサンルームを各階に確保した。地元の素材も積極的に取り入れ、屋根は越前瓦、襖は越前和紙、柱は県産の杉を使っている。

2階に設けた洗面コーナー。「水回りが不足するとストレスになるので」と奥さま
「仕事から帰ったら、すぐに入ってさっぱりしたい」との希望で、専用浴室を備えたご両親の寝室

 ご両親は飲食業を営み、ご夫妻は平日フルタイムで勤務。それぞれが違 う生活パターンだが、週に一度は一緒に夕食をとるという。 「互いに気持ちがぶつかることなく、いつも穏やかでいられます。建替え前のストレスがなくなり、快適です」(ご主人)

和室は、縁なしの琉球畳を使うなど、モダンなインテリアに馴染むデザインにしている。越前和紙を使った襖は天井までの高さに
text_Yasuko Murata photograph_Kai Nakamura
取材協力

土地の気候と向き合い、家族一人一人のライフスタイルを尊重する住まい

高崎の市街地を望み、自然に囲まれた高台に建つMさんの住まい。ご夫妻は共に他県出身ながら、仕事で慣れ親しみ、関東のみならず東北や北陸、東海地方にも行きやすい利便性の良さが気に入り、この地に腰を据えることにした。 「せっかくなら普通とは違う面白みのある家にしたいと思いました」とご主人。建築家と建てた家はなんとX型、これには単にユニークというだけではなく風土に溶け込む理由が隠されている。

物件データ 所在地/群馬県高崎市
面積/141.77m²
築年月/2016年7月
設計/HIRO建築工房
www.hiro-arch.com>

冬に越後山脈を越えて赤城山から吹き降ろす北風は、「上州のからっ風」といわれる群馬の名物で、ときに住民を困らせる。 「群馬に来た頃は、あまりの強風に台風かと思うほど驚きました。洗濯物はたちまち飛んで行ってしまうので、絶対に外には干せません」(奥さま)

玄関は高窓のほか、足元に庭に面したFIX窓も設けて採光性をアップ。扉は風で勢いよく閉まらない引き戸に
2階廊下はギャラリーのような雰囲気。窓からの眺望も美しく、「ここで食事をするのもいいなと計画中です」(ご主人)
一面をガラス張りにしたLDK。スチール階段は蓄熱・放熱の暖房効果がある

この地域では、古くから屋敷林を設けるなどして強い寒風から建物を守る対策が取られてきたが、Mさんの家では建物の造りで回避している。 「冬に吹く強い北風を真っ向から受けないように外壁の配置を工夫しました。また、気密性の高い窓を採用して、暖かな室内環境を保てるようにも。逆に夏は、湖を通って冷気を帯びた南風が吹くため、南側に庭や大きな窓を配置して、気持ちの良い風を取り込めるようにしています」(建築家・伊藤昭博さん)

和室は客間として使用。窓の外はベンチと深い軒が設けられた縁側のようなスペース
内庭に面した明るく広々とした洗面室。洗面台は2人並んでも余裕で使えるワイドサイズに

間取りは、家族がそれぞれの時間を過ごすのにもぴったり。平日、フルタイムで働くご夫妻と高校生のお嬢さまにとって、一人で気兼ねなく過ごせる空間を持つことは必須だった。 そのため、中央部をLDKとし、先端部を洗面室や浴室、個室などのプライベートスペースに。物音を気にせずに個々の時間を満喫しながら、生活動線を交差させることで、自然と家族の交流が生まれるようにしている。近隣の視線を避け、美しい景観を取り込むように壁や窓の配置が考えられているのもポイントだ。 「家中、どこから眺めても景色が良くて、家族それぞれが自分のスタイルで過ごせる。リラックスできるわが家に大満足しています」(ご主人)

「好きな本に囲まれたい」と、天井まで棚を設けたご主人の部屋。南の窓からは、庭の緑とLDKが見える
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

リノベーションで壁や天井を特別仕様に。最高の音に包まれるマンションに一新

「音楽のまち・かわさき」として地域づくりを推進し、世界水準の音響といわれる「ミューザ川崎シンフォニーホール」での演奏会や、市民合唱団の催しなど、数多くの活動が見られる川崎市。この地のマンションで昨秋、リノベーションしたWさんもまた、無類の音楽好き。こだわりのオーディオ機器をそろえ、家で楽しむのはもちろん、同ホールにご夫妻で訪れることもあるという。新築時から約20年が経ち、マンションをリノベーションすることになったときに重視したのが、より上質な音で音楽を楽しめる家にすることだった。

物件データ
物件データ所在地/神奈川県川崎市
面積/91.47m²
築年月/2017年10月
設計/フリーダムアーキテクツデザイン㈱ リデザイン www.rede.jp

ご夫妻で年を重ねるこの先の暮らしを見据えて、3LDKから1LDKに部屋数を減らし、寝室からウォークインクローゼット、洗面室、LDK、寝室と、回遊できる動線を計画。玄関とパントリーを直接結び、ゆったり使いやすいようにしている。そして最大のポイントが、音質向上のために施した、さまざまな仕掛けだ。

年を重ねる中で柔軟に使えるよう、出入口は引き戸に。ガラス戸は開放感が生まれ、自転車もインテリアに

リビングの壁は、音のバランスが取れるよう、厚みのあるフレームに吸音材を入れて遮音壁に。天井もウレタンフォームと石膏ボードを取り付け、音を逃さない防音仕様にしている。さらに、残響が出にくくなるよう、リビング側の垂れ壁に傾斜をつける工夫も。もともと窓は二重サッシで、騒音を遮断する効果があったが、壁の内部にファンを組み込み、24時間換気に。最善の音質と快適な空調のもと、音楽に没頭できる。 壁には色鮮やかなブルーをペイント。ダークブラウンのオープンシェルフに並べられたオーディオは、インテリアとしても映えている。

衣服はウォークインクローゼットに収納し、寝室はすっきりと。そのまま洗面室に抜けられるつくりは、身支度がスムーズにできて便利
柄入りのベージュのタイルが華やぎを添える洗面室。椅子を置ける洗面台で、奥さまがくつろげるように

家具のように洗練されたアイランドキッチン。奥のパントリーにはキッチンからも玄関からもアクセスできる
採光性の高いダイニング。水回りと玄関は、同じ色合いの床タイルを採用し、統一感を出している

Wさんのもう一つの趣味は自転車。奥多摩や秩父まで自走するなど、週に300〜400㎞は走るという。 自転車も満喫できるよう、玄関は広めに設計。天井に耐久性を持たせて、自慢の自転車を吊るして収納できるようにしたほか、道具をしまえる棚を設置。ガレージのようなこの空間で、アプリを使って映像を見ながら自転車をこいだり、メンテナンスをしたり…。 「思い描いた環境を手に入れて、家での時間をより楽しめるようになりました」と、余暇をますます充実させている。

6台ほどの自転車が収まる広めの玄関は、オレンジがテーマカラー。上がり框を曲線にしてデザイン性を高めている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

のびやかに桜島を眺望。 鹿児島の自然に満たされる高台の家

「桜島がよく見えるというだけで、この土地を選びました」と笑う、福山さんご夫妻。鹿児島市出身のご主人と、大隅半島出身で大学時代を鹿児島市で過ごした奥さまにとって、桜島はいつも心の真ん中にある、大切な存在。 その美しさと活火山ならではの〝生きた山〞の迫力を日々の暮らしで感じたいと、約3年かけて土地を探したという。そして見つけたのが、東に桜島、南に海、西に山々を望む、見晴らしの良い敷地だ。

物件データ 所在地/鹿児島県鹿児島市
面積/170.92㎡+ガレージ54㎡ m²
築年月/2017年7月
設計/シンケン
sinkenstyle.co.jp

「高台の変形地で傾斜もある。決して条件が良いとはいえない、何年も買手がつかない竹やぶでした。でも妻が勤める住宅会社に相談したら、地盤改良にかかる費用や日当たりなどさまざまな条件と照らし合わせると、候補の中で一番良い物件だと分かったんです」(ご主人)

吹抜けで3階とつながるリビング。ソファ側の窓の上に広めのキャットウォークがあり、子どもたちの格好の遊び場になっている

かくして昨年、3階建ての住まいが完成した。こだわりはもちろん、室内からの眺望だ。LDKを2階にし、桜島に向けて大きな窓と展望台のようなデッキをつくり、料理をしたり洗濯物を干したりしながら眺められるようにした。南と西にも開放な窓があり、屋久島などへ向かうフェリーや稜線に沈む美しい夕日を、贅沢に楽しめる。

天窓から光が注ぐ寝室。断熱材が構造体の外側にあるため、構造柱を むき出しに。板を渡して収納に活用している
海を眺めてウクレレを弾いたりエアロバイクをこいだりする3階の趣味スペース。「低い天井の“こもり感”が落ち着きます」(ご主人)

自然を存分に感じられる福山邸だが、この造りには建築上の起因もある。一般的に建物配置の角度は道路を基準に考えられることが多いが、日差しを効果的に取り入れるため、太陽の向きに合わせているのだ。さらに窓は近隣からの視線を避けて配置されているため、人目を気にせずくつろげる。

屋根裏が見える開放感のあるガレージは、雨に濡れずに住まいと行き来できて便利。仕事部屋から愛車が見えるよう、大きな窓を設けた
個人事業を営むご主人の仕事部屋は、専用の玄関を設けて独立した 空間に。真上はデッキなので、静かに集中して作業ができる

冬は太陽熱で床暖房、夏は熱気を排出する「パッシブソーラーシステム」を採用したのも心地良さの理由だ。冷暖房をほぼ使わず過ごせている。 「桜島には同じ表情がなくて、常に意識してしまう魅力があるんです。朝起きて朝日に浮かび上がる桜島を見ると、今日も頑張ろうという気持ちになります。さらに夕方もきれいで、桜島を望むデッキで夕涼みをしながら一杯飲むと、疲れがほどけていきます。最高ですね」(奥さま)地域ならではの恵みを享受して、生き生きと暮らしている。

高低差のある場所も多い鹿児島市。こちらも南側に崖があるため、最 長6.4mの杭を打って地盤改良を行った
デッキによって視界が抜け、LDKが広く感じられる。デッキの奥には桜島の姿も見える
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

築60年の古民家を店舗付き二世帯住宅に改造。 地域の伝統や街並みを後世につなぐ

宮城県岩沼市の中央を流れる丸沼堀端の緑道沿いに、洞口さん一家の住まいは建つ。ご主人の文人さんは東京で建築を学んだ後、「地元の街づくりに携わりたい」と生まれ育った岩沼市に帰郷を決意。当時、婚約者だった苗子さんも同行した。地元の商店街には文人さんのご両親も暮らし、大きな美容室を経営していた。ところが、2014年にお父さまが急逝。これが家づくりのきっかけだったという。

物件データ 所在地/宮城県岩沼市
面積/218.98m²
築年月/2016年10月
設計/洞口苗子(L・P・D architect office)
l-p-design.com

「お義母さんと一緒に暮らせば、経済的にも合理的だし、なにより、一人にする心配がなくなる。二世帯住宅かつ、お義母さんが一人で切盛りできる小さな美容室も併設した家にしたいと思いました」(苗子さん) 土地を探し始めたまさにその日に出会ったのが、築 60年の古家付き土地。駅近で広さも希望通り。もともと、古民家リノベーションに引かれていたというご夫妻には好都合の「お宝物件」だった。

緑道沿いに建つ洞口邸。2階建て部分が住居。増築した平屋部分がお母さまの経営する美容室
落ち着いた雰囲気の6畳の客間。縁側との仕切りに、ほかの場所で使 われていた建具を取り付けた

リノベーションの設計は、建築設計事務所を主宰する苗子さんが担当。 「日本の昔の建築はとても柔軟に変えることができ、今の暮らしも受け入れてくれます」という苗子さん。畳の間が連なる典型的な日本家屋を、浴室だけを共有するプライベート性の高い二世帯住宅につくり替え、お母さまが営む美容室のスペースを増築した。

屋根裏を苗子さんの仕事部屋と文人さんの書斎に充てた。カラフルな ソファや布を配し、1階とイメージを変えている

初めてこの家を内覧したとき、屋根裏に隠れた曲がりくねった梁に可能性を感じたというご夫妻。苗子さんは、新築同様に再生するのではなく、既存の面影を残しながら、次世代まで受け継げるようにという思いで設計を進めた。「わが家の主役は天井!」とご夫妻が言うように、60年前の職人が丁寧に組み上げた梁 や野地板を大胆に見せている。一方で断熱、耐震、防水は費用を惜しまずしっかり補強。健康的に暖かく住める家となった。

美容室までバリアフリーに。ミラーとシャンプー台は以前の美容室で 使っていたものを再利用。ハイサイド窓からは木々の緑が見える
"レトロな建具が味わい深いダイニングの戸棚は既存の収納を活用。 下の引出しに合わせて1階の床の高さを設定"

「地域が持っている資源を大切にした街づくりが理想。岩沼にはこのようなお宝がたくさんあります。若い世代がこれを壊さないで、利活用してほしい。僕たちの家がそのお手本になれば本望です」(文人さん)

1階の8畳の元和室を2室続けたお母さまの部屋。ワイヤーアートは お母さまの手づくり
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Okura
取材協力

経済的で一年中快適な暮らしを実現 一次エネルギーの消費を抑えた低炭素の家

茨城県つくば市は、2013年に「つくば環境スタイル『SMILe』みんなの知恵とテクノロジーで笑顔になる街」を策定。つくばエクスプレス沿線開発などに伴い、住宅がたくさん建設され、自動車が増えることを踏まえて、住宅の低炭素化・低炭素車への転換を促進し、環境に良い都市づくりに力を入れている。

物件データ 物件データ所在地/茨城県つくば市
面積/118m²
築年月/2016年5月
設計/海老原隆士(海老原建築一級建築士事務所)
www.ebihara-architecture.com

茨城県を拠点に活動している建築家の海老原隆士さんも、つくば市内に低炭素住宅を建てた一人だ。 「南にも東にも家が建ったので、西からの日差しを取って明るくするしかありませんでした。朝は日が入らないので、断熱性の高い家にして暖かさを保とうと。それなら、金利や税制の優遇措置のある低炭素住宅にしようと考えました」(海老原さん)

南と東側に隣家が迫っているため、西側に庭をつくり日差しを取得。外壁のサイディングは防汚コーティングが施されている
夏の西日対策として窓の外にシェードを付けて強い日差しをシャットアウト。「窓の外で日を遮断したほうが有効」と海老原さん

低炭素住宅とは、石油、石炭、天然ガスなどの一次エネルギーの消費を抑える設計や設備を導入した家で、所管行政庁で認定されなくてはならない。省エネ法の省エネ基準に比べ、一次エネルギーの消費量が10%低くなくてはならず、壁・床・天井・窓の断熱性能がキーポイントとなる。

玄関は3枚引き戸で広々と開口。正面壁の窓下に、靴の脱ぎ履きに便利な折り畳み式補助椅子を設置
低炭素住宅の条件を満たすため、高い断熱性能、木造住宅に加えて節水トイレをセレクトした

海老原さんの家では、断熱材は高性能グラスウールを天井に155㎜、床に80㎜、壁に105㎜充填。窓ガラスはアルミ・樹脂複合サッシのアルゴンガス入りLow-E複層ガラスを採用。 また、低炭素住宅の認定を受けるためには、8つある省エネ対策項目から2つ以上の項目を満たす必要があるが、木造にすること、節水トイレを採用することでクリアした。

冬は床暖房だけで暖かく、子どもは裸足で走りまわっている。壁仕上げはメンテナンスが楽なビニールクロスを選んだ
断熱性、保温性に優れたハニカムスクリーンを階段入口に取り付け、1階の暖かい空気が逃げないように工夫

「生活面では夏涼しく、冬暖かいのが最大の魅力。だからエアコンをほとんど使いません。電気代、ガス代などの光熱費が安く抑えられるのもうれしいですね」(海老原さん) 住宅ローンは、10年間の最大控除額が一般住宅より100万円多い500万円に。さらに登録免許税も軽減されるといったメリットもある。 「低炭素住宅は、建築費はかかりますが、住み始めてからのランニングコストは抑えられます。長期的に見ると質の高い暮らしが送れ、身体的にも、精神的にも健康に暮らせます」(海老原さん)

キッチンを囲むように広いカウンターを設け、ダイニングテーブルを省略。そのぶん広いリビングを実現
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

独身時代に都心の新築マンションを購入。 結婚を機に自分たち仕様にリノベーション

Tさんご夫妻が暮らすマンションは2000年に竣工。当時、独身だった奥さまが 52㎡の一室を購入して8年間一人で住み、その後、賃貸に出していた時期もあったが、2014年にご主人と結婚したのを機に、2人の住居にすることにした。

物件データ 物件データ所在地/東京都品川区
面積/52.00m²
リノベーション年月/2015年3月
設計/星名岳志・星名貴子
(㈱ハンズデザイン一級建築士事務所)
www.hands-a-design.jp/

既存のまま住むか、リノベーションを行うか悩んだというご夫妻。そんなとき、ハンズデザイン一級建築士事務所の自宅兼事務所やオープンハウスを訪れた。 「どちらも中古マンションをリノベーションした空間で、ハンズデザインの住まいの中心にはアイランドキッチンがあり、とてもすてきでした。特に主人が気に入って、その場でリノベーションの設計をお願いすることに決めました」(奥さま)

ダイニングの一角に設けたデスク兼ディスプレイコーナー。雑貨や グリーンはご主人がコーディネート
こだわったキッチンには、大型食洗機、生ゴミ処理機、2槽式シンク など、機能 的な設備がぎっしり
玄関ドアを開けるとすぐにアイランドキッチンが目に入る。閉塞感 のない明るい玄関になった

「 52 ㎡の面積は、大人2人がゆったりと暮らすのに決して十分な広さとは言えません。でも、お2人の割切 のいいご要望のおかげで、空間を無駄なく使い切れる大胆なプランが提案できました。特に玄関は、既存のように独立させてしまうと暗い上、空間全体の広がりを損ねてしまうので、玄関、キッチン、ダイニングがひとつながりになった開放感のある住まいを目指しました」(ハンズデザイン一級建築士事務所・星名岳志さん)

「週末は2人で過ごす」が原則というTさんご夫妻。リビングはない が、ダイニングで十分くつろぐことができる
サニタリーは一部をガラスのパーティションで区切り、寝室と一体 にして、明るく広がりのある空間に

驚くような提案を望んでいたご夫妻は、「食べて、くつろいで、1日中ダイニングで楽しめる、期待以上の家になりました」と、大満足の様子。ご主人はベッドルームに大型テレビを設置して、念願のシアタールームも獲得。雑貨やグリーンもご主人が楽しみながら、進化させている。 「もし、もう一つ部屋があったとしても、余計なモノが増えるだけだと思います。無駄がないように暮らしやすくつくられたこのコンパクトさが、私たちのベストサイズなのです」(奥さま)

寝室とキッチンの間にクローゼットを設置。右側が奥さま、左側が ご主人のスペース
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

海抜10mの安心な高台に転居。サロン形式の「まちの電気屋さん」を併設する家

以前は海抜約3mの津波浸水地域に建つ店舗兼住居で、電気店を営みながら暮らしていたFさんご夫妻。築 31年が経過した建物は傷みが激しく、断熱材が入っていなかったため、冬はとても寒かったという。子どもの独立を機に減築リフォームを検討していた矢先、御前崎沖が震源の駿河湾地震(2009年8月)に遭遇した。 「大きく揺れてとても怖かった」と声をそろえるご夫婦。その約2年後には、東日本大震災が発生。

物件データ 所在地/静岡市清水区
面積/92.54mm²
築年月/2013年5月
設計/荒井建築計画事務所
www.araa.jp

「これがきっかけになり、高台の安全な場所に引っ越そうと決心しました。私たち静岡の人間は、子どものころから南海トラフ巨大地震について教えられています。だから、他の地域の人より地震に対して警戒心が強く、木造の家もかなり頑丈に建てていると思います」(ご主人) 現在の家が建つ敷地は海抜約 10m。古くからある住宅と商店が混在する地域で、店舗を設けるのに適した環境と判断。また、夫婦2人の生活にちょうどいい広さも購入の決め手となった。

ご主人の部屋の壁に小さな窓を設け、店舗の様子が分かるようにしている。お客さまが来てもすぐ分かる
2階の部屋の一部をルーバーにして、1階リビングダイニングの夏の暑い空気を逃げやすくしている
お客さまが気軽に立ち寄れるサロンのような空間を目指した。 接客しながら作業できる修理スペースも設けた

「新しいお店は、商品を陳列せず、お客さまの話をよく聞き、修理の相談をしたり、カタログで商品を選んだりできるサロンのような店づくりを考えていました。テーブルを囲んで話をすれば、お客さまの好みや考えていることを深く理解できると思ったのです」(奥さま) 設計は、建築を学んでいるお子さまからの推薦で、荒井建築計画事務所に依頼した。

店舗はガラス張りで街に開かれたつくりだが、道路より高くなっているため、外からの視線が気にならず、落ち着いた雰囲気
店舗側からダイニングを見たところ。ダイニングの右手にキッチンがある。黒い壁は階段の仕切り壁

「お客さまが心理的に入りやすいように、道路側の建物の高さを低く抑え、敷地奥に行くにつれて高くなるようにしています」1階のリビングダイニングは、3枚引き戸を全開にすれば、店舗と一体になるように計画。「お客さまは家の雰囲気を見て、安心感と親密感を持ってくれるようです」(奥さま) 2階は夫婦ぞれぞれの個室を設けたが、 一部の壁を抜いて部屋をつなげ、お互いの気配が伝わるように工夫。「どの部屋にも窓が欲しい」という奥さまの希望も実現し、開放的で、家じゅうどこにいても明るく暖かい住まいに満足している。

店舗は商品を置かず、テーブルでお客さまの話をヒアリング し、カタログを見ながら商品を提案するサロン形式に
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Okura
取材協力

ワンルーム空間を引き戸で自由に仕切る。 暮らしの変化に合わせてカスタマイズする家

西宮市内にある築 39年、 62㎡の中古マンションをフルリノベーションして、家族4人の新しい住まいを計画した井上さんご夫妻。家族構成の変化や子どもの成長に合わせて間取りが変えられるプランを希望し、建築家の丹羽洋文さんに設計を依頼した。

物件データ 物件データ所在地/兵庫県西宮市
面積/62m²
築年月/2017年2月
運営・管理/丹羽洋文(すまい研究室)
sumai.us

井上さんの住まいで目を引くのは、家中に張り巡らされた木のフレーム。その正体は、引き戸を設置するための鴨居だ。 「昔の日本の家のように、広い続き間の空間を襖で仕切ったり、開け放したりすることで、簡単に個室や大空間にアレンジできるようにしました。井上さんが住みながら、自分たちで間取りをカスタマイズできるように引き戸を全て同じ寸法で造作し、いつでもどこにでも設置できるようにしてあります」(丹羽さん)

東側の壁一面に棚受けを設置し、収納やテレビ台、デスクとして活用。棚板を追加してカスタマイズ可能

現在は、寝室とクローゼット、和室に引き戸を設置し、その他の空間をつなげてLDKとして広々と使っているが、洗面・浴室以外をワンルームにもできるし、個室をたくさん設けることも可能だ。 「子どもが幼いうちは、子ども部屋はいらないので、その分家族みんなで過ごせる場所を広くとりたい。でも将来、子どもが『自分の部屋が欲しい』と言ったときには、与えられるようにしたいんです」(奥さま)

置き畳を敷いた和室は寝室や子どもの遊び場に。畳も障子も移 動できるため、和室の場所を変えることができる

今は家全体を遊び場に、のびのびと育っている長男だが、いつか自分の部屋が欲しいと言うだろうか? 「子どもが個室を欲しがるのは、小学校高学年くらいだと踏んでいます。そのときは、現在の寝室とクローゼットを子ども部屋にする予定です。親子が互いの気配を感じ、必要なときに顔を合わせられる空間で過ごすことが、健全な親子関係の構築につながるのだと思います」(ご主人)

玄関を入ると廊下に設えた温かな木の壁が出迎える。右側の白 壁に洗面・浴室、左側の木の壁に寝室とクローゼットが収まる
リビングの一角をデスクコーナーに。5歳の長男はここでお絵描 きをするのがお気に入り
業務用キッチンメーカーでセミオーダーしたステンレスキッチン。 下部をオープンにしてワゴンやゴミ箱を収納

この家に住み始めて1年。ご夫妻の間では、リビング、ダイニング、和室の場所を入れ替える間取り変更案が話し合われ、近々実現しようと考えているのだという。経年とともに家族の気持ちも暮らし方も変わる。住まいのつくりは、井上さん宅のようにもっと気楽に変えられるべきであるものかもしれない。

床はラーチ無垢フローリング。仕切り壁がないから、家中に鉄道 模型のレールをレイアウトできる
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Okura
取材協力

高性能ガラスと自然エネルギー活用で、雪国でも実現した大開口のある暖かい家

東北地方を中心に個人住宅や店舗の設計を手掛けている佐藤欣裕さん。以前は秋田市のアパートに住んでいたが、5年前にお父さまが経営する建築会社を継いだことをきっかけに大仙市に転居し、一昨年前に家を建てた。

物件データ 所在地/秋田県大仙市
面積/125.58m²
築年月/2016年5月
運営・管理/佐藤欣裕(㈲もるくす建築社)
molx.co.jp
モダンな置き家具で構成したリビング。導入したイタリア製温水式薪ストーブ「Walltherm」は暖房、給湯の熱源になる

取材に訪れた日は、前日までに降り積もった雪で辺り一面が雪景色。気温が低く、しんしんと寒かったが、佐藤さんの家の玄関を一歩入るとホワッと暖かな空気に包まれる。しかし、エアコンや薪ストーブなどの暖房設備は稼働していないという。 全域が豪雪地帯に指定されている大仙市での家づくりで、大きな課題となるのが寒さ対策。冷たい外気の流 入や建物内の熱の流出を考慮して大開口を設けにくいが、佐藤さんの家は1階も2階も南側全面窓のつくり。

2階の東側にバスルーム、シャワールーム、洗面、トイレをまとめた。床は蓄熱効果の高い石張りにした

「ガラス面が大きくても、太陽の光が入りやすく、熱が逃げにくい構造にすれば、日差しが暖房になり、ポカポカ暖かい家になります」(佐藤さん) ガラスはフランス製で3枚のガラスと2層の空気層が熱損失を防ぐトリプルガラスを採用。木製の窓枠は国内のサッシメーカーで製作した。 「もう一つ大切なのが、断熱材です。この家は木の繊維を圧縮した断熱材を壁に42㎝、天井に48㎝入れています。断熱材を厚くするほど、室内の熱が外に逃げるのを防ぐことができます」(佐藤さん)

壁に張った石は地元で採れる院内石。インターリュプケの収納家具でリビングとダイニングをゾーニング

さらに、壁の仕上げに石を張ったり、キッチンの床を土間にしたりするなど、蓄熱効果のある素材使いで暖かさが維持できるように工夫している。 また、この家では太陽光発電と太陽熱利用で電気、給湯を自給自足するオフグリッド住宅を実現している。リビングに設置した薪ストーブは部屋を暖めるだけでなく、薪を燃やす時に生まれる熱量を給湯にも利用。電力会社の送電網とはつながずに自然のエネルギーを最大限活用しながら、経済的で快適な生活環境をかなえている。 「スイスやオーストリアではトリプルガラスも、エコロジー対策も普通のこと。日本も住宅性能が高くなり、サスティナブルな暮らしが当たり前にできるようになると良いと思います」(佐藤さん)

キッチンはクローズド型に。床はコンクリートの土間で蓄熱性も高い。加熱機器は薪コンロとIHを併設
キッチンに導入した薪コンロ。イタリア・Rizzoli社のもの。柔らかな火力でおいしい煮込み料理ができ上がる
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Takamasa Sasai
取材協力

丁寧につくられた昭和期の日本家屋を改修 モノを大切に長く使う暮らしを実践

1960年代に開発された横浜の高台にある閑静な住宅地。約70坪の敷地面積にゆったりと佇む黒い板張りの家を訪ねた。 この家に暮らすのは、30代の齋藤さんご夫妻と小学生のお子さま、お母さまの3世代4人家族。自分たちで手を掛けて住み続けられる中古の一戸建てを探していたところ、知人を介してこの家に出合い購入。築50年の木造住宅で、当時では珍しく断熱材が施され、開放的な空間づくりが可能な門型フレーム構法でつくられていた。

物件データ 所在地/神奈川県横浜市
面積/177.51m²
築年月/2016年7月
運営・管理/LOHAS studio
www.okuta.com
既存のままの石垣や庭木、漆黒塗りの外壁が落ち着いた印象を与える。 門型の柱梁が空間を支える木構造を採用
外壁は漆黒塗りの松板張り。格子窓や木製の玄関扉も既存を残している。 外構はこれから手を入れる予定

「以前のオーナーによって改修が重ねられていましたが、柱や梁はしっかりとした状態に保たれ、デザインや素材には深いこだわりが感じ取れました。知人から大切に使われてきたことを聞き、できるだけ既存を残してリフォームしたいと思いました」 そう話すご主人は、住宅リフォーム会社でリフォームアドバイザーを務めている。その経験を生かし、自宅の改修設計に自ら携わった。

畳だけを交換した小上がりの和室。吹抜にはキャットウォークを新設。 右手奥にはお母さまの居室と水回りを配置

既存の間取りは二世帯住宅で、キッチンが上下階に一つずつ、和室を含む個室が6室あった。齋藤さんは自分たちの家族構成やライフスタイルに合わせて、2階のダイニングキッチンと個室一つを撤去。1階のLDKに大きな吹抜をつくり、ダイナミックな空間を実現させた。

ご主人の書斎。床はブラックウォルナットとローズウッドが混在。カーテンボックスや壁面収納は既存。キャビネットは店舗用の什器
2階の子ども室。壁のペールイエローやパイン材の床は子どもと選んだ。室内窓から吹抜に通じる

既存の建具や木製サッシ、カーテンボックスは、埃を払い磨き上げ、本来の美しい姿に復元。内装は古い木部になじむ珪藻土の白壁仕上げに。LDKにつながる小上がりの和室は畳を交換するだけの最小限の変更で従来の面影を継承。2階の床の根太が現しになったキッチンは、ダイニングに向き合う対面式のオープンキッチンに一新した。

吹抜を仰ぐLDKはさんさんと光が注ぐ。床とキッチンの腰壁はウォルナット仕上げ。ダイニングの照明には北欧の名作を選んだ

「以前から家もモノも、長く大切に使い続ける暮らしへの憧れがありました。良質な木を使って丁寧につく られた日本の家をベースにしながら中庸をとる家づくりが、わが家のルール。今の『好き』より、飽きのこないことを大切にしました」(奥さま) 成熟した木造住宅の佇まいを生かしながら、新しい家族の暮らしに合わせて、より洗練した姿に。50年前に建てられた木造住宅が、若い家族の手により再び活気づいた。

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Takamasa Sasai
取材協力

昭和の老舗料亭が国際交流の場に。 外国人が集まる女性専用シェアハウス

台東区根岸の細い路地に、ひっそりと佇む格子扉の門構えの建物。ここが外国人も暮らすシェアハウスだとは、誰も想像しないだろう。
 もともと割烹料亭兼住居で、現在のオーナーである吉田さんご兄弟のお祖母さまが1950年ころに創業したときに建てたもの。14年前に二代目女将のお母さまが亡くなると同時にのれんを下ろした。それからはしばらく兄弟二人で住んでいたが、次第にこの建物の有効活用を考えるようになった。

物件データ 所在地/東京都台東区
面積/129.94m²
築年月/2010年11月
運営・管理/株式会社オークハウス
www.oakhouse.jp
石畳の床、つくばいなど、昔懐かしい旧料亭の設えをそのまま残したエントランス
正面のガラス戸は、料亭の帳場に使われていたもの。ラウンジから続く階段の奥に転用し、インテリアのワンポイントに

「はじめはマンションにしようと考えて、リノベーション会社に相談に行きました。しかし、試算してみると採算が合わず、シェアハウスに転用することを提案してもらったのです」(吉田さん)
 シェアハウスへのリノベーションに際し、吉田さんご兄弟は「料亭の趣をなるべく残したい」と希望。つくばいが置かれた石畳の玄関や階段もそのまま既存を生かし、柱や梁なども再活用した。

玄関を入るとすぐに坪庭があったが、ラウンジに刷新。皆でテレビを観たり、語らう憩いの場所に

 旧料亭の風情を残した静かで落ち着きのある雰囲気から、入居者は女性をターゲットとすることに。入居者募集や運営は管理会社に委託し、2011年11月に部屋数10室の小規模な女性専用シェアハウス「上野RYOTEI福井」としてオープンした。  上野、浅草、谷中などの人気スポットに自転車で行けるロケーションや、和の趣のあるインテリアが受けたのか、意外にも外国人からの申込みが多く、開業当初は驚いたという。

ラウンジの壁に花を生けて和の趣を演出。インテリアデコレーションも管理会社が担当
玄関に飾られている浮世絵は料亭のシンボルだった。今は入居者の帰りをやさしく出迎える
4.5畳~6畳の専有部には、エアコン、ベッド、デスク、小さな冷蔵庫、ワードローブ、チェストが完備されている

以来、7年間で93名が入居し、そのうち外国人は47名と半数にのぼる。現在は日本人の他にフランス人、スペイン人、タイ人が暮らしているという。
 管理会社の担当者は、「初めての異国での生活で、女性専用ということが安心感に結びついたのでしょう。また、水道、ガス、インターネット代も家賃に含まれているので、外国人にとって面倒な手続きがいらないことも大きなメリットなのだと思います」と話す。  共用ラウンジでは、さまざまな国の言語が飛び交い、お互いに母国語を教えあったり、それぞれ自分の国の料理を披露したり。江戸情緒あふれる下町での暮らしや異文化交流を通して、住人たちは新しい価値観に触れる刺激的な毎日を楽しんでいる。

共用のキッチンはシンプルなシステムキッチンで加熱機器はIH。使用後は各自で清掃するルール
1階共用部にシャワールームがひとつ。清掃は専門の外部スタッフが行い、清潔を保っている
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Takamasa Sasai
取材協力

深い軒がかかるテラスから 心地良い自然の風が吹き抜ける開放的な住まい

古くからの農村景観が守られている高知県津野町。山に囲まれた豊かな自然の中に、山﨑さんご夫婦とお母さまの3人が暮らす住まいがある。  敷地はご主人が生まれ育った実家が建っていた場所。曽祖父の時代に移築された家で、築100年以上。洗面、浴室、トイレは屋外の小屋にあったという。  「父が亡くなってから母が一人で住んでいたのですが、段差も多く、老朽化した建物に母を住まわせることに不安がありました。また、私自身も人生の後半は生まれ育った土地で暮らしたいと思い、建替えを真剣に考え始めました」(ご主人)

物件データ 所在地/高知県高岡郡
面積/93.29m²
築年月/2017年4月
設計/山本乃夫(乃亜建築設計事務所)
www.noasekkei.biz
山間に立つ南北に長い平屋。外壁材にはワサビ色の弾性リシンを 選んだ。周囲の自然ともマッチしている
伸びやかで存在感のある軒は壁から2m30㎝突き出している。深い 軒は雨や強い日差しから家を守ってくれる

設計は家づくりをサポートしてくれる機関から紹介された乃亜建築設計事務所の山本乃夫さんに依頼した。
 雨の多い高知県では家づくりの基本がある。瓦で屋根をつくる場合、4・5~5寸の勾配をつけた屋根にすることが一般的となっている。
 「外観を山の斜面になじませるために、建物の高さをできるだけ抑えました。耐久性の高いガルバリウム鋼板を使用することで、3寸勾配の緩い屋根を可能にしました。屋根の角度は材料によっても変わります」と話す山本さん。深い軒で家を囲み、雨からしっかり家を守るつくりにした。雨が多ければ、湿気も高くなる。施主の山﨑さんご夫婦は、これを最も気にしたという。

LDKの南側は、大きな開口で視覚的な広がりを獲得。テラスと室内をバリアフリーでつなげて、外との一体感を高めた
システムキッチンの背面に引出し収納をつくり付け、食器などを収 納。扉の奥はパントリー
東に面した洗面室に高窓を設け、風の通り道をつくり、湿気対策の一環に。窓からは緑も見える
勾配天井が落着きを生み出す寝室には、ウォークインクローゼットと ロフトを設けた

「家の底一面を鉄筋コンクリートのベタ基礎にして土壌面からの水蒸気の侵入をシャットアウトしています。
東面には高窓を設けて風の通りを良くしました。また、壁材に調湿作用のある珪藻土を用いたり、天井や建具も板張りにしたりするなどの工夫を施し、湿気を緩和させています」 (山本さん)
 ご夫婦が望んでいたテラスもLDKの南に設けられ、外とつながる開放的な住まいが実現した。
 「夜、テラスで寝転がって星を見ていると最高に気持ちがいいです」(ご主人)。  奥さまは朝、鳥のさえずりで目が覚めると言う。家庭菜園でおいしい野菜を収穫し、バーベキューを楽しむなど、ご夫婦は存分に自然を満喫している。

リビングからキッチン方向を見る。LDKの広さは22畳、天井は3.7m と高い。収納は造作家具にしてすっきり暮らせるようにした
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

家のどこにいても自然を感じる 緑豊かな4つの庭と暮らす家

イタリアとフランスで建築を学び、現在は東京で住宅や店舗などの設計を手掛けている建築家の野口淳さん。約2年前に故郷の千葉県市川市に自宅を新築した。 「以前は神奈川県川崎市の賃貸マンションに住んでいましたが、自宅を建てるなら、生まれ育ち、両親も住んでいる市川市にと決めていました」

物件データ 所在地/千葉県市川市
面積/86m²
築年月/2015年12月
設計/野口淳(㈱タンポポデザイン一級建築士事務所)
www.tampopo-d.com


お父さまが犬の散歩中にたまたま見つけたという旗竿敷地。野口さんはグーグルマップで土地の形状や周辺環境を入念に調査し、事前に家のプランを作成。現地を見てすぐに購入を申し込んだ。

緑豊かな住宅地に建つ野口邸。外壁は1階が杉板張り。2階は墨入りモルタルで仕上げた
玄関のドアと一部の壁に外壁と同じ杉板を採用。大きなFIX窓が庭の景色を絵のように切り取る

「市川市でも珍しいくらい周辺に緑が多いし、東側はパノラマのように開けている。大きい家を建てなければ、庭のスペースも十分に取れると判断しました」
 家と同じくらい、庭を大切に考えていたという野口さん。そこで、家の平面を風車の形にプランニング。そうすることで、4つの庭を生み出せると考えた。「大きな庭が1つあるより、いろいろなシーンがあった方が楽しいと思いました」

LDKの床はヨーロピアンオーク。一部の壁を杉板張りにして、温かみのある北欧インテリアを目指した

現在は芝生とデッキの庭、菜園を目指す庭、朝食やお茶をする庭、薪割りをする庭が家の周りを囲み、ヤマボウシやコブシの他、モモの木、リンゴの木など実のなる樹木がたくさん植えられている。
 「目指したのは、花が華やかに咲き誇ったいかにもつくられた庭ではなく、本当の自然の中にあるような緑の庭。そこで木を植えたり、土や草いじりをしたりする生活に憧れていたんです」

玄関のドアと一部の壁に外壁と同じ杉板を採用。大きなFIX窓が庭の景色を絵のように切り取る
昨年、庭に植えたエゴマを収穫。「庭で採れたエゴマで料理できるなんて、とても豊かな気持ちです」と奥さま

風車型の家には開口部がたくさん設けられ、どこにいても庭を眺められる。家と庭の一体感があり、室内にいても外にいるような感覚だ。
 「大きな家を建てて、立派な家具や家電を置くより、外とつながって、庭で食事やパーティーを楽しんだり、空・風・陽などの自然を感じられる暮らしが、僕たちにとっての豊かさなんです」
 種をまいて芝生を育てたという奥さまは、花を植えて花壇をつくったり、野菜を植えて家庭菜園を楽しんだりすることが、子育て後の夢だという。

子ども室は勉強と遊びのスペースに分けているが、将来は3部屋にできるように設計
2階の子ども室の一角には、子ども3人で悠々と描ける大きな黒板が。黒板用塗装でDIYした
風車型プランの中心部に配置した薪ストーブで暖を取る。スペイン製で窓が大きく、炎がよく見える
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Okura
取材協力

江戸期から続く町家を、家族がつながる開放的な住まいにリノベーション

「町家の魅力は、奥行きがあって、迷路のようなところ。この先には何があるのだろう? とワクワクするんです。子どもの頃、お正月やお盆に古い町家に住む祖父母の家に行くのが楽しみで、ここに来ると家じゅうを探検して遊んでいました。この幼児体験が、建築の世界に進むきっかけになったのかもしれません」

物件データ 所在地/奈良県御所市
面積/139.4m²
リノベーション竣工年月/2011年7月
設計/吉村理(吉村理建築設計事務所)
yoshimura-arch.main.jp/myblog/

そう話す吉村理さんは、関西を拠 点に活躍する建築家。約10年前に亡くなった祖父母の町家を引き継いで、家族5人で住んでいる。敷地は江戸・ 明治時代からの町家が多く残る歴史的な町並みの一角にあり、築年数は約180年、延床面積約500㎡の 広さ。かつては「花内屋」の屋号で反物問屋や、「ひょうたん 瓢簞屋」の屋号で薬屋などの商売をしていたという。

江戸から明治期に一般的だった「つし厨子2階」と呼ばれる町家の建築様式。2階の天井が低いことが特徴
町に開放しているギャラリー。現在は大阪の作家・大久保英治さんの作品を常設している

吉村さん一家がこの家に住み始めた当時は、雨漏りや水漏れ、冬は隙間風に悩まされ、設備機器も古く、生活していくには厳しい状態だった。そこで2011年に家族の生活空間だけリノベーションを敢行。
「江戸時代から残るしっかりした家で、何世代にもわたって大切に住み継がれた家なので、町家の根本的なつくりは基本的に残し、今の生活に合うようにリノベーションしました」(吉村さん)

ロフトに続く階段室に本棚をつくり、図書コーナーに。階段の奥には勉強机やピアノも置かれている

 リノベーションの中心はLDK。土間のキッチン、リビングダイニングをワンルームでつなげ、大きな開口部で既存の庭と一体になるように計画。 庭から半屋外の土間、そして内部空間へ滑らかに連続しながら、行き止まりのない回遊動線を実現した。子どもたちも、いつも楽しそうに走り回っている。

ロフトは約28㎡。子どもたちの遊び場になっている。天井、柱、梁は約180年前のもの。床は吉野スギに
「土間キッチンは掃除がラク」と奥さま。天板はモルタル仕上げ。背面の収納は全て襖で隠せる

 扉やドアなどの建具は全て昔のものを再活用。リビングダイニングの壁と天井は再生土を利用した。食卓テーブルも昔の陳列棚を使うなど、できるだけ既存のものや古材を大切に生かしている。
 通りに面したギャラリーは、地域のお祭りのときなどに、イベント会場や喫茶店として開放している。  「今まで以上に町の人に活用してもらえるよう、気軽に立ち寄れる場を積極的に提供して、町と家族の新しいつながりをつくっていきたいと考えています」(吉村さん)

大開口で庭とつながる開放的なリビングダイニング。壁、天井は再生土。正面はテレビが収まる壁面収納
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Okura
取材協力

自然の心地良い風を感じて暮らすエアコンに頼らない、程よく涼しい平屋

以前は熊谷市内の中古一戸建てに住んでいた田島さんご夫妻。いずれは家を建てたいと建築雑誌で研究していたある日、1軒の住宅に釘付けになった。
 「敷き瓦の土間や梁を見せたダイナミックな空間がとても新鮮で、自分たちもこんな家に住みたいと思いました」とご夫妻。その住宅を手掛けた設計事務所「きらくなたてものや」と施工を担当した岡部材木店に家づくりを依頼した。

物件データ 所在地/埼玉県熊谷市
面積/127.25m²
リノベーション竣工年月/2014年6月
設計/日高保(きらくなたてものや)
www.kirakunat.com
設計/岡部材木店
zaimokuten.com

新しい住まいへの要望は、前述以外にも、「エアコンをなるべく使わない生活をしたかったので、風通しの良い涼しい家にしたいと伝えました。L字型の平屋造りや、木をふんだんに使うことも希望していました」(奥さま)
 設計を担当した日高保さんは、設備機器に頼らず快適に暮らせる家にするために、あえて壁に断熱材を施さない工法を選択。内外真壁構造にして、壁材に荒壁土を使うことを提案した。

周囲を田んぼに囲まれた平屋住宅。植栽豊かな石畳のアプローチが家族や訪れる人を出迎える
リビングの板間は子どもたちのプレイスペースになっている。庭に面した開口には障子戸も設けられ、太陽の日差しを優しい光に変える

「土壁は熱を蓄える力があるので、夏や冬の急激な温度変化を抑えてくれるのです。また、調湿作用にも優れ、湿度を一定に保つ効果もあります」(日高さん)
 開口部には外の景色と風をたっぷり取り込む幅広の引違い窓を採用し、防犯しながら夜間の通風・換気ができる格子戸も設置。他にも、日 差しをコントロールする軒の出、夏はひんやり心地良く、冬は太陽の日差しを蓄熱する敷き瓦の土間など、自然の恵みを有効利用する工夫を随所に盛り込んでいる。

涼感をもたらす敷き瓦の土間。冬には陽当りの良い土間が蓄熱体となり、長時間室内を暖め続ける
玄関から板間のリビングの向こうに庭が見える。障子戸を開け放つと家中に風が通る

土間に張った敷き瓦は、屋根と同じ瓦を焼いたものです。焼きむらで1枚1枚表情が違う瓦が並んでいる様子が美しく、とても気に入っています」(奥さま)
 「3年前の夏にこの家に引っ越してきて、今 までの家の暑さは何だったんだ!と思うほど涼しくて感激したことを覚えています。今もほとんどエアコンをつけずに、自然の風の程よい涼しさで気持ち良く暮らしています」(ご主人)

LDKの出隅に柱を入れず、引違い窓で開放できるように設計。室内に居ながら景色との一体感を楽しめる
キッチンカウンターはクリの木のオイル仕上げ。シンクには銅板を使った。レンジフードは鉄で製作
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

先祖代々の土地を住み継ぐ、築160年の蔵座敷を囲む家

今年、米寿を迎えたYさんは、今住む敷地に、江戸時代中期の1716年に建築された武家屋敷で生まれ育った。
 「茅葺き屋根の家だったことをよく覚えています。その屋敷が築250年を迎えた1966年、トタン屋根の2階建ての家に建て替えました」(Yさん)
 それから50年近くたった2013年、Yさんが転倒して怪我を負い、両膝とも人工関節に。住まい環境の見直しが必要になり、現在、岐阜県に住む次女夫婦が定年になったら山形に戻り同居する計画で、二世帯住宅に建て替えることを決めた。  

物件データ 所在地/山形県上山市
面積/383.34m²
リノベーション竣工年月/2014年3月
設計/山本学(アトリエガク一級建築士事務所) agak.lomo.jp

設計は、家づくりのイベントで次女のご主人が気に入ったアトリエガク一級建築士事務所の山本学さんに依頼した。Yさんからのリクエストは、「160年前に建てられ、先祖代々受け継がれてきた蔵を残すことだけ。あとは娘夫婦に任せました」
 当初、物置として使われていた蔵は、一度目の建替えの前にものを整理し、蔵座敷にしていた。

既存の蔵を生かした部分だけ2階建てになっている。屋根はガルバリウム鋼板。外壁はサイディング
蔵座敷と庭の間に広縁をつくり、開口を大きく設けて、先祖代々引き継がれる景色を取り込む

「蔵座敷は母屋と離れていたため、あまり使われておらず、もったいない状態でした。しかし、保存状態が良く、特に入口の扉の意匠が素晴らしかったので、積極的に新しい家に生かそうと思いました」(山本さん)

40畳のLDK。庭に植わる樹齢400年の松の木が開口部の真ん中に見えるように設計した

建替えプランは、母屋と蔵座敷を通路で連結させるのではなく、蔵座敷を住居で囲み、蔵座敷を中心に東西に大きく羽を広げるように各居室を配置。蔵座敷の東側は仏間とし、Yさんは毎日ここで仏壇に手を合わせているという。西側の間は、次女の茶室にあつらえた。

対面キッチンだが、手元がリビング側から見えないように立ち上がり壁を高くした。奥に勝手口と応接間が続く
蔵座敷の2階。古いダイニングセットやタンスなどが置かれ、サブリビングやゲストルームとして使用

また、敷地の南側には植栽豊かな庭があり、LDKや寝室、茶室から眺められるよう建物の南に連続窓を設置。屋外と室内を緩やかにつなぐ広縁もつくり、明るく伸びやかな住まいを実現した。
 「この辺りは住む人がいなくなっている空き家がたくさんあります。次女夫妻から孫の代に続き、この家を末長く継いでいってくれれば、本望です」(Yさん)

蔵座敷の仏間(手前)と茶室(奥)。茶室は今後一緒に暮らす次女が使う予定で、炉も切ってある
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

次世代省エネルギー基準をベースに狭小敷地で建てるエコハウス

1999年に結婚して以来、ご主人が学生時代から住んでいる家で暮らしてきたYさんご夫妻。結婚当初から建替えを希望していたが、忙しさに取り紛れて時が経ち、そのままに。重い腰をあげたのは、東日本大震災がきっかけだったという。
 

物件データ 所在地/東京都足立区
面積/78.18m²
リノベーション竣工年月/2013年2月
設計/杉浦宏幸(杉浦事務所)www7b.biglobe.ne.jp/sugiuraoffice

「本棚がいくつも倒れ、散々な状態。その上、この地域が液状化危険地域だということが分かったのです」と奥さま。実はご夫妻は共にエネルギー関連の研究者。建替えにあたっては、まず断熱にこだわり、省エネ住宅を目指した。
設計はインターネットで調べ、狭小住宅を多く手がけ、構造も重視した家づくりを行っている建築家、杉浦事務所の杉浦宏幸さんに依頼。
「省エネ対策については、かなり細かいことまでリクエストしました」(奥さま)

外壁は断熱サイディング。南の屋根勾配を、効率よく日射量が得られる30度に設定し、太陽光パネルを設置
2 玄関の土間は墨モルタル金ゴテ押さえ。下足入れはシナ合板で造作。外光を取り入れながら、収納を十分に確保

断熱については、外断熱工法、高性能断熱材「ネオマフォーム」を採用し、壁・床・天井に断熱材を北海道並みに敷き込むこと。窓はなるべく樹脂サッシを使い、熱の出入りが多い大きな窓は二重サッシとし、Low- E複層ガラスを使うこと。このほか、太陽光発電パネルの設置も希望した。

壁一面に収納棚を設けた洗面脱衣室。奥に在来工法の浴室が続く
3階の寝室の南側に設けた前室は、サンルーム兼物干しスペース。人造大理石の床が、冬の日中の太陽熱を蓄熱

「インテリアは、本棚をできるだけ たくさんつくり付けてほしい、ということくらい。間取りや内装は全て杉浦さんにお任せしました」(奥さま)
 住み始めて4年。省エネ効果は計画通り発揮されているという。

2階から3階に上がる階段。軽快なストリップ階段の向こうに、天井いっぱいに設置した本棚が見える
LDKに設けた天井まで続く棚。日がよく当たる正面の棚はグリーンを飾る場所に。ベンチの下も収納になっている

「日本の一般家庭の電気使用量の平均が年間約4000kWhですが、わが家は約2200kWhに収まっています。申請はしていませんが、次世代省エネ基準をクリア。暖房や冷房に頼らない家は気持ちがいいです」と奥さま。一方、杉浦さんは、1階と3階の高さを最低限に抑え、2階に天井高が3.4m ある吹抜けのLDKを実現させ、大らかで快適に過ごせる空間をつくった。
 「不安はありましたが、小さくても居心地のいい家はできるものですね。この家で暮らし始めてから休日も家 で過ごすようになりました」(奥さま)
今は、家の中をどう飾ろうか考えるのが、日常の楽しみの一つだ。

LDKの上に設けたロフトはご主人の書斎。秘密基地のようなこもり感があり、お気に入りの場所
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Ookura
取材協力

60代で都心から海を臨む別荘地に移住。 自宅で働きながらリゾートライフを楽しむ暮らし

大阪の中心地から和歌山県白浜町に移住したグラフィックデザイナーのNさんご夫妻が暮らす住居兼事務所を訪れた。
ご主人は1970年代初めに上京し、六本木などに事務所を構えて19年間第一線で活躍。その後、故郷の大阪に戻り、サラリーマンを経て奥さまと会社を立ち上げ、仕事中心の生活を送っていたという。

物件データ 所在地/和歌山県西牟婁郡
面積/167.80m²
リノベーション竣工年月/2016年6月
設計/貴志泰正(㈱貴志環境企画室)www.mkishi.com
施工/㈱西峰工務店www.nisimine.com
取材協力/㈱スエタカ www.suetaka.com

白浜への転居を決めた理由については、「主人が60代後半になり、生活環境を変えたいと思い始めました。インターネットとパソコンがあれば、どこにいても今の仕事は続けられます。二人とも元気なうちに自然が豊かな所で、やりたいことをやろうと決心しました」と奥さまは話す。

鉄筋コンクリート造の2階建て。外装は防水処理を施した後、白く塗装し直した。海辺にふさわしいすがすがしい佇まい
2 階に上がる階段室。壁面にカラフルなボルダリングのホールドを取り付けて遊び心をプラス

新たな住まいとして購入したのは、1973年築、鉄筋コンクリート造の2階建て。元は企業がクライアントを接待するための別荘として使われていた建物で、三段壁、千畳敷といった景勝地が続く「吉野熊野国立公園」の海岸線を見下ろす立地にあり、徒歩1分で海岸に行ける絶好のロケーション。さらに南紀白浜空港までは車で10分。東京での打合せに日帰りできることも、今も現役で活躍するご夫妻にとって好都合だった。

キッチンの作業台は大阪時代の仕事場のデスクを活用。食器のディスプレーを兼ねるオープンシェルフで「見せる収納」を実践
「太陽の間」は9畳の洋室。大きな窓からテラスが続き、海も臨める
「月の間」は8畳の和室。壁はモルタル仕上げ、天井はコンクリートの躯体を現し、和に寄り過ぎないモダンな雰囲気に

内装は知り合いの建築家、貴志泰正さんに設計を依頼し、全面的にリフォーム。1階をご夫妻の事務所と居住スペース、2階をゲストルームとし、既存の天井を取り払って構造躯体を現し、開放的な空間に仕上げた。温泉が引かれた浴室は、ほぼ既存のまま残している。

温泉が引かれた浴室。設備も仕上げも既存のものを活用し、タイル部分のみ高圧洗浄を行った。自宅に居ながら温泉三昧の毎日
庭のハイビスカスを近くで眺められるよう、窓に面して大きなテーブルを配置したダイニング

「仕事も落ち着いて集中できます。せかせかしなくなり、気持ちに余裕ができました。きれいな空、星、夕焼けを見たとき、広大な海を眺めているとき、おいしい水を味わったとき、自宅の温泉に浸っているとき…幸せに感じ、白浜に来て良かったと、つくづくと思います」とご夫妻は口をそろえる。
 現在は釣りに凝っているというご夫妻。今後はスキューバダイビングやクルーザーの免許取得にも挑戦したいと、のびやかな環境で好奇心旺盛に歳を重ねている。

リビングダイニングから続く仕事場。元は壁で仕切られていたが、撤去して開放的な空間を実現
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Ookura
取材協力

代々住み継がれた家に、若い家族が住む。建物の歴史と親戚の思いをつなぐリノベーション

本州西端の山口県下関市に建つこの家は、昨年3月に結婚した中谷さんご夫妻の新居だ。 53年前に奥様のそうそしゅくふ曾祖叔父(曾祖父の弟)が建てた木造家屋をリノベーションした。

物件データ 所在地/山口県下関市
面積/164.45m²
リノベーション竣工年月/2016年5月
設計/今村剛浩(IRA建築設計事務所)ira-design.main.jp
   田尻裕樹(田尻裕樹建築事務所)tj-r.com
施工/㈱再生工舎

「曾祖叔父が亡くなった後、奥さんが一人で住んでいたそうですが、高齢のため、介護施設に入所してから空家になっていたとか。母が、田舎暮らしを希望していた私たちに、この家を紹介してくれたんです」(奥様) 内見に行ってみると、建物の状態は思いの外良好だった。水周りを交換すれば、そのまま住めないこともなかったが、ご主人は「どうせ直すのなら、全面的に手を入れて、気持ちのいい空間で生活を始めよう」と提案。IRA建築設計事務所の今村剛浩さんと田尻裕樹建築事務所の田尻裕樹さんにフルリノベーションの設計を依頼した。

焼杉と瓦屋根の外観は、ほぼ既存を生かして補修。玄関ドアは杉の無垢材
2階は寝室と将来の子ども部屋、ウォークインクローゼット。吹抜に面し、梁を間近に鑑賞できる

中谷さんご夫妻が希望したのは、「広い土間」、「室内とつながるデッキ」と「広いリビングスペース」、「使えるものはなるべく使う」ということ。それ以外は2人の建築家にお任せしたという。

モルタル仕上げの広い土間。土が付いた野菜や自転車を置いたり、近所の人たちと会話をしたり、多目的に活用
梁に囲まれた階段の踊り場。梁には建築当時の大工が墨付けした跡が残り、歴史を感じさせる

改修プランは、田の字型に区切られていた既存の1階の和室4室を広々としたLDKに一新。リビング上部の小屋裏を抜いて吹抜にし、既存の梁をそのまま現して、この家の見せ場とした。また、ダイニングキッチンの天井は既存材のままに。新旧が融合した、美しい住まいが実現した。

リビングから丸見えにならないよう、シンク周りだけ壁を抜いたセミクローズドキッチン
既存の深い庇と濡れ縁を活用。濡れ縁はデッキ張りに。ご主人はここで景色を眺めている時が一番幸せだという

「ここまで変わると思っていなかったので感激しました。実際に暮らしてみても、とても快適です。それに、親戚の人たちから『この家を残してくれてありがとう』と言われるんです。みんなの思い出を継承することにも貢献したんだという実感が持ててうれしいですね」(ご夫妻) 今年の夏には第一子が誕生する。のびのびと子育てを楽しみながら、先祖とともに生きてきた家を未来へとつなげていく。

琉球畳のモダンな和室は客室として使用。上げ下げ障子戸を採用し、茶室の雰囲気を取り入れた
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Hideki Ookura
取材協力

アパートメント、ショップ、オフィス機能が一つになった新しいシェア型複合施設

若者の街、渋谷区原宿に建つ「THE SHARE」は、企業の独身寮だった、当時築48年の建物をリノベーションしたアパートメント、ショップ、オフィス空間を併せ持つシェア型複合施設。

物件データ 所在地/東京都渋谷区
面積/3,822.91m²
リノベーション竣工年月/2011年11月
総合企画・運営/㈱リビタ
www.rebita.co.jp

「当社はこれまで中古住宅や遊休化した建物など、さまざまな不動産ストックの再生活用を手掛けてきました。シェアハウスでも、住人の間に豊かな人間関係ができて、いろいろなコラボレーションが生まれています。次の段階として、住宅だけでなく、オフィスやショップなども取り入れた複合施設をつくったら、もっと面白いことが起こるのではと、企画しました」

明治通りに面した角地に建つ。1階にはカフェ、ショップなど、コミュニティー性の高いテナントを誘致
3~5階がアパートメントフロアで、3階は女性専用。各階にトイレ、シャワーブースがある

そう話すのは、企画担当の井上聡子さん。地上6階+地下1階の建物内には、1階にテナントショップ、2階にオフィス、3〜5階にワンルームのアパートメント64室が収まり、6階には居住者用のキッチンやダイニング、ライブラリー、ラウンジ、シアタールームといった贅沢な共用スペースを備えている。

広いスペースと本格的な設備がある共用キッチン。休日は大勢で料理をすることもある。食器やキッチン家電も完備
6階のライブラリー。本は居住者なら誰でも読める。勉強会が開かれることも

居住者は主に20代後半から30代の単身者。その中の一人、2015 年に入居した建築事務所に勤める阿部彩華さんは、「仕事で遅く帰ってきても、ラウンジやライブラリーに行くと誰かが居て、おしゃべりしたり、お茶をしたり、時には食事の仲間に入れてもらったり。とてもアットホームな雰囲気です」と、シェアメイトと共に過ごすオフタイムを楽しんでいる。

4階にある阿部さんの個室。7.6畳で洗面所、クローゼット、デスク、ミニ冷蔵庫、ベッドを完備

「THE SHARE」では、居住者同士のコミュニケーションにフェイスブックを活用している。例えば、「これからシアタールームで〇〇を観ます」と投稿すると、共感した住人たちが集まってドラマや映画を観たり、「休日に○○に行きます」と告知して、皆でドライブに繰り出したりすることもある。(中斉さん)

会員制のシェアオフィス。壁際は固定デスク、フロア中央はフリーデスク
6階のシアタールーム。上映される映画やドラマの内容が住人同士内のフェイスブックで告知されることも

 また、ラウンジは、オフィス利用者も使うことができ、住人とも気軽に交流している。いろいろな仕事や趣味を持った人たちが時間を共有し、自分一人では得られない情報やスキルをゲットしながら、刺激的な毎日を送っている。

スタイリスト・熊谷隆志氏がデザインした屋上ガーデン。パーティーやイベントなど、使い方は自由
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura,ReBITA
取材協力

実家の敷地に建てた、総面積200㎡強の家 ダイナミックな空間で、のびのびと暮らす

富山県は日本全国で持ち家率1位、1軒当たりの延べ床面積も、もっとも広いといわれる。富山県砺波市でチューリップ農園を営む伊藤さんは、奥さまと2人のお子さんとの4人家族。昨秋、実家の田んぼを宅地に転用して新居を建てた。それまでは市内のアパートに住んでいたが、長女が小学校に上がるまでには家を建てたいと、3年前から家づくりに動いたという。

物件データ 所在地/富山県砺波市
面積/200.12m²
築年月/2016年10月
設計//中斉拓也(中斉拓也建築設計)
www.nkstky.jp

「この辺の人は、結婚して1~2年、32~35歳で一軒家を建てる人が多いです。うちは決して早い方ではありません」と伊藤さん。
はじめは大手ハウスメーカーの住宅展示場や地元の工務店の内覧会などを精力的に訪れた。しかし、ピンとくるものがない。「家づくりって、そんなにワクワクするものではないのか…」と意気消沈して友人に話すと、建築家との家づくりを勧められる。それが富山市に拠点を置く中斉拓也建築設計の中斉拓也さんだった。

外壁と屋根にはホワイトグレーのガルバリウム鋼板を採用し、 シンプルに仕上げた
玄関土間からのびる通路の奥にLDKがある。幅広のフローリングは落ち着いた色のウォールナット
広々としたポーチと引き戸の玄関ドア。ガルバリウム鋼板とスギがマッチしてモダンな雰囲気に
玄関土間から続く中庭とデッキ。中庭には今後シンボルツリーを植え、バーベキューを楽しむ予定

中斉さんが導いたプランは、間口31mの敷地に見合う、どっしりとした平屋に近い家。また、ガレージ→玄関土間→ 廊下→LDKまで、約30m同じ天井の梁を続け、空間のつながりを強調した。
「梁が細かいのは、雪の荷重を分散して家に負担をかけないためですが、この構造がデザインにもなっています」(中斉さん)

ダイニングの窓から実家が見える。ナラの古材に黒皮鉄の脚を組み合わせた造作テーブルはご主人の自信作
ダイニングチェアはデンマークを代表するデザイナー、ハンス・J・ウェグナーが手掛けた「CH88」をセレクト
洗濯物を乾かす場も兼ねた広いユーティリティ。洗面台は造作。床は白×黒の塩ビタイルで市松模様に

庭を挟んでご両親が暮らす家があるが、家の中に入ってしまえば、お互いに気配を感じることなく過ごせるという。
「延べ床面積は60坪強ありますが、近隣の家と比べるとそんなに大きく感じません。でも、居心地のいい家になったと思います」と伊藤さん。家づくりは楽しく、いつか、もう1軒建ててみたいと思っているそうだ。

2階の子ども部屋。今はワンルームで使っているが、将来2部屋に分けられるようドアは2つ設けてある
キッチンのステンレス天板、大きなシンクは奥さまの希望。ダイニングの照明は北欧のルイスポールセン
text_ Sayaka Noritake photograph_ Akira Nakamura
取材協力

趣味のガーデニングを楽しみながら、大らかな景色を堪能する草原での暮らし

朝5時に起床して朝食を済ませると、早速庭へ。夜、灯りがつくまで草花と過ごす。
「庭仕事は木々や球根を植えるだけではありません。雑草を取ったり、咲き終わった花を摘んだり、肥料を施したり、害虫駆除をしたり、やることがいっぱい。この辺はモグラやアナグマが根をダメにしてしまいますので、彼らとも戦わなければなりません。1日があっという間に過ぎてしまいます」
そう話す伏見さんは、今では毎日ガーデニング三昧の日々を送っているが、以前は東京都に住む公務員だったそう。

物件データ 所在地/山梨県
面積/67.08m²
築年月/2012年3月
設計/岸本和彦(acaa建築研究所)
www.ac-aa.com

「定年後はどこに住もうかと、海外も視野に入れて考えたのですが、結局、近場の山梨に。ここは母の土地なのです」と、庭を育てながら、草原の中に暮らすライフスタイルを選んだ。
新居の設計は、家づくりのセミナーに参加して出会ったacaa建築研究所の岸本和彦さんに依頼。草原となじむレッドシダー張りの小屋のような外観。それとは一転、室内は光が美しく拡散する白い世界。コンパクトだが、内壁が複雑に入り込み、全体を見通せない奥行きのある空間が広がる。そして外と接する「外の間」が4つ、DKや寝室など生活を営む「中の間」が3つある。
「風景を求める、つまり外に向かって開く開放感と、シェルターとしての安心感を18坪の小さな家の中に共存させています」(岸本さん)

自然の風景に違和感なく佇むレッドシダーの小屋。赤味が強い木だが、竣工から4年が経ち、味わいが出てきた
西側の庭が堪能できる「外の間3」の玄関まわり。綺麗な夕日を見ながら、ベンチに腰掛けて過ごしている
「外の間1」から寝室や和室を見通す開口部。開口が切り取る部屋の様子が重なり、ひとつの風景になる
空や緑を眺めながら入浴できるバスルーム。壁はレッドシダー
3つの「中の間」の床には磁器質タイルを張った。天窓からの光が刻々と動いて、白い空間に美しい陰影をつくる

ここでの生活の最大の魅力は「景色」だと伏見さんは言う。濃い霧に包まれた雲海の景色は、とても幻想的で感 激 するそう。一方、不便なことは、店舗や病院などが近くにないこと。買物は1週間に1度車で買出しに行き、まとめ買いしている。
 ちょっとあれが欲しいなんていうとき困りますけどね」(伏見さん)自然な感じできれいだな、気持ちいいな」という庭を目指しているが、まだ目標とする庭の30〜50%しか達していないという。カメラを勉強して、庭の木々や花々、庭を訪れる小鳥や蝶々などを撮るのが次の楽しみだ。

和室である「外の間2」。大きな窓から庭の様子が楽しめる。桜の花見時には、友人が大勢集まる
コンパクトなアイランドキッチン。「とても使いやすく、窓から庭を見ながら作業できるのがうれしい」と伏見さん
text_ Sayaka Noritake photograph_ Hideki Okura
取材協力

3階リビングから姫路城を望む景観を大胆に取り込んだ住まい

姫路城の西方向、古民家と新築が混在するエリアに建つ星山邸。地上3階建て鉄筋コンクリート造の建物は、前面道路から駐車スペース分をセットバックし、前後に2つのボリュームを持つ。
 「緑が見えて、繁華街からも近い場所が理想だったので、お城の近くで土地を探していました」とご主人の星山政義さんは話す。

物件データ 所在地/兵庫県姫路市
面積/55.13m²
築年月/2009年5月
設計/木下昌大建築設計事務所
(キノアーキテクツ)
yumekikou-happy.com

以前は同じ市内のご実家でご両親と暮らしていたが、2人のお子さまの成長とともに手狭になり、新築での家づくりを考えはじめたという。その際、影響を受けたのがご夫妻が足しげく通っていたアンティーク家具「オコンネルズ」オーナーの住まいだった。そしてアドバイスを請いに向かったオーナー宅で同物件の設計者、キノアーキテクツの木下昌大さんと知り合う。土地が見つかってすぐに相談、設計を依頼した。

ボリュームを前後に分けることで周囲への圧迫感を抑えた。周辺には植栽を積極的に施している
2階階段。老後を考えて2人乗りできるエレベーターも設置済み

「リビングから姫路城を眺められる家にしたいと話したら、3階建てが必須条件となりました。ほかに来客用を含めた車5台分の駐車スペースと庭をリクエストしましたが、それ以外はほぼお任せです」(奥さま) リビングは優先的に3階かつ南東方向に大きな開口をとるプランで進められた。さらに木下さんは上層に行くに従い姫路城への眺望が開けていくように壁を回転させて開いていく形を見いだす。

ダイニングからリビング方向を見る。左の小さな正方形の窓からも姫路城がのぞける
お子さまがパパッと朝食をとれるようカウンターキッチンに。収納が少ないため、食器は厳選
大学生と高校生のお子さまの部屋。間の壁は将来リノベーションした場合に取り払うことを検討

「模型の段階ですでにシンボリックな外観に驚きつつも、期待以上で心躍ったという政義さんは、「希少なアンティーク家具と同じで、ほかにないデザインがいいと思いました」と嬉しそうに当時を振り返ってくれた。現在リビングには白壁を背にお気に入りのアンティークコレクションを配置。放物面ゆえの難しさもまた、インテリアを考える楽しみになっているようだ。 竣工から7年を経て庭の木々は少しずつ生長し、周辺環境とも緩やかになじみつつある星山邸。リビングの窓からは、姫路城が今日も優美な姿をのぞかせる。

リビングからダイニング方向を見る。モルソーのストーブを愛用中。薪は政義さん自ら調達する
text_ Rie Suzuko photograph_ Akira Nakamura
取材協力

茅葺き民家を改修しながら住み継ぎ、歴史ある町並みを守り続ける

佐賀県南西部の有明海沿岸の農村地域には、数百棟の茅葺き屋根の古民家が点在する。これらは江戸時代末期から明治時代にかけて建てられたものが多く、今も昔ながらの景観を残している。
 5年前に長崎県から鹿島市に引っ越してきた中尾さん一家が住む古民家も、大正時代の初期に建てられ、築約100年という。

物件データ 所在地/佐賀県鹿島市
面積/332.76m²
築年月/2012年12月
設計/㈲夢木香
yumekikou-happy.com

「有明海の干潟の写真を撮ったり、調査したりするために40年間、長崎県大村市から通いました。秋から春先まで野鳥が来ているときの干潟は、それはそれは美しく、老後はこの近くに住みたいと思っていたんです」と中尾さん。干潟が見える所まで徒歩10分の場所にある、くど造りの古民家をひと目で気に入った。

母屋(右の棟)は「くど造り」。茅葺き屋根は、棟の補修程度に留めた。左の棟は元々は座蔵だった建物
玄関土間は、中尾さんが撮影した写真を飾ってギャラリーとして使用。懐かしい8×10のカメラも

くど造りとは、佐賀平野でよく見られる伝統的な民家形式。棟がコの字型になっており、台風に強い構造で、雨降り時にも軽作業ができるよう土間が広くつくられているのが特徴だ。中尾さんは、くど造りの母屋の改修は一部の畳の床を板張りに変える程度にとどめ、現状を生かした。
隣接する座蔵は梁をできるだけ残し、力強い構造を楽しめるLDKに。その上に2階を増築して夫婦の寝室をつくり、バスルームも新しくして快適な生活空間に再生した。

蔵の下屋の上に夫婦の寝室を増築。床はスギ材。屋根を支える小屋組は、スギの丸太梁を組んで現しとした
現しにした柱や梁が力強さを感じさせるLDK。リビングは板間に畳を敷き詰めている

「茅葺き屋根は改修にお金がかかるのですが、大切にしていた前の住人に敬意を表して、なるべく元の姿を残しました。茅葺きの家は静かなんですよ」(中尾さん)
 改修工事を手掛けた夢木香の松尾進さんは、昨今、若い世代が古民家をリフォームして二世帯住宅にする仕事が増えていると話す。
 「佐賀県の人は古い家の良さ、強さを知っている人が多い。伝統的な木組みの家は100〜200年、雨漏 りがしないように保守管理すれば残っていくし、高温多湿の日本には金物を使わない昔の工法が風土に合っています。また木や塗り壁は呼吸して、空気中の水分を調湿し、人が住みやすい空間を与えてくれます。その環境が、木も土壁も長持ちさせるのです。その結果、町並みも守られていきます」(松尾さん)
 住み継がれてきた町で、今も現役で働いている中尾さんは今年で83歳。野鳥観察や撮影、干潟漁の撮影など、有明海を記録し続けている。

造作キッチン。「炊事道具でいっぱいになるのは嫌」(奥さま)と、出窓には好きな野草を飾っている
バスルームは在来工法で、白タイルとヒノキで仕上げた。ヒノキは水の乾きが早く、腐りにくい
text_ Sayaka Noritake photograph_ Akira Nakamura
取材協力

家事や仕事をしながら子どもたちの成長を温かく見守る育児に優しい家づくり

長年、賃貸アパートに住んでいたNさん一家。約2年前にそろそろ家を建てようとご夫婦で話し合い、神奈川県厚木市内に土地を探し始めた。
厚木市はご主人の通勤に便利なことと、子どもの医療費が中学生までは無料だったり、2人目からは幼稚園の補助金がもらえるなど、子育て支援がとても充実していて、暮らしやすいから選んだそう。

物件データ 所在地/神奈川県厚木市
面積/134.26m²
築年月/2016年2月
設計/前田工務店+N
maedakoumuten.jp
協力/すまいポート21

新興住宅地より昔ながらの街並みが好きだったご夫妻は、不動産会社が紹介してくれた毛利台の土地をひと目で気に入り購入する。設計の依頼先選びは、家を建てるためのあらゆるサポートをしてくれる「すまいポート21」を利用した。  「こんな家を、このくらいの予算で建てたいと希望を伝えると、「すまいポート21」と契約している工務店や設計事務所でコンペをしてくれるんです。私たちは5社でコンペをして、『自分たちに合った家を建ててくれそう』と選んだのが前田工務店でした」 とご夫妻は声をそろえる。

生活の場である母屋と離れから成り立つ一戸建て。外壁には太陽光で汚れを分解するスイス漆喰を採用
離れの1階はご主人のガレージ。バイク、登山グッズ、雑誌など、好きなものに囲まれた隠れ家のような空間

Nさんの住まいへの要望は大きく3つ。「細々とした部屋はつくりたくない」、「絵本作家、イラストレーター、デザイナーである奥さまのアトリエとご主人のバイクガレージが欲しい」、そして「アトリエやキッチンから、子どもたちの様子を見守りたい」ということ。  設計を担当した前田工務店の前田哲郎さんは、生活空間である母屋と、アトリエとガレージがある離れをつくり、この2棟を大きなデッキでつないだ。アトリエはデッキに面しており、窓からはデッキを介してリビングやダイニング、子ども部屋が確認できる。

子ども部屋はロフト付き。現在は壁を設けず2人で広々と使用。みんなでごろ寝ができる畳間にした
1階にある子ども部屋の前の廊下は、コンクリートブロックを並べ、路地のような雰囲気に

また、1階と2階の間に隙間をつくることで、奥さまが2階のキッチンで作業しながら、1階で遊ぶ子どもたちの姿が分かるように計画した。
 「どこにいても常に子どもたちの様子を把握できるので安心です。アトリエで仕事をしていても、窓を開けておけば声も聞こえてきます。伸び伸び遊んでいる気配が感じられて、居心地がいいですね」(奥さま)
手すりや窓台など、大人が考えもしなかったところに遊び場を見つけて、すくすくと育っている子どもたち。そこに向けられたまなざしは、とてもおだやかで優しい。

離れの2階にある奥さまのアトリエ。窓を開ければ、リビングや子ども部屋で遊ぶ声も聞こえる
2階フロア全体を家族が集まる場所に。リビング、ダイニング、キッチン、デッキが縦横につながる
text_ Sayaka Noritake photograph_ Akira Nakamura
取材協力

外側にブラインドをかけているような一年中快適なダブルスキンの家

スギ張りの建物の外側を、さらにレッドシダーのルーバーで囲んだ個性的な住まいは、青森県むつ市の閑静な住宅地でひときわ目を引く。
 「ルーバーが自然光と風を室内にうまく取り入れてくれるんです」そう話すのは、設計を手掛けた松浦一級建築設計事務所の松浦良博さん。140㎜間隔のルーバーが、夏は高い位置からの強い日差しを緩和し、冬は横から差し込む日差しを通して、夏涼しく、冬暖かく室内環境を調整しているという。さらに松浦さんは続ける。

物件データ 所在地/青森県むつ市
面積/101.12m²
築年月/2015年5月
設計/松浦一級建築設計事務所
www.matsuura-home.co.jp

「むつ市の夏の太陽高度は約72度。冬は約22度です。この太陽高度から計算して、一番効果的なルーバー間隔を求めました。これ以上広いと夏の直射日光が入りすぎるし、狭すぎると冬の日光が入りにくい。夏は直射日光を遮りたい、反対に冬は光を入れたいという矛盾を解決しています」  この家で暮らすのはTさんご夫妻と娘さん2人の4人家族。さぞ熱心にこだわって家づくりに臨んだと思いきや、家を建てる予定はなく、「まだまだ先のこと」と思っていたそう。

軒がルーバーを雨から守る。ルーバー角度を3度傾斜させ、雨水が自然に流れ落ちるようにしている
シンボルツリーが真ん中に佇む中庭。夏はリビングに木陰をもたらしてくれる
吹抜のリビング。床は青森産のスギ材。大きな開口部を配し、ルーバー越しの柔らかな光が室内に降り注ぐ

「たまたまふらっと展示場に寄っただけなのですが、松浦さんの説明を聞いて、合理的で素晴らしい家だと感激してしまって。当時建設中だった建売りを購入することにしたんです」 (ご主人)
 いわゆる衝動買いをしたTさんご夫妻だが、結果は大正解。室内にも木がふんだんに使われ、中庭から心地よい風が流れ込み、森の中に住んでいるような気持ち良さを毎日味わっている。昨年の10月から住み始め、冬は想像以上に暖かく過ごせた。

奥さまの希望でもあった対面式のシステムキッチン。カウンターを付けて調理スペースを広く確保
2階の子ども部屋は、現在はワンルーム。吹抜で1階とつながり、2階で遊んでいる子どもの声が届く

この夏も、どのくらい涼しく暮らせるか楽しみだという。
「ルーバーは直射日光を遮るだけでなく、外からの視線をカットしてくれます。プライバシーを確保できるため、窓を開けっ放しにできることも大きな効果です。風が家の中を通り抜け、木の香りを運んでくれるので、相当涼しく感じると思います」(松浦さん)
自然とのつながりやエコな暮らしがますます注目を集めている。ルーバーで周辺環境を優しく招き入れるTさん宅のアイデアは、郊外に限らず、都市部でも活用できそうだ。

LDKより1m40㎝高く設けた寝室や水まわりへは、スロープ状の廊下を通って行く造りに
text_ Sayaka Noritake photograph_ Akira Nakamura
取材協力

輸送用コンテナで家をつくる。外とつながる快適居住空間

南方向に吉野川の土手や田園を望む敷地を購入し、マイホームを建てようと決心した藤原さんご夫妻。新居の設計は、3年間探した末、徳島市で行われた建築家展で出会ったCONTAINER DESIGNの岸本貴信さんに依頼することにした。 一生に一度建てる家として、満足できるものにしたいと祈念していたご夫妻は、A4用紙4枚にびっしり箇条書きした要望書を岸本さんに提出したという。その筆頭は「40フィートの輸送用コンテナを2基使って住まいを構築したい」という遊び心溢れる内容だった。

物件データ 所在地/徳島県板野郡
面積/107.46m²
築年月/2015年3月
設計/岸本貴信
(CONTAINER DESIGN)
www.cd-aa.com
施工/アークホーム

「コンテナを、私の趣味であるバイクいじりや音楽を楽しむ場所、妻が書道を嗜む場所にしたらどうかと思ったんです。見栄えも一風変わって、面白いのではないかと考えていました」(ご主人)  ご夫妻のユニークな発想を受けた岸本さんは、「輸送用コンテナと家族が生活を営む居住スペースをどうつなげていくかが設計の課題でした」と、建物の形状や間取りを検討。導いた答えは、輸送用コンテナに加えて20フィートのコンテナに見立てた木造の箱を3基つくり、合計5基のコンテナを横に並べて住まいを計画するというものだった。

両端に40フィートの輸送用コンテナを配し、間に20フィートのコンテナに見立てた箱を3基並べて住居を構成
建物の長手方向いっぱいに庭を配置。空も広く感じられる。コンクリートの塀で外部からの視線をカット
コンテナに挟まれた路地のような玄関土間。回転式のガラス扉を採用し、半屋外のような空間に

「ある程度の距離をあけてコンテナを横に並べると、コンテナ内の閉ざされた空間とコンテナ外の開放的な空間が交互に生まれます。コンテナ内には寝室や水まわり、収納などを配し、コンテナ外は、リビングダイニングと子ども部屋にしました」(岸本さん)

庭に面したバスルーム。庭でプール遊びをしていた子どもたちが直接入浴できる。夜空を見上げながらの入浴も
子ども部屋からLDKを見る。その間にはバスルームとウォークインクローゼットが収まる

家族が集まるリビングダイニングや子ども部屋は、南北の壁が一面ガラス窓になった、外とつながる空間に。空や庭の緑が気持ちよく感じられる場になった。  「実際に住んで『快適』のひと言です。家族が長い時間を過ごすリビングダイニングが明るいのが一番うれしいですね。室内にいながら、庭と一体感が得られるのも気に入っています」とご夫妻。
 「今日もよろしくね」と毎朝、家に語りかけながら楽しく暮らすというご主人。これからの楽しみは、DIYで輸送用コンテナに音楽室をつくることだ。

白×木を基調にしたナチュラルなLDK。壁一面のガラス窓で外とつながり、開放感たっぷり
text_ Sayaka Noritake photograph_ Akira Nakamura
取材協力

大阪の中心・梅田から徒歩10分の好立地にリノベーションで新婚夫婦の住まいを実現

大阪市を拠点に住宅や店舗などの設計を手掛けている建築家の松村一輝さんと奥さまの香織さんは、大阪府の中心である梅田から徒歩10分ほどの場所に建つ古い長屋をリノベーションして、新生活をスタートさせた。
「家づくりは立地が最優先でした。私が梅田の近くで育ったので、街中に住み続けたかったし、何より両親が実家の近くに住むことを強く希望していたんです」(香織さん)
いっぽう、一輝さんは、自分たちの予算内で市内の好立地に家を持つことは無理だと考えていた。
「ところが、いざ探し始めてみると、梅田周辺でも大通りから1本入ると、開発されず古い長屋が並んでいるところがあったんです。リノベーション前提で考えれば、梅田エリアに2人で快適に住める家が見つかるのではと思うようになりました」(一輝さん)

物件データ 所在地/大阪府大阪市
面積/64.02m²
築年月/2014年8月
設計/coil松村一輝建築設計事務所
www.coilkma.com

不動産会社に紹介された物件は、建物自体は古いが、前のオーナーが丁寧に住んでいた様子がうかがえるきれいな状態だった。2人とも気に入り、購入を即決。リノベーションの設計はもちろん一輝さんが担当した。
 まず、耐震補強と断熱補強をしっかり施し、床は鉄筋を入れてコンクリートを流し込み、新築同等の住宅性能に改善。そのうえで、明るい2階にワンフロアのLDKをつくり、1階に広い玄関土間と寝室、水まわりを配した。既存の梁や柱、建具を生かし、年月を経たものの味わいが生きた住まいが完成した。

レトロな長屋の街並み。白い2階建ての建物が松村邸。外壁に高圧洗浄を施して白く塗装した
レトロな長屋の街並み。白い2階建ての建物が松村邸。外壁に高圧洗浄を施して白く塗装した
既存の木製ドアをペイントして、トイレの扉に。内側の壁の一面は黄色に塗装した
既存の木製ドアをペイントして、トイレの扉に。内側の壁の一面は黄色に塗装した
広く取った土間玄関。既存の内装を解体したときに出た床材を使ってシューズラックをDIY
広く取った土間玄関。既存の内装を解体したときに出た床材を使ってシューズラックをDIY

長らく郊外で暮らしてきた一輝さんにとって、初めての都心生活は、「便利すぎるくらい便利で快適。事務所への通勤も自転車です」
 近年は梅田だけでなく、家から徒歩圏内の中崎町周辺も、お洒落なカフェや雑貨屋が集まる人気スポットに成長。2人でショッピングやティータイムを楽しみに街に出かけることも多い。また、JR大阪駅直結のファッションビル「グランフロント大阪」もお気に入りの場所のひとつ。
  「ケーキとコーヒー豆を買ってきて、家でゆったり食べるのも好きですね」(香織さん)

キッチンカウンターと夫婦のワークスペースを連ね、LDKを広く使えるように工夫。見せる収納で楽しい空間に
キッチンカウンターと夫婦のワークスペースを連ね、LDKを広く使えるように工夫。見せる収納で楽しい空間に
キッチンからリビングダイニングを見る。食卓のペンダント照明はこの部屋に合わせてオリジナルで製作
キッチンからリビングダイニングを見る。食卓のペンダント照明はこの部屋に合わせてオリジナルで製作

近所には公園や桜並木もあり、お花見や新緑、紅葉を味わう場所もたくさんある。北の方へ歩けば淀川に出会い、夏は花火も楽しめる。
 さらに現在では、梅田貨物駅跡地の再開発工事が進行中。ますます充実した都心居住が期待できそうだ。

階段の上に構造用合板を新設し、収納スペースに。手すり壁には、解体した型ガラスのドアを再利用
階段の上に構造用合板を新設し、収納スペースに。手すり壁には、解体した型ガラスのドアを再利用
玄関の裏側にある寝室。壁の厚みを利用して本棚を造作。通路とはカーテンで緩やかに仕切れる
玄関の裏側にある寝室。壁の厚みを利用して本棚を造作。通路とはカーテンで緩やかに仕切れる

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

土間や炉壁に、地産の大谷石を使用地域と自然と気持ち良くつながる家

栃木県宇都宮市を拠点に、住宅などの建築設計を手掛けている神原浩司さん、敦子さんご夫妻。一昨年、浩司さんが生まれ育った築45年の古家を、住まいと仕事場が一体になった2階建て一軒家に建て替えた。
 玄関ドアを開けると、明るく広い大谷石の土間が目の前に広がる。「宇都宮で生まれ育った私は、どこかに地産の大谷石を使いたいと思っていて、まず思い浮かんだのがこの玄関土間でした。大谷石と木の組合せはとてもきれい。そのうえ、石自体の表情も豊かで、柔らかい雰囲気も持っている。その美しさをエントランスで表現したかったんです」(浩司さん)

物件データ 所在地//栃木県宇都宮市
面積/154.15m²
築年月/2014年8月
設計/かんばら設計室
www.kan-bara.com

より印象的な空間に仕上げるために、石の表面をチェーン引きという方法で加工。さらにLDKの一角にある薪ストーブの炉壁にも、大谷石を採用した。
 「断熱性や耐火性が高いだけでなく、熱をはね返して空間に放出するんです。だから熱効率がとてもよくなるんですよ」(浩司さん) クリのフローリングやキリの天井材ともマッチし、インテリアのアクセントとしても大谷石が効果的に生きている。

建物は敷地に対して45°振って配置。外壁はモルタルの下地にアクリル系塗料のマヂックコートを吹付け
建物は敷地に対して45°振って配置。外壁はモルタルの下地にアクリル系塗料のマヂックコートを吹付け
エントランスと中庭をつなぐ通り土間の床は大谷石。ここで
仕事の打合せをすることも
エントランスと中庭をつなぐ通り土間の床は大谷石。ここで仕事の打合せをすることも
娘さんがピアノの練習をしたり、浩司さんが趣味のエレキギターを弾く音楽室。外壁側の壁は防音仕様とした
娘さんがピアノの練習をしたり、浩司さんが趣味のエレキギターを弾く音楽室。外壁側の壁は防音仕様とした

「家づくりでは、いつも人や家族、自然とのつながりを重視している」と話す神原さんご夫妻。自邸では敷地の東側にある県立公園のイチョウ並木を取り込むように大きな開口部を取り、LDKから緑や紅葉が常に眺められるように設計。空とつながるハイサイドライトをふと見上げると、きれいな夕日や月明かりにハッとすることもある。そんな日々の気づきを大切に生活しているという。

イチョウ並木が見える東側に大きな窓とデッキを設けた。LDKや子ども部屋からも緑が眺められる
イチョウ並木が見える東側に大きな窓とデッキを設けた。LDKや子ども部屋からも緑が眺められる
キッチンからリビングダイニングを見る。食卓のペンダント照明はこの部屋に合わせてオリジナルで製作
キッチンからリビングダイニングを見る。食卓のペンダント照明はこの部屋に合わせてオリジナルで製作

気持ち良い風もふんだんに入り、夏でも余程の猛暑日でなければエアコンは使わずに過ごせるそう。自然を楽しむ快適な暮らしは、結果的に省エネルギーにも貢献しているようだ。
 間取りは家じゅうどこにいても家族の気配が伝わり、自然とLDKに集まる造りに。「家には家族の拠り所となる場所が必要。家族が関わり合うことで、毎日安心して楽しく暮らすことができるのです」(敦子さん)

右側をベッドスペース、左側を勉強スペースに分けた子ども部屋。勉強スペースの上はロフトスペースに
右側をベッドスペース、左側を勉強スペースに分けた子ども部屋。勉強スペースの上はロフトスペースに
薪ストーブはデンマークのモルソー製。まわりを断熱性・耐
火性が高い大谷石で腰壁風に囲んだ
薪ストーブはデンマークのモルソー製。まわりを断熱性・耐火性が高い大谷石で腰壁風に囲んだ

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

朝日や夕日、月光が水面に輝く 琵琶湖のほとりに浮かぶようにたたずむ家

「私が生まれ育った島根県の家の近くには宍道湖があり、広い湖面や湖を照らすきれいな夕日を見るのが大好きでした。だから、水のそばで暮らすのが憧れだったんです」と話すIさん。
 この家に引っ越してくる前は京都市伏見区に住み、趣味のテニスをしに行く途中、いつも車から琵琶湖の 景色を眺めては、「いつか琵琶湖のそばに住めたら…」と思い続けていたという。

物件データ 所在地/滋賀県大津市
面積/88.19m²
築年月/2014年10月
設計/㈱ダイコーホーム
http://daikohome.jp/

お子さんを育て上げ、独立させて気楽な立場になったとき、住みたいところに住もうと転居を決心。滋賀県大津市の琵琶湖畔に土地を見つけ、同じころ、雑誌広告で見たダイコーホームの家が気に入り新居の設計を相談することに。
 「ダイコーホームさんは、私が思い描いていることを話すと、その思いを汲んでイメージ通りの形にしてくださいました。なんでも相談に乗ってくれて心強かったので、家づくりのパートナーに選びました」(Iさん)
 Iさんのリクエストは盛りだくさん。明るく、あたたかな家にしたい。ゲストと楽しく集まれて、ひとりで過ごすときは癒されるリビングに。浴室は広く、十分な収納スペースも必要。生活感のないシンプルなインテリア…etc.。でも、いちばん望んだことは、琵琶湖がきれいに眺められること。

ブルーのガルバリウム鋼板で仕上げたモダンな外観。一部にスギ板をはめ込みアクセントに
ブルーのガルバリウム鋼板で仕上げたモダンな外観。一部にスギ板をはめ込みアクセントに
シューズクロークを設けてすっきりとした玄関
に。腰掛けと飾り棚を兼ねたベンチを造り付けた
シューズクロークを設けてすっきりとした玄関に。腰掛けと飾り棚を兼ねたベンチを造り付けた
リビングの一部を天井高5mの吹抜けに。ハン
モックに揺られながらのんびりと過ごす
リビングの一部を天井高5mの吹抜けに。ハンモックに揺られながらのんびりと過ごす

設計を担当した野村剛史さんは、「LDKからだけでなく、吹抜けを設けて寝室からも湖が眺められるようにしています。また、デッキから水面が続いて見えるようにデッキを斜めに設置したり、漁港が目に入らないようにしたり、湖の美しい見え方にもこだわりました。手すりは眺望の邪魔にならないよう、すっきりとしたスチール製を選んでいます」

キッチン、パントリー、洗面室、浴室を一直線で結び、コンパクトな家事動線にまとめた
キッチン、パントリー、洗面室、浴室を一直線で結び、コンパクトな家事動線にまとめた
吹抜けに面した寝室。高窓から琵琶湖が臨める。キラキラと差し込む朝日も気持ちがいい
吹抜けに面した寝室。高窓から琵琶湖が臨める。キラキラと差し込む朝日も気持ちがいい

「朝日が湖面に映りながら昇っていくのですが、それがとてもきれいで感激します。湖面に映った月もロマンチックです。琵琶湖は刻々と表情が変わって、1日ずっと見ていても飽きることはありません。そして、とても癒されます」(Iさん)  まるで湖に浮いているような家。シンプルなインテリアが、景観の美しさをさらに引き立てている。

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

古いタイル調のクロス、壁に描いたアート… 都心のマンションに個性的に住む

こだわりの5.1chオーディオスピーカーで好きな音楽を聴くご夫妻。一方、二人の子どもたちは楽しそうに走り回っている。  子どもの教育環境と、ご主人の仕事場から近いことを条件に物件を探していたら、千代田区で、しかも駅から1分もかからない好立地に約88㎡の中古マンションを見つけたIさん。
 「築30年を超えていて、クローズドキッチンのある2LDKの古い間取りで暗かったのですが、広さは十分だし、リノベーションすれば、居心地よく暮らしやすい住まいになると確信して購入しました」(ご主人)

物件データ 所在地/東京都千代田区
面積/87.69m²
築年月/1984年
設計/岡田公彦(岡田公彦建築設計事務所)
http://ookd.jp

 設計は岡田公彦建築設計事務所の岡田公彦さん。知人の家を手がけて、その家が気に入っていたので依頼したという。
 「窓は南面に1 面しかなく、中廊下型で、とにかく暗かったので、間仕切り壁の目線の高さ部分を抜いてガラスをはめ、住まい全体に光がまわるようにしました。結果的にこの水平連続窓のおかげで、座っているときは落ち着き、立ち上がるとグッと開放的になるという、空間の広がりの変化も楽しめる住まいにもなりました」(岡田さん)

キッチンとリビングは腰高の壁でゆるやかに仕切り、両方のスペースに落ち着きをもたせた
キッチンとリビングは腰高の壁でゆるやかに仕切り、両方のスペースに落ち着きをもたせた
家の真ん中に位置するキッチン。ここで作業をしながら、子どもたち
の様子がわかるので安心
家の真ん中に位置するキッチン。ここで作業をしながら、子どもたちの様子がわかるので安心
玄関横にはオープンなご主人の書斎。北村さんの絵が描かれた扉の中にはエコキュートが収まる
玄関横にはオープンなご主人の書斎。北村さんの絵が描かれた扉の中にはエコキュートが収まる

「家は人生で一番高価な買い物。こだわってオリジナリティーのあるインテリアにしたい」と思っていたI さん。その一つが、あちこちに見られる壁のアート。インターネットで見つけたアーティストの北村直登さんにオーダーし、リビングや書斎、子ども部屋などの壁に描いてもらった。多彩な画材で描いた絵画は実にダイナミックで部屋に映える。
 また、個室を仕切る壁や腰壁には、ヴィンテージの型押しタイルがプリントされたフランス製の壁紙をセレクト。歴史を感じさせる独特の雰囲気を醸し出している。

キッチンと仕切って設けたダイニングスペース。子どもたちの勉強スペースとしても使用
キッチンと仕切って設けたダイニングスペース。子どもたちの勉強スペースとしても使用

また、個室を仕切る壁や腰壁には、ヴィンテージの型押しタイルがプリントされたフランス製の壁紙をセレクト。歴史を感じさせる独特の雰囲気を醸し出している。 休日はドライブで温泉などに行くことも多いIさん。自宅から高速道路にも乗りやすく、どの方面に行くにも便利だという。  「スーパーマーケットや図書館、保育園、小学校などがみんな徒歩圏内で、公園も多く子どもを遊ばせるのにも困りません。皇居も歩いて行け、自転車の練習コースも使えるんですよ」(奥さま)  周囲には大使館も多いエリアだけに警備が厳重。治安がいいのも都心で暮らすうえで大きなメリットとなっている。

現在は兄妹で使っている子ども部屋。北村さんには鳥をイメージした絵を描いてもらった
現在は兄妹で使っている子ども部屋。北村さんには鳥をイメージした絵を描いてもらった
玄関前に位置するトイレ。上部がガラスになっているため明るい。カーテンで目隠しすることもできる
玄関前に位置するトイレ。上部がガラスになっているため明るい。カーテンで目隠しすることもできる

text_ text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

バイクスペースやカフェテイストのLDK。 好きを詰め込んだこだわりの家づくり

職場に近い静岡県磐田市に住んでいた石原さんご夫妻。お子さんが生まれて旧家が手狭になり、奥さまの復職後の子育てのしやすさも考えて、両親が暮らす実家の近くの浜松市に新居を建てることにした。
 家づくりの主導権は、インテリアにこだわりがあったご主人。目指したのはアメリカ西海岸の雰囲気を取り入れた“カリフォルニアカフェ”スタイルの家だ。

物件データ 所在地/静岡県浜松市
面積/144.91m²
築年月/2015年8月
設計/入戸野元張(一級建築士事務所トノ建)
www.tonoken.co.jp
白いサイディングと黒いスパンドレルを組み合わせたモダンな外観。屋根はガルバリウム鋼板
白いサイディングと黒いスパンドレルを組み合わせたモダンな外観。屋根はガルバリウム鋼板
玄関ホールには、サーフボードの置き場も。お子さんと一緒に波乗りをする日を楽しみにしている
玄関ホールには、サーフボードの置き場も。お子さんと一緒に波乗りをする日を楽しみにしている

設計は、地元の一級建築士事務所「トノ建」の入戸野元張さんに依頼。これまで手掛けてきた住宅のデザインがご主人の趣味と近かったこと、親身になって話を聞いてくれる姿勢やコミュニケーションの取りやすさが決め手 となった。
 「コンクリート打ち放しの家も考えたのですが、小さな子どももいるし、住みやすさも考慮して木造の家にしました。でも、コンクリートはどこかに取り入れたかったので、ダイニングキッチンの床に使ってもらいました」(ご主人)

土間コンクリートのダイニングキッチン。テーブルを離して配置することで、カフェ気分が高まる
土間コンクリートのダイニングキッチン。テーブルを離して配置することで、カフェ気分が高まる

一段上がったリビングの床には、コンクリートと相性の良いウォルナットのフローリングを採用。床レベルや素材を変えることで、広いLDKに動きを与え、ショップインテリアのような雰囲気をつくり出している。さらに、リビングの収納棚と階段はアール状に。
 「スタイリッシュな空間でも、部屋の一部に曲面があると、あたたかみが出るんですよ」(入戸野さん)

18畳のリビングルームは、プラレールを広げても余裕の広さ。床はウォルナットの無垢材で床暖房も装備
18畳のリビングルームは、プラレールを広げても余裕の広さ。床はウォルナットの無垢材で床暖房も装備
1階トイレ。壁はシナベニヤをブルーで塗装して、サンドペーパーでこすり、色むらを出した
1階トイレ。壁はシナベニヤをブルーで塗装して、サンドペーパーでこすり、色むらを出した

ご主人はバイクの設計者で、休日には林道ツーリングを楽しむ。「絶対に実現したかったスペースがバイクガレージ。雨の日でも夜でも、メンテナンスができる場所が欲しかったんです」(ご主人)その要望を受けた入戸野さんは、バイクガレージと玄関を一体化した広い土間を提案。サーフボードを置くスペースも設けた。
 この家になってから、家族で食卓を囲むことがさらに楽しくなったと口をそろえるご夫婦。ツーリング仲間やお客さまが訪れる機会が増え、料理を振る舞うことも多くなったという。
 「スタイリッシュな家は住みにくいと思っていたんです。この家は格好良いけど、あたたかいし、家事動線もよく考えられていてとても住みやすい。100%満足しています」(奥さま)

2階のセカンドリビングはパイン材の床。2人目のお子さんができたら、子ども部屋として使う予定
2階のセカンドリビングはパイン材の床。2人目のお子さんができたら、子ども部屋として使う予定
休日にはデッキに椅子を出して、ブランチするととても気持ちがいいそう。バーベキューコーナーも計画中
休日にはデッキに椅子を出して、ブランチするととても気持ちがいいそう。バーベキューコーナーも計画中

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

趣味人やクリエーターが集まる郊外型賃貸住宅。 緑豊かな環境で、自分らしい暮らしを満喫

都心のベッドタウンとして発展してきた埼玉県越谷市に、2014年に完成した賃貸集合住宅「蒲生シュミグラシ WAnest(ワ・ネスト)」。緑豊かな敷地にゆったりと連なる赤い屋根の建物群が、住宅地でひときわ異彩を放っている。
 オーナーの大和さんは、お父さまからこの広大な敷地を引き継ぎ、長年塾考の末、賃貸住宅を建てることを構想。設計はスタジオ・アーキファーム一級建築士事務所の峯田建さんに依頼。

物件データ 所在地/埼玉県越谷市
面積/46.37m²
築年月/2014年8月
設計/峯田建+恩田恵以(スタジオ・アーキファーム一級建築士事務所)
www.archifarm.jp

最寄り駅の東武スカイツリーライン「蒲生」駅は都心まで約1時間。各駅停車しか停まらない。 「都会でもなく、リゾート地や田舎でもない立地に対して、物件にどのような特長を与えれば良いのかが問題でした」(峯田さん)
峯田さんが提案したのは、寝に帰るだけの住まいではなく、趣味を楽しむ生活がしたい人、在宅勤務やフリーランサーをターゲットにした賃貸住宅。全住戸に居住空間だけでなく、趣味を楽しんだり、仕事場やアトリエとしても使える趣味室を設け、共用のスタジオや工房、カフェなども併設。入居者と地域住民がつながりながら暮らせるようにした。

キッコウチクが植わる緑と水が気持ちいい中庭を臨む回廊は、住人たちの憩いの場
キッコウチクが植わる緑と水が気持ちいい中庭を臨む回廊は、住人たちの憩いの場
趣味室は約20㎡。デザイナーの赤尾さん、イラストレーターの田中さんは仕事場として活用
趣味室は約20㎡。デザイナーの赤尾さん、イラストレーターの田中さんは仕事場として活用

「10万円ほどの家賃で住居に加えてアトリエや仕事場も提供できるのは、蒲生という場所だからできることだと思います」という大和さんの言葉を裏付けるように、ごく普通の郊外住宅地にもかかわらず、現在20~30代の若者を中心に申込みが相次いでいるという。
 東京と神奈川から引っ越してきたデザイナーの赤尾亮さんとイラストレーターの田中亜祐美さんは、いずれは独立して2人で事務所を持ちたいと思っていた。「そんな私たちにうってつけの物件で、内覧に来てすぐ入居を決めました」 (赤尾さん)

約8畳の居室。各住戸にはキッチン、バス、トイレが完備されている。床は無垢のパイン材
約8畳の居室。各住戸にはキッチン、バス、トイレが完備されている。床は無垢のパイン材
3つのレンタルスタジオがあり、そのひとつでは週3回、「ガモウスタジオ」という美術教室が開かれている
3つのレンタルスタジオがあり、そのひとつでは週3回、「ガモウスタジオ」という美術教室が開かれている

田中さんはここでフリーのイラストレーターとしてスタートし、赤尾さんは会社に勤めながら、夜や週末は、2人で組んだデザインユニット「moimoi」の仕事に励んでいる。「住人同士のコミュニケーションが密で、名刺制作などの仕事を依頼してくれることもあり、夢の実現に近づいています」(赤尾さん)
 「入居者は思いのほか若い人が多く、アーティスト系の方が多く集まりました。『WAnest 』のnest は『巣』を意味します。ここから若い才能が大きく育って、世の中に羽ばたいていって欲しいですね」(大和さん)

建物内にあるカフェ。曜日ごとにシェフが入れ変わり、1週間を通して
さまざまな食事が楽しめる
キッチン本体はカウンター下がオープンのシンプルな造り。ガスオーブンはアメリカ製
レンタルスタジオのひとつでは、タヒチアンダンス教室やフラダンス教室も定期的に開催されている
レンタルスタジオのひとつでは、タヒチアンダンス教室やフラダンス教室も定期的に開催されている

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

築70年の古民家をみんなで楽しくリノベーション。 次の世代に住み継いでいける家づくり

この家の主である白石達史さんは、さかのぼること8年前、アメリカのアリゾナ州でトレイルワーカーとして働いていた過去を振り返る。 「グランドキャニオンを始めとする国立公園のトレイルのリペアや新設、外来植物の調査、野生動物の保護柵設置などが主な仕事でした。テントを張ってプロジェクトメンバーと自炊しながら作業したり、ナショナルパークサービスから提供される道具を使って、レンジャーの皆さんと手を動かしたり…。このときの生活が私にはとても豊かに感じられ、日本でもこんな生活をしたいと思っていました」

物件データ 所在地/岐阜県飛騨市
面積/約263m²
築年数/約70年
ダイニングキッチン設計/浅野翼建築設計室
www.at-architect.net

帰国後は都内で2年間生活。多忙でコンビニ通いをするまさに使捨ての消費生活で、「自分が求めるものは東京にはない」と実感したという。そして2010年、飛騨古川への移住を果たす。奥さまの実果さんと結婚し、新居として購入したのは築70年の古民家。「自分たちで少しずつ修復しながら暮らしたいと思っていたので、骨組みがしっかりしていれば、ボロボロでも構いませんでした」と達史さん。始めの1年間は家じゅうの天井や壁の煤を落とし、床を磨き、ひたすら掃除を繰り返した。

青空に映える赤いトタン屋根が印象的な外観。外壁、屋根は状態が良かったため工事は未着手"
青空に映える赤いトタン屋根が印象的な外観。外壁、屋根は状態が良かったため工事は未着手
囲炉裏のある玄関横のリビング。元和室を板張りの空間に。ライティングレールも新設
囲炉裏のある玄関横のリビング。元和室を板張りの空間に。ライティングレールも新設
既存の畳を処分して、近所の方からもらった畳と入れ替え。秋が深
まり、庭の草木が色づき始めた
"既存の畳を処分して、近所の方からもらった畳と入れ替え。秋が深まり、庭の草木が色づき始めた

「私たちを悩ませたのが冬の寒さ。12月~3月まで氷点下の気温で辛かったですね。とにかくひと部屋を改修して、暖かく過ごせる場所を確保しようと、暮らしの中心であるダイニングキッチンからつくり始めることにしました」(達史さん)。
基本図面は友人の設計士に描いてもらい、これを基にセルフリノベーションをスタート。材料の調達、解体作業、断熱材の充填、床張り、壁の漆喰塗りなども、大工職人や友人と協力して行った。達史さんと実果さんは、その様子をフェイスブックで発信。さらに、「◯日に◯○の作業をします」と告知をす ると、友人やDIYに興味を持つ多くの人たちが手伝いに来てくれたのだそう。

キッチン本体はカウンター下がオープンのシンプルな造り。ガスオーブンはアメリカ製
キッチン本体はカウンター下がオープンのシンプルな造り。ガスオーブンはアメリカ製
壁に漆喰を塗り、床にスギ板を張って洋室に仕上げた部屋と畳の八畳間を続けてシアタールームに
壁に漆喰を塗り、床にスギ板を張って洋室に仕上げた部屋と畳の八畳間を続けてシアタールームに

「この辺りはお裾分けの文化が残っていて、野菜などをもらうことも多いんです。工事中も、道具がなくて困っているとき、近所の方が快く貸してくれました。4月のお祭りには、獅子笛を教えてもらって吹いたり、地元の行事に も積極的に参加しています」(達史さん)
 家の改修はまだ途中段階。あと何年かかるか分からないが、古民家のもっている良さを生かし、住み継いでいける家に仕上げていく。

2階の階段ホール。粉塵まみれだった床、壁、天井を何カ月もかけて掃除して磨き上げた
2階の階段ホール。粉塵まみれだった床、壁、天井を何カ月もかけて掃除して磨き上げた
キッチン入口の壁は、元々床に張ってあった古材と漆喰・土・砂を混ぜた左官材をボーダー状に
キッチン入口の壁は、元々床に張ってあった古材と漆喰・土・砂を混ぜた左官材をボーダー状に

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

築古マンションの空室率を改善。 住み手が欲しい空間に改装可能な物件

東京23区で特に空き家の増加が大きな問題となっている豊島区。その中で、空室率40%から、若い人たちが次々と入居を希望する人気物件へと変化を遂げたマンションがある。JR山手線「目白」駅から徒歩5分、住宅地に建つ築47年の「目白ホワイトマンション」だ。好立地にもかかわらず、2013年の時点で全13室のうち6室が空室。困り果てたオーナーは、この状況を打開するために、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんに相談をもちかけた。嶋田さんは建築設計のプロであるとともに、リノベーションで街や建物を再生する数多くのプロジェクトを手掛けている。

物件データ 所在地/東京都豊島区
面積/竹沢邸 約35m² 重矢邸 約65m²
築年/1967年
リノベーションコーディネート/ らいおん建築事務所
www.lion-kenchiku.co.jp

「当初、オーナーから1室の改装を依頼された嶋田さんだが、「単に1室を改装するだけでは、現在の空室や今後の経営管理の根本的解決にはならないと思いました。『賃貸でも自分好みの空間を』という人は多いですから、入居者が欲しい空間を自由につくることができる、改装可能な賃貸マンションとしてアピールすることを提案したんです」

重矢邸のダイニングにマンションの入居者たちが集まり、にぎやかな時間を過ごすことも
重矢邸のダイニングにマンションの入居者たちが集まり、にぎやかな時間を過ごすことも
【重矢邸】レトロな雰囲気が漂う玄関。靴箱は元からあったもの。床に古材風に加工したパイン材を張った"
【重矢邸】レトロな雰囲気が漂う玄関。靴箱は元からあったもの。床に古材風に加工したパイン材を張った
【重矢邸】キッチン本体は既存を流用して面材を塗装。壁には吊り戸棚を造り付け、レンガ調のタイルを貼った
【重矢邸】キッチン本体は既存を流用して面材を塗装。壁には吊り戸棚を造り付け、レンガ調のタイルを貼った

まず嶋田さんは、特に状態がひどかった住戸を自ら賃貸契約し、ちょうど住替えを考えていた知人の竹沢愛美さんに転貸して、ともにリノベーションすることに。間取りや仕上げ、設備などは竹沢さん自身が計画。改装可能な賃貸物件であることを広めるため、施工中にワークショップを開催した。
 「基本はプロにお願いしながらも、床張り、天井と壁の塗装、壁紙貼り、タイル貼りなど、工事の要所要所で友人を誘ってDIYしたり、Facebookで告知してワークショップを開いたり、自分も工事に関われる方針をたてました」と竹沢さん。和室二間続きだった暗い部屋は、ノスタルジックな香りがするおしゃれな空間に生まれ変わった。

【竹沢邸】ベッドを部屋の中央に配置して空間を広く見せた。ベッドの土台は工場などで使われるパレットを使用
【竹沢邸】ベッドを部屋の中央に配置して空間を広く見せた。ベッドの土台は工場などで使われるパレットを使用
【竹沢邸】祖母から譲り受けた形見のミシン台にボウルを据え付けた洗面台。竹沢邸のシンボル
【竹沢邸】祖母から譲り受けた形見のミシン台にボウルを据え付けた洗面台。竹沢邸のシンボル
【竹沢邸】もともとは二間続きの和室の住戸だった。キッチンは古材と実験用シンクを組み合わせて造作
【竹沢邸】もともとは二間続きの和室の住戸だった。キッチンは古材と実験用シンクを組み合わせて造作

「壁紙やペイントの色も自分で決めたし、イメージ通りの部屋で暮らせてうれしいですね」(竹沢さん)  この改装がWEBでの紹介記事やSNSで世間に広がり、空室だらけだったマンションはわずか4カ月で満室になった。重矢浩志さんも、友人とDIYでレトロモダンな部屋に改装した住人のひとりだ。  「インテリアやDIY好きがたくさん集まった現在は、たびたび食事会やイベントを開いて、和気あいあいと住人同士の交流を楽しんでいます」(重矢さん)

【竹沢邸】テーブルは建築家である友人からの引越し祝い。天板は工事現場で余ったフローリング材
【竹沢邸】テーブルは建築家である友人からの引越し祝い。天板は工事現場で余ったフローリング材
【竹沢邸】既存の壁を剥がすと、無骨な下地のブロックが出現。味わいがよかったため、あえて生かした
【竹沢邸】既存の壁を剥がすと、無骨な下地のブロックが出現。味わいがよかったため、あえて生かした

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

軽井沢の森の中にひっそりと佇む ガレージ付きの小さな一軒家

観光客で賑わう軽井沢駅から車で15分。辿り着いたのは、ひんやりとした空気が心地よい森の中の閑静な別荘地。一角にあるIさんご夫妻の新居は、周囲の建物に比べるとひと回り小ぶりな、山小屋のような愛らしい家だ。
 「軽井沢の別荘地は、坪単価は安いけれど300坪~の売地が多くて、とても手が届きません。でもこの土地は、90坪で広さも価格も許容範囲内。北側が開けているので、上手く外とつなげれば、狭さを感じない開放的な家が建てられると思い購入しました」(ご主人)

物件データ 所在地/長野県北佐久郡
面積/90.09m²
築年/2015年4月
設計/霜鳥聡志建築設計事務所
www.ssarchitects.jp
施工/竹花工業株式会社
www.takehanakogyo.co.jp
玄関には階段下を活用したシューズクロークも。洗い出し仕上げの
玄関には階段下を活用したシューズクロークも。洗い出し仕上げの土間には大理石を散りばめた
1階には2つの居室があり、現在は1室をご主人の書斎として使用。
もう1室は将来の子ども部屋
1階には2つの居室があり、現在は1室をご主人の書斎として使用。 もう1室は将来の子ども部屋

家づくりの依頼先は、地域の特性を熟知している軽井沢在住の建築家を希望し、霜鳥聡志さんに設計を依頼。ご夫妻が望んだのは、「2階のリビングから外の景色を眺める生活がしたい」ということのほかに、「趣味の車いじりを楽しめるスペースが欲しい」、将来お子さんやお母さまと暮らすことを想定して、「2つの個室と夫婦の寝室が必要」などの要望があった。

2階のLDK。シンボルツリーのような柱が空間のアクセントに。窓の外にはこれからデッキをつくる予定

「要件を満たしつつも、建物のボリュームを最小限に抑えるために、小さな正方形の箱を雁行させる2階建てプランを考えました。建物の中央に階段を配置すると上下階で4つのゾーンが生まれ、それぞれにガレージ、LDK、個室、寝室と水まわりが収まるコンパクトなプランが出来上がりました」(霜鳥さん)
 雁行型の設計により、各居室で2面以上の開口を取ることが可能に。LDKには2.5m幅の大きな窓も設けられ、周囲の緑や遠くの浅間山を望めながら寛げる居心地のいい空間が生まれた。さらに樹幹をイメージさせる大黒柱を中心に据え、内外の一体感を強調している。

通りに面するダイニングは横長の窓をやや高めの位置に設け、光と
景色だけを取り込めるようにした
通りに面するダイニングは横長の窓をやや高めの位置に設け、光と景色だけを取り込めるようにした
白い艶消し仕上げのキッチンはご夫妻のこだわり。カウンターは家具職人に造作してもらったもの
白い艶消し仕上げのキッチンはご夫妻のこだわり。カウンターは家具職人に造作してもらったもの

 外観は木を多用しながらも、冬の風雪から身を守るため、ガルバリウム鋼板を採用。森の環境に溶け込むひそやかな佇まいだ。避暑地や観光スポットとして人気の軽井沢は、都心部へのアクセスもよく、近年定住する人が増えているという。
 「静かな環境だけど、ご近所さんが適度にいるので安心して暮らせます。ここに来て、家にいる時間が増えたような気がしますね。外をぼうっと眺めていると突然、野生のリスが目の前を通り過ぎて行くこともあって、それがとても可愛くて。テレビを見ずに外ばかり見て過ごしています」(奥さま)

2階のご夫妻の寝室。東側に位置し、朝陽を浴びて目覚める。個室は
小さくつくり、LDKを充実させた
2階のご夫妻の寝室。東側に位置し、朝陽を浴びて目覚める。個室は小さくつくり、LDKを充実させた
南棟の1階はご主人の愛車2台を収めるガレージに。雨の日でも車いじりが楽しめるようになった
南棟の1階はご主人の愛車2台を収めるガレージに。雨の日でも車いじりが楽しめるようになった

text_ LiVES photograph_ Akira Nakamura

まるでキュビズムの世界?! 木造アパートを ワンルーム空間の一軒家にリノベーション

この家を初めて訪れたときの感想を述べるのは難しい。まるでキュビズムの世界に迷い込んでしまった感じだ。中央に大きな吹き抜け空間があり、それを取り囲むように4色に塗り分けたコーナーが設けられているのだが、仕切り壁はどれもランダムに交差し、三角や四角の立体的なパッチワークのような様相を呈している。

物件データ 所在地/千葉県千葉市
面積/177.31m²
築年/2014年3月
設計/河内一泰(河内建築設計事務所)
www.kkas.net
築23年の旧木賃アパート。外壁はもとのサイディングを生かして白く塗装。ベランダは撤去した"
築23年の旧木賃アパート。外壁はもとのサイディングを生かして白く塗装。ベランダは撤去した
"たっぷり靴が収められる造り付け棚のある玄関。その先には南向きの開口部に面した明るいホール

元は1階、2階のそれぞれに4戸ずつのワンルームがあった木造アパート。その中を大きく斜めにくり抜いて、1軒の家にしてしまった。その穴も単純な四角ではなく、わざと水平や垂直をずらした多面状に開けることで不思議な空間が生まれた。  施主の佐々木さんご夫妻は、12才と9才のお嬢さんをもつ4人家族。初めは両親から譲り受けたこのアパートを取り壊して、一戸建てを建てるつもりだった。相談を受けた奥さまの弟で建築家の河内一泰さんは振り返る。

ダイニング一体型キッチン。ダイニングの家族と目線の高さが合うようにキッチンの床を下げている
ダイニング一体型キッチン。ダイニングの家族と目線の高さが合うようにキッチンの床を下げている

施主の佐々木さんご夫妻は、12才と9才のお嬢さんをもつ4人家族。初めは両親から譲り受けたこのアパートを取り壊して、一戸建てを建てるつもりだった。相談を受けた奥さまの弟で建築家の河内一泰さんは振り返る。 「アパートの解体費だけで300万円ほどかかり、予算内で一戸建てを建てようすると、半分くらいの大きさの家しか建てられません。それなら、リノベーションをしたほうが賢明なのではないかと提案しました」

バスルーム、洗面・脱衣所も3畳ずつある。大きな2枚のガラス戸でつなぎ、開放的な空間に
バスルーム、洗面・脱衣所も3畳ずつある。大きな2枚のガラス戸でつなぎ、開放的な空間に
キッズスペース。子どもたちが友達と遊んだり、来客時にゲストルームとしても使用している
キッズスペース。子どもたちが友達と遊んだり、来客時にゲストルームとしても使用している

2階の次女の部屋。2つの扉で階段室、子ども用ウォークインクロゼットとつながる。三角の開口からリビングを見下ろす
2階の次女の部屋。2つの扉で階段室、子ども用ウォークインクロゼットとつながる。三角の開口からリビングを見下ろす

佐々木さんご夫妻から新居への要望は、廊下がなくて、子どもたちが帰ってきたときに必ずLDKを通ること。どこに居ても家族の気配が感じられること。大きなダイニングテーブルとグランドピアノが置けるスペースが欲しい。それだけを伝えて河内さんにプランニ ングを任せた。  初めて建築模型を見たときは、「斬新すぎる」と驚いたそうだが、要望は満たされているし、元のアパートの閉鎖的なイメージもない。奇抜なデザインは面白いかもしれないと、GOサインを出すのは意外と早かったという。

ご夫妻の寝室は2階の北側に配置。他の居室と異なり、壁に囲まれていて落ち着いた雰囲気
ご夫妻の寝室は2階の北側に配置。他の居室と異なり、壁に囲まれていて落ち着いた雰囲気
2階ウォークインクロゼットからリビング、ダイニングをみる。通路の先には長女の部屋がある
2階ウォークインクロゼットからリビング、ダイニングをみる。通路の先には長女の部屋がある

「奇抜に見えますが、住み慣れるに従って居心地がよくなってきました。家族の気配もよく分かりますが、程よい死角もあちこちにあって、案外落ち着くんです。今は観葉植物に凝って、どこにどんな植物を置けば空間が生きるか研究しているところです」(ご主人)  照明は場所ごとに一つ一つ違うデザインのものをチョイス。カーテンも部屋ごとに異なる。複雑に絡まる空間や色彩が、ワンルームの大空間に多彩な居心地をつくり出している。

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

のびやかに、健康に暮らす 自然素材にこだわった『COZY HOUSE』

結婚後、長らく公社住宅に住まれていたKさんご夫妻は、家づくりにたくさんの構想を抱いていた。コンセプトは『COZY HOUSE = 心地のいい家』。  「家族の健康が第一なので、ふんだんに自然素材を使いたいと思いました。構造材はスギとヒノキ、床はナラの無垢材。壁・天井は漆喰に。パッシブデザインにもこだわりたい。それに、薪ストーブは絶対に欲しい」とご主人。さらに奥さまは、「キッチンから子どもたちが何をしているか見える家が希望でした。グランドピアノが置けるスペースも確保したいなって」

物件データ 所在地/長崎県大村市
面積/113.65m²
築年/2015年4月
宅地造成/HAG環境デザイン
www.hagkankyo.com
片流れ屋根が特徴的な外観。外壁は鹿児島のシラス台地の火山灰が主原料の「白洲そとん壁」

ふたりはいくつかの工務店の見学会に参加。しかし、なかなかピンとくる依頼先が見つからず、Kさんは建築設計事務所に依頼するのも一つの方法かもしれないと考えた。そしてホームページを検索して辿り着いたのが、HAG環境デザインだった。 当初、ご夫妻は建築設計事務所に対して敷居が高いというイメージを抱いていたが、『環境や暮らしにやさしい家づくり』というコンセプトと施工例を見て感銘を受けたという。「何か運命的なものを感じたんです気さくに相談にのってくれ、実際に建てた家も見学させてもらえました。その家がまたすばらしく、自由に家づくりができるような気がして、設計を依頼することにしました」(ご主人)


玄関を入ると木の香りが。床はスギ、下駄箱はアガチスの無垢。三和土には大谷石が使われている
玄関を入ると木の香りが。床はスギ、下駄箱はアガチスの無垢。三和土には大谷石が使われている
北欧テイストのリビング。壁面TVボードの裏はウォークスルークローゼットになっている
北欧テイストのリビング。壁面TVボードの裏はウォークスルークローゼットになっている

HAG環境デザインの橋口剛さん、佳代さんは、同じ子育て世代という親近感もあり、夫目線と妻目線どちらからも的確にアドバイスしてくれたという。  出来上がった家は片流れ屋根が特徴的な平屋。のびやかな30畳のLDKは、内装はもちろん、テーブルはウォルナット、食器棚はクリと家具も無垢材で特注。断熱材も性能の高い自然素材のものを取り入れた。


リビング続きに和室とピアノを置いた音楽室。引き戸を閉めれば、どちらも完全個室になる
リビング続きに和室とピアノを置いた音楽室。引き戸を閉めれば、どちらも完全個室になる
テーブルはウォルナットで特注。木の格子の窓から、庭の緑が透けてきれいに見える
テーブルはウォルナットで特注。木の格子の窓から、庭の緑が透けてきれいに見える
連弾を楽しめる音楽室は、建具も防音性。天井も吸音のつくりで遮音対策ばっちり
連弾を楽しめる音楽室は、建具も防音性。天井も吸音のつくりで遮音対策ばっちり

また、キッチンや洗面所、浴室などは北側 にまとめ、行き止まりのない回遊動線で配置し、家事や生活の利便性も工夫。そして多目的室も設け、家族の成長に合わせて可変的に対応できるように配慮した。
 「まさにCOZY。居心地のいい家です。休日も以前より外出しなくなり、家で家族と過ごす時間が長くなりました」(奥さま)


浴室の壁はご主人の要望で青森ヒバに。香りがよく、水に強い。防虫、防カビ効果もある
浴室の壁はご主人の要望で青森ヒバに。香りがよく、水に強い。防虫、防カビ効果もある

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

豊かな自然環境を育み継承する、 緑・住・農一体型の新しい住まい方

つくば市の中心地から約3km、数百年前からの田園風景が広がる町「春風台」。屋敷林と谷地田に囲まれた水はけのよい台地で、河川の氾濫による洪水や山崩れによる土砂災害の心配がない地域である。北方には筑波山が美しく眺められる。

物件データ 所在地/茨城県つくば市春風台
面積/195.05m²
築年/2014年3月
宅地造成/UR都市機構
harukazedai.com
※「緑住農一体型住宅地」は、定期借地権の分譲
もあります。
低密度開発方式によって開発された春風台。広々とした敷地に個性的なデ
ザインの家々が並ぶ

この地域に、宅地に緑地と農地を組み合わせて付加価値をつけた「緑・住・農一体型街区」の造成が進められている。これは、道路に面した12mの部分を緑地にして景観を共有するデザイン(景観緑地)とし、隣家との間に果樹・菜園の農地を配置した、日本では初めての試みである。 春風台・桜中部地区まちづくり協議会の酒井達さんは話す。「環境共生型住宅地として有名なアメリカ・カリフォルニア州のヴィレッジホームズや、シカゴ郊外のオークパークといった海外の一流と呼ばれる居住街区を参考に、『低密度開発方式』を取り入れることにしました」
 約100坪の住宅地に対して約60坪の景観緑地を各戸に配置し、住宅と住宅の間にゆとりをもたせる。さらに、農作業ができる約40坪の菜園も配置可能とし、「緑住農」が一体化した、自然に接したゆとりのある宅地開発を成功させた。


M邸は上品な佇まいの輸入住宅。グレーの外壁や白い玄関ドア、玄関ポーチの柱が印象的
M邸は上品な佇まいの輸入住宅。グレーの外壁や白い玄関ドア、玄関ポーチの柱が印象的
景観緑地に植えたシンボルツリーはコナラ。涼しげな樹形で洋風の外観にマッチしている
景観緑地に植えたシンボルツリーはコナラ。涼しげな樹形で洋風の外観にマッチしている

新しくなった春風台に、横浜から移住してきたというMさんご夫妻を訪ねた。輸入住宅の背後には菜園が広がり、海外の田園都市の風景を彷彿とさせる。  「私は10年間、つくば市にある国の研究所に通っていて、茨城は自然がきれいで、食べものがおいしいことに気が付いていました。これから住むなら、生産地に近いところに住みたいとずっと思っていたんです。そんなとき春風台の存在を知り、説明会に参加して考え方に賛同。ここに居を構えることを決めました」(ご主人)


家の裏にある40坪の菜園。タマネギ、ニンニク、カボチャなど20種類以上の野菜を育てている
家の裏にある40坪の菜園。タマネギ、ニンニク、カボチャなど20種類以上の野菜
を育てている
今まさに収穫どきの枝豆。採りたてを塩ゆでしていただくと、歯ごたえがあり至極の味だそう
今まさに収穫どきの枝豆。採りたてを塩ゆでしていただくと、歯ごたえがあり至極の味だそう

これまでほとんど野菜づくりの経験がなかったというご主人だが、菜園では20種類以上の野菜を育てている。今では毎日の手入れが一番の楽しみになった。「自然豊かで景色がよくても、不便なところが多いかも知れませんね。でも、ここは10分も歩けばスーパーもそろっていて、車を使わなくても便利に生活が送れるのでありがたいです」(奥さま)


ダイニングと引き戸でつながるキッチン。奥さまの希望でアイランド型を採用し、サブシンクも設けた
ダイニングと引き戸でつながるキッチン。奥さまの希望でアイランド型を採用し、サブシンクも設けた
遠くに望む筑波山やのどかな春風台の眺めは、窓を開け閉めするときの楽しみになっている
遠くに望む筑波山やのどかな春風台の眺めは、窓を開け閉めするときの楽しみになっている

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Shinsuke Sato

取材協力

ロンドンから岡山県西粟倉に移住。 豊かな自然の中でおおらかに暮らす

1998年にイギリス・ロンドンに渡り、翌年にフランス人のオリビエ・チャールズさんと結婚。ふたりの男の子をもうけ、ご自身も教師として働きながら暮らしていたチャールズ裕美さんは、2009年に11年間の英国暮らしに終止符をうち、生まれ故郷の岡山県に家族で移住した。

物件データ 所在地/岡山県英田郡
面積/262.06m²
www.nokishita-toshokan.com
パン工房「ユゴー・エ・レオ」のカフェコーナー。地元産やオーガニックな食材を使った食事を提供
 
パン工房「ユゴー・エ・レオ」のカフェコーナー。地元産やオーガニックな食材を使った食事を提供
添加物は使用せず、オーガニック強力粉、自然塩、西粟倉の源流水をベースにした健康パン
 
添加物は使用せず、オーガニック強力粉、自然塩、西粟倉の源流水をベースにした健康パン

「当時、主人の仕事はオンライン広告の会社経営。海外出張も多く、子どもと触れ合う時間がありませんでした。ロンドンは治安が 悪く、子どもを遊ばせる場所も少なく、私も子育てに四苦八苦していました。そんなとき、父が祖母の家が空き家になっているから住まないか、と声をかけてくれて、思い切ったのです」と、裕美さんは地元に戻った経緯を話す。

ふすまの間から裏の玄関を見る。窓辺にはアンティークの布を細いスクリーンに仕立てて吊るしている
 
ふすまの間から裏の玄関を見る。窓辺にはアンティークの布を細いスクリーンに仕立てて吊るしている
以前、図書館として開放されていた2階の部屋は、B&Bの宿泊客の談話室&憩いの場となった
 
以前、図書館として開放されていた2階の部屋は、B&Bの宿泊客の談話室&憩いの場となった

裕美さんのおばあさまは生前、自宅の図書館を開放して、子どもが集う場所にしていた。 ご夫妻はおばあさまに敬意を払い、自分たちの事業を「軒下図書館」としてメーキングしていくことに。帰国後はまず、築60年の民家をリフォーム。半年の準備期間を経て、語学スクールを始め、その後、住まいの2階をB&B(ベッド&ブレックファースト:宿泊施設)に。さらに、敷地内の納屋でフランスパン工房&カフェも始めた。「なぜそんなにいろいろやるの?と周囲から言われましたが、当時私たちがここに住むためには、できることはなんでもやらないと暮らしていけなかったのです」とご夫妻。

 
家族が集うLDK。以前は半分土間だったが、リフォームして広々としたLDKが実現した
 
家族が集うLDK。以前は半分土間だったが、リフォームして広々としたLDKが実現した

2013年にはヨガスクールも開校。やっとここ1〜2年で事業が安定し、子どものための時間も十分とれるようになった。子育てにあたっては、将来を考えて英語は話せるようにと、英語で会話しているという。 「西粟倉の学校では、自分の生活と森のつながりを教えてくれたり、童話に出てくるメニューを取り入れて、好き嫌いが減るよう工夫したりと食育も盛ん。生産者がどういう気持ちで野菜をつくっているかということも子どもたちに伝えていて、とても良い教育だと思っているんです」(裕美さん) 自然災害が少なく、気候が温暖で、食べ物が豊富で美味しい岡山県には、最近都市から移住してくる若い家族が増えている。自分たちと同じように、豊かな自然のなかで新しい生活をスタートさせる人たちをチャールズ夫妻は歓迎している。

B&Bの宿泊室のひと部屋。藍のファブリックなど、落ち着きのある色使いでコーディネート"
 
B&Bの宿泊室のひと部屋。藍のファブリックなど、落ち着きのある色使いでコーディネート
庭の一角に設置したヨガスポット。緑に囲まれ、川のせせらぎを聞きながら楽しめる
 
庭の一角に設置したヨガスポット。緑に囲まれ、川のせせらぎを聞きながら楽しめる
text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura
取材協力

バイクやDIYなど、趣味を存分に楽しむ アメリカンスタイルのサーファーズハウス

他の人と同じような家は絶対に嫌。オリジ ナリティが感じられる家を建てたい、と話し合っていた栗田さんご夫妻。一昨年の春、奥さまの実家の裏の土地が売りに出ると、すぐに購入。家づくりの参考にインターネットや雑誌でいろいろな家を見ていく中で目に留まったのが、アメリカ西海岸やハワイの雰囲気漂うサーファーズハウスだった。さらに調べていくと、静岡県裾野市に奥さま好みのサーフスタイルのレストランがあることを知り、早速訪問した。

物件データ 所在地/静岡県富士市
面積/120.07m²
築年/2014年4月
設計/富士ホームズデザイン
www.fujihomes.com
外壁はサーファーズハウスのイメージを出すため、レッドシダーのホワイト塗装仕上げで
外壁はサーファーズハウスのイメージを出すため、レッドシダーのホワイト塗装仕上げで
玄関を入ると、サーフボードとウェットスーツがお出迎え。ハワイに来た気分になる
玄関を入ると、サーフボードとウェットスーツがお出迎え。ハワイに来た気分になる

「そこはまるでハワイにいるような建物とイ ンテリアで、まさに私が思い描いていたものでした。こんな家を建てたいと、店長に設計や施工を担当した地元の工務店、富士ホームズデザインを紹介してもらい、会いに行きました」(奥さま)  富士ホームズデザインの代表の村松さんと建築家の上総さんと話を重ねる中で、続々と出てくる新しいデザインのアイデアや、想像力の豊かさに感心したというご夫妻。なんの迷いもなく、設計を依頼することに。

キッチンからリビングを見る。テレビの背面はヘリンボーンの模様に木を貼り上げた
キッチンからリビングを見る。テレビの背面はヘリンボーンの模様に木を貼り上げた
フリースペースの棚には、ペイントしたプランターとお気に入りのグリーンを組み合わせて飾っている
フリースペースの棚には、ペイントしたプランターとお気に入りのグリーンを組み合わせて飾っている

新しい住まいへの希望は、「玄関ドアは赤に、吹き抜けのある開放的な空間と大きなアイランド型のキッチン。趣味のバイクを置けるガレージも欲しいと伝えました」(ご主人)
 完成したのは、1階のLDKから2階のフリースペースまでが吹き抜けでつながるダイナミックな住まい。そこに海風で経年劣化したようにエイジング加工を施した梁やアイアンの階段、清涼感のあるブルーのタイルのキッチンなどが配されている。

大きなアイランド型キッチン。天板は思いきって濃淡ブルーのガラスタイルをセレクト
大きなアイランド型キッチン。天板は思いきって濃淡ブルーのガラスタイルをセレクト

「のびのびとした、気持ちのいい家になったと思います。この家に住むようになって、DIYなど手づくりにも俄然興味を持つようになりました。仕事が終わって帰ってくると、流木を削ってディスプレイする小物をつくったり、プランターにペイントしたり…、楽しいことがたくさん待っています」(ご主人)
 休日は愛車のハーレーダビッドソンに股がってグリーンショップ巡り。気持ちいい風を感じながら、インテリアのブラッシュアップをあれこれ考えている。

1階のトイレにはブルーグリーンの腰壁を貼った。窓に飾った流木の小物はご主人作"
1階のトイレにはブルーグリーンの腰壁を貼った。窓に飾った流木の小物はご主人作
ご夫妻の愛車「ハーレーダビッドソン・XL1200N」が大切に収められているガレージ
ご夫妻の愛車「ハーレーダビッドソン・XL1200N」が大切に収められているガレージ

Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

「空」を活用して住み良い環境づくり。 多世代が交流できるシェアハウスが誕生

泉北ニュータウンは、現在約13万人、5.4万世帯が住み、西日本最大級の規模を誇っている。しかし、街開きから48年を経て徐々に高齢化が進み、老年人口比率が全体の約30%を占め、35%を超える住区もあるという。団塊の世代が最多なことから、今後、急速な高齢化や空き家・空き店舗の増加が懸念されている。

物件データ 所在地/大阪府堺市
面積/134.28m²
築年/2014年
www.city.sakai.lg.jp/shisei/toshi/senbokusaisei/index.html
広々とした玄関土間。外にいる人と会話ができるように、右側の壁に大きな窓を設けた
広々とした玄関土間。外にいる人と会話ができるように、右側の壁に大きな窓を設けた
増築して設けたキッチンは庭に面し、自然光がたっぷり注ぐ。皆で使いやすいオープン収納に
増築して設けたキッチンは庭に面し、自然光がたっぷり注ぐ。皆で使いやすいオープン収納に

こうした問題に向き合い、泉北ニュータウンの再生を図るさまざまな取り組みを行っているのが、地元のNPO法人「すまいるセンター」だ。代表の西上孔雄さんは話す。
 「ニュータウンは各住区に商業店舗を配し、住民は徒歩圏内で生活がまかなえるように計画されています。店舗がなくなるということは、都市計画が壊れるということ。遠くの大型店舗に車で買い物に行かなくてはならなくなり、運転ができない人や高齢者など、生活に困る人がたくさん出てきました。そういった人たちも安心してここに住み続けられる支援をしていこうと、地元自治会、NPO法人、大学、府、市の産学官民が連結した『ほっとけないネットワーク』を設立させたのです」

玄関から室内を見渡す。耐震補強のために新設したブルーの鉄脚が、インテリアのアクセントに
玄関から室内を見渡す。耐震補強のために新設したブルーの鉄脚が、インテリアのアクセントに

戸建てを多世代型シェアハウスにコンバージョンした「ほっとけないネットワーク」のプロジェクトの一つ。設計を手掛けたのは、大阪市立大学大学院生活科学研究科の教員と学生たちだ。
 「既存の建物の骨組みだけを残して再構築したスケルトンリフォームです。構造補強もしっかり施し、現在の耐震基準に適合した強度になっています」と話すのは、同大学講師・白須寛規さん。13畳の広々としたリビングダイニング、庭に面した明るいキッチン、菜園は共有で使う。居室は全部で4つあり、各室は6.5〜10.5畳の空間でトイレと洗面台を装備し、テラスか庭が付いている。インテリアは、障子や欄間は既存の家のものを使うなど、当時の面影を残し、高齢者でもなじみやすいようにしつらえた。

2階の廊下にはミニキッチンを設けた。床はレトロな雰囲気を
醸し出す白×茶色のタイル貼り
2階の廊下にはミニキッチンを設けた。床はレトロな雰囲気を醸し出す白×茶色のタイル貼り
個室は1階と2階に2室ずつある。どの部屋もトイレと洗面台付きで窓があり、快適に過ごせる
個室は1階と2階に2室ずつある。どの部屋もトイレと洗面台付きで窓があり、快適に過ごせる

一つの家で世代を超えた複数の人たちが助け合い、一緒に料理をし、食卓を囲む―家族のようなつながりが生まれ、高齢者が孤立せず安心して住める多世代型シェアハウス。これからの時代にふさわしい、地域再生に向けた新しい住まいの在り方として、社会に広がっていくことだろう。

泉北ニュータウン内の空き店舗を改修した「槇塚台レストラン」。メニューは大学の栄養学の教員が担当している"
泉北ニュータウン内の空き店舗を改修した「槇塚台レストラン」。メニューは大学の栄養学の教員が担当している
地場野菜の販売などを行う「まちかどステーション」もニュータウン内の空き店舗を活用した地域の憩いの場
地場野菜の販売などを行う「まちかどステーション」もニュータウン内の空き店舗を活用した地域の憩いの場

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力