賃貸マンションで大規模なDIYを実践。 アイデアを形にして理想の空間に

プロダクト・空間デザイナーの加藤敬さんが住むのは、松戸駅から徒歩 15分ほどの場所にある築45年の賃貸マンション。近くには歴史ある庭園があり、部屋の広さは約 57㎡。豊かな自然とゆとりある空間は、ものづくりの環境にうってつけだったが、何より引かれたのは退去時に原状回復する必要がなく、自由にDIYができる点だった。
 

物件データ 所在地/千葉県松戸市
面積/56.83㎡
築年月/2018年8月
プラン・施工/加藤敬
www.instagram.com/itsukadesign
取材協力/まちづクリエイティブ
www.machizu-creative.com

かつてジュエリー会社に勤め、店舗の内装を任されていた加藤さんは、デザインから資材の手配、施工までを経験し、自らの手で空間をつくるとりこになっていた。松戸市で空き家対策も行うまちづくり会社が用意したこのマンションは、まさに願ってもない条件。都心のアパートから移り住み、やってみたいこと全てをここで形にしようと決めた。
 「限られた状況下、失敗や成功を繰り返しながら、工夫して仕上げるのが面白くて。『買わずにつくる』と意気込み、床からベッドまでほぼ全て 手づくりしました」(加藤さん)

リビングの床は既存畳に防カビ・防虫シートを貼り、ベニヤを敷いて板の 間に。家具を動かすときなどに寸法を測りやすいよう正方形の板で統一
直線と曲線を取り入れ、デザインに動きをつけるのが加藤さん流。土間は玄 関口だけ一段高くして曲線で仕上げている

土日を使って作業を進め、約1年で今の状態にしたという加藤さんの部屋。用途に合わせて3つのスペースに分かれており、玄関に入るとすぐに土間のDIYルームがある。続いては和室。ごろりと寝転がれる畳のほか、小さなテーブル席もある。リビングは通称「アイデア出し部屋」。床から天井まで真っ白でまとめ、窓辺にデスクを配置。おのずと発想が湧いてきそうな、研ぎ澄まされた空間だ。各部屋は壁で隔てられているが、室内窓などを採用しているため、ゆるくつながりを感じられる。曲線の窓枠や天井のかすれたペイントなど、ディテールのデザインも徹底した。

DIYルームでは主に試作品をつくっているが、玄関に近く、靴を脱がずに立ち入れるため、隣人との交流の場としても活用している
落ち着いたムードを出すため、和室はくすんだ色でまとめ、内窓を設置。自作のテーブルは脚を丸棒にするなど和になじむデザインに
垂れ壁の厚みに合わせて壁を造作し、テレビを埋め込んだ。モビールも加藤さんの自作。天井にビスを打ち、竹の棒を取りつけて吊るしている

「リビングで思いついたことを、DIYルームで試すことができます。すぐ行動に移せる環境が整い、『いろいろやってみよう』と意欲が湧くようになりました。一通り挑戦すると、次のアイデアが浮かぶもので、目下、今度は何をしようかと画策中です」(加藤さん)
 自分でつくると愛着もひとしお、と笑顔を見せる加藤さん。手応えを感じながら、今日もこの部屋で新たなものを生み出している。

和室の土間は玄関までつながり、靴を履いたまま過ごせて便利。玄関側の垂れ壁にはじゅらく壁を採用した
text_ Makiko Hoshino photograph_ Hideki Ookura
取材協力

築古マンションの空室率を改善。 住み手が欲しい空間に改装可能な物件

東京23区で特に空き家の増加が大きな問題となっている豊島区。その中で、空室率40%から、若い人たちが次々と入居を希望する人気物件へと変化を遂げたマンションがある。JR山手線「目白」駅から徒歩5分、住宅地に建つ築47年の「目白ホワイトマンション」だ。好立地にもかかわらず、2013年の時点で全13室のうち6室が空室。困り果てたオーナーは、この状況を打開するために、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんに相談をもちかけた。嶋田さんは建築設計のプロであるとともに、リノベーションで街や建物を再生する数多くのプロジェクトを手掛けている。

物件データ 所在地/東京都豊島区
面積/竹沢邸 約35m² 重矢邸 約65m²
築年/1967年
リノベーションコーディネート/ らいおん建築事務所
www.lion-kenchiku.co.jp

「当初、オーナーから1室の改装を依頼された嶋田さんだが、「単に1室を改装するだけでは、現在の空室や今後の経営管理の根本的解決にはならないと思いました。『賃貸でも自分好みの空間を』という人は多いですから、入居者が欲しい空間を自由につくることができる、改装可能な賃貸マンションとしてアピールすることを提案したんです」

重矢邸のダイニングにマンションの入居者たちが集まり、にぎやかな時間を過ごすことも
重矢邸のダイニングにマンションの入居者たちが集まり、にぎやかな時間を過ごすことも
【重矢邸】レトロな雰囲気が漂う玄関。靴箱は元からあったもの。床に古材風に加工したパイン材を張った"
【重矢邸】レトロな雰囲気が漂う玄関。靴箱は元からあったもの。床に古材風に加工したパイン材を張った
【重矢邸】キッチン本体は既存を流用して面材を塗装。壁には吊り戸棚を造り付け、レンガ調のタイルを貼った
【重矢邸】キッチン本体は既存を流用して面材を塗装。壁には吊り戸棚を造り付け、レンガ調のタイルを貼った

まず嶋田さんは、特に状態がひどかった住戸を自ら賃貸契約し、ちょうど住替えを考えていた知人の竹沢愛美さんに転貸して、ともにリノベーションすることに。間取りや仕上げ、設備などは竹沢さん自身が計画。改装可能な賃貸物件であることを広めるため、施工中にワークショップを開催した。
 「基本はプロにお願いしながらも、床張り、天井と壁の塗装、壁紙貼り、タイル貼りなど、工事の要所要所で友人を誘ってDIYしたり、Facebookで告知してワークショップを開いたり、自分も工事に関われる方針をたてました」と竹沢さん。和室二間続きだった暗い部屋は、ノスタルジックな香りがするおしゃれな空間に生まれ変わった。

【竹沢邸】ベッドを部屋の中央に配置して空間を広く見せた。ベッドの土台は工場などで使われるパレットを使用
【竹沢邸】ベッドを部屋の中央に配置して空間を広く見せた。ベッドの土台は工場などで使われるパレットを使用
【竹沢邸】祖母から譲り受けた形見のミシン台にボウルを据え付けた洗面台。竹沢邸のシンボル
【竹沢邸】祖母から譲り受けた形見のミシン台にボウルを据え付けた洗面台。竹沢邸のシンボル
【竹沢邸】もともとは二間続きの和室の住戸だった。キッチンは古材と実験用シンクを組み合わせて造作
【竹沢邸】もともとは二間続きの和室の住戸だった。キッチンは古材と実験用シンクを組み合わせて造作

「壁紙やペイントの色も自分で決めたし、イメージ通りの部屋で暮らせてうれしいですね」(竹沢さん)  この改装がWEBでの紹介記事やSNSで世間に広がり、空室だらけだったマンションはわずか4カ月で満室になった。重矢浩志さんも、友人とDIYでレトロモダンな部屋に改装した住人のひとりだ。  「インテリアやDIY好きがたくさん集まった現在は、たびたび食事会やイベントを開いて、和気あいあいと住人同士の交流を楽しんでいます」(重矢さん)

【竹沢邸】テーブルは建築家である友人からの引越し祝い。天板は工事現場で余ったフローリング材
【竹沢邸】テーブルは建築家である友人からの引越し祝い。天板は工事現場で余ったフローリング材
【竹沢邸】既存の壁を剥がすと、無骨な下地のブロックが出現。味わいがよかったため、あえて生かした
【竹沢邸】既存の壁を剥がすと、無骨な下地のブロックが出現。味わいがよかったため、あえて生かした

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

築古の賃貸住戸を、DIYで個性あふれる自分だけの空間に

ここ数年、壁紙が自由に選べたり、壁の一部に釘やねじを打ち付けられるフリーウォールが設置されたりなど、入居者がカスタマイズできる賃貸物件が続々と登場し、人気を集めている。今回ご紹介するのはさらに、「賃貸でもとことん自分らしい部屋づくりをしたい」と原状回復不要の物件を探し出し、DIYで全面リノベーションに挑戦したケースだ。
 会社員の安松洋介さん(28歳)が以前住んでいたのは都心のオートロックのマンション。 22m²の1Kという間取りだったが、広々としたワンルームに住むのが理想だった安松さんは、自分好みに改装できる部屋に住みたいと、改装可能な賃貸物件を紹介しているサイトから今の物件を探し出した。築40年以上というマンションに内見に行ってみると、畳敷きの2DKはハウスクリーニングも入っていない状態で、まるで廃墟のようだったという。しかし壁や天井の解体も可能という条件にひかれ、賃貸契約した。

物件データ 所在地/神奈川県横浜市
面積/48m²
築年/1972年
管理/(株)株式会社タワーハウス管理
http://www.tower-house.co.jp
TEL/03-6430-6698
リノベーション/DIYP
http://www.diyp.jp
壁面を明るい水色に塗装した玄関。下駄箱は前の住居で使っていた収納棚を活用した

「建築に関してはまったくの素人で、何をどうしたらいいのかまるでわからなかったのですが、付き合っている彼女のお兄さんがたまたま建築事務所で働いていたので、いろいろとアドバイスしてもらいました。解体のやり方はもちろん、天井にアスベストが使われていないか事前に確認したり、大量に出る廃材の廃棄の手続きを教えてもらったり。また不動産屋さんも、床をはがす際に誤ってガス管を傷つけないよう配管の図面を手配してくれるなど協力してくれました」


押入れは板で仕切って見せる収納に。天井ははがして躯体をむき出しにし、開放的に仕上げた
押入れは板で仕切って見せる収納に。天井ははがして躯体をむき出しにし、開放的に仕上げた
続き間の和室は畳を剥がし、バーチ材のフローリングを貼った。収納の引戸は既存のものを活用
続き間の和室は畳を剥がし、バーチ材のフローリングを貼った。収納の引戸は既存のものを活用

さらに、不動産会社の取り計らいで家賃を1ヶ月分フリーレントにしてもらい、その間は住んでいたマンションから通いながら作業を進めた。「解体前には両隣と真下に住む住人の方に挨拶に伺い、なるべく短期間で作業が完了するように頑張りました。1ヶ月で床貼りまでを終え、引越してからは、作業音が出ないペンキ塗りなどを進めていきました」
かくして総工費約35万円、工期6ヶ月で、以前の住居の倍以上の広さのワンルームが完成した。 「DIYは『現状改良』だと思うんです。毎回『原状回復』するよりも、入居者がDIYを加えて住み継ぐことで、 よりよい住まいになっていく。そんな物件が増えていったらうれしいですね」

壁や建具を取り去ったことで、バルコニーからの外光が部屋全体に差し込むようになった
壁や建具を取り去ったことで、バルコニーからの外光が部屋全体に差し込むようになった
工夫がいっぱい詰まった押入れクローゼット。骨組みだけ残した襖は洋服を掛けるのに便利
工夫がいっぱい詰まった押入れクローゼット。骨組みだけ残した襖は洋服を掛けるのに便利

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力

古さを生かし、自分たちの手で再生させた築100年の家

どこの町でも見かけそうな、古びた木造家屋。普通ならあっという間に解体されてしまうであろうこの建物を、2年半がかりでほぼ自力でリノベーションして住んでいる人がいる。宮城県白石市で、家具職人として活動しながら、実家の不動産会社を手伝うワタナベケイタさんだ。
「2008年にこの物件を詰め所として借りていた企業から『天井近くの土壁が一部崩れた』という連絡が入ったんです。現場を訪れ、天井裏をのぞいてみると、太い梁が見えて感動しました。後日、住宅診断士に見てもらうと、耐震補強工事が必要という診断結果。取り壊しを視野に入れ、父と話し合いましたが、僕はもともとものづくりが好きでしたし、古い家がどんどん壊されて、見慣れた町の風景が変わっていくのが悲しかった。だから、自分の手でリノベーションして、今あるものを生かしていく一つのモデルケースになれたら、と思ったんです」

物件データ 所在地/宮城県白石市
面積/約100m²
築年/不明
設計・施工/ワタナベケイタ
tripinterior.blog73.fc2.com
天井を取り去ると、まるで大正時代にタイムスリップしたよう。100年の時を感じる(提供:ワタナベケイタ)
天井裏のロフトスペース。天井は梁に板を渡して足場をつくり、1枚1枚貼っていった

一般企業に勤めた後、家具職人になりたいと木工を学び、仙台市の建具メーカーに3年間勤めた経験を持つワタナベさんだが、住宅の設計や施工に関してはまったくの素人。傷み放題のこの家を前に、何から手を施したらよいのか、まるで分からなかったという。
「もちろん完全に一人ではできないので、大工さんに相談し、要所要所で手伝ってもらいました。あれこれ教えてもらったり、道具も貸してもらったりしたけれど、まず用語も道具の使い方も分からない。手取り足取り教えてもらうわけにもいかず、ネットや本で調べながら作業していったので、恐ろしく時間が掛かりました」
もともと隣接していた2住戸の間の壁を打ち壊し、天井を取り払ってからは、平日の夜と土日を使って床や壁を貼る作業を継続。当時婚約者だった奥さまも週末ごとに足を運び、膨大な量の木材のペンキ塗りを引き受けた。


2住戸に仕切られていた壁を取り払い、ワンルームに。天井も抜き、開放的になった
外壁は防腐剤入りの黒ペンキを塗った木材を貼った。玄関先に埋め込んだ石やレンガは廃材を利用
ソファの左側の白い柱は、ロフトの補強のために新設。壁も新設して脱衣室の目隠しに

当初は2011年5月に予定していた結婚式の直前から住み始めるはずだったが、3月に東日本大震災が発生。結婚式も完成も4カ月遅れたが、耐震補強を施していたことで、家が崩れることはなかった。震災を経験し、改めて、家とは人を守ってくれる存在なのだと実感したというワタナベさん。今後は、自らの経験を生かし、セルフリノベーションをしたい人へのアドバイスも行っていきたいと意欲的だ。

キッチンの壁の一面は、端材をパッチワーク状に貼って活用。無駄なゴミの排出を防いだ
造作したキッチンはシンクの高さと広さにこだわった。引き出しもワタナベさん作

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力

ペイントとシンプル家具で作り上げた愛着が生まれるDIY賃貸

「賃貸なのに改装OK」という、ユニークな物件に暮らすのは、映像作家のUさん(24歳)。
現在、専門学校で非常勤講師を務めながら、企業のプロモーション映像などを作成している。
以前は、横浜の実家に暮らしていたが、通勤や仕事の打ち合わせに便利な都内に住みたいと思い、インターネットで物件を探し始めた。
「事務所を兼ねたかったので、安くて広い物件を探していました。初めて内見したのがここ。43m²と広く、専用庭に緑もあり、何より『改装OK』という条件にひかれました。部屋を改装するなんて大変そうだなとも思いましたが、もともとモノづくりは好きでしたし、その場で書類にサインしました」

生活感を出さないよう、寝室スペースはソファを置き、リビングも兼ねている。
生活感を出さないよう、寝室スペースはソファを置き、リビングも兼ねている。
物件データ 所在地:東京都世田谷区用賀
面積:43.99m²   築年月:1981年1月
緑あふれる広い庭への抜けが心地良い。左側は収納。もともと戸がなかったのでカーテンを設置。
緑あふれる広い庭への抜けが心地良い。左側は収納。もともと戸がなかったのでカーテンを設置。

改装は、その内容を事前にオーナーに相談して承諾が得られれば、原状回復義務なしという条件だった。
Uさんは物件をひと目見た段階で、壁と天井は白く塗ろうと決心。
6畳2間ほどある居室の壁と天井は、友人に手伝ってもらい、丸1日で塗り上げたという。
キッチンと浴室、洗面室、トイレは、1人で2日間かけてペイントした。
壁と天井を白く塗っただけで、部屋が見違えるように明るく、清潔感あふれる空間になった。
リビング兼寝室の床はインターネットの通販でプリント床材を購入し、自分で敷き込んだ。
「使ったペンキは相当な量ですね。身体に悪いものは使いたくなかったので、かなり吟味して良いものを選びました。それでもDIYにはあまりお金はかかっていません。ペンキ代が約3万円、床材は1万円程度。あとはカーテンレールを付け替えたぐらいでした」

キッチンは床をきれいに拭き上げ、自分で組み立てた食器棚を設置。カーテンの奥が浴室。
天井も白く塗ったことで、日中は照明がいらないほど明るくなった。
天井も白く塗ったことで、日中は照明がいらないほど明るくなった。

家具は壁の色に合わせて白で統一。
今後は友人とこの家で一緒に仕事をする予定とのことで、仕事スペースとなるダイニングには、大きな机を置いたという。かくして仲介した不動産会社も驚くスタイリッシュな部屋が完成した。
「思い通りの部屋づくりができて、かなり気に入っています。そのせいなのか、以前は夜型の生活だったのが朝型に変わりましたね」
住まいに愛着を持ち、暮らしを楽しめる「DIYが可能な賃貸」。賃貸住宅の新スタイルだ。

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力/R-STORE www.r-store.jp/

取材協力