ご主人の転勤をきっかけに、長年住んだ東京から茨城に引っ越してきたYさん一家。県内のあちこちをドライブで巡るうちに、ある地域に引かれいった。かつて水戸藩下で在郷町として栄えた常陸太田市だ。市内に点在する土蔵や町屋など古い建物を生かした飲食店から、新しい生活のインスピレーションを得たという。Yさん夫妻は、ここに住まいを構えて、地域に根差して暮らしていこうと決めた。「私たちの好きなことや得意なことを通して、地元の人たちと親睦を深めていけたらと思いました」(ご主人)
奥さまはネイリストで、安心して子育てと仕事ができる環境を求めていた。そんなご夫妻が希望したのは、自宅で小規模な商いができる住まいだ。
はたして完成したY邸は東西に広がる敷地に合わせた長方形の建物。道路側に店舗、奥に住居が配されているが、両者は通り土間によって区切れ、一旦、屋外に出ないと行き来できない動線だ。
一見すると別棟だが、一つの大きな切妻屋根で連結されており、互いの様子は見えないものの、小屋裏の空間を介して声や音が聞こえる。設計を担当した建築家の藤田雄介さんはこう話す。「『職』と『住』の場を適度に切り離すことで、私生活を守りながら、にぎやかな町の空気を感じられる住まいを目指しました。町の風景になじむ外観デザインにも配慮しています」
住居は玄関側からリビングダイニング、キッチン、寝室の順に展開。奥に行くほど軒を深くして近隣からの視線を遮り、プライベート感が増すよう工夫した。最も奥にあるガラス張りのサンルームが、奥さまのネイルサロン。「自分の好きな場所が、日常の中にあるのがうれしいです」と奥さま。掃出し窓で外から直接出入りできるため、独立した使い方が可能だ。大きな窓から景色を眺め、落ち着いて過ごせるとお客さまにも好評だそう。
東西に視線が抜ける半オープンのキッチン。山の景色がよく見える建物の中央に配置した。シンク前の壁をL字に切り取り、圧迫感を軽減 |
店舗は、コーヒースタンドのオープンに向けて目下、準備中だ。「町内会には朝市から夏祭りまで、さまざまな催しがあります。それらと関わりながら、かき氷などの軽食や雑貨を販売してもいいかもしれませんね」とご主人は笑顔を見せる。
地域で受け継がれてきた文化と、ご夫妻の熱意が化学反応を起こし、新たな物語が紡がれていく。