江戸時代に加賀百万石の城下町として栄えた金沢市。戦災を免れたために由緒ある街並みが残り、古くからの建築物は「金澤町家」と呼ばれ親しまれている。仕事をきっかけに東京から金沢に越して来た竹内さんは、「金沢らしいエリアに住むことで、この地と向き合っていたい」と、街の中心部に近い土地を選んだ。
建築家のご主人は、これまでの経験から当然のようにモダンな家を建てるつもりでいたが、そこは図らずも歴史ある寺院が点在する重要伝統的建造物群保存地区にあり、景観を損なわない外観にすることが、条例で決められていた。「外側だけ繕うのは違和感があるし、かといって江戸、明治のつくりに倣っても暮らしにくいはず」と、今の時代にふさわしい町家とは何かを考え、〝伝統の再定義〞にチャレンジすることにした。
建物の短手方向を、耐力壁が必要ないラーメン構造とすることで奥行きを実現。梁は北陸の積雪荷重に耐え、空間にリズムを生むサイズと間隔で入れた |
「大切にしたのは『町との親和性』です。かつての町家は道路側に店舗、奥に生活空間が設けられていましたが、わが家も外に開いた場所をつくり、地域の方と自然に関われるようにしたいと思いました」(ご主人) 大通りに面した1階はガラス張りにして天井を高く設定。公共ホールのように非日常的でオープンな雰囲気の土間スペースと音楽室を設けた。声楽家の奥さまが教室を開いたり、ご主人がお子さんのパパ友達と飲み会をしたり。土足で過ごせることもあり、気軽に人が集まっている。寝室やLDKは上下の階に振り分け落ち着けるようにしたが、スケルトン階段が通り土間の役割を果たし、家全体でつながりを感じられる。
「近所の方から『あのお店みたいな家の人ね』と話し掛けられると、顔が分かる家になったなとうれしくなりますね。町の風景を享受する一方で、夜はうちの灯りが道を照らしている。家と町に接点が生まれると、互いに豊かになる気がします」(ご主人) 「ワークショップも音楽会もしてみたいと、想像しては夢を広げています。ゆくゆくは町の小さな拠点のようになるといいですね」(奥さま)文化が息づく金沢が大好き、と口をそろえるご夫妻。現代の町家によって地域と結ばれ、自分たちらしく思いを表現している。
冬の防寒のため、LDKの手前に建具を設置。ガラス戸にして視界の抜けをつくり、廊下が空間として無駄にならないようにした |