伝統的な建築様式×現代の技術が融合。宙に浮くレジリエンス(適応)住宅

Nさんは長年、日本の民衆文化や世界各国の建築物を専門としてきた歴史研究者。東日本大震災以降は、さまざまな人々が千年単位で居住した可能性のある地域を調べるようになっていた。その中で出会ったのが、茨城県郊外のとあるエリアだ。人里としての歴史の深さとともに、果てしなく広がる田園風景に魅了されたという。東京から移住し、ここで培われてきた営みを体験していこうと決めた。

物件データ 所在地/茨城県
面積/82.81㎡
築年月/2021年3月
設計/福島加津也+中谷礼仁
千年村計画
mille-vill.org
福島加津也+冨永祥子建築設計事務所
ftarchitects.jp

古今東西の建築に造詣のあったNさんには、建てたい家のイメージがあった。特に外せなかったのが、木造の高床構造であること。高い位置に居室があると、いろいろなものを俯瞰できて気持ちがいいというのが理由だ。「稲穂がそよぐ田んぼを眺めたり、コオロギの鳴き声を聞いたり。毎日、違う風情を味わっています」(Nさん)

室内は正方形を 9 分割にした間取り。勝手口を入るとすぐキッチンで、生活動線に沿ってダイニングやバスルームなどが配されている
遠景から近景までを望む開口部。昔の民家に倣い、半屋外の土間を出入口に。バーティカルブラインドとよろい戸で目隠しと防犯対策

メイン設計を託したのは、研究活動を共にし、同じような知見を持っていた建築家の福島加津也さんだ。高床式の木造住宅を建てる場合、建物底面と地面の間に満遍なく柱を立てて支えるのが一般的だが、福島さんは類のない発想をした。中央部に太い柱を4本立て、複数の斜材を立体的に組み合わせて耐久性を確保し、宙に浮かせたような形にしたのだ。「柱を集約させたことで、地上に開放的な空間が生まれました。心理的なのびやかさがあり、格好のコミュニティーの場になるでしょう」(福島さん)

開放感あふれる吹抜けの広間。北側の天窓には乳白フィルムを貼り、柔らかな日差しが注ぐように。冷暖房は床下エアコンと壁付けのエアコンで行う

この家のもう一つの特長が、災害から生活を守る防災機能を備えていること。電気自動車の蓄電池を活用した太陽光発電システムを完備し、万一のときはエネルギーを自給自足できる。しかしNさんは、防災に必要なものは、設備や機能だけではないという。 「太古から続く集落は、一見、目立たないものですが、欠点になり得る地盤や地形を使いこなし、協力して物事を乗り越える知恵と文化を育んできました。その宝物に触れられたら、こんなにうれしいことはありません」

柱と斜材は、通路をじゃましない位置に配置。民家の田の字型の間取りから着想し、一部の部屋は薄暗くして過ごし方に変化が付くようにした
太陽光発電システムは、環境エンジニアの協力を得てオリジナルで製作。三角屋根に設置された太陽光パネルから、蓄電池に電気が送り込まれる

いつか自宅で寺子屋教室を開けたらと語るNさん。旧来の建築様式から導いた新発想の住まいは、未来への期待をも表している。

各国の建築手法や文化的なモチーフが融合した N 邸。書斎は住宅風仏堂にヒントを得て一段高く
text_ Makiko Hoshino photograph_Akira Nakamura
取材協力

バーを備えた小部屋やサブ階段を設置。 趣味を充実させ、過ごし方の幅を広げる家

岡山駅から車で30分ほどの田園地帯に住まいを新築したNさん一家。
交通量の少ない静かな環境や通勤しやすい立地が気に入り土地を購入したものの、農地転用許可を取るのに3年かかったという。しかし、その期間で理想の住まいをじっくり探究。当初はハウスメーカーで建てる予定だったが、「ゼロから好きなように建てたい」と考え、地元の設計事務所・風景のある家に依頼し、ライフスタイルに合う家を実現した。
 

物件データ 所在地/岡山市中区
面積/118.65㎡
築年月/2017年9月
設計監理/風景のある家.LLC
huukei-design.com

ワインコンサルタントのご主人は、自身もワインの愛飲家。仕事柄お客さまを招く機会も多いため、家族だけでなく、お客さまも気兼ねなくリラックスしてもらえる家を望んでいた。そこでポイントが置かれたのが玄関だ。
 「足を踏み入れたとたん、気持ちいいと思える『部屋』のような空間を目指しました」と話すのは、担当した河島康さん。約10㎡を玄関に充て吹抜けとした上で、屋外とLDK側にはめ殺し窓やガラス戸を採用。明るく視線が抜けるため、開放感を味わえる。

外観は岡山の昔ながらの和風住宅を意識し、2階部分に焼き板を使用。 軒裏を垂木現しにするなどして味わいを出した
2人で立っても余裕を持って使えるようにキッチンの通路幅は約120㎝と広めに設計。収納には使いやすいシステムキッチンを採用

玄関の向こうには、床が三段分下がった隠れ家のような小部屋を設けた。小さな流しとグラスの収納棚、ワインセラーを備え、バーのように仕立てられている。
 「一人でぼんやりお酒を飲むと息抜きになり、お店に行く必要がなくなりました。息子が隣でジュースを飲むこともあり、親子の良い時間を過ごせています」(ご主人)
 さらに、玄関にサブ階段を設置することで、ご主人がリビングで接客している間、家族がリビングを通らずにスキップフロアや2階に行けるように配慮した。

グレーの琉球畳を敷いたモダンな雰囲気のタタミルーム(スキップフロア)。サブ階段が架けられていて、玄関とダイレクトにつながる
屋根裏の構造材が美しく映えるように壁をグレーで統一。2階の手すり壁は上部をオープンにし、見上げたときに開放感が得られるようにした

「純和風住宅が好きだったのですが、現代には使い難いように思い、和モダンをテーマにしました」(ご主人)
外壁には、瀬戸内地方の住宅で親しまれてきた防腐性のある「焼き板」を使用。また、室内にはふんだんに無垢材を取り入れ、和室やキッチンなど、所々で梁を現しにした。
 寝室や子ども部屋の面積は最小限にし、その分、生活動線である廊下や階段、LDKを広めに設計したことで、ゆとりある間取りと和の風情が相まって、リラックスムードが漂う家となっている。暮らし方にフィットする快適な住まいには、今日も家族の笑い声が響く。

バーは床が低くなっていて秘密基地のよう。「家にいながら、ふらりと飲みに出掛ける気分を味わえます」(ご主人)
LDKのほか廊下や階段までスギの無垢材を使用。足ざわりが良く、素足で過ごせる。LDKは大きな窓の効果でより広く感じられる
text_ Makiko Hoshino photograph_ Akira Nakamura
取材協力

夫婦での庭づくりが、毎日の楽しみ どこに居ても、庭に包まれる住まい

千葉県佐倉市に約200坪の土地を所有するMさんご夫妻。6年前、ご主人が定年を迎えたとき、残りの人生を2人で楽しむ家に建て替えた。家づくりのテーマは、奥さまの唯一の希望であった「庭と一体になる家」。
「土をいじっていると、ストレスがなくなるんです。以前もよく苗を買ってきて植えていたのですが、なんせ、家は古い和風。建物と庭の雰囲気がちぐはぐで、ガーデニングを心から楽しめませんでした」と話す、奥さまの希望を形にしたのが、建築家の山﨑健太郎さん。
「敷地形状に合わせて5つの部屋を南北に細長く配置し、それぞれの部屋をずらして並べました。すべてのズレた部分にガラスをはめ、南からの日射が家や周辺の庭に行きわたるようにしました」(山﨑さん)

物件データ 所在地/千葉県佐倉市
面積/94.6m²
築年/2008年8月
設計/山﨑健太郎デザインワークショップ
http://www.ykdw.org
庭を散歩するご夫妻。「1週間で景色がガラリと変わるのも大きな楽しみです」(ご主人)

かくして出来あがったのは、どの場所からも庭が見え、広い庭の中に住むような家。部屋と部屋の間仕切りは一切なくし、庭の中を散歩しながら、料理をしたり、食事をしたり、お風呂に入ったり…。そんな感覚を覚える空間となった。
奥さまの今の生活は、目が覚めるとまず庭へ。2時間半、たっぷり、庭の手入れをする。
「庭仕事は、苗や球根を植えるだけではありません。雑草を取ったり、咲き終わった花を摘んだり、害虫駆除をしたり…。そんな隠れた努力がいい庭をつくるんです。夢中でやるから、時間はあっという間に過ぎてしまうけれど、本当に癒されます」(奥さま)


サックスの練習や読書を楽しむご主人のスペース。背の高い観葉植物はストレチア
サックスの練習や読書を楽しむご主人のスペース。背の高い観葉植物はストレチア
前庭に続く玄関はガラスの3枚引き戸。白い外観は、弾性塗料で吹き付け仕上げ
前庭に続く玄関はガラスの3枚引き戸。白い外観は、弾性塗料で吹き付け仕上げ
左右に大きな開口部を設けた寝室。カーテンを付けず、朝日をたっぷり浴びて起きる
左右に大きな開口部を設けた寝室。カーテンを付けず、朝日をたっぷり浴びて起きる
バスルーム。夜は庭がライトアップされ、湯舟に浸りながら幻想的な庭の景色を堪能
バスルーム。夜は庭がライトアップされ、湯舟に浸りながら幻想的な庭の景色を堪能

最近は、農業ボランティアに参加しているという奥さま「緑豊かな自然の中で農業体験や生き物との触れ合いを通じて、 子どもたちに豊かな人間性を育んでほしいと設立された市の公共施設なのですが、ここで知り合った仲間から教えられることも多いですね」
 『◯◯風』の庭は目指していない。大切にしているのは、家と調和させること。「家と庭は一体であるべき」がご夫妻の信念。そのためにどんな花や木を植えようか、考えるのも楽しい。DIYが得意なご主人が、パーゴラやベンチをつくって、理想の庭づくりを陰ながら応援してくれている。


寝室からLDKを見る。キッチンはキャビネットを付けず、シンプルに。床材はサクラ
寝室からLDKを見る。キッチンはキャビネットを付けず、シンプルに。床材はサクラ

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

周囲の町並みや自然にも馴染んで さりげなく建つ、木張りの家

静かで趣のある雰囲気に包まれたJR横須賀線の北鎌倉駅から、ゆっくり徒歩で20分。町を見下ろす高台に出ると、緑に溶け込んで佇んでいる一軒の家を見つけた。ここが本日お邪魔するSさんご夫妻の住まいだ。
ご夫妻は2年前の6月、ここに家を建て、東京から引越して来た。海も山もある、自然に恵まれた鎌倉に奥さまがずっと憧れ、3年かけて土地を探したという。「土地はネットで探しました。実際にこの土地を見に来たら、緑がいっぱいの環境に魅せられ、その場で心は決まっていました」(奥さま)。

物件データ 所在地/神奈川県鎌倉市
面積/81.31m²
築年/2012年6月
設計・施工/加賀妻工務店
http://www.kagatuma.co.jp/
スギの木張りの外観。モダンなフォルムに仕立て、重々しい感じはなく、景観に馴染んでいる

もともと木のぬくもりが好きなご夫妻が、家づくりのパートナーに選んだのは、茅ヶ崎市にある地域密着型の工務店。 「雑誌で施工例を見て一目惚れしました。使っている素材が自然素材で、信用できると思ったのが一番の理由。鎌倉の風土をよく知っているのも魅力でした」(奥さま)。
スギの木張りの家を希望していたご夫妻の意向に沿って、内装はもちろん、外装もスギの木張りで仕上げた。天井は直天井とすることなどで、階高を抑え、玄関ドアも同じ素材で建具屋さんにつくってもらうなど、できるだけ周辺環境に溶け込ませるように建てた。「道路側の壁には、大きい窓は設けず、小さな窓をいくつか設け、庇をつけてこの家の顔にしました。木を多く使っていても、控えめでスッキリとモダンに見えるでしょう」と話すのは、設計を担当した加賀妻工務店の高橋一総さん。


LDKはひと続きの空間。サイズを抑えた東の窓は、額縁のような効果で外の風景を取り込む
LDKはひと続きの空間。サイズを抑えた東の窓は、額縁のような効果で外の風景を取り込む
レンガを張った味わいのあるキッチン。将来、食洗機が入れられるよう配管も工事済み
レンガを張った味わいのあるキッチン。将来、食洗機が入れられるよう配管も工事済み
2階のリビング。ウッドデッキを設け、空間が外に向かって広がるようにした
2階のリビング。ウッドデッキを設け、空間が外に向かって広がるようにした
)経年変化で味わいを増すスギの外壁に合わせ、玄関ドアもスギで製作
経年変化で味わいを増すスギの外壁に合わせ、玄関ドアもスギで製作

「周囲に対して、いばって建っているような目立つ家は好きではありません。地域に馴染んで、さりげなく建っている家のほうがずっと魅力的だと思うんです」(奥さま)。この家で奥さまが一番気に入っている場所は、ダイニングの隣につくった、畳敷きの小上がり。
「日々、この家は最高だなと実感しています。耳を澄まして、外の鳥の声を聞きながらゴロゴロしたり、のんびり雑誌を読んだりしているときがとても幸せです」(奥さま)。
鎌倉の自然環境と調和した、こだわりの住まいで、将来にわたって愛着を感じながら暮らしていける心豊かなライフスタイルをかなえている。


ドアを開けると、広くて気持ちのいい土間仕様の玄関。2台の自転車の駐輪スペースも
ドアを開けると、広くて気持ちのいい土間仕様の玄関。2台の自転車の駐輪スペースも
琉球畳でモダンにしつらえた1階の和室。夏はここが寝室になる。反対側は吊り押し入れ
琉球畳でモダンにしつらえた1階の和室。夏はここが寝室になる。反対側は吊り押し入れ
LDKの上には勾配天井を利用してロフトスペースも。寒い冬はここで寝ている
LDKの上には勾配天井を利用してロフトスペースも。寒い冬はここで寝ている

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

住人が豊かな関係を育む 「みんなのみち」がある暮らし

 名古屋市の郊外、日進市の住宅地に、6軒の住宅が塀で区切られずに建っている一画がある。ある小春日の昼下がりに訪ねてみると、家と家の間に、カラフルな石の道があり、そこに住人が集まって、楽しそうに話をしたり、子どもたちが追いかけっこをしたりしている。
 建築家の間宮晨一千さんは、3年前、不動産会社から、250坪の敷地に6軒の家を建てるプロジェクトのプロデュースを依頼された。以前から住宅の隣地境界線に疑問を持っていた間宮さんは、「民法上、家を建てるには、境界線から50㎝以上離さなければなりません。この50㎝は塀を建てるくらいにしか使われないもったいないスペースです。そこで塀を立てずに50㎝ のうち、40㎝を住人のみんなが共有するスペースにしたら、豊かな環境の家がつくれるのでは、と提案しました」

物件データ 所在地/愛知県日進市
面積/108.90m²
築年/2012年
設計/株式会社間宮晨一千デザインスタジオ www.m-s-ds.com

1軒が40㎝ずつスペースを提供すれば、隣と併せて幅80㎝の通路ができる。「この80㎝を『みんなのみち』として生かし、人のにぎわい、つまり人々のコミュニケーションの場にしようと企画したのです。塀がないから、どの家も風の通りがよくなり、光もよく入る、という利点も生まれます」
 住宅は建売りではなく、1軒1軒設計して建てられた(5軒を間宮さんが担当)。腰掛けて井戸端会議ができる出窓を設けたり、住人が顔を合わせることができる玄関ポーチを作ったり、それぞれの家で『みんなのみち』に対して開く工夫が施されている。

「みんなのみち」に沿った外壁にはアーティストに描いてもらった絵が子どもたちにも人気
デザインの異なる住宅が集まる「みんなのみち」計画。Oさん宅の外観はガルバリウム鋼板

 隣の市からここの住人になったOさんは、奥さまの知り合いの紹介で間宮さんに設計を頼むことに。「みんなのみち」計画のことを聞いたとき、Oさんは、塀がないので、景観がすっきりしていいな、と思ったという。実際に2年住んでみて、「まず、道を歩くのが楽しいですね。約束もしないのに、自然に会話が盛り上がって、思わぬ情報が入ることも。何といっても、近所にどんな方が住んでいるか分かっているので安心なのがうれしいですね」(奥さま)。
 仕切りが少なく、広々とした住まいもお気に入り。近所の住人との絆も大切に、豊かな毎日を過ごしている。

子どもの遊び場としてつくられた階段。シャボン玉風景のウォールステッカーを貼って楽しく演出
子どもの遊び場としてつくられた階段。シャボン玉風景のウォールステッカーを貼って楽しく演出
1階、奥は子供部屋、手前は夫婦の寝室。どちらも個室にしないで、飾り棚で仕切っている
1階、奥は子供部屋、手前は夫婦の寝室。どちらも個室にしないで、飾り棚で仕切っている
家族で使うワークスペース。吹抜を介して、2階にいる家族とコミュニケーションも
家族で使うワークスペース。吹抜を介して、2階にいる家族とコミュニケーションも
床には無垢のパイン材を使用。正面のアーチ形の垂れ壁が部屋に奥行きを与えている
床には無垢のパイン材を使用。正面のアーチ形の垂れ壁が部屋に奥行きを与えている
2階、北東のコーナーに設けたキッチンは造作。面材はシナ合板。収納量もたっぷり
2階、北東のコーナーに設けたキッチンは造作。面材はシナ合板。収納量もたっぷり

text_ Sayaka Noritake(colonna) photograph_ Akira Nakamura

取材協力

住宅設備、建材を自ら選定。 「施主支給」で長く愛せる住まいに

家づくりは、簡単にやり直しができない。だからこそ、細部までとことんこだわりたいもの。林さんご夫妻は、設備や建材を自ら選び、調達することで、コストダウンを図りながら大満足の住まいを手に入れた。結婚6年目のご夫妻は共に32歳。長男(4歳)の誕生後、マイホームを建てることを決意した。
「土地は、アットホームのサイトに希望エリアや面積、価格などの条件を登録し、半年強かけて探しました。緑豊かで閑静な住宅街にあり、近くに公園があるこの土地を見て一目ぼれし、即決しました」(ご主人)。

坂の中腹に建つ林邸。前面に突き出た2階のリビングからは、緑豊かな公園が見渡せる

設計は、一緒に家をつくる建築家を紹介してくれるマッチングサイトで出会った、井上玄さんに依頼。  「家事がしやすい動線であること。必要なところに収納があり、さらに大きめの納戸もあること。プライバシーを保ちつつ開放感もあること。私たちの希望は、スキップフロアを多用するプランによって全てかなえることができました」(奥さま)。

物件データ 物件データ所在地/東京都大田区山王
面積/113m2
築年/2012年12月
設計/井上玄/GEN INOUE
www.architect.bz
洗濯機のある洗面室から一直線につながる多目的室とバルコニー。効率的な家事動線を実現

ご主人は家づくりが始まると、その過程を記録するためにブログを開始。「ブログで発信するうちに、他の人の家づくりブログもチェックするようになり、自分たちのイメージにより近い床材を見つけたんです。そこで、自ら見積もりを取って井上さんと工務店に提案し、床材を変更してもらいました。これをきっかけに、見積書をチェックし直して、自分たちでより安く手配できるものを洗い出し、各業者に直発注していきました」(ご主人)。

玄関の床は、安価で耐久性の高いチャンフータという木材を探し出し、採用してもらった

LDKの床材は、ブログ仲間に教えてもらった、ムニンガという木材のヘリンボーン張りに
外壁の一部にもチャンフータを採用。仕上げ塗材はご主人が数種類実験し、決定した

全自動トイレや北欧デザインの照明、シンプルな浄水器などは、デザイン性と機能性にこだわって選び、通販サイトで安く購入。工事現場への持ち込みも自ら手配することで、コストダウンにも成功した。  「井上さんが私たちの希望をじっくり聞いてくれ、できることとできないことを的確に判断してくださったので、本当に納得できる仕上がりになりました」(奥さま)。

ダイニングの照明はシンプルなデザインにとことんこだわり、奥さまがセレクト
すっきりしたデザインと高い機能性を持つ全自動式のトイレは、通販サイトで安く購入

施主支給という方法は、設計者や工務店との綿密なやりとりが必要となり、場合によっては施主の希望がかなえられないことも少なくない。林さんご夫妻はこだわりを一方的に押し通すのではなく、話し合いを重ね、お互いが満足できる家づくりを実現した。

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力

中庭を介してそれぞれの生活を楽しむ、
分離型二世帯住宅

親の老後を心配したり、親に子育てのサポートを希望したりと、さまざまな理由から二世帯住宅を選ぶ子世代が増加傾向にあるようだ。 千葉県浦安市にお住まいのKさんご夫妻も、「適度な距離を保ちながら、高齢の母親を見守りたい」という考えから、実家を二世帯住宅に建て替えることにした。
設計は、ご夫妻の知人で、気心の知れた建築家の方に依頼。 大きな勾配屋根が特徴的なKさんのお宅は、中庭を介して東側がKさんご夫妻の2階建て住居、西側がお母さまの住居。お母さまの住居はダイニングキッチン+居間という小ぶりな造りで、二世帯は主にそれぞれの道路に面した玄関で行き来する。

物件データ 所在地:千葉県浦安市
面積:162.59m² 築年月:2011年4月
設計・施工:H3+ / 星設計室
members.jcom.home.ne.jp/h3plus/
勾配天井を見せた造りのリビングダイニング。開放的で広がりを感じさせる。

2008年に結婚し、しばらく浦安市内の賃貸マンションで暮らしていたKさんご夫妻。 「いろいろなプランを考えましたが、結局、親世帯と子世帯を完全に独立させた形にしながらも、お互いの気配が感じられる住まいづくりを希望しました」(ご主人)。 81歳になるお母さまは、「主人が25年前に他界して以来、身の回りのことは全て自分でこなしてきました。同居するに当たり、息子夫婦に気を遣わずに暮らしたいと思っていたんです」。 もともと広い敷地の一戸建てに1人で住んでいたこともあり、最初は広い部屋を望んでいたという。 「でも、建替えのために仮住まいのアパートに引っ越したら、母も狭い方が掃除もしやすくて暮らしやすいと納得してくれましたね(笑)」(ご主人)。

リビングいっぱいの掃き出し窓の先は中庭。四面が囲われ、外からの視線を遮っている。
2階の掃き出し窓の向こうはルーフテラス。お母さまの住居である屋根裏部分につながる。

2つの世帯が接しているのは、子世帯のルーフテラスから通じる屋根裏部屋のみ。 リビングからは親世帯のキッチンの窓が見え、生活音も多少聞こえるため、お互いの気配がさりげなく分かるという。 「一度、あまりに音がしないので、主人が母の様子を見に行ったことがあるんです。すると、母が風邪薬を飲んだ後にお風呂に入ったらしく、湯船で寝ていました。早く気付いて本当に良かったと思いましたね」(奥さま)。
お互いの暮らしを気遣いながらも、程良い距離感を保つ。二世帯住宅は、これからますますニーズが高まっていくことだろう。

居間の真上に位置する屋根裏部屋。明かり取りの窓からお母さまの気配が感じられる。
お母さまの住居はダイニングキッチンと居間(和室)という造り。程良い狭さで暮らしやすく。

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力

自然の力を生かす省エネ住宅で
賢く楽しくスマートライフ

エネルギーを効率良く使い、無駄なくエコに、心地良く快適に暮らす。
そんな、スマートライフへの支持が高まっている。
夏は暑く、冬は寒さが厳しい滋賀県に住む木戸さん一家の住まいも、そんな暮らしをかなえる、自然の力を生かす工夫が凝らされた省エネ住宅だ。
木戸さんご一家は薬剤師の一博さん(35歳)と奥様の唯さん(26歳)、そして4カ月の陽稀くんの3人暮らし。 結婚当初はご主人の実家で暮らしていたが、昔ながらの住まいで寒く、暖かい家に住みたいと切望したのが、マイホーム購入を決意したきっかけだったという。
「家づくりを決心したのは12 月で、ちょうどその頃に子どもができたことが分かりました。 夫婦ともに寒がりでしたし、実家は浴室が特に寒く、子どもが風呂上がりにヒートショックを起こしたりすることは避けたいと思ったんです」(一博さん)。

吹き抜けが開放的なリビング。空気の循環により天井が高くても年中適温で過ごせるという。
吹き抜けが開放的なリビング。空気の循環により天井が高くても年中適温で過ごせるという。
物件データ 所在地:滋賀県守山市
面積:129.52m² 築年月:2012年9月
設計・施工:株式会社ビルド・ワークス www.buildworks.co.jp/
リビングと一続きになる中庭。掃き出し窓にはひさしが取り付けられ、採光を調節できる。
リビングと一続きになる中庭。掃き出し窓にはひさしが取り付けられ、採光を調節できる。

休日のたびに住宅展示場を回ったり、サイトで住まいづくりのノウハウを調べたりしていく中で出会った、長期優良住宅を標準仕様にした家づくりに取り組んでいる(株)ビルド・ワークスに家づくりを依頼することに。
高い耐震性や、夏も冬も快適に過ごせる断熱性能などを備えながら、採光や通風に考慮したプラン、空間デザインなど、木戸さんが求める住まいへの希望が叶えられそうだったことが依頼の決め手になったという。
シンプルながら印象的な意匠は、住まいの保温性能を示す熱損失係数「Q値」を参考に構築されたもの。
ファサードに設けた壁は、西日を防ぐとともにプライバシーを確保している。
住戸内は熱効率に配慮して開口部を控えめにしながらも、南側は中庭につながる大窓を設け、さらに吹き抜けもつくって開放的に。

バスルームと一続きにつながるキッチンは奥様のお気に入り。効率よく家事ができるという。
バスルームと一続きにつながるキッチンは奥様のお気に入り。効率よく家事ができるという。
2Fにはご主人の書斎と、ネイリストを目指す奥様、それぞれのホビールームを設けた。
2Fにはご主人の書斎と、ネイリストを目指す奥様、それぞれのホビールームを設けた。
子ども部屋は2室。リビングで家族と過ごす時間を増やすよう、あえて小さめに作った。
子ども部屋は2室。リビングで家族と過ごす時間を増やすよう、あえて小さめに作った。

庭に面した窓には、夏の日射しを遮り、冬は家の奥まで日射しが届く奥行きでひさしをつくっている。
床仕上げには、30㎜厚の杉の無垢材を使用し、真冬でも冷たさを感じないようにした。
また、2階の夫婦それぞれのホビールームは、エアコンに頼らなくても快適に過ごせるよう、空気が自然循環する工夫がなされている。
合理的なデザインと、自然の享受、そしてぬくもりあふれる意匠を両立した木戸邸。
これからの時代に見合う、省エネ住宅の好例だろう。

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura

取材協力

家族とともに年を重ねる、
永く愛せる、永く楽しめる住まい

まるでギャラリーの入り口のような、空から光がさんさんと注ぐ長いアプローチ。
その奥にある玄関を開けると、オープンなリビングダイニングキッチンが広がる。
潔いほどシンプルなこの家に暮らすのは、会社員の石田大介さんと、デザイン事務所でアートディレクターを務める百合絵さん、小学2年生の埜乃(のの)ちゃん。
住まいの完成から1年を迎え、間もなく次女が誕生する予定だ。
都心の賃貸に住んでいたご夫妻が家の購入を考え始めたのは約4年前。
「子どもの小学校入学に合わせて住まいを持ちたいと思い、予算や交通の便、広さなど条件を検討しながら家を探しました。中古マンションや建売、コーポラティブハウスなど、いろいろ見て回りましたが、どうもピンとこなかったんです」(百合絵さん)
結局、あらかじめつくられた枠組みに収まるよりも、自分たちの暮らしに合わせた家を、好きな建築家につくってもらおうという結論に達した。
百合絵さんの実家に近いエリアで土地を探すと同時に建築家を探し始め、出会ったのが八島正年さんと八島夕子さんが主宰する八島建築設計事務所だった。

物件データ 所在地:東京都世田谷区 
床面積:97m²
設計:八島建築設計事務所
http://www.yashima-arch.com
周辺環境の変化に影響されないよう、最低限の開口部とした石田邸の外観。
周辺環境の変化に影響されないよう、最低限の開口部とした石田邸の外観。
タイル床の部分は玄関で、LDK と平坦につながる。階段脇は百合絵さんのワークスペース。
タイル床の部分は玄関で、LDK と平坦につながる。階段脇は百合絵さんのワークスペース。

「八島さんの作品は、日本的で、かつ北欧の雰囲気もあって、僕らのイメージにぴったり合いました。八島さんはご夫婦で一緒に設計のお仕事をされていて、お子さんもいる。私たちの暮らしと重なる部分があったことも大きかったですね」(大介さん)
プランについては、家族の会話が増える空間であること、ホームパーティーを楽しみたいこと、子どもが増えても対応できること、 将来子どもが独立して夫婦だけになっても暮らしやすいこと、という希望だけを伝え、あとはお任せしたと言う。
できあがったのは、1階のほとんどの空間がLDK、2階は2つの寝室と水回り、というプラン。
自宅で仕事をすることも多い百合絵さんの働き方に合わせ、リビングの一角にワークスペースも設けた。

南側が夫婦の寝室。将来は奥の2つの窓の間に壁を作り、2つの子ども部屋に変更する予定。
南側が夫婦の寝室。将来は奥の2つの窓の間に壁を作り、2つの子ども部屋に変更する予定。
2階の北側にある寝室は現在、埜乃ちゃんの部屋。カラフルなファブリックで部屋を彩る。
2階の北側にある寝室は現在、埜乃ちゃんの部屋。カラフルなファブリックで部屋を彩る。

「リビングはただ広い空間なので、家具の配置を変えるだけでイメージが変えられます。また、下の子が大きくなったら、寝室の1つは2つの子ども部屋に分けられるようにつくってもらっています」(百合絵さん)
形を変えることも楽しみながら、家族とともに年を重ねていく住まい。
家族の物語は、まだ始まったばかりだ。

div id="infomationArea"> text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura
取材協力


東京の下町に住むことを選んだ DINKSの“心地いい”を集めた家

待望のスカイツリーの開業により、注目を浴びる墨田区。
しかし昔ながらの下町らしさは、今後もこの街にずっと息づいていくだろう。
電機メーカーに務める岩本真佐一さん(42歳)と会社員の友理さん(38歳)ご夫妻も、そんな下町風情溢れるこのエリアを愛し、家を建てるならこのエリアに、と決めていたという。
当初は中古物件をリノベーションしようと考えたこともあったが、以前からよく通っていた道にある土地を手に入れることができ、新築に至った。
「イメージしていたのは、部屋を細かく区切るよりも、ゆるやかにつながっていて、日当たりや風の通りを感じることができる心地良い住まい」と真佐一さん。
そんな岩本さんご夫妻の思いを形にしたのは、近所のカフェで知り合って意気投合し、友人となった建築家の長久保健二さんだ。墨田区に事務所を構える長久保さんは、岩本さんご夫妻同様にこの街を愛する住人のひとりだ。

物件データ 所在地:東京都墨田区東向島 
床面積:1F:40.57m² 2F:51.61m²
設計:長久保健二 設計事務所
http://homepage3.nifty.com/naga-archi/
本棚があるリビングからダイニングへは数段高くなっている。奥に見える和室の緑の壁が印象的。
本棚があるリビングからダイニングへは数段高くなっている。奥に見える和室の緑の壁が印象的。

狭い道路に面した住宅密集地という条件ながら、開放的で圧迫感がない岩本邸は、巧みに組み合わさって展開するスキップフロアや、室内のあちこちに配された『抜け』がつくり出す奥行きゆえだろう。
「キッチンはフルオープンにして、何もない状態にしたかったんです」と話すのは友理さん。
夫婦ともに自宅に人を招くのが好きで、友人を招いたときに、ひとつながりになる空間が欲しかったのだという。壁にも一切棚は取り付けず、食器や鍋類は全てシンクの前後の引き出しに収納。
冷蔵庫やストックは奥のパントリーに、電子レンジや炊飯ジャーも、扉の中に収めた。
かくしてさえぎるものがない開放的なダイニングが実現した。

究極的にモノがないように見えるキッチン。実は収納たっぷりで使い勝手も抜群だ。
究極的にモノがないように見えるキッチン。実は収納たっぷりで使い勝手も抜群だ。
鮮やかな緑の壁がポイントの和室。低い位置に配された障子が和の雰囲気を盛り上げる。
鮮やかな緑の壁がポイントの和室。低い位置に配された障子が和の雰囲気を盛り上げる。
壁一面の本棚には、デザイン関係の本を中心に奥さまの蔵書がずらり。カフェのような一角だ。
壁一面の本棚には、デザイン関係の本を中心に奥さまの蔵書がずらり。カフェのような一角だ。

また、リビングは、本好きの友理さんの要望で、明るさを抑え、天井も低く設定。
落ち着いて読書にふけることができる、洞窟のような空間に。
好きなことや、心地良いライフスタイルを選び抜いて出来上がった、シンプルな住まい。
艶をおさえた床やヴィンテージの椅子、素朴な無垢のテーブルは、下町に根を張って暮らしていくことを選んだ岩本さんご夫妻の生活とともに、すてきに年を重ねていくことだろう。

text_ Takako Yoshida photograph_ Akira Nakamura
取材協力