震災をきっかけに自宅で銭湯を開業。 公私のエリアを曖昧にした大らかな住まい
濃い灰色の人造石研出しの壁や床に趣がある浴場。仕切り壁には三角のヒノキ材を使用。半面に熊本市民が親しむ「江津湖」が描かれている
2021.10.20

震災をきっかけに自宅で銭湯を開業。 公私のエリアを曖昧にした大らかな住まい

熊本地震の被災後、住まいを新築するとともに自宅の1階を公衆浴場に。 公共の場を居住空間に取り込み、地域の人と交わる暮らしを実践

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2016年に発生した熊本地震では、家屋の倒壊・半倒壊が相次いだだけでなく、水道・電気といったライフラインも大きな被害に見舞われた。熊本市神水出身の黒岩さんも被災した一人。家族で住んでいたマンションが大規模倒壊し、新たな住まいの取得を余儀なくされた。
震災以降、町に賑わいが失われたのを気に掛けていた黒岩さんは、家を建てる上で「何か地元に貢献できないか」という思いを強くしていた。そこで浮かんだのが、震災時にご近所の人たちがお風呂で苦労した光景だ。この辺りの温浴施設は2つだけで、とても混雑したという。

物件データ 所在地/熊本市中央区
面積/193.96㎡
築年月/2020年7月
設計/西村 浩(ワークヴィジョンズ)
www.workvisions.co.jp
構造設計/黒岩構造設計事ム所
kuroiwa-se.com

偶然にも一帯は湧水が豊富で「神水」の地名の由来ともいわれるほど。「今後、被災したときに銭湯があれば、地域の方々の支えになるはず。地元の資源を生かした銭湯付きの住まいにしようと考えました」(黒岩さん)
1階を銭湯、2階を自宅にした職住一体の家は、一見、公私のゾーンが明確に分かれているが、住居への玄関は1階の店舗入口と共用。番台の横に家族の下駄箱があり、通り抜けると階段がある。2階に浴室はなく、一家は銭湯を使うという。共有できるなら無駄なものは省くという黒岩さんの発想を、設計を手掛けた建築家の西村浩さんはこう解釈する。「ご近所さんとお風呂を共にする可能性もあるわけですが、境界が曖昧な住宅のあり方に一家の心の豊かさが表れているでしょう」

銭湯と住居スペースを結ぶらせん階段。一部をガラス壁にしてエントランス から入る光を取り込み、町の気配を感じられるように
お客さまが利用するエントランスと住まいの玄関。番台向かいには土間ホールがあり、飲み物を販売。入浴後にほっと一息つける

大らかな暮らしへの姿勢は、住居の間取りにも投影されている。間仕切り壁のないオープンな空間で、キッチンを中心にリビングダイニング・ワークスペース・寝室へと行き止まりなく行き来できる回遊動線に。フロア全体をコの字でなぞるようにカウンターが備えられており、好きな場所でパソコン作業をしたり、本を読んだり、フレキシブルに活用している。

リビングから寝室への通路にウォークインクローゼットを設け、家族全員の衣類を収納。2方向からアクセスができ、生活の動線上にあるため使いやすい
天井は通常の1.5 倍の高さ。現しにしたアーチ状の屋根裏と相まって、くつろぎのムードが漂う。高さがある分、上部をロフトにすることも可能

建物の構造は、構造設計を生業とする黒岩さんが自ら担当。構造材に九州の木材を使いつつ、「重ね透かし梁」という木材の耐性・剛性を高める構法を採用することで、大空間ながら震度7の揺れにも耐えられるように設計されている。
地震に強く、公共性を備えた寛容な住まいが、家族の安心と笑顔を守っている。

4人のお子さんのいる黒岩家。キッチンは 6 人家族に十分な幅 6m。「換気は窓を開ければいい」という合理的な発想から換気扇を省いた
店舗は熊本市内の幹線道路沿い。セットバックしたエントランス前は縁側のようなスペース。ベンチを置いて地域の人が腰掛けられるようにしている
text_ Makiko Hoshino photograph_ Masami Naito
取材協力

HOMETRIP Styles of living

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