Room146  

2023.12.21

渋谷区のトイレを清掃する男が暮らす

スカイツリーが見える下町のアパート

美術 桑島十和子

『都会のアリス』『パリ、テキサス』など、映画史に輝く名作を手がけてきたドイツの映画監督、ヴィム・ヴェンダース。最新作は東京を舞台に清掃員の日常を描いた『PERFECT DAYS』。第76回カンヌ国際映画祭で主演の役所広司さんが最優秀男優賞を受賞するなど高い評価を受けた。桑島十和子さんは、平山(役所広司)のキャラクターを美術としてどう落とし込んだのだろう。

センスはいいが、それを前面に出さない人

渋谷区のトイレの清掃員である主人公の平山が住むアパートは、スカイツリーが見える下町にある。
「高崎卓馬さん(プロデューサーであり、本作の脚本をヴェンダースと共同で手がけた)がヴィム・ヴェンダース監督とやりとりをして、そのイメージを汲んだロケコーディネーターと共に物件を探しました。『スカイツリーのそばで撮影する』という条件はマストだったと思います。劇中、平山は銭湯やコインランドリーに行ったり、小さな商店で買いものをしたりしますが、それらを実際にひとつの街で撮影できるような物件を探していました。結果、それぞれが少しずつ離れた場所にはなってしまいましたが。神社が目の前にあったのも決め手の一つだったと思います」

玄関脇の棚には、出勤時に携帯するものが並んでいる。「『
拾ってきた板を平山が自分で設置したのかな』という風に見
えるといいですね。この板は新木場の木材屋で調達したもの
です。山のようにたくさんある古材から30本ぐらいを選ん
できて、現場で選んでカットしました」

しかしヴェンダース監督はドイツ在住のため、思うように打ち合わせをすることが叶わなかった。
「日本だったら、疑問点はすぐに監督とすり合わせることができますが、ヴェンダース監督は撮影の数日前に来日することになっていたので、いろんなものを準備して待つことにしました。来てからでないと監督も判断できないと思ったからです。」
そこで、平山の人物象について高崎氏に確認できる範囲で探りつつ、準備をはじめた。そして来日した監督がその場で判断できるよう、さまざまな選択肢を用意した。
「例えば鍵につけるキーホルダーは、子供用のものがいいと伝えられた。でも、それが男の子用なのか女の子用なのか、またその子はいまどうしているのかとかという設定までは判然としなかったり。結果、男の子だったんですけど。なので、女の子だったとき、男の子だったとき、両方の準備をしておく。撮影前、美術のひとつひとつがそういう感じでした」
来日した監督には、あえてがらんとした部屋を見てもらった。

壁塗装前の部屋。

平山が本を読むためのランプ。「いろいろなランプを集めて
きて、その場で監督に選んでもらいました。『これとこれ』
というチョイスをお聞きして、化学の実験用のフラスコのス
タンドにランプシェードを組み合わせました」

「『じゃあ、壁を塗ろうか』『ここにこういうものを置きたい』といったイメージを伺いながら、急ピッチでつくっていきました」
「壁を塗る」と決めた理由を監督は具体的な言葉では語らなかったものの、桑島さんとしては納得できたという。
「私でも『塗ってほしい』と言いますね、白いままだと面白くないので。絶対こっちの方が映画を撮りたくなると思います。かといって、監督が来る前に塗っちゃうわけにはいかないじゃないですか。なので『聞いてからだな』と思っていたところ、『ああ、やっぱりそう言ったな』と。指定した色も『ああ、その色だよね』と思いましたし。平山へのイメージがお互い近かったのでしょう、『分かる分かる』という感じでした」

元々板張りの床を畳に、チェストの下は床板を張り替え、扉は監督と一緒に選んだオリーブグリーン色に塗装。

壁に吊るされた平山の作業着。鮮やかなグリーンのレトロな
ゴミ箱が差し色として目をひく。

平山の過去になにがあったのかも、具体的に聞き出すことはしなかった。
「『どこかの会社員だったんじゃないか』というようなふわっとしたイメージはありましたが、『どこの会社でこういう仕事していて』というところまでは聞いていません。その背景は、スタッフそれぞれがイメージしていました。聞いた方が早いんですけど、監督によって、聞いていい人と聞かない方がいい人がいる。それぞれタイプが違うので、どうコミュニケーションをとるかは監督に合わせて考えます。ヴェンダース監督は母国でもない土地に来て知らない人たちと仕事をするわけだから、本筋に直結しない部分をなるべく気にしてほしくなかった。そんなことに気を遣ってもらうより、映画に集中してほしい、映画をつくってほしいと思った。もちろん『ここは』という部分は確認しますが、わりと自由な立ち位置にいてもらって、ふわっと出てきた言葉からこちらがイメージを拾う、という作業を繰り返しました」

その住まいからは平山の品のよさが伝わってくる。
「『オシャレ』と表現するとニュアンスが少し違うのですが……、平山はセンスがいいけれど、オシャレにあまり興味がないし、それを前面に出さない人。生きてきた道のりが、自然にセンスの良い人をつくりあげる、そんなキャラクターを醸すことができたらいいなと思って家具などを選びました。例えばカセットデッキが入ってる箱はワインの木箱です。お金をかけずに、拾ってきたものを利用している。『気に入っているから長く使っているんだ』というニュアンスは出したいと思いました。そもそも私がそういうテイストが好きなので、思い切りやれて楽しかったです」

古いロックなどのカセットテープが並ぶ棚。「先行して高崎さんと制作部が買い集めた今では高価なものばかりです。劇中で使う曲との絡みもありましたし。ラジカセも高崎さんが『これがいい』と用意したもの。私もこれがいいと思いました」

本棚とそこから溢れる本はすべて平山が読み終わった本とい
う設定。

平山が植物を育てているという設定は、役所さんのアイデアだ。
「発想が面白いですよね。それを受けて飾ったのが、木の赤ちゃんたちです。小さいけれども、どれも11年とか、22年経っている苗木なんです。お茶碗などのなにげない陶器をいっぱい集めて、細いドリルで底穴を空けて植え込みました。私の妹が陶芸をやっていて、彼女から拝借した器も何個か入っていたりします。それから、小津映画で、今でいうところのインテリアスタイリストのような方がいて、その方の店の器なども使っています。 これはもう私だけの楽しみでしかないのですが」

監督との日々は刺激にあふれていたようだ。
「毎日が勉強みたいな。楽しい発見が多かったですね」
最後にヴェンダース映画の好きなところをたずねてみた。
「『隙間』です。作品はセリフがそんなにいっぱいあるわけでもないし、音楽がずっと掛かっているわけでもないし、隙間だらけな感じがする。すごく綺麗な隙間で、大好きです」

築50~60年。下町に建つ3Kのアパートで、屋内に階段を有するメゾネットタイプの住まい。外にある階段は隣の住人が使うもの。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#146(2月号2023年12月15日発売) 『PERFECT DAYS』の美術について、美術・桑島さんのインタビューを掲載。
プロフィール

桑島十和子

kuwajima towako
71年東京そだち。寒竹恒雄氏に師事。数多くのCMの美術を手がける。映画では『嫌われ松子の一生』『パコと魔法の絵本』『告白』『来る』など中島哲也監督作に数多く参加。そのほかの作品に『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』(宮藤官九郎監督)などがある。
ムービー

『PERFECT DAYS』

監督/ヴィム・ヴェンダース 脚本/ヴィム・ヴェンダース 高崎卓馬 出演/役所広司 柄本時生 中野有紗 アオイヤマダ 麻生祐未 石川さゆり 田中泯 三浦友和 ほか 配給/ビターズ・エンド (23/日本/124min) 東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山は、淡々とした日々を静かに過ごしている。一見、同じことの繰り返しに見えるが、同じ日は1日としてなく、毎日を新しい1日として生きていた。そんな男の日常に思いがけない出来事が起こる……。12/22~TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.
『PERFECT DAYS』公式HP
https://perfectdays-movie.jp/
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