Room132  

2022.11.9

生活のあるもので飾られた

リアルな家

美術 宇山隆之

母娘の葛藤を描いた映画『わたしのお母さん』。娘・夕子を演じるのは、『八日目の蝉』で日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞した井上真央。母・寛子を演じたのは、日本映画の巨匠たちの作品で存在感を残し、21年には『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』でハリウッド進出を果たした石田えり。ふたりの葛藤のドラマの舞台となる家を美術の宇山隆之さんはどのようにつくりあげたのか。

登場人物がここに住んだらどうなるんだろう?

今作の監督は、15年に『人の望みの喜びよ』がベルリン国際映画祭ジェネレーション部門、スペシャルメンションを授与された杉田真一さん。宇山さんは『人の望みの喜びよ』をはじめ、杉田監督作に参加していて、本作のオファーも、「こういう話があって」と口頭で説明を受けたあとに脚本を渡された。 「杉田監督の脚本は『こびていない』という印象です。ほかの監督だったら、もう少し親切な描き方、書き方をすると思います(笑)」

その「とんがっている」ところが、宇山さんとウマがあったところらしい。今回、ロケ地となったのは、寛子の家は千葉、夕子のマンションなどは愛知県の刈谷市と知立市で撮影された。物件は近くにほかの場面を撮影ができる場所があり、スタッフが泊まれる宿があるかどうかなど、実務的な条件を鑑みて制作部が候補をしぼった。だが、宇山さんが制作部にリクエストをすることはなかった。というのも、宇山さんのつくり方は独特だからだ。脚本を読んだ時点でイメージをすることはせず、実際に物件を見てから「登場人物がここに住んだらどうなるんだろう?」と、美術をつくり始める。
寛子の実家に置かれた水槽。「回想のシーンでは金魚が入っている水槽が、子供が大きくなって、最後は空になり、植木の容器になっています。時間の流れを表現できればと思いました」

「装飾会社に行って、そこにあるもので合わせることもありますが、どうしてもこうしたいというところがあれば実際にその生活をしている人を探し出して、ものを借りることもあります。今回で言えば長男夫婦の子育てまわりのものや、台所に置いてある殺菌の湯沸かしはリアルに使っているものを借りてきました。僕の自己満足かもしれないですけど、その空間に入った役者さんやスタッフが納得いかない空間にはしたくない。僕のいけないところでもあるんですけど、リアルに寄せ過ぎる」

家の中には長男夫婦の持ち物が増えていく。「長男夫婦はなによりも子供優先になっているだろうなと思いました。普段、寛子はどこにいるのか? この部屋はどっちが主導権を持っているのか、考えてつくりました」

タオルやマットは実際に子育てをしている人から借りて飾ったもの。 「装飾会社から借りれるものは、年季が入っているけど、やっぱり違うんです」

テレビの横に置かれたオルゴール。「実家には訳がわからな
いところに、訳のわからないものがあるじゃないですか。
それです。『家族でオルゴール館に行って買ったもの』
とか、そういう思いはのせてないです」

それは映像の見栄えの良さよりも、リアルさが優先された。夕子の家は顕著で、実家と対比するように物が少ない。
「わざといやらしく物を増やしてないです。だから、キャメラマンは撮りづらいと思います。ごちゃごちゃ生活感をのせることはしていないので。でも、実はこっちも仕込んでいて怖いんです、『画になるかな、耐えられるかな』と。下手すると、インディーズの学生映画みたいになりかねない。そのぎりぎりのところを行きました」

夕子のマンションは実家との対比も狙っている。だが、そこも微妙なバランスで成り立っている。
「戸棚のすりガラスの中に見えている食器。生活するうえで食器は増えていくので、この中のものまで間引いしてしまうとウソになってしまうんです」部屋には夕子のキャラクター、夫婦像も反映されている。 「いわゆるいまの子供のいないオーソドックスな夫婦。家自体に家族のにおい、夫婦のにおい、家族というものが乗る前なんです。かといって、恋愛のときの空気でもない、過渡期というか。ここに寛子がきて、初めて異物感が生まれるようにしたいと思いました。そのためには消去法で、ものをギリギリに抑える感じにしたかった」

今回、宇山さんと杉田監督がこだわったのが、母親のにおい。
「夕子が実家の部屋でふとんに倒れ込んで、お母さんを感じる場面があります。僕の自己投影に近いかもしれないですけど、おかんのにおいを覚えているんですね。独特で、甘くて、美しいものではなくて、どっちかというとくさい(笑)。そこは映画なので美しいものにしたんですけど。画には映ってないですけど、撮影前に井上さんには言わずに石田さんにホワイトローズの香りがするオーデコロンをつけてもらっていたんです。おばあちゃんまではいかないですけど、ギリギリお母さんぐらいのにおいで。そのにおいを部屋にも仕込みました。石田さんが通るとき、井上さんはそのにおいを感じたはずです。もちろん井上さんに意識して欲しいとは言ってないです。ただ、部屋に入ったとき、そのにおいがあるんです」

宇山さんの母から着想したのは、庭も。
「植木もサボテンが多かったのは、うちのおふくろが好きで(笑)。寛子と同じように花を育てることが好きな人だったんですけど、好きすぎてものが増えすぎておかしなことになっちゃうんですよ(笑)。その感じを出したいなと思いました」
杉田監督は映画の美術についてこう語る。
杉田「ただものがあればいいわけではないと思っています。低予算の作品では、とにかく空間を埋める作業がメインになってしまって、なぜここにこれがあるのか、歴史みたいなことがおざなりにされてしまう。宇山さんは僕が全部話をしなくても、キャラクターの話さえしておけば、僕も入ったときになるほどと思えるものをつくってくれるんです」
今回も、杉田監督は宇山さんの美術に驚いた。
杉田「夕子の部屋を見て、ここまで引き算するのか、と。飾りきってないのかなと思えたぐらいだったので(笑)。この中でお芝居を成立させろよと言われている気分になりました(笑)。でも、絶対にこれなんだ、というわけではないし、一緒にコミュニケーションをとりながらつくっていける」
宇山さんも、大切なのは監督と話す時間と語る。
「逆をいうと、杉田さんという監督でなければもう少し優しくしていると思います(笑)。杉田監督は職業美術的なことは求めていないと思う。だからこそ、僕も攻められる。そこでも成立する演出をする監督だと思っているので。ほかの監督だったら、そこにものを入れてとなんども言われるので、しょうがねえな、と用意しますけど」
宇山さんは自分のことを「合理的ではないですから。プロとしては失格ですね。やはり時間と予算をちゃんとうまいバランスで使って、合理的に進めるというのがいわゆるプロだと思うんですけど。僕は自分でプロだとは思ってないです」

4DKの築40年弱の一軒家。撮影は千葉にある物件で行われた。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#139(12月号2022年10月18日発売) 『わたしのお母さん』の美術について、美術・宇山さんのインタビューを掲載。
プロフィール

宇山隆之

uyama takashi
77年兵庫県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、同校出身の山下敦弘監督作品 『ばかのハコ船』(02)、『リアリズムの宿』(03)等に参加。近年の主な作品に『人の望みの喜びよ』(15/杉田真一監督)、『37セカンズ』(19/HIKARI監督)などがある。
ムービー

『わたしのお母さん』

監督・脚本/杉田真一 出演/井上真央 石田えり 阿部純子 笠松将 ぎぃ子 橋本一郎 宇野祥平 ほか 配給/東京テアトル (22/日本/106min) 三人姉弟の長女で、今は夫と暮らす夕子は、急な事情で母の寛子と一時的に同居することになる。明るくて社交的な寛子だったが、夕子はそんな母のことがずっと苦手だった。同居生活がスタートするが、昔と変わらない母の言動に、もやもやした気持ちを抑えきれない夕子。ある日、ふたりの関係を揺るがす出来事が……。11/11~全国順次公開
『わたしのお母さん』公式HP
https://www.watahaha-movie.jp/
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