Room131  

2022.10.18

水墨画壇の大家にふさわしい

豪華で造作が見事な邸宅

美術 五辻 圭

2019年のTBS「王様のブランチ」BOOK大賞を受賞し、2020年の「本屋大賞」では3位と、多くの読者から支持を受けた青春小説「線は、僕を描く」が実写映画化された。監督は『ちはやふる』で競技かるたに青春をかける若者たちを描いた小泉徳宏。美術を手がける五辻圭さんは今作にどのように臨んだのか。

水墨画に関わる人の審美眼にも応える空間づくり

大学生・青山霜介(横浜流星)は、たまたまアルバイトで駆けつけた絵画展の設営現場で、水墨画家・篠田湖山(三浦友和)から「弟子にならないか」と誘われる。やがて修行の場となるのが湖山の邸宅だ。滋賀県の東近江市五個荘地区にあるふたつの屋敷が、ロケセットとして部屋ごとに使い分けられている。
「両方ともいわゆる近江商人屋敷をお借りしています。湖山のアトリエを撮影したのは外村繁邸。こちらは作家・外村繁の生家として一般公開されています」
この邸宅には湖山の孫で、水墨画界のホープ、篠田千瑛(清原果耶)も住んでいるという設定。千瑛が水墨画を描くのは、湖山のアトリエである和室とは打って変わって天井の高い洋間だ。

霜介が湖山と出会う場面となった神社でのロケは一筋縄では
いかなかった。「境内のあちこちに飾られる湖山門下の弟子
たちの絵はすべて、東雲先生のお弟子さんたちからお借りし
たものです。お借りしたときの状態でお返ししなければいけ
ないのに、あいにくの悪天候。風で飛ばされたりして……冷
や汗をかきました」

「千瑛のアトリエを撮影したお宅もご近所にあります。こちらも歴史のある物件ですが一般には公開されていません」シーンにふさわしい二軒のロケーションを組み合わせて一軒として構成したのは、水墨画家の大家・湖山の邸宅という設定ゆえ、「大げさなぐらい『立派な家』がいいんじゃないか」と考えたからだ。
「両方ともいいお宅で、どのディテールをとっても素晴らしい。ただ千瑛のアトリエとなった部屋は経年劣化のためボロボロで、壁紙を張り替えました。がらっと変えるのではなく、“修復をした”という感覚です」

千瑛のアトリエ。本棚には写真集やファッションについての本が並び、水墨画以外の分野にも興味を持っていることが分かる。

「水墨画の大家」というキーワードから、湖山について「世捨て人」のようなイメージを抱く傾向もあるかもしれない。だが劇中、華やかな展覧会が催されるなど、水墨画壇は質素な世界としては描かれていない。
「湖山は世界的に評価されている日本有数の画家なので、家にしても展覧会にしても、豪華に描く方向へ舵を切りました。仙人みたいな暮らしをしていると、逆に狙いすぎとなってしまう。裕福であることはストレートに表現していいと考えました」

さりげなく配置されている貴重な逸品も。「湖山の部屋の床の間に鎧が飾ってあるのですが、あれは東雲先生のアトリエに飾ってあったものをお借りしました。江戸時代のものです」。

湖山のアトリエにおける五辻さんのお気に入りポイントは、机の向かいの壁沿いに飾られた、枯れかかった植物や、ドライフラワーになりかけたような花。それは湖山が絵を描く際にモチーフとして使っているという設定。「和室空間に植物を置きたいと考えたのですが、生花を飾り付けるとそこに目がいってしまう。そこで、装飾の前田亮くんが、色が抜けた花をごちゃっとした感じに飾ってくれたんです。そのまま置きっぱなしにしていた絵のモチーフがいい感じに枯れたという設定です。これがとてもはまった。一枚画としても成立していて、気に入っています」。

水墨画を描くシーンは見どころのひとつだ。監修は世界的に活躍する水墨画家・小林東雲氏。作品、画材の提供から俳優への指導など、多岐に渡って協力を仰いだ。「東雲先生には片っ端から質問させていただきました」と五辻さんは振り返る。レクチャーは、道具の置き方はもちろん、水墨画のテクニックにまで及んだ。
「たとえば墨汁にねばりを出すために、墨を磨る際にジュースを加える。などの技を教えていただきました。劇中にも出てきますが、筆だけでなく手を使って描いたりもするんです」

その甲斐あって、五辻さんは「水墨画に関わる人が観てもリアルに感じてもらえるはず」と胸を張る。その一方で、映画だからこその演出がおこなわれている場面もある。 「本来、紙は陽が当たるところには置かないものなのですが、劇中では縁側に向いて水墨画を描くシーンがあります。これは美術的な理由ではなく、自然光で人物を美しく撮ることができるから。あえて陽光のなかで描いています」

五辻さんは『ガチ☆ボーイ』に始まり、『カノジョは嘘を愛しすぎてる』、『ちはやふる』シリーズと、今作で小泉監督とは6本目。だからこそ緊張感を持って臨んだそう。 「慣れてくると、しゃべらずとも互いの意図がわかってしまう。それでするすると進んでいくのはよくない。実は自分の想像と違うことを監督は考えているかもしれない。なあなあになることなく、常に新しい発見を探すようにと取り組みました」 その根底には小泉監督のまなざしに対する敬意がある。 「この社会のどこかに、自分たちは知らないけれど、熱量を持って存在している世界がある。いち早く気づいて、そこに光を当てることが上手な方だなと思います」

大学進学を機に一人暮らしを始めた霜介。しかしその部屋は生活感に欠けたシンプルな空間。「意気揚々と新生活に臨む普通の大学生らしく、最初こそマンガなどサブカル要素も詰め込まれた部屋だったという設定です。でも霜介の身にあることが起きて、大学生活を楽しめなくなってしまう。そのため生活に必要なもの自体は一応揃っているけれど、ほとんど使われてもいない。そんな変化を表現したいと思いました」

江戸時代後期から明治の初期頃に建てられた、築100年以上は経つ大邸宅で、8部屋以上を有している。実際には二軒の商家を組み合わせて撮影された。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#139(12月号2022年10月18日発売) 『線は、僕を描く』の美術について、美術・五辻さんのインタビューを掲載。
プロフィール

五辻 圭

itsutsuji kei
70年東京都生まれ。08年『ガチ☆ボーイ』で美術監督デビュー。おもな作品に『映画 ビリギャル』(15)、『君と100回目の恋』『君の膵臓をたべたい』『泥棒役者』(すべて17)、『君は月夜に光り輝く』(19)などがある。『カノジョは嘘を愛しすぎてる』(13)、『ちはやふる』シリーズ(16、18)と、小泉徳宏監督作品に数多く参加。
ムービー

『線は、僕を描く』

監督/小泉徳宏 原作/砥上裕將 出演/横浜流星 清原果耶 細田佳央太 河合優実 / 富田靖子 江口洋介/三浦友和 配給/東宝 (22/日本/106min) 大学生の青山霜介はアルバイト先の絵画展設営現場で、水墨画の巨匠・篠田湖山から「弟子にならないか」と誘われる。霜介は初めての水墨画に戸惑いながらもその世界に魅了されていく……。10/21~全国公開 ©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
『線は、僕を描く』公式HP
https://senboku-movie.jp/
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