Room140  

2023.7.28

関東大震災直後の花街

インテリジェンスも漂う元諜報員の棲家

美術 清水剛

美しきヒロイン・百合(綾瀬はるか)と追われる少年・慎太(羽村仁成)。巨大な陰謀に巻き込まれた二人は、帝国陸軍を敵に回し、壮絶な戦いを繰り広げる──。『リボルバー・リリー』は大正時代の帝都・東京を舞台にした、スケールの大きいエンターテイメント大作だ。美術を手掛けた清水剛さんは、本作の世界観を豪華なセットで表現した。

花街の一角がまるまるスタジオに出現

謎の男たちに屋敷を襲われ女中らを惨殺され、自身も窮地に陥る細見慎太の前に現れたのは小曾根百合。普段は玉の井(現在の墨田区)でカフェー「ランブル」を営む百合だが、彼女が少年・慎太を助けたことから、慎太を追う謎の男たちの手は「ランブル」にも伸びてくる。大正時代を背景とする今作で、重要な舞台のひとつがこの花街・玉の井。大規模なアクションが展開する街の一角を、清水さんはセットで建てることになった。
「無理を言って、東映東京撮影所の一番大きいステージをかなり長い期間押さえてもらいました。そこは贅沢させてもらいましたね」
永井荷風の小説「濹東綺譚」をはじめ、数々の文学、映画で描かれてきた玉の井だが、本作のセットで目を引くのはドブ川だ。

「ドブ川をつくるためにはスタジオの床を掘る必要があったのですが、それはさすがに撮影所の所長が許してくれない(笑)。そこでセット全体の地面をかさ上げすることにしました。それならばと、土手を造りそこに植栽することで、ランブルから見える風景に色味を加えることができました」
ランブルから見てドブ川の手前には空き地が広がっていて、このスペースで、百合と陸軍が対峙する重要なシーンが展開する。
「実際の玉の井は狭い路地ばかりで、資料を見ても空き地になっているところはない。そこに行定さんから『ランブルの店前には別の銘酒屋が建っていたが、震災で倒壊してしまった。それで空き地になったんだ!』とアイデアがありました」
関東大震災(1923年)の翌年が舞台であることから、行定監督は震災の爪痕と復興の様子も盛り込みたいと要望していたそう。
「よく見てもらうと分かるんですけど、空き地には建物の基礎の痕跡があります。それから、一角には“建設中”の建物もあって、大工さんが働いていたりもします」
ノスタルジックな雰囲気を醸し出すランブルの外観にも工夫がある。
「色合いをちょっと古めにして、『大正時代はこういう感じなんだろうな』と思える風合いにしています。でも、実際にはこの頃の玉の井はできてから間もない頃で、けっして古い街ではないんです。だから建物も新しく本当は経年しているような色合いではないんです」 特に看板のデザインには時間をかけた。
「看板は枠からはみ出すぐらい大きいものが好きで、そんな僕の意向を汲んで助手さんが素晴らしいものを描いてくれたんだけど、外観をずーっと眺めているうちに、『ちょっとそうじゃないな』と思いはじめました。そこから文字の大きさを何度もつくり直したんです」

ランブルの外観。目を引く大きな看板の制作には一番時間を要したそう。「何十パターンも案を出してもらって、パソコンの画面を見ながら『もうちょっと右』『もうちょっと上』とか、『この文字の間をもうちょっと広げて』とさらに何パターンも出してもらって、完成に至ったんです。文字のバランスにこだわりました」

ランブルの隣には大工たちが詰めている建築中の建物。
実はセット内で唯一、動かせるようになっている。「移動で
きるようにしたのは、照明、クレーンといった撮影機材の搬
入口をつくるためです。下にキャスターが付いていて押すと
動きます。劇中の美術、現場の装置、両方の役割を担ってい
ます。装置家としては『なかなかうまくいったな』と思って
います(笑)」

ランブルの二階の一室は百合の居住スペースとなっている。
「主人である百合の部屋は、この建物のなかで建築的に一番豪華にしています。格子状にしつらえた天井は格天井(ごうてんじょう)といって、普通の家ではあまり見かけない格式高い造作です。また、壁には無節(むぶし:節が現れていない木材のこと)の化粧材で、長押(なげし:壁面に取り付けられる化粧部材)をあしらいました」
諜報員としてアジアを飛び回ってきた百合には洗練されたところがあり、そのインテリジェンスは部屋にも反映されている。

百合の部屋にだけある格天井。ほかの部屋にはない風雅なつくり。「昔はけやきのきれいな木目の模様の板を交互に貼ってつくったんです」

百合の部屋は日本家屋ならではの細工が施されている。「百合の部屋には、蟻壁をつくりました。 天井はあえて低くしています。滑石(かっせき)という化粧材が入っていて、滑石を止めるための釘隠 (くぎかくし)にもデザインが入っています。こういうディテールでもほかの部屋とは差をつけています」

「いろいろな文化に触れている人は目利きなところがある……。であればと、家具や調度品、道具もそれなりのものを置くことにしました」
一階の店舗の窓からは、花街の日常がうかがえる。
「デザイナーとしては、せっかくこれだけのセットをつくるのだから、全部活かしたい。それで窓をたくさんつくったんです。店内で芝居をしているときも、窓越しに遊女たちが客引きしている風景が目に入る。そうやって『リボルバー・リリー』の玉の井という世界観を感じられるようにしたかった」

ランブルの一階。窓ガラスにも、大正時代を舞台にした作品ならではの工夫が施されている。
「大正時代の窓ガラスは、型に流してつくる手すきのものでした。だから、昔のガラスは歪んでいます。建物を古く見せているのに、窓ガラスだけ今のものが入っていると、『せっかくここまでやっているのにもったいない』となってしまう。最近、時代ものをやるときは、ガラスに樹脂を塗って凹凸が出るようにして歪ませています」

ランブルの二階へと上がる階段にはステンドグラスが。「カフェーは華やかに見せるためにステンドグラスを使うことが実際に多い。ここをステンドグラスにしたもうひとつの理由は、すぐ裏がステージの壁だから。曇りガラスや型ガラスだと味気ないのでステンドグラスにしました」

玉の井がどのような街だったのかを徹底的にリサーチして本作に臨んだ清水さんだったが、今回は当時を正確に再現することよりも大切にしたことがある。
「もちろん時代考証的におかしくない建築を意識したし、電気がどれくらい普及しているのかなどのディテールも照明部、装飾部と相談しながらつくっていきました。とはいえ、大正時代を忠実に再現しようとは考えませんでした。ただ、少なくともいまより面白い時代であったことは間違いないと思うから、面白くすることは意識しましたけど」
時代もので、これほど大規模なセットがつくられることは近年では珍しいという。
「大正時代の建物をあそこまで再現することは滅多にありません。つまりいま、日本の映像の美術を志す人たちにとって、時代劇も含めて、自分たちが生きていなかった時代のものを再現する機会は、そうそうないんです。今回ついてくれた助手さん達はリサーチも含めて、大変だったはずですが、同時に勉強になったんじゃないかと思いますね」

1階には店舗と客間、2階には百合の部屋と使用人用居室の三間を備えた店舗兼住居。花街・玉の井が興ったのが1918年頃なので、史実的には築年数はそれほど経っていないことになるものの、「大正時代っぽい」風合いでほどよくレトロ感が漂う。

プロフィール

清水剛

shimizu takeshi
60年神奈川県生まれ。『電影少女』(91)で美術監督デビュー。『ゴジラ 2000 MILLENNIUM』(99)といった特撮から、『忍びの国』(17)など時代劇まで幅広いジャンルの作品を手がけている。近作に『鋼の錬金術師 完結編』二部作、『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』『沈黙のパレード』(すべて22)などがある。
ムービー

『リボルバー・リリー』

監督/行定勲 原作/長浦京 脚本/小林達夫 行定勲 出演/綾瀬はるか 長谷川博己 羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズJr.)/シシド・カフカ 古川琴音 清水尋也/ジェシー(SixTONES) 佐藤二朗 吹越満 内田朝陽 板尾創路 橋爪功/石橋蓮司/阿部サダヲ 野村萬斎 豊川悦司 ほか 配給/東映 (23/日本) 謎の男たちに家族を殺害され、窮地に陥る少年・慎太の前に現れたのは美しき女・小曾根百合。出会いの裏に隠された驚愕の真実を知る由もないまま、二人はやがて巨大な陰謀の渦に巻き込まれていく……。8/11~全国公開 ©2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ
『リボルバー・リリー』公式HP
https://revolver-lily.com/
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