Room142  

2023.9.1

几帳面な母親がひとりで暮らす

下町に佇む店舗付きの一軒家

美術 西村貴志

山田洋次監督の最新作は、『母べえ』『母と暮せば』に続く『母』三部作の集大成ともいえる『こんにちは、母さん』。美術を手がけたのは『キネマの神様』に続き、山田洋次監督作品への参加となった西村貴志さん。福江(吉永小百合)が足袋屋を営みながら暮らす、下町の日本家屋を繊細につくりあげた。

かなりエイジングが施された日本家屋

家族とは関係がうまくいっておらず、仕事でも悩みを抱える神崎昭夫(大泉洋)。心身ともに疲弊した昭夫が訪れたのは東京下町・向島にある実家。母・福江はここで暮らしながら、足袋屋「かんざき」を営んでいる。
「モデルになる足袋屋さんが向島にあって、山田監督と一緒に取材にうかがいました。監督からは『ちょっと洒落た造作が欲しい』というリクエストがあったので、数奇屋づくり風で、格子や欄間などの建具で粋な雰囲気を出そうと考えました」
古い日本家屋だが、福江は几帳面な性格であるため手入れにも余念がなく、建物の状態はいい。

家には庭がふたつあり、風通しの良さを感じさせる。「庭が欲しいというのは監督のリクエスト。ところが実際の向島だとどこも隣の家が迫っていて、ぎゅうぎゅうなんです。そこで、お隣の庭も借景にして、狭いながらも庭感が出るようにしています」

「いつもよりもかなりエイジング(建物などを古く見せるために汚す技法)を施しました。日本家屋なので木の質感に気を配って、柱や階段などはツヤ感をいつもより出すようにしたんです。それは、福江さんが毎日お掃除をして磨いているから、という設定です」
そんな福江だが、最近はボランティアの活動に忙しい。その影響は、ディテールに表れている。
「『忙しくて手入れが行き届かず、ちょっと散らかっている』感じを装飾部に出してもらいました。階段や棚の上などに、雑然と物が積み重ねられています」

店舗スペースの壁には大相撲の番付が。顧客に力士がいることをさりげなく伝えている。

暖簾や提灯などの文字は、専門のスタッフさんの筆によるも
の。「東宝スタジオには、撮影で使う文字なら何でも書いて
くれる専門職の字書き屋さんがいるんです。かつてお願いし
ていた方が高齢のために引退されたので、弟子にあたる方に
書いてもらっています」

足袋を縫うミシン。「足袋をつくる工程には、本来5台ほどのミシンが必要だそうです。5台置くとさすがに場所をとりすぎちゃうので、3台置いています」

高校時代まで昭夫が住んでいた部屋は二階にある。 「昭夫が実家を出て行ってから時間がだいぶ経っているのですが、現在でも福江さんが整理する決心がつかず、デスクや棚がそのまま残っているという想定です」
その言葉の通り、任天堂のファミリーコンピュータの箱やフラワーロックなど、昭夫の青春時代の名残をそこかしこに垣間見ることができる。
「80、90年代ぐらい、ちょうど昭夫がここで過ごしていたであろう時期に流行ったものを調べて、多めに飾ってもらいました」

若き日の昭夫のキャラクターをほのかに感じさせる部屋。「何でも手を付けてみるタイプで、ギターをやったり、映画が好きだったりと、わりと多趣味だったんでしょう」

ぱっと見では気づかないかもしれないが、居間の広さにも細やかな気遣いが発揮されている。
「不自然に家を広くは見せたくないけれど、登場人物たちが集うシーンはある程度の広さがないと撮影ができない。そこで半畳の畳を2枚つくって足しています。ほかの監督の現場では多少広くてもOKになることが多い。 でも山田監督は肉眼で見えるものに違和感を感じると、はっきりとそれを指摘する。
建てている途中に見にいらして、セットに入った瞬間に『広すぎる』とおっしゃることもある。『この後、道具が入るので、もっと狭く見えるようになります』と説明して、仕上がってからまた見てもらい、台本に沿って助監督にセットの中を動いてもらい確認してから、ようやくOKが出る。
かつては建て終わってからNGが出て、壁を切ったこともありました(笑)。山田監督の作品では繊細につくり込んでいかないと、やり直すことになってしまうんです」

福江の家は、欄間や障子など、細かいところまで洒落ている。「『福江さんの実家が、もともと小料理屋みたいなことをやっていて、そこに出入りしていた大工さんがこの家をつくった』という裏設定があるんです。それで小料理屋風のちょっと粋な意匠が施されているんです」

日本映画界を代表する巨匠、山田洋次監督の現場だからこそだろう、ほかの作品より時間をかけられたことは完成度に帰結した。
「スケジュールは余裕を持って組まれていて、セットの建て込みの時間もたっぷりもらいました。つくるセットの分量は多いけれど、建て込み前の準備期間も多めにとってもらえるのでじっくり構想を練ることができる。
今回は、装飾の湯澤幸夫さん、セットを建ててくれた東宝スタジオの大道具さん、塗装の方々……。みなさんがずっと作業に付き合ってくれて、細かいところまで突き詰めてもらえたので、すごくいいものができたと感じています」

「ちょっと洒落た造作を」という監督のリクエストに応えた一例が、向こうが見えるこの間仕切り格子の削り痕。「これは名栗(なぐり)といって、釿(ちょうな/斧の一種)で削った独特の削り痕を残す加工技術です」

東京の下町、墨田区向島に建つ一軒家。間取りでいうと、店舗スペース+5DK。築60年が経過しているものの、福江の手入れが行き届いていて建物の状態はいい。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#144(10月号2023年8月18日発売) 『こんにちは、母さん』の美術について、美術・西村さんのインタビューを掲載。
プロフィール

西村貴志

nishimura takashi
72年静岡県生まれ。95年に松竹大船撮影所入社。08年に『犬と私の10の約束』で美術としてデビュー。『空飛ぶタイヤ』(18) 、『キネマの神様』(21)で日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞した。近作に『ウェディング・ハイ』(22)、『シャイロックの子供たち』『銀河鉄道の父』(ともに23)がある。
ムービー

『こんにちは、母さん』

監督/山田洋次 原作/永井愛  脚本/山田洋次 朝原雄三 出演/吉永小百合 大泉洋 永野芽郁 YOU 枝元萌 宮藤官九郎 田中泯 寺尾聰 ほか 配給/松竹 (23/日本/110min) 会社、家庭、さまざまな問題を抱える神崎昭夫は、久しぶりに母・福江が暮らす実家に帰る。すると、かつて割烹着を着ていたはずの母親が、艶やかなファッションに身を包み、イキイキとしているではないか。おまけに恋愛までしていると知って……。9/1~全国公開 ©2023「こんにちは、母さん」製作委員会
『こんにちは、母さん』公式HP
https://movies.shochiku.co.jp/konnichiha-kasan/
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