Room121  

2021.12.24

認知症の父親と、老いた母親が暮らす

団地の一室

監督 奥田裕介

横浜黄金町で、地元の人々に愛されてきた映画館、シネマ・ジャック&ベティ。30周年を迎える2021年、劇場主導で映画が制作された。監督は同館で作品を上映していた縁もあり、白羽の矢が立った奥田裕介監督。『誰かの花』の生活感あふれる部屋はどのようにつくられたのか。

団地住人の方々の協力で可能になった撮影

シネマ・ジャック&ベティは作家性の強い作品を数多く上映してきた映画館。そのテイストを反映してか、奥田監督が『誰かの花』をつくるにあたり、突きつけられた条件は「横浜で撮影する」というものだけだった。
「条件がなさすぎて、最初はこちらが気にして、劇中にシネマ・ジャック&ベティを登場させた方がいいんじゃないかと忖度して脚本に書いたぐらいなんです。でもそれは逆に失礼にあたると思い、改めました」 『誰かの花』は、とある団地が舞台。ベランダから落ちた植木鉢が住人を直撃、その真相をめぐって、ひとりの男性の葛藤が描かれていく。

「長編を監督するのは2作目なのですが、1作目から変わっていないのが、善意から生まれた悲劇を描きたいということ。良かれと思ってやったことが裏目に出て、事故や事件につながってしまうことが世間にはある。僕としては、『不確かな罪』と個人的に呼んでいるそんな悲運、その先にある救いまでを描きたいんです」
今作の撮影は横浜の竹山団地で行われた。多くの人々が暮らす団地での撮影はプロすら敬遠するほどの困難さがあるという。ところが奥田監督の父の知人のつてで、住人の協力が得られることになり撮影が可能となった。その幸運から、本作はリアルな空気を獲得することに成功する。

団地の外観。奥田監督は横浜生まれ、横浜育ち。「横浜はキラキラした印象が強いかもしれませんが、住まう分には意外と不便。でも僕は、その少し不便なぐらいの横浜が好きなんです」(奥田)

「かつて制作部で働いていたときも、自主映画をやっていたときも、『スタッフの誰かの家を借りたんだろうな』という作品をたくさん観ては、部屋にリアリティが欠けているところが気になっていたんです。今回は、まさか現役で使用されている団地が借りられるとは思ってもいなかった。せっかくの機会ですし、予算がない中でどうリアルに飾りつけられるかを考え抜きました」
住人の中にはシネマ・ジャック&ベティのファンもいて、その方々の協力を得られることができた。そのおかげで撮影候補地となる住居が数軒挙がる中、ロケハンした奥田監督はついにイメージに近いお宅とめぐり合うことに。
「ここで撮影をさせてくださいとお願いしたら、『じゃあ、掃除しておくわね』と言われて、『いや、掃除しないでください』と(笑)。なるべく人が暮らしている状態を保つように、そのまま生活していただきました。束になった雑誌が床に置かれているような生活感を残しておいてもらいたかったんです。そこから美術部と相談しながら、個人情報など写してはいけないものを隠したり、登場人物の匂いを放つアイテムを配置したりと、足し算・引き算してつくっていきました」

ふたり暮らしなのに食器など、ものが多いのはマチのキャラクターを反映したところ。

本作は竹山団地の様々な場所で撮影された。主人公・孝秋(カトウシンスケ)の両親、忠義(高橋長英)、マチ(吉行和子)の住まいも4つの物件を駆使して描かれているが、メインとなる芝居場は、とある棟の上層階の住居だった。 「とにかくスペースに限りがある。団地のご協力で機材などは階段に置かせいただきましたが、撮影シーンによっては出演者の控え室は実際に住まわれている方のお部屋をお借りすることもありました。家主さんにもご不便をおかけしたこと申し訳ない気持ちでした。その気持ちを汲んでいただき長英さんも吉行さんも家主さんに色々とお話されたり、差し入れをしたりなどお気遣いいただき感謝しています。家主さんにとって吉行さんは憧れの存在だったようで、あとから『夢のような時間だった』というお言葉をもらえてホッとしました」

忠義用のお薬カレンダー。忘れず服薬するため、日ごとのポケットに薬を収納している。

忠義は認知症を患っているという設定。装飾によってリアルさが演出されている。 「部屋の至るところに、引き出しの中にしまっているものや電話の使い方を記した貼り紙を配置しました。認知症を患う前のしっかりしていた忠義はチマチマした気配りが嫌いで、「こんなに貼るんじゃない」とマチに苦言を呈していたけれども、いまは自分のせいで貼られている、という設定です。高齢化にともなう皮肉な変化を表現できたらと考えました」

認知症の夫・忠義のために、マチがつくったイラスト入りの貼り紙。

忠義が使用する介護用のベッド。寝室全体を茶色のトーンに寄せたのは、忠義が落ち着ける空間として描写するため。

ふたり暮らしにも関わらず、ものが多い室内。これは、マチのキャラクターを反映させる演出 「仏壇にいろんなものが置いてあるのは、うちの実家からヒントを得ています。仏教だったはずなのに、キリスト教信者のアイテムが供えられたりしているんですよ。『この子だったら気に入るわよね』という母親独特な感覚で、なんでも乗せちゃう(笑)」 キャストの繊細な芝居も、本作の見どころのひとつだ。 「登場人物の視線ひとつとっても、観る人によってそれぞれの想像を喚起するものになればという気持ちを込めています。そういう意味では、この映画は自宅のDVDで観るのに適していないのかもしれないですね。実は1作目も、DVDリリースや配信をしていません。僕の映画は、やっぱり映画館で観て欲しいんです」

亡くなった長男の仏壇。劇中では「紅葉がきれい」という理由でマチが拾ってきた葉っぱが供えられる。

高度経済成長期に造成された団地にある1LDKの住居。もとは2DKだったが、ダイニングキッチンと隣室をひと続きの空間にリフォームした痕跡が見られる。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#134(2月号2021年12月18日発売) 『誰かの花』の美術について、監督・奥田さんのインタビューを掲載。
プロフィール

奥田裕介

okuda yusuke
86年生神奈川県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)を卒業。ドキュメンタリー映画の構成、ミュージックビデオの脚本・監督、舞台の脚本提供や作・演出など多岐にわたり活動。17年に『世界を変えなかった不確かな罪』で長編映画初監督。
ムービー

『誰かの花』

脚本・監督/奥田裕介 出演/カトウシンスケ 吉行和子 高橋長英 ほか 配給/ガチンコ・フィルム (21/日本/115min) 孝秋は、薄れゆく記憶の中で徘徊する父・忠義、そんな父に振り回される母・マチのことが気がかりで、実家の団地を訪れる。強風吹き荒れるある日、ベランダから落ちた植木鉢が住民に直撃するという事故が起きる。「誰かの花」をめぐり、偽りと真実が交錯し始めて……。12/18~24シネマ・ジャック&ベティで先行上映、1/29〜シネマ・ジャック&ベティ、渋谷ユーロスペース全国順次公開 © Copyright 横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会. All Rights Reserved
『誰かの花』公式HP
http://g-film.net/somebody/
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