Room90  

2019.5.24

記憶を失っていく父との

7年を過ごす家

美術監督 丸尾知行

記憶を失っていく父とその家族の7年間を描いた『長いお別れ』。「小さいおうち」でも知られる中島京子の小説を映画化した本作でメガホンを握るのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞主要6部門をはじめとする多くの賞を受賞し、最も次回作が期待される中野量太。父の認知症を知り、それぞれが人生の岐路に立ちながらも、笑って泣いて前に進む家族。その暮らしを美術監督の丸尾知行さんは細やかに表現した。

家族がともにいた年月を部屋の中へ映していく

認知症を患い、ゆっくりと記憶を失っていく父・昇平(山﨑努)。家族が父とのお別れまでの7年間を過ごしたのは、長年暮らしてきた家だった。
『チチを撮りに』『湯を沸かすほどの熱い愛』と、これまでの中野量太監督作品でも家はもうひとつの主人公といってもいい重要な役割を担ってきた。本作に登場する東家は、東京都の小田急線の登戸駅と狛江駅の間くらい、多摩川の近くに建っている一軒家という設定だ。実際は、千葉県野田市のロケセットで撮影されたという。

ぬれ縁は美術で新たにつくり足した。この縁側で、夢も恋愛もなかなかうまくいかず悩む芙美が、父と会話を交わすシーンに登場。

「この家は築35年くらいの設定なのですが、35年という年月は微妙なんですよ。“ちょっと古い”くらいの感じだから、見た目にわかりやすく『木造の昔風の家』とかにしてしまうとイメージと合わない。昇平のキャリアを考えると、家を買ったのは高度成長期が終わって、バブルが始まる前くらい。当時はこのロケセットのようなモルタル壁の建売っぽい家が一般的だったのではないかと思います。いまの建売は少し小さめのようですけど、時代を考えるとこの5SLDKくらいの広さが多かったんじゃないかな」

リビングのテレビは、丸尾さんの事務所・ジョイアートにあるテレビを持ち込んだそう。「製造年がちょうどよくて持って行きました(笑)」。

家族の思い出がここそこに施された装飾。姉の麻里と妹
の芙美がまだ子どもだった頃の家族写真も飾られている。

「丸尾さんの美術は、見せる美術でなく、見える美術だから、僕は信頼しているんです」と中野監督。とにかくリアルであることにこだわっていた中野監督のリクエストを受けて、丸尾さんは細部に家族の生活の匂いを落としている。
「このロケセットは、飾りやすさや生活感を出しやすいところが良かった。当初壁には、もとの家主さんがお面を飾っていてその跡が残っていたんです。それはそれでおもしろかったんだけど、この作品の家族には合わないので、壁紙は貼り直しました。年月を感じとれるように壁に汚しをいれたのですが、一度監督に見てもらうと、もっと汚して欲しいと言われて。きれいすぎたのかな(笑)? 天井なども含めて、さらに丁寧に汚しを入れていきました」
2007年からの7年間の物語の中で、丸尾さんは「大きな変化はつけなかった」のだとか。

部屋全体は誰しも馴染みやすい色合いを意識して、暖色系のカーテンなどで暖かい雰囲気を演出。

中野監督は特に台所周りの装飾にはこだわっていたのだとか。ものを少しずつ足したり引いたりしながら、年月の流れを表現した。

「7年というのは家のなかが大きく変わるような年数ではないんです。もう少し前の時代ならテレビをブラウン管にするなど、変化をつけやすいのですが。ですから室内には、装飾の吉村昌悟さんが、年月が経つにつれてものの配置を変えたり、ものを増やしたりして、不自然にならない程度に時の経過を表現しています」

2階には昇平の書斎や、娘たちが昔使っていた部屋などがある。
「昇平は以前中学の校長で、国語の先生だったので、書斎の本棚には幸田露伴や夏目漱石、宮沢賢治などの古書を並べました。本来もっと新しい本を並べてもいいんでしょうけど、それよりも雰囲気的にはこれが良かったなと思います」

中学校の校長を務め、国語教師でもあった父の書斎には、教育関係の本や、古書が並ぶ。

また、劇中には、フードトラックで移動販売をしながらカフェを開く夢を持っている次女・芙美(蒼井優)と、夫の転勤で息子ととものアメリカに移り住んでいる長女・麻里(竹内結子)の住まいも登場する。
「芙美が暮らすアパートは料理ができる人のキッチンを意識しました。料理好きな人はガスコンロを使うだろうとか。そういう細かい部分には気を遣っています。一方、姉の麻里の家のリビングの水槽にいる魚はフラワーホーンという熱帯魚で、『ルパン三世』(14・北村龍平監督)で峰不二子の部屋に飾ったのと同じ魚なんですよ。水槽に指を近づけると魚がついてくるのが面白くて、お芝居でも活用してもらえるんじゃないかなと考えました」

広い庭のある5SLDKの一軒家。1階には窓も多く、和室にはそれぞれぬれ縁、広縁があり、陽の光も気持ちよく入りそう。夫婦ふたり暮らしとなると、少し寂しさを感じる広さがまた物語の背景に重なる。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#118(2019年6月号 4月18日発売) 『長いお別れ』の美術について、美術監督 丸尾さんのインタビューを掲載。
プロフィール

丸尾知行

maruo tomoyuki
53年生まれ。『祭りの準備』(75)で美術助手として映画界入りし、ATG、円谷プロを経て独立。『CURE』(97)、『鮫肌男と桃尻女』(99)、『ドラゴンヘッド』(03)、『どろろ』(07)、『トウキョウソナタ』(08)、『余命1ヶ月の花嫁』(09)、『ルパン三世』(14)など、数多くの作品に携わる。近作に『PとJK』『彼女の人生は間違いじゃない』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『最低。』(すべて17)、『ここは退屈迎えに来て』(18)などがある。
ムービー

『長いお別れ』

監督・脚本/中野量太 原作/中島京子 脚本/大野敏哉 出演/蒼井優 竹内結子 松原智恵子 山﨑努 配給/アスミック・エース (19/日本/127min) 70歳になる父の誕生日。アメリカに住んでいる長女・麻里と夢を追いながらもうまくいかない次女・芙美は、誕生日パーティを開くからという母の頼みで帰省する。久しぶりに家族4人で囲む食卓。そこで告げられたのは、厳格な父が認知症になったという事実だった……。5/31〜全国公開 (C)2019「長いお別れ」製作委員会
『長いお別れ』公式HP
https://twitter.com/nagaiowakare_mv
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