Room143  

2023.10.25

作品の構想が壁一面に広がる

デビューを目前にした映画監督の部屋

美術 渡辺大智

『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞最優秀監督賞、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で第12回アジア・フィルム・アワード監督賞を受賞するなど、日本映画を牽引する石井裕也監督。最新作『愛にイナズマ』は、夢だった映画監督デビューを目前で潰されてしまう花子(松岡茉優)の奮闘と、ふとしたことから花子と運命的な出会いをする舘正夫(窪田正孝)の恋愛物語でもある。今作の美術を手がけたのは『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』に続き、石井監督の作品へ参加した渡辺大智さんだ。

アナログな絵コンテも、彼女のひとつの個性の表れ

夢だった映画監督デビューを間近に控えた花子。彼女が住む家は猥雑とした東京近郊にあるという設定。撮影は横浜のど真ん中にあるアパートでおこなわれた。
「あの部屋が割合早い段階で見つかってラッキーでした。決め手は部屋から空が見えないこと。あと入った瞬間に、住むための部屋にもなるし、アトリエにもなるという空間性をすごく感じて、『ここだったらこもれるな』と思いました。それは個人的な見方で、自分が引越した感覚で見ていたんです。『俺だったらここをこういう風につくり変えて住むな』というイメージでした」

部屋の壁には、撮影予定の映画の絵コンテがところせましと貼ってある。
「それこそいまはパソコンとスマホだけあれば十分という人が多いじゃないですか。いまの子達の部屋は本当にモノがない。個性がないというか、そういう部屋をつくりたいわけではなかった。絵コンテにしても、筆や絵の具を使って描くというアナログな作業でつくることが彼女のひとつの個性。花子にとってはそれも作品で、それらを貼る壁はキャンバス。そういう芸大生的感覚があるんです」
ふすまや扉を取り払っているなど、型にはまらない、やや粗雑なキャラクターが垣間見える一方で、大量の絵コンテは整然と壁に貼られている。
「あえてそうしました。花子はいま取り組んでいる映画のイメージを限界まで突き詰めている。そこまでやっている映画監督を見たことないです(笑)。だから実は、すごく真面目なんです」

コンテが貼ってある壁。「赤く塗ってありますが、これは花柄のテクスチャーが入った布です。壁に直接貼り付けるわけにはいかないので、布をベニヤに貼ったうえで設置しています。『友達が舞台で使った布をもらってきた』というような設定です」

花子は自分の母親を題材にした映画づくりを進めていたが、プロデューサーの裏切りにより企画を奪われてしまう。
「怒りがすごく充満している世界ではあるんですが、『じゃあ、この住まいを怒りの空間にしちゃえ』というのは安直じゃないですか。石井さんともそれを話して、『ポップにしましょう』となりました。彼女の撮っている映像からは、そこまで怒りを感じないけど、その行動のきっかけは実は怒り。そのあたりは、あえて変化球で表現しています」
部屋の一面は真っ赤。花子の好きな色であり、作品全編を通じたキーカラーにもなっている。
「生命を感じさせるためにも赤がいいと思いました。結局どん底までいっても花子は屈しない。たぎるものがあるんです」

貼ってある絵コンテは、本職のイラストレーターの手によるもの。「その場で描くことに意味があると思ったので、撮影の2、3日前にはセットを完成させて、その子に1日作業の時間を提供しました」

壁全面が赤く彩られているわけでもないところには理由がある。
「最初は全部赤く塗ってしまおうと思ったのですが、それをやり切れる人はきっと『成功する人』なんです。花子は自分自身にも、自分の常識にも自信を持てていない。だからプロデューサーにやり込まれる。やり込まれて自分を押し殺して成功する人はいるけど、花子はそういうタイプじゃない。そう考えると、全部赤には塗れませんでした。彼女には足りていない部分がいろいろあるけど、逆にそれは未来があるということでもあるんです」
ライトスタンドなど、かわいらしいアイテムも散見するが、その配置には細心のバランスがとられている。

電灯の紐スイッチの先につけられた恐竜のおもちゃ。「今回、リサーチにインターネットを使っていないのですが、これだけはネットで探しました。大英帝国博物館のお土産品です。海外のオークションで売っているのを見つけて、『これだ!』と思い、手に入れました」

「昭和レトロなものが増えていくと、かわいらしさを通り越して、個性が立ち過ぎてしまうんです。安価に大量生産されている最近のモノと違って、昭和のものはコップひとつとっても1個1個のデザインに時間をかけてつくられてることが多い。いまそれがまた流行りつつあって、実際、若いコレクターの方もいますけど、そういうものをどんどん採り入れていくと、それが個性になってきて、『そういう世界にいたい人』の部屋になってしまうし、最終的にはその世界観に喰われてしまう……。そのためバランスを見て配置しました」
もともと装飾として活躍していた渡辺さん。美術を担当するうえで、その利点は少なくない。

部屋に吊るされた、たまのれん。「『感覚的に動いちゃってる人』を象徴するアイテムです。どこかの街で見かけて、『お財布に3,000円しか入ってないけど、1,200円だから買っちゃうか』って感じで手に入れたんでしょうね。花子のにはその軽さがあるんです」

「美術をやっているとき、装飾の発想から入ることもできるんです。『小道具を集めるのはどうせ俺だし』『なんなら飾るのも俺だし』と思いながらデザイン画も描いてました。毎回、自分が美術をやるときは、小道具も俺がやるんです。その分、作品に没入できます。もちろんその『俺』はうちの会社に属してくれているメンバー、一緒にやってくれているチームを含めての話です」
渡辺さんが今作へ参加した理由は、やはり石井監督と一緒につくるということが大きかったようだ。

正夫の部屋。吊るされているのは、劇中での象徴的なアイテ
ム、マスク。「石井さんは顔とマスクのバランスが崩れてい
る画を撮りたかったのですが、窪田くんは顔がちっちゃくて
、リアルなサイズだとコミカルにならなかったんです。マス
クは洗う度に小さくなるので、いいサイズのものをつくるの
が大変でした」

「単純に一緒にいて面白いんです。もちろん石井監督の映画が、観たときに自分の中にすっと入ってくる感覚があって、それも大きいんですけど。『すっと入ってくる』ということは、お互いが持っているニュアンスがすごく近いのかなと思う。例えば笑う感覚って人によって違うけど、石井さんとだったら、常に笑っていられるんです。会話をしていても『分かる?』みたいな感じで最後に笑いがくる。俺と石井さんにしか分かってない瞬間もあるんです」

花子の実家は、アパートとは対照的に開放感がある。「ロケ
ハンに行って石井さんが『ここでやろう』と即決した、壁が
4面とも開けている民家です。できることなら、故郷を持つ
人誰しもが『自分の田舎に見える』という空間に持っていこ
うと思いました」

東京のはずれ、猥雑な地区に建つ2Kのアパート。部屋の間や押し入れのふすま、扉は、すべて取り払われている。窓の外にはビルが立ち塞がり、空は見えない。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#145(12月号2023年10月13日発売) 『愛にイナズマ』の美術について、美術・渡辺さんのインタビューを掲載。
プロフィール

渡辺大智

watanabe daichi
81年東京都生まれ。装飾として『るろうに剣心シリーズ』(12-21)、『3月のライオン』(17)、『ケイコ 目を澄ませて』(22)など、美術として『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)、『狼煙が呼ぶ』(19)、『はい、泳げません』『LOVE LIFE』(ともに22)などを手がけている。
ムービー

『愛にイナズマ』

監督・脚本/石井裕也 出演/松岡茉優 窪田正孝 池松壮亮 若葉竜也 佐藤浩市 ほか 配給/東京テアトル(23/日本/140min) 夢だった映画監督デビュー目前で、すべてを奪われた花子。イナズマが轟く中、反撃を誓った花子は、運命的に出会った恋人の正夫とともに、10年以上音信不通だった家族のもとを訪ねる。ダメダメな家族が抱える“ある秘密”が明らかになった時、物語は思いもよらない方向に進んでいく……。10/27〜全国公開©2023「愛にイナズマ」製作委員会
『愛にイナズマ』公式HP
https://ainiinazuma.jp/
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