Room141  

2023.8.25

「優等生」を演じる女子高生

趣味のコレクションに溢れる屋根裏部屋

美術 REN

汐見夏衛による小説「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」が映画化。学校ではマスクが手放せず、自分の意見を表に出さない茜(久間田琳加)と、自由奔放で画家を目指す青磁(白岩瑠姫/JO1)。正反対なふたりが紡ぐラブストーリーというファンタジックな世界観を、美術のRENさんはどう彩ったのか。

良いか悪いかは別として、違和感がある方が記憶に残ると思うんです

今作でメガホンをとるのは、『劇場版 美しい彼~eternal~』のヒットも記憶に新しい酒井麻衣監督。RENさんは「監督からは『茜はアンティークが好き』といったキーワードをもらっていたので、それに肉付けしたり、足し引きをして、コミュニケーションをとりながら美術を構築していきました」と振り返る。
茜の家庭はステップファミリーという設定。茜の母・恵子(鶴田真由)は前夫と離婚して、喫茶店を経営する隆(吉田ウーロン太)と再婚し、一緒に暮らしている。その住まいは「店舗と居住区域が分かれていて、双方が廊下でつながっている」という風変わりなものだが、それは監督からの強いリクエストであり、脚本の第1稿から書かれている設定だった。

「実際にその位置関係で建っている物件はあまりないので、別々のロケ地で撮影して、あとでつながっているように見せることも考えました。制作部でロケハンをして、いくつか監督に見せていたのですが、『街の純喫茶というよりは、ちょっとファンタジック要素も欲しい』という要望もあり、イメージとなかなか合わず、提案は次々に弾かれていきました。イメージ的に近かった物件も、演技をするうえで動線の都合が悪かったりして、ロケ地探しは難航しました」
そんなとき、RENさんの目に留まったのが東京・国分寺で営業している「カフェおきもと」。
「イメージにピッタリだと思いました。茜の部屋は屋根裏にあるという設定だったので、洋風建築の物件を探していたのですが、おきもとさんを見学した際に『こっちにももう1棟ありますよ』と渡り廊下でつながった離れを見せていただけたんです。そちらは和風の古民家みたいな感じで、洋館の方とはまったく違う。『これはこれで面白いよね』となりました」

茜の継父・隆が経営する「喫茶サン」。酒井監督からは「ジブリっぽい感じがいい」というイメージも伝えられた。「『耳をすませば』に出てくる地球屋という骨董屋さんはギャンブレル屋根といって、2段階に勾配がきつくなる屋根のデザインがポイント。カフェおきもとの屋根もギャンブレル屋根なんです」

実はこの建物は戦前からある由緒ある建築物だった。
「後々調べて分かったことなのですが、ここは国登録有形文化財『沖本家住宅』を改装して、喫茶店にしているそうなんです。洋館は昭和初期に建てられ、その後、和館が増築された。
監督からも『いいですね』とゴーサインをもらって、やっと映画の世界観の核になる家が決まりました。お店紹介でメディアに登場したことはあっても、ここでお芝居を撮ることは初めてと分かったので、みんなもさらに喜びました」

茜の部屋は、制作部が探し出した、また別の物件で撮影された。ぱっと見、出入り口がない不思議な空間だ。
「映画は、この部屋で茜が起きて出かけるシーンから始まります。観ている人が『どうやって部屋から出るんだろう?』と思っていると、壁一面を占めた本棚の一部がパカっと開く。この仕掛けは監督も面白がっていました」
今作の美術で重要なポイントのひとつは「色」。監督はワンカット、ワンカットの色にこだわりを持っていた。

茜の部屋の印象的なステンドグラス。「朝の光、月光が差し込むシーンを、ステンドグラスでうまく表現できないかなと考えました。純喫茶の方にも同じテイストのステンドグラスがあって、同じ建物であることを表現しています」

「茜は暖色系、青磁は寒色系。劇中に登場する夕景や朝焼けは、ふたりのキーカラーが混ざり合うようなイメージがあったと思います。茜の部屋のインテリアにもその色味を配しています。
ただ、あまりにもカラフルだと観ている人が、『茜はハッピーで満ち足りている』ととらえてしまう可能性があったので、そこまでには見えないよう留意しました。憂いみたいな要素を少し取り込もうという意識は美術だけではなく、照明や仕上げの色調整など通じて保たれていたと思います」

茜の部屋の家具は、実は高価なものだそう。「リアルな高校生の部屋にすると無味乾燥な空間になってしまうので、ちょっと飛躍させたところもあります。装飾部さんが取り寄せてくれたコーヒーテーブルは、ヨーロッパのアンティーク。『ちょっと頑張りました』と言っていました(笑)」

本好きの茜らしいスペース。「『自分で集めた本棚いっぱいの本のなかから好きなものを選んで、このラグの上で読む』というスペース。茜の本棚から見て部屋の反対側には移動できていないお父さんの本や趣味のグッズが残っています」

酒井監督との仕事は、RENさんにとって新鮮だった。
「美術を手がけるとき、僕は理詰めで考えていって、計算でやろうとしてしまう。一方、酒井監督はバックグラウンドを考えつつも、ポンとひらめいたビジュアルを提示してくれる方。
監督の『とにかく色で溢れさせたい』というシンプルな発想は僕からは出てこないので、乗っかれるところは乗っかるようにしました。色味というものは全体を整えると、『うん、そうだよね』というくらいの平凡な印象になってしまう。良いか悪いかは別として、ちょっと違和感がある方が記憶に残ると思うんです。そうやってイレギュラーなところがありつつ、最後は少し整えるようにしながら取り組みました」

ホールとキッチンがそれぞれふたつ、2階にはふたつの洋間、さらに屋根裏部屋がある洋館と、和室を3つ持つ和館の2棟からなる、店舗兼住居。廊下が2棟をつなげている。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#144(10月号2023年8月10日発売) 『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』の美術について、美術・RENさんのインタビューを掲載。
プロフィール

REN

ren
85年生まれ。斉藤岩男氏、相馬直樹氏の助手を経て、今作で劇場映画デビュー。近作にHuluオリジナルドラマ『あなたに聴かせたい歌があるんだ』などがある。
ムービー

『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』

夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく 監督/酒井麻衣 原作/汐見夏衛 脚本/イ・ナウォン 酒井麻衣 出演/白岩瑠姫(JO1) 久間田琳加 箭内夢菜 吉田ウーロン太 今井隆文 / 上杉柊平 鶴田真由 配給/アスミック・エース (23/日本/100min) 学校ではマスクが手放せず、周囲の空気ばかり読んでしまう「優等生」の茜。 自由奔放で絵を描くことを愛する、銀髪のクラスメイト・青磁。 何もかもが自分とは正反対の青磁のことが苦手な茜だったが、 彼が描く絵とまっすぐな性格に惹かれ、茜の世界はカラフルに色づきはじめる……。9/1~全国公開 ©2023『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』製作委員会
『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』公式HP
https://yorukimi.asmik-ace.co.jp/
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