Room124  

2022.3.4

親子のような、恋人のようなふたりが過ごす

東京のビルの谷間に建つマンション

監督 中村真夕

コロナ禍の東京を舞台に描かれる心理スリラー『親密な他人』。行方不明になった息子を探すシングルマザーの石川恵(黒沢あすか)の元に現れた謎の青年・井上雄二(神尾楓珠)。恵は雄二を自宅に住まわせるが、ふたりはやがて不思議な関係になっていく……。本作のおもな舞台となるこのマンションに、中村真夕監督はさまざまな仕掛けを施した。

様々なメタファーが込められた室内空間

映画の大半がマンションの一室で展開する、密室劇の要素が強い本作。主人公・恵が住んでいるのは、新宿区にある古いマンションという設定だ。
「恵は外ではマダム風だけど、そこまで裕福ではない。とは言え、高級住宅街のベビーグッズのショップで働いていて、そこそこの稼ぎはある。だから都心に住めるんです」
そんな恵に近づいてくるのが、行方不明になった息子の知人を名乗る雄二。だが、彼はオレオレ詐欺グループの一員だった。
「わたしは海外生活が長いせいか、オレオレ詐欺を初めて知ったとき、日本独特の犯罪だなと感じました。いい歳をした息子のために、高齢の母親がなけなしの金を差し出すなんて欧米社会では考えられない。しかも、装うのはほぼ男性で、女の子はあまりいない。息子に対する母親の並々ならぬ愛情や執着は、日本……というか、アジア特有のものだと思います」

恵はマンガ喫茶に寝泊まりしているという雄二を、自宅に住まわせる。その空間はリアリティというよりも象徴的な仕掛けを優先した。
「撮影の辻智彦さんと話して、ふたりが共用するダイニングキッチンは白、恵の部屋は赤、雄二にあてがった部屋は青と、キャラクターによって色調を変えました。そのカラースキームは衣装にも反映されています」
恵の住まいを女性の身体のイメージに重ね合わせたところも中村監督がこだわったポイント。アイデアを伝えるために、美術の小林美智子さんに、あるアーティストの作品を見せたという。
「ルイーズ・ブルジョワ(六本木ヒルズの巨大なクモのオブジェなどで知られるアメリカのアーティスト)の作品です。彼女の作品には女性の肉体を彷彿させるような部屋があるんです。ほかには毛糸をぐるぐるまきにした人形みたいな作品も。若干怖いんですけど、わたしはとても気に入っています」

机の上に置かれているのは、消息を絶った恵の息子・心平が所有していたマンガなど。

また、部屋に掲げられた絵も恵の心理を解くヒントに。
「壁にはウィリアム・ブレイクの絵画『憐み』が飾ってあります。ブレイクは、オカルトっぽい詩や不思議な絵を描いていたイギリスのアーティストで、この絵のオリジナルはテートギャラリーの所蔵。題材は戯曲『マクベス』のワンシーンから取られていて、天使に子供を奪われている女性が描かれている。ちょっと怖い絵で、映画のイメージに合っていると思って配しました。絵が登場する映画って最近あまり観ないですけど、以前はたくさんあった気がするんです。実相寺昭雄監督作品を始め、60~80年代につくられていたATG(日本アート・シアター・ギルド)の映画でよく見かけたような……」
ブレイクの絵「憐み」が飾られた恵の部屋。偶然だが、中村監督がイギリスで通った高校の校歌の詞はブレイクのものだったそう。

無事今作をつくり終え、中村監督の感慨もひとしおだったようだ。 「ずっと企画を温めていた分、恵と一緒に暮らしてきた気分でした。わたしの妄想のなかだけで生きていた女性がついに、ロケセットのマンション、美術、小道具、衣裳の力を借りてリアルに浮かび上がった──そんな感覚を味わうことができました」
恵と雄二は別々の部屋で寝ているが、ふすまを挟んで、ベッドと密着するように布団が敷かれている。異様さを狙った演出。

当初の設定にはなかったものの、「青い鳥」をイメージし
て小林さんが持ち込んだ鳥かご。

「この押し入れが象徴するのは子宮。カーテンをつけるというアイデアにはきっかけがあります。日本で初めて婦人科に行ったときのこと。診察台に横たわると、お腹あたりに天井カーテンが降りてきて驚いたんです。ニューヨークにそんな装置はない。日本人の奥ゆかしさというか、恥じらいを象徴するような仕掛けですね」(中村)

家具は美術の小林さんが所属している美術会社のもの。
このランプも同様。「暗い部屋で点灯させると赤い光を放
って、より妖しい雰囲気になります」(中村)

新宿副都心の高層ビル群の裏手に当たる谷間に建つ2DKのマンション。都心にしては家賃が10~12万円程度と安価。その理由は50年余になる築年数のため。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#134(4月号2022年2月18日発売) 『親密な他人』の美術について、監督・中村さんのインタビューを掲載。
プロフィール

中村真夕

nakamura mayu
コロンビア大学大学院を卒業後、ニューヨーク大学大学院で映画を学ぶ。06年、映画『ハリヨの夏』で監督デビュー。近作にドキュメンタリー『孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~』(11)、『ナオトひとりっきり』(14)、『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』(20)など。22年は『ナオトいまもひとりっきり2020』『ワタシの中の彼女』が公開予定。
ムービー

親密な他人

監督・脚本/中村真夕 出演/黒沢あすか 神尾楓珠 ほか 配給/シグロ (21/日本/95min) 行方不明になった息子・心平を探すシングルマザー・恵の前に、消息を知っていると語る謎の青年・雄二が現れる。恵は怪訝に思いながらも、マンガ喫茶に寝泊まりする雄二を自宅へ招き入れる。やがてふたりは親子のような、恋人のような不思議な関係になっていく……。3/5~渋谷・ユーロスペースほかで公開 © 2021 シグロ/Omphalos Pictures
親密な他人公式HP
http://www.cine.co.jp/shinmitunatanin/
住まいさがしをはじめよう! 人気のテーマこだわり条件で新築マンションを探す その場所は未来とつながっている こだわり“部屋”FILE HOMETRIP
MENU

NEXT

PREV