Room137  

2023.4.18

遠い過去と遠い未来

相反する2つの要素が同居する空間

監督 塩谷直義

2012年よりテレビシリーズの放送が開始され、3つのテレビシリーズと5本の劇場版が制作された人気アニメシリーズ「PSYCHO-PASS サイコパス」。人間の心理状態が測定可能で、数値化された近未来。シビュラシステムというネットワークによって管理された社会を舞台に、厚生省公安局刑事課一係のメンバーたちが事件へと立ち向かう姿を描いている。その最新作が『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』だ。TVアニメ一期から登場し、TVアニメ二期では厚生省公安局刑事課分析官として事件解決に大きな役割を果たしたのが雑賀譲二。彼が滞在する部屋に込められた意味は──。

一度目にしたら忘れないような要素を入れることが肝心

今作で雑賀譲二が滞在したのは九州の出島。「『PSYCHO-PASS サイコパス』は東京をメイン舞台にしているのですが、今作では九州も重要な場所として登場します。『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界観の中では、出島は様々な国籍の人が行き交う街で、難民申請をした人たちなどが一時滞在している地域です。外務省の宿泊施設の一室に、雑賀は滞在しています」
優秀なプロファイラーである雑賀は、今作でも重要なキャラクターとして登場し、この部屋で、事件を追う狡噛慎也に犯人について意見を述べる。ゲストハウスの内装は、ソファや絨毯などが配置されており、落ち着きのある趣だ。SF作品でありながら、それらのアイテムは、時代を超越したようなところがある。大量の書籍を収めた壁面の書棚は、まさに象徴的だ。

窓外には出島の夜景が広がっている。「窓辺に背を向けて立った雑賀と狡噛が会話を交わすシーンがあります。二人の後ろにある絵のようなものはホログラムで作られた窓で、原生林が見えます。『出島の夜景と対照的でどこか違和感があるけれど、観ていて落ち着く不思議な原生林』があると感じられるよう、意図的に配置してあります」

「現在よりもはるか以前から存在しているであろう古い本が中央の壁に並んでいます。その一方で窓の外にはSF的な景色が広がっている。相反する要素が融合している空間をイメージしました」
額装された2つの大きな絵画にも大きな意味が込められている。 「『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界よりも200年前の古い西洋の街並みを描いた絵画です。これらも窓の向こうのSF的な街並みと対照をなすアイテムをさぐった結果です。時代が移り変わっても、人間は結局同じような生活空間で暮らしていることに変わりがないと思うんです」

雑賀の部屋の描写で重視したのは照明の雰囲気。「雑賀が座っている本棚の前のソファまわりは暖色系。唯一この場所だけ人が温かく、落ち着いて見えるんです」

ソファなど家具類には、一見不思議な装飾が施されているが、その意匠そのものに深い意味はないとのこと。とはいえ、「SFだからなんでもアリ」ではない。ウソをつくるからこそ、リサーチが大切になる。
「例えばエレベーターのシーンを描く際、僕はまず構造を調べるんです。どういう原理、メカニックで上下に動いているのかを理解したうえで創作に入った方が、遊べるというか、アレンジの幅が広がるんです。ウソをつくにも、本当を知らないとつけないじゃないですか」
リアリティは不可欠。しかしそれより重視するのは「観ていてワクワクできることだ」という。

リビングのソファとテーブルは雑賀が資料に目を通すスペース。ウッド調の装飾や家具が目を引く

窓際に掲げられた大きな絵画。ヨーロッパをモチーフに描かれている。

「“作品”ですから、現実味よりワクワクを優先することはあります。ただ、それが行きすぎると困る。例えば、屋外のシーンで道路を描いてもらったときに、歩道がなく、車道しかないことがありました。しかも中央線から推し量ると、一車線の幅が30mぐらいある。本シリーズの世界観では普通のサイズの車しか登場しないので、『これ、車はどうやって走るんですか?』となるじゃないですか。そのとき『車線を足してください』と伝えました」
ウソとリアリティ、その塩梅が重要だという。
「どっちをとるかという話ではないと思います。ウソが入っていたとしても、物語の中ならリアルに見えることもあるし、住空間の描写ならせいぜい『よく考えたら住みにくそうだな』となるだけだと思うんです(笑)。実際に、そんなデザイナーズマンションはいくらでも存在しているわけだから。暮らしていても、なんでもかんでも生活に必要なつくりだけを追求すると、人間、寂しくなってきますしね」

アイランドキッチン。メインキャラクターのひとり・狡噛は、雑賀と自分のためにブランデーのロックをこの場所でつくる。

そんなウソから、観客を引き込む演出が生まれる。
「刑事課のオフィスには巨大な空調のファンが備えられています。ファン1枚がドアぐらいの大きさ。普通、こんな巨大サイズはありえません(笑)。でも観ている人にとっては、ファンが映ったり、回転する音がしたりするだけで、『ああ、ここは刑事課オフィスなんだ』と伝わる印象的なアイテム。引き画で説明せずとも、クローズアップでファンを撮って、そのバックで会話が交わされていれば、『ああ、ここは……』となる。その場所を象徴するような、お客さんが一回観たら忘れないようなものを入れることは、生活に不可欠なものを描写することよりも大切だと思います。そこばかりにこだわっているわけではないですけど(笑)」

九州、出島にある外務省の宿泊施設。高低差があり、上下に広がりを持った空間が特徴的。1階にはミーティングルームやキッチンなどの設備も

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#142(4月号2023年4月18日発売) 『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』の美術について、監督・塩谷さんのインタビューを掲載。
プロフィール

塩谷直義

shiotani naoyoshi
77年山口県生まれ。07年、OVA『東京マーブルチョコレート』で監督デビュー。12年に「PSYCHO-PASS サイコパス」の企画から参加し、以降すべてのテレビシリーズ、劇場版すべての監督を務めている。
ムービー

『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』

監督/塩谷直義 声の出演/花澤香菜 関智一 野島健児 ほか 配給/東宝映像事業部 (23/日本/120min) 2118年1月。外国船舶で起きた事件を発端に、外務省行動課が追う〈ピースブレイカー〉と、彼らの狙う〈ストロンスカヤ文書〉を巡り、朱と狡噛は予想を超えた大きな事件に立ち向かっていくこととなる。ミッシングリンクをつなぐ〈語られなかった物語〉が、ついに明らかになる――。5/12~全国公開 ©サイコパス製作委員会
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』公式HP
https://psycho-pass.com/
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