Room134  

2022.12.28

ともに“表現”する孫と祖母

対照的な空間を内包する一軒家

美術 野々垣聡

図書館で働く富田桃(松本穂香)は、カメラマンの湯川健太朗(渡邊圭祐)にフラれ、関係が終わったばかり。桃は健太朗に莉子(玉城ティナ)という新しい恋人ができたことを知り、Instagramを頼りに莉子を特定する。莉子の前に現れた桃は、「リベンジポルノって知っていますか?」と、健太朗のパソコンに保存されている自分の写真を消す手伝いをして欲しいと持ちかける。ふたりの女性の友情と、ある秘密を描く『恋のいばら』。個性あふれる部屋たちをつくりあげたのは美術の野々垣聡さんだ。

駆け出しカメラマンの少し背伸びしたシックな“アトリエ”

『恋のいばら』の中で頻繁に登場するのが、健太朗が祖母(白川和子)と暮らす一軒家だ。 「健太朗の両親が建てた築20年ぐらいの一軒家をイメージしました。“三世代が住まうことのできる古すぎない実家感”がテーマです」 健太朗の部屋は、物語展開の要となる空間でもある。条件が合う撮影場所が見つかるまでは苦労があったという。 「台本に出てくるクローゼットの位置関係と撮影のしやすさが決め手になりました。台本に書かれた芝居を成立させることができるロケ場所が簡単には見つからなかったんです」

 

物件探しが難航した一番の要因は、重要なシーンに使用されるクローゼット。 「ロケセットなので、狭いクローゼットのなかにカメラが入ることができなかったんです。どうすれば撮ることができるのか、工夫を凝らしました」 部屋にはモノクロフィルムや露出計など、カメラマンという職業を感じさせる小道具が散りばめられている。 「現在、写真の世界ではデジタルでの撮影が主流ですが、健太朗はアナログでも撮影をおこなうスチールカメラマン。家でフィルムを現像し、プリントしているという設定なので、暗室用品や引き伸ばし機を配置しました。アナログの機材を飾ることでアトリエ感が表現できたと思います。健太朗はお洒落なライフスタイルを志向する、ちょっと背伸びをした若者でもあるので、凡庸な洒落感が漂うように部屋はシックなモノトーンにしました」

机の上にはデジタル写真の加工作業のためのパソコン。別の机の上にはフィルム写真のためのアナログの機材が並ぶ。

棚に並ぶのは、ファッションや建築に関する古今東西の多彩な写真集。「装飾担当の森久美氏の趣味が反映されています」というそれらの中には菅原一剛氏や野村浩司氏など実在する著名な写真家のものも多い。そんな中、ひときわ存在感があるのが、健太朗と桃が出会うきっかけをつくる「Woman’s sadness」という写真集。 「robby kriegerという架空のフォトグラファーの手による写真集という設定で、希少な絶版本をイメージしています。ハンガリーの写真家、ブラッサイが撮ったような静かな写真を用い、デジタルによるエイジング加工で“若干日に焼けた風”に表紙を仕上げました」
架空のフォトグラファー・robby kriegerの写真集「Woman’s sadness」。

著名な写真家の写真集が並んだ棚には、フィルムカメラも飾
られている。

羽毛が撒き散らされた健太朗の部屋。「撮影後の片付けが大変でした。片付けても片付けても永遠に何処かから羽毛が出てくるんです(笑)」

落ち着いた雰囲気である健太朗の部屋に対して、同じ屋根の下にある祖母の部屋は明るく暖かい印象だ。 「健太朗の部屋は暗室、おばあちゃんの部屋は庭と一体になったサンルームというイメージです。みんなが知っている“懐かしいおばあちゃんの部屋”という印象を強調しました。そんな空間にもかかわらず、ガラクタや金属片が散乱している。相反する要素が共存する面白さを狙っています」
一方の祖母は、拾い集めた廃品を組み合わせておとぎ話をモチーフにしたオブジェをつくっているという設定だ。 「おばあちゃんにとってこの部屋はアトリエで、こたつは作業デスクです。オブジェ制作といっても、おばあちゃんは素人。菓子缶を道具入れに使ったり、湯呑みにペンチを立てたりと、生活感あるアイテムを利用しています」 今作は原作がない、オリジナル脚本。だからこその自由さがあったそうだ。 「昨今、原作ものの映画が多いなかでオリジナル作品は美術にとって自由度が高い。美術的演出を大いに反映できるので、アイデアや創造性を存分に活かせました」

健太朗の祖母がつくったオブジェの制作は、今作の美術の中でも、もっとも大変で、もっとも楽しい作業だったという。「産廃業者に廃品をもらい受けに行く段階から宝探し気分でした(笑)。デザイン案を固めて完成に向かうのではなく、“つくりながらオブジェが増殖していく”というプロセスのおかげで、“まさに祖母がつくった”感が出せたと思います」

シンプルな健太朗の部屋に対して、ものが散乱した桃の部屋。「内向的で、もの静かな桃のキャラクターを反映させました。全体が天蓋に覆われた繭に包まれたような空間で、趣味嗜好に囲まれた“桃だけの小宇宙”“箱庭的インテリア”というイメージです。ぬいぐるみに話しかけたりして、自分の世界観に没入しているんだろうなと」。

東京都内に建つ築20年ほどの一軒家。庭に突き出した祖母の部屋の濡れ縁は、ちょっとした憩いのスペース。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#140(2月号2022年12月18日発売) 『恋のいばら』の美術について、美術・野々垣さんのインタビューを掲載。
プロフィール

野々垣聡

nonogaki satoshi
78年埼玉県生まれ。稲垣尚夫、中澤克己、原田恭明に師事。10年、『ヘヴンズ ストーリー』で美術監督デビュー。近作『この子は邪悪』『左様なら今晩は』(ともに22)、公開待機作に『そして僕は途方に暮れる』(2023年1月13日公開)がある。
ムービー

『恋のいばら』

監督/城定秀夫 出演/松本穂香 玉城ティナ 渡邊圭祐 配給/パルコ (23/日本/98min) 24歳の桃(松本穂香)は、元カレの健太朗(渡邊圭祐)に新しい恋人、莉子(玉城ティナ)ができたことを知る。桃は莉子に近づき、ある「秘密の共犯」を持ちかける……。1/6~渋谷シネクイントほか全国公開 (C)2023「恋のいばら」製作委員会
『恋のいばら』公式HP
https://koinoibara.com/
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