Room129  

2022.8.26

お魚に夢中なミー坊のバックグラウンド

“好きなことに一心不乱”な生き方を育んだ一軒家

美術 安宅紀史

「お魚大好き」で知られるさかなクンの半生を描く映画『さかなのこ』。これまで数々の話題作を手がけてきた沖田修一監督ならではのユニークな映画がここに誕生した。主演を務めるのはのん。本作の不思議な世界観の一端を担った美術の安宅紀史さんに話をうかがった。

男性でも女性でもないというバランス感覚

今作のサプライズは、さかなクンをモデルにした主人公、“お魚大好き”なミー坊をのんさんが演じたこと。沖田監督は「性別はさほど重要ではない」と考えていて、ミー坊の性別については劇中でも明示されていない。
「監督の狙いとして、ぼかしたいという気持ちがあったと思います。ハッキリそこを描くことは本意ではなかったので。ただ、美術は具体的にものを用意する仕事。たとえば『ランドセルの色をどうするのか』など、小道具まわりで視覚的に具体性が出てしまうところをどうするかというポイントが少なくありません」

作業はどのように進められていったのだろう。
「『どちらでもないようにしよう』という方針のもと、作業を通して監督のイメージを聞きながらバランスを取っていきました。たとえば『衣装は男の人の洋服なので、部屋はどちらかというとちょっと女性的な、中性的な要素を入れよう』という感じです。『バランスを取った』と表現すると一言で済みますが、その具合を計るのは簡単ではなかったですね」ミー坊の幼少期シーンは1983年という設定だ。

子供時代のミー坊が描いた絵。もとになった絵は原作本
「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」に掲載
されている。

「きょうだいの部屋であることがビジュアルですぐにわかるようにしたかったので、 二段ベッドを置くことにしました。机まわりは、勉強ができる兄の整然とした机の上に比べ、 ミー坊の方は『明らかに勉強していないな』という雰囲気が強調されるように飾り付けました」

「設定に合うことがロケセット探しの第一条件でした。台所の流しまわり、とくにシンクは僕らでは設置できない要素で、かつ、時代感が醸されるディテール。まずそのつくりが時代に沿ったものである必要がありました。それから家の中に、1983年より古いものはあっても新しいものがあってはいけない。僕は1971年生まれなので、その時代の記憶はある程度残っています。とはいえ勘違いすることはあるので、僕も装飾部も留意しながら作業しました。寓話的な話ではあるのですが、主人公の成長とともに時間が経過していく話なので、美術も時代設定に信憑性を持たせるよう心がけたんです」
魚好きのミー坊だが、描いている絵は魚だけではない。
「ミー坊が幼少時に描く絵は、さかなクンが子供の頃に描いた絵を模写して用意しました。魚以外にも興味があって、例えばトラックの絵なんかも描いていらっしゃったんです。映画ではフィーチャーされていませんが、原作のエッセイでは、水木しげるさんの妖怪画を真似て描いていたことも綴られています。模写は美術部と装飾部で手分けして描きました。僕も何枚か描いています(笑)」 今作はさかなクンの自伝的作品だが、映画ならではのファンタジックな要素も入っている。そしてミー坊に大きな影響を与えるギョギョおじさんは、なんとさかなクン自身が演じている。

ミー坊に大きな影響を与えるギョギョおじさんの家。
「冒頭に登場するさかなクンの帽子は、映画の最後までつな
がっていくモチーフ。どうせ飾り付けるのなら、これをベー
スにしたカラーリングとデザインを、と考えて外観をデザ
インしました」

「ギョギョおじさんの家は、ほかの家より相当ファンタジーに寄っています。ロケセットが決まったのが準備期間の最後の方だったおかげで、プランはある程度固まっていたんです。ミー坊にとっては、その家を訪問した経験が幼少期に受けた一番のインパクト。さかなクンが出演することもわかっていたので、その存在感があれば多少飛躍していても美術として成立するだろうという計算がありました(笑)。『影響を受けるだけでなく、ミー坊のこれからの生き方も暗示する空間だし、これくらい振り切ってもいいだろう』と考えてデザインしました」
骨格標本は、さかなクンから拝借したものと、美術部、装飾部がつくったものが混ぜて飾ってある。

水槽は時代設定に沿って、その当時に造られたものが可能な
限り集められた。「上部につくライトなどは、時代によって
形状が全然違うんです。極力その時代のものを集めました
が、全部をそれで揃えるのは難しかったので、現在の水槽で
その当時あってもおかしくないデザインのものを一部飾っ
ています」

好きなことに全力で向き合うミー坊の姿からは、人がなにかに夢中になることの大切さも伝ってくる。
「この映画のテーマのひとつに、『好きなことをひたすらやっていれば何とかなる』というところがあると思います。そうあるべきだな、そうあるといいなと僕も強く感じます」
青年となったミー坊が描いたお寿司家さん、寿司籾の壁の絵。「さかなクンが実際に描いた絵をもとにデザイン、レイアウトをしました。描いたのは画家さんです。さかなクンがご活躍されて絵がどんどん洗練されていく以前の、素朴というか、シンプルなタッチというニュアンスが出るようにと考えました」

千葉の房総半島、海のそばにたたずむ4DKの一軒家。「夜ベッドで寝ようとしていたミー坊の耳に、父母の口論が聞こえてくる」というシーンを効果的に表現できる、ダイニング、廊下、子供部屋の位置関係もロケセット選定の大きな要素となった。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#138(10月号2022年8月18日発売) 『さかなのこ』の美術について、美術・安宅さんのインタビューを掲載。
プロフィール

安宅紀史

ataka norifumi
71年石川県生まれ。99年『月光の囁き』で美術監督デビュー。近作に『スパイの妻 劇場版』『おらおらでひとりいぐも』(ともに20)、『あのこは貴族』『子供はわかってあげない』『彼女が好きなものは』(すべて21)などがある。待機作に『千夜、一夜』(10月7日公開)がある。
ムービー

『さかなのこ』

監督・脚本/沖田修一 原作/さかなクン「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」(講談社刊) 脚本/前田司郎 出演/のん 柳楽優弥 夏帆 磯村勇斗 岡山天音 さかなクン 三宅弘城 井川遥 ほか 配給/東京テアトル(22/日本/139min) 小学生・ミー坊の興味は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。ほかの子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、母親はそんなミー坊を温かく見守り、心配するどころか、その背中を押し続ける……。9/1~全国公開 (c)2022「さかなのこ」製作委員会
『さかなのこ』公式HP
https://sakananoko.jp/
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