日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は、「すったて」という麺料理があると聞いて、埼玉県川島町へ。JR川越駅からバスでゆられること約30分、停留所に降り立つと、むわりとした熱気が地面からせり上がってきて、夏の訪れを感じさせてくれます。

すったては、こんな暑い日にぴったり! 冷たいうどんをごま、みそ、夏野菜などの具材と一緒にいただく川島町の郷土料理だそうです。地元の人気店「手打ち蕎麦 泉の里」にお邪魔して、じっくりと味わってみましょう!
■作って香り高く、食べて風味豊か!

迎えてくれたのは店主の安達光二さん。すったてを注文すると、すぐに作り始めてくれました。待っている間、席に置いてあるメニューを眺めていると、「すったての美味しい作り方」なる手引きを発見! どうやら、自分で作って食べる料理のようですね。

これがすったて! うどんと一緒にテーブルに並べられたのは、さまざまな具材。ここから、すったての汁を作っていくようです。安達さんに、レクチャーをお願いしましょう!
安達さん「まずは、すり鉢で金ごまをすります。金ごまの油分がにじみ出て、しっとりするまで、よくすってください」

安達さんの慣れた手つきを見ていると、とても香ばしい良い匂いが漂ってきました。これは金ごまの香り?
安達さん「そうです。金ごまの香りがしっかりと引き立つように、いりたてをお出ししています」

なるほど、すったては作る最中にも香りを味わえるというわけですね!
安達さん「次に、みそを入れてすります。しっかりと混ざったら、続いて玉ねぎを入れてすります。さらにきゅうりを加えて、すりこぎでたたきつぶしてください。このとき、きゅうりはつぶしすぎないこと。軽く風味が出るくらいにしましょう」

安達さん「これで具材は混ぜ終わりました。それでは、つゆを注ぎましょう。はじめに半量を注いで、よく溶かしてから残りの半量を入れてください」

安達さん「あとは氷を数個浮かべ、みょうがと大葉を散らしたら完成です。うどんをつけて召し上がってください」

これは、何とも涼しげな! さっそく、汁にうどんをくぐらせて、つるりといただきます。初めに感じたのは、金ごまとみその香ばしい風味。後から、きゅうりとみょうが、そして大葉の爽やかな香りが、口いっぱいに広がっていきます。本当に香りが豊かですね!
安達さん「素材の香りを引き出すために、つゆは関西風のだしをベースにうすくちしょうゆで作っています。うちには普通のうどんやそばもありますが、これはすったて用に作ったつゆですね」
うどんも何だか独特です。ほんの少し灰味がかっており、素朴な味わいがあるような。
安達さん「普通のうどんは、ふすまという栄養価の高い小麦の外皮を取り除いて作るのですが、ある程度を残すようにしています。若干の渋みというか、小麦そのものの味も感じることができると思いますよ」

「こんな食べ方もありますよ」と安達さんが持ってきてくれたのは、うす茶色の粒が入った容器。これはなんでしょう?
安達さん「てんさい糖です。以前は砂糖(上白糖)を出していたのですが、入れてみたら甘すぎるという声があって、今は甘さ控え目なてんさい糖を使ってもらっています」

1杯、2杯、3杯…てんさい糖を入れてみると、味が一変。みそのしょっぱさと甘さがマッチして、後を引く味わいに! 冷たくてするする食べられるので、あっという間に完食してしまいました。
安達さん「すったては、疲れて食欲がなくなる夏、一口食べると食欲を取り戻し、元気になれる料理です。地元では、7月から8月の本当に暑い時期になるまで食べるのを我慢する、といったこだわりを持つ人もいるんですよ」
その気持ち、わかる気がします。清涼感満点の、まさに夏の味わいですね!
■「すりたて」で「つったって」食べるから「すったて」
すったては川島町の伝統料理ですが、同様の料理は埼玉県内各所にあります。一般的には「冷汁」と呼ばれ、川島町以北の地域を中心に昔から作られているそうです。一方で、すったてという呼称は川島町独特のもの。どうして、すったてと呼ばれているのでしょうか?
安達さん「田植えに追われる川島の夏の農繁期、地元で取れた野菜を使い、手間をかけずにすぐ作れる手軽な料理として、代々受け継がれてきたのがすったてです。つまり、忙しい農作業の合間に『すりたて』で、『つったって』いながら食べられる料理だから『すったて』なのです。だから町民のなかには『つったて』と呼ぶ人もいますよ」
なるほど!埼玉県内でも地域によっては味も違ってきたりするのでしょうか?
安達さん「ごま、みそ、きゅうり、みょうが、おおば……このあたりが、すったてに必ず入っている具材ですね。ほかは本当にバラバラ。県内はもちろんですが、同じ川島町でも玉ねぎを入れるのは上尾市に面した東側、砂糖を入れるのは川越市に近い伊草地域の作り方です」
では、うどん以外ではどんな食べ方がありますか?
安達さん「ごはんを入れたり、冷や麦で食べる地域もありますね。うちはそば屋なので、そばのすったても出しています。とはいえ、この辺は各家庭でうどんを打って毎日食べていた地域なので、川島町のすったてといえば、一般的にうどんですね」
実は埼玉県はうどんのメッカ。生産量は香川県に次ぐ第2位で、川島町内には多くのうどん屋が店を構えています。そんな麺処に、安達さんが「手打ち蕎麦 泉の里」をオープンしたのは、2003年のことでした。

安達さん「静岡にある『泉の里』での修行を経てから、独立して川島町に店を開きました。すったてを扱い始めたのは2006年でしたね。商工会がやってきて、『すったてをやりましょう!』と声をかけてくれたんです」
そのころ、すったてを出す店は町内に1店舗しかなかったそうです。商工会は奔走しましたが、「家で食うもんだから、お客さんから銭は取れないよ!」と断られることもあったとか。すったては、ごちそうというより、あくまで家庭料理だったのです。
そんななか、安達さんは先陣を切って、すったてのメニュー化に取り組みました。
安達さん「ごまやみそは、もともとは冷たい水で伸ばすものだったのですが、店ではつゆを使うことにしました。玉ねぎや砂糖(てんさい糖)を使うのも、入れてみておいしかったからですね。でも、地域や家庭によって食べ方も好みも違うので、汁は自分で作れるようにしているんです」
そして、2010年に参加した県内ご当地グルメの祭典「第6回埼玉B級ご当地グルメ決定戦」で見事優勝。すったてを提供する店も増えていき、現在は町内10店舗以上で楽しめます。

安達さん「優勝をきっかけに、多くの人に知ってもらうことができました。それに、川島町から出て行った人が帰って来たとき、すったてを昔食べた味だと懐かしんでくれるのは、うれしいことですね」
川島町のキャッチフレーズは「都会に一番近い農村」。季節になると町中の直売所に野菜や果物が並び、ゆったりとした時間が流れるのどかな土地です。来る夏、騒がしい都会を離れ、すったてで涼を取りに訪れてはいかが?
- 店舗情報
●手打ち蕎麦 泉の里
住所:埼玉県比企郡川島町吹塚755-1
電話:049-291-0132
営業時間:11:00~15:00、17:00~22:00(水曜休)
※すったては毎年5月〜9月の期間限定販売
http://www.kawajima.or.jp/suttate/shopinfo/izuminosato/index.html
※記事中の情報・価格は取材当時のものです。