戦国時代に日明貿易や琉球貿易で栄えた堺市。海外との交流拠点として外に開かれ、新しいものを受け入れてきた土地柄でしょうか、この場所には、「プノンペンそば」というカンボジアの首都名を冠した、麺料理が存在し、メディアで取り上げられて話題となっているようです。なぜ堺市でプノンペンなのか、謎を解明すべく発祥の店「プノンペン」へ行ってきました!
■ラーメンのようでラーメンではない!?
堺駅から徒歩約7分、大通りから一本入ると、雑居ビルが並ぶ静かな通りにオレンジ色のテントが明るく目立つ店が目に飛び込んできました。ここがプノンペンです。
迎えてくれたのは2代目店主の平野耕司さん。カンボジア人ではなく生粋の日本人です。店内は昭和な空気感を残す“いかにも”といったラーメン屋の雰囲気。それでは、プノンペンそばを注文してみましょう。
お客さんの多くがトッピングするという、焼き豚がたっぷりと盛られ、緑の野菜に覆われて麺は見えません。早速、スープをひと口飲んでみると、あっさりとしたしょうゆと鶏ガラベースのスープの味わいが優しく口の中に広がります。ここまでは、一般的なラーメンのように感じますが、すぐに、にんにくの香りがぐっと広がり、ピリっとした心地よい辛さがじわじわとやってきます。具材にも箸をつけてみると、口に入れた途端、独特の爽やかな風味とほのかな酸味が広がって、スープが一気にエスニック風の味わいに変化しました!
平野さん「独特の爽やかな風味はセロリ、かすかに感じる酸味はトマトですよ」
さらに独特なのが、食感です。麺を食べ始めても、麺の味わいや喉ごしよりも印象に残るのは野菜のシャキシャキ感なのです。見た目は小松菜のようにも見えますが、小松菜よりもシャキシャキ感が強く感じます。次第にラーメンを食べているというより、野菜を食べているような感覚になってきました。シャキシャキ食感の野菜は何なのでしょうか。
平野さん「杓子菜という野菜で、知り合いに頼んで近くの畑で作ってもらっています。もともと、中国の野菜で栽培が難しく、関西ではほとんど生産されていません。水分が出にくいので、食べている時に味が薄くなりにくいですし、歯ざわりもいいんです。気候に影響されやすいので、1日でダメになってしまうこともあります。思ったような食感の杓子菜が収穫できずに店を休むこともあるほどです。プノンペンそばは具材がメインなので、妥協できないんです」
具材がメインだからこそ、素材の仕入れにも努力を惜しみません。なんと、使いたいと思った野菜の生産者の元へ直接足を運び、実際にプノンペンそばを食べてもらって産地直送をお願いしたのだとか。でも、ここまで野菜の存在感を出すには素材にこだわるだけでなく、調理法にも何か秘密があるのでは…?
平野さん「野菜はものによって水分量が違いますから、その日ごとに野菜の水分量をしっかり見極めて微調整しながら調理しています。その上で1番のポイントは、強い火力でさっと火を通すこと。注文が入ったら、まずは鍋にトマトと酒、スープ、調味料、豚バラ肉を入れて火にかけます。野菜を放り込んでひと煮立ちしたら、すぐに器に移します。ひと煮立ちするまで、ほんの数秒ですよ。うちのガスバーナーは特注の物で、家庭用のコンロとはわけが違います。鉄鍋ですら2年も使えば穴が空くほどの火力なんです」
確かに、注文を受けてガスバーナーをつける度にゴーっという音が店内に響いています。この強い火力があってこそ、食感を活かしたまま熱を通すことができるのですね。さらに、具材の良さを活かすために麺にもこだわりが。
平野さん「うちは中太の卵麺を使っています。大事なのは、麺は主張しすぎず脇役であること。具材を引き立てるような麺を地元の製麺会社から仕入れています。いろいろ食べてきましたが、今使っているものが1番いいんですよ。うちのメインは何と言ってもこの具材ですから」
なるほど、具材を楽しむために、考え尽くされた素材と調理法というわけですね。プノンペンそばは、麺とスープが味の決め手になるラーメンとは一線を画した新しい食べ物と言っても過言ではありません。
■プノンペンそば、誕生の経緯
具材を楽しむことが目的という唯一無二の麺料理、プノンペンそばは、どういった経緯で誕生したのでしょうか?
平野さん「初代である私の父親が学生の頃、堺にあったカンボジア料理の屋台で食べていた思い出の味なんです。うちは開店当初、中華料理屋だったんですが、中華料理屋ってどこにでもあるし、ありきたりじゃないですか。ここにしかないものを作りたいと思った時に思い出したのが、学生の頃に通っていた屋台の味だったわけです。その頃には屋台もなくなっていたので、初代が記憶を頼りに試行錯誤で再現したのがプノンペンそばです。今ではプノンペンそば一品で勝負しています」
記憶の中の思い出の味をとことん突き詰めて作りあげたプノンペンそば。地元ではどんな風に親しまれているのでしょうか。
平野さん「野菜がたっぷり入っているという特徴からか、お客さんは女性の方も多くて、男女半々くらいですね。毎日通ってくれている人もいますよ。野菜を倍にする人がいたり、そばがなく具材だけの『プノンペン』を食べる人や、プノンペンとご飯で食べている人もいますね。中には昼に食べに来て、夜は持ち帰りをして家で食べている人もいますよ」
なんと、店で食べるだけでは飽き足らず、スープや野菜、焼き豚を持ち帰って家で調理する人もいるのだそう! さらに、地元の方だけでなく、遠方から来られる人も多く、わざわざ店の営業日に合わせて出張の予定を入れて来る方もいるのだとか。
ご当地麺といえば、同じ地域で何店舗も扱われていることが多いものですが、具材を楽しむことがメインという、ある意味、麺料理の常識を覆したプノンペンそばは、堺市でもプノンペンでしか食べることができません。地域の人々が足繁く通い、遠方からもわざわざ訪れる人が多いのは、そんな唯一無二の麺料理だからこそ。堺市を訪れたなら、古墳や寺院など歴史的スポット巡りを楽しみつつ、麺料理の新境地を体験しにプノンペンにも立ち寄ってみてください!
- 店舗情報
● プノンペン
住所:大阪府堺市堺区中之町西3-2-33
電話:072-238-3287
営業時間:11:00~19:00LO (木曜、第3水曜休)
※辛いメニューのみのため、小学校高学年未満のお子様はお断り
http://www.punonpen.com
※記事中の情報・価格は取材当時のものです。