日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は、滋賀県野洲市へやってきました。この街の見どころは、何と言っても「三上山」。近江富士と称されるその山は、古来より霊峰としてあがめられ、麓には三上山を神体山として祭る「御上神社」が鎮座しています。
豊かな自然と歴史ロマンを感じる野洲市は、京都まで電車で一本と交通の便も良く、べッドタウンとしての役割も担っています。うわさによると、この街の商店街の主婦たちが、あの「蓼食う虫も好き好き」ということわざに用いられる「蓼=たで」を使った麺料理を開発したそうなのです。
このことわざは、「辛い蓼の葉を食べる虫もあるように、人の好みもざまざまである」という意味を持ちます。ずばり「辛い」植物であると、語源で触れられていますね。そんな「たで」を材料にしているということは、やはり辛い麺料理なのでしょうか……? 話題のメニューの開発者が営むカフェ「手づくり舎 ふぁ〜もあ」へ、行ってみましょう!
■シビれるような辛みのたでが食べやすいうどんに!
手づくり舎 ふぁ〜もあは、オーガニックをキーワードに心と体を癒やす提案型のランチを提供するカフェ。店内には雑貨の販売コーナーやギャラリーもあり、穏やかな空気が流れています。
店を案内してくれたのは、店長の坂口陽子さん。たでを使った麺とはどんな味がするのか…まずはいただいてみましょう!
坂口さん「これがたでを使った『たでうどん』です。たでを粉末にして、小麦粉と米粉で作った麺に練り込んであります」
薄く緑色を帯びる一風変わった麺は、玉ねぎ、にんじん、にんじんの葉のかき揚げとセットで運ばれてきました。
うどんにしては細い麺。持ち上げると透けて見える粒は、たでの粉末でしょうか。ゆっくりと麺を口に含むと……おや、ことわざに聞いていたような辛さはありません。むしろ強く感じるのは麺がまとう、汁の濃厚なうまみ!
坂口さん「つゆのだしに利尻昆布を使っています。しっかりだしを取ると、これだけうまみが出るんですよ」
鼻から抜ける昆布の香りを堪能しながら味わう麺は、コシがあり、つるつると喉の奥へと滑り込みます。そこにサックリと揚がった天ぷらをプラスすれば、適度な油分がめんつゆに行き渡り、より濃く深い味わいに。しかもこの一杯、無添加だそう。
坂口さん「添加物も、科学調味料も使っていません。ふぁ〜もあはオーガニックフードを提供する店ですから、たでうどんも『体に優しい料理』というコンセプトで作っているんです。あまり知られてはいませんが、たでは昔から漢方としても重宝されてきた植物なんですよ」
たでにそんな使い道があったんですね! 確かに、たでは名前こそよく知られていますが、その姿形を知っている人は少なそうです。実際はどんな植物なのでしょうか? 疑問に思ったところ、坂口さんが玄関先でたでを育てていると聞き、見せてもらうことに。
これがたで! 黄緑の葉はやや堅くしっかりとした触りごこち。手に取った葉は非常にきれいで、虫食いのあとはありませんでした。しかし、一見どこにでもありそうな植物にも見えます。
坂口さん「本来はもう少し若いたでを摘んで、上の部分10センチくらいをたでうどんの粉末にします。良かったら、もぎ取ってかんでみてください。舌の先で味わうと、めちゃめちゃ辛いですよ(笑)」
お言葉に甘えて葉をひとつちぎってかみつぶすと……これは、かなり辛い! 舌がビリビリとしびれるような辛みで唐辛子とはまた違った感覚。少しさんしょうに似ている気もしますが、「たでの味」としか言いようのない独特の辛みです。
坂口さん「たではそれだけで食べると辛いですが、たでうどんは飲み込むものですし、ほとんど辛さは感じないはずです。たでには漢方としての機能性が備わっていますから、健康食として体で感じていただきたいですね」
たでうどんを食べに来る人の多くが、だしまで飲んでいってくれるそう。自然の食材を使っているから食べやすいのかもしれませんね。うまみの強いだしと、のどごしの良い麺に夢中になっているうちに、いつの間にか器はカラになっていました!
■地元でおなじみのたでの粉末を生かして
たでという植物は有名ですが、それを食べられると知る人は、決して多くはないでしょう。どうして、たでを使うという発想に至ったのでしょうか?
坂口さん「始まりは街の活性化できればいいな、と思って結成した『笑COっ娘CLUB』の、ある日の話し合いでした」
「笑COっ娘CLUB」は、坂口さんをはじめとした野洲市に住む主婦4人のグループ。地元で商売をしている人も多く、街のために何かできないかと考えていたそうです。
坂口さん「あるとき、『笑COっ娘CLUB』のメンバーで、街の活性化のためのご当地グルメのアイデアを考えていました。そこで、うどんがいいんじゃないかという意見が出たんです。そこでたまたま私が持っていた、たでの粉末をうどんに練り込んでみました」
最初は、ゆでるうちにうどんからたでの粒が流れてしまうなどの失敗もあったそうですが、微粉末にすることで解決。現在は製麺屋に特注し、安定した品質で提供できるようになったそうです。
しかし、たでの粉末がおいてある家庭というのは、ちょっと珍しい気もしますね。
坂口さん「それは『ずいき祭り』があるからですね。この街の伝統行事なんですが、たでの粉末を酢めしにふりかけた『たでずし』が奉納されるんです」
「ずいき祭り」とは三上山の麓にある御上神社のお祭り。毎年10月14日に、ずいき=さといもの葉で作ったみこしを担いで、秋の味覚の収穫に感謝する神事です。そこで奉納される野洲の伝統食が「たでずし」です。
坂口さん「一般的な酢めしに、じゃこと乾燥させて砕いたたでをふりかけたものです。一種の保存食ですね。三上山を中心とした三上地区に住む人は、『たでずし』を作るために、畑でたでを育てていたり、粉末を持ってたりする人が多いんですよ」
たでうどんの開発以来、「笑COっ娘CLUB」も畑でたでを栽培しているそう。今では、毎年8月に収穫される自分たちの畑のたでを材料にして、たでうどんを製造。手づくり舎 ふぁ〜もあと、野洲駅近くにある「鮨雅」の2店舗で味わうことができます。
さらに、今年の4月には、新商品の「たでめん」も発売されました。生麺のたでうどんに対して、たでめんはたでの入った即席麺です。
坂口さん「ご当地の麺料理のなかには、生麺や乾麺タイプのおみやげはたくさんあります。でも、作るのにはもちろん手間がかかります。『たでめん』は主婦の目線から作った商品。即席麺ですが無添加で食べる人のことを考えて作られていますし、お湯に入れればすぐに食べられます。それってやっぱり、うれしいですよね!」
ユニークな麺料理を味わえる野洲市は琵琶湖にも接しており、実は観光コースに組み入れやすい地域です。三上山や御上神社以外にも、日本最大の銅鐸が発見された地として知られる野洲には、「銅鐸博物館」などの興味深いスポットが点在。遊びにきたら、ぜひたでうどんも味わってみてください!
- 店舗情報
● 手づくり舎 ふぁ〜もあ
住所:滋賀県野洲市小篠原2111-6
電話:077-587-0761
営業時間:10:00~19:00(日曜・祝日休)
※記事中の情報・価格は取材当時のものです。