日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は福島県の中央に位置する南会津郡の大内宿を訪れました。
大内宿には、古くから会津地方で愛されている「高遠そば」というご当地麺があるんだとか。そこで今回は、大内宿の人気店「三澤屋」に伺いました!
■日本の“原風景”の中で食すインパクト大の高遠そば
三澤屋のある大内宿までは、湯野上温泉駅からバスやタクシーで向かいます。
こちらのバスでは、大内宿の歴史や見どころなどをガイドしてくれます。話を聞きながら、豊かな自然の中を進むこと約10分。車を降りたそこは…。
大内宿は、江戸時代には会津若松と日光を結ぶ「会津西街道(下野街道)」の宿場町としてにぎわいました。重要伝統的建造軍保存地区に指定されており、かつての面影そのままの風景で訪れた人々の目を楽しませてくれます。
目的の三澤屋は、そんな大内宿の入り口のすぐ近くにたたずんでいました。
いよいよ名物の高遠そばを注文。10分も経たないうちに、店員さんが持ってきてくれました。
大きなおわんの中には、かつおぶし、大根おろし、そば、そして青々としたネギがまるごと一本入っています! あまりのインパクトに衝撃の声が漏れるのをぐっとこらえ、早速食べようと箸を割ったところ…。
只浦さん「うちの高遠そばは、ねぎを箸代わりにして食べるんです。薬味としてねぎが欲しいと思った時は、かじりながら食べてみてください」
今回案内してくれた店主の只浦千恵子さんによれば、ねぎはただの飾りではないんだそう。あらためて周りを見ると、ほとんどのお客さんが太いねぎを使ってそばをたぐっています。
ねぎの香りが充満するおわんを引き寄せ、言われた通りに食べてみると…コシと歯ごたえのあるそばの、豊かな風味が口いっぱいに広がります! そば自体の香ばしい味わいもさることながら、上に振りかけられたかつおぶしのうまみにより、さらに滋味があふれます。
只浦さん「そばを提供する上でのモットーは“ひきたて・打ち立て・ゆで立て”。毎朝ひきたてのそば粉を届けてもらい、その日の温度や湿度、そばの乾燥具合などを確かめながら打っていきます。ゆでたらすぐにテーブルへ! このスピード感には自信があります」
みずみずしいねぎをかじると、鼻にツーンと抜ける辛みが。シャクシャクと心地よい音を立てながら、薬味として大活躍してくれます。カーブした箇所をかじり終えてしまうとなかなかそばをたぐるのが難しくなりますが、上手に口元まで運べると、思わずうれしくなってしまいます。
続いてつゆを一口。ほどよい甘みと、さわやかな大根の香りを感じます。
只浦さん「つゆは自家製のタレに、大根おろしの絞り汁を加えて味を調整しています。昔は、“人を欺くほど辛い”と言われるあざき大根を使っていたそうです。当店では行っていませんが、会津のそばツウには現在でもあざき大根を使う人もいるんですよ」
時期によって大根の味に違いはありますが、特に辛みが苦手な方は3月に訪れるのがオススメ。一冬を雪の中で耐え抜いた大根は、比較的甘みが強いそう。
シンプルな味わいのそばをすする合間に辛みの強いねぎをかじり、箸休め、もといねぎ休めに甘みのある大根を食べることで、飽きることなく食べ進められます。ねぎは緑色の葉(葉身)の部分ギリギリまで食べる人もいるんだとか。ねぎ好きにはぜひ食べてほしい一品です。
他ではなかなか見ない独特のスタイルの高遠そばですが、少し気になるのがその名前です。高遠といえば長野県の地名。なぜ「大内そば」や「会津そば」ではないのでしょうか?
只浦さん「高遠そばの歴史は、信濃高遠藩主であった保科正之公と深い関係があるんです」
■驚くのは見た目だけじゃない! 長く深い高遠そばの歴史
高遠そばの歴史をひもとくと、徳川家二代将軍である秀忠の嫡子・保科正之にたどりつくのだそう。
只浦さん「高遠は現在の長野県伊那市にあたります。藩主を務めた保科正之はそば好きで、高遠から山形、そして会津と藩を移る間に、各地にそばを広めました。お供に連れてきたそば打ち職人から続くそばは、最初の領地となった信濃高遠の名をとって“高遠そば”と呼ばれるようになり、やがて“米よりそば”と言われるほど会津地方では定番の食べ物になったんです」
保科正之は江戸時代初期の大名ですから、この高遠そばは約400年前にルーツを持つご当地グルメだということになります。ただし、当時の高遠そばはねぎを箸代わりにするスタイルではなかったようで…。
只浦さん「かつての高遠そばは、大根おろしと焼いたみそで食べるのが定番だったようです。ただ、焼いたみそは調理しづらいので、大根だけを活かして、薬味のためのねぎをまるごと一本使って食べてもらおうと始めたのがこのスタイルの高遠そば。そばとねぎは、この地方では子孫繁栄を願う組み合わせなんですよ」
保科正之によって会津に根付いたそばは、慶事の際にはおわんにねぎを挿して食べられるようになったと只浦さんは言います。結婚のお祝いや子どもの生誕祝いなどには、“そば口上”をうたいながらそばを食べるという風習があったんだとか。その風習をヒントにして完成した三澤屋の高遠そばは、現在では他のお店でも“ねぎそば”として提供されるようになったそうです。
只浦さん「うちには他にもけんちんそば、水そばといった自慢のメニューがありますが、やっぱり一番人気は高遠そばですね。ねぎは高遠そば専用の先が曲がったものを使用していますが、多いときは1日で300〜400本も使うこともありますよ」
只浦さん「高遠そばの自慢は、何といっても保科正之公に愛されたこと。時を経て現在のようなスタイルになった高遠そばを、大内宿で江戸の情緒を感じながら食べてほしいですね」
まるで江戸にタイムスリップしたかのような場所・大内宿で、独特のスタイルで楽しまれている高遠そば。ここでしかできない体験をしてみては?
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店舗情報
● 大内宿 三澤屋
住所:福島県南会津郡下郷町大内山本26-1
電話:0241-68-2927
営業時間:10:00〜16:30(冬季休業あり)
http://www.misawaya.jp
※記事中の情報・価格は取材当時のものです。