家のコト

小川 重雄氏「建築家の創る空間を撮る」

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ひと口にプロの写真家といっても、さまざまな人がいて、ファッション専門に撮る人、料理専門の人、スポーツ専門の人、クルマ専門の人もいます。私の場合、世間から「建築写真家」と呼ばれています。建設会社の記録・広報用にオフィスビルを撮ったり、パンフレット製作用にミュージアムを撮ったりしますが、仕事の半分は建築家から依頼された住宅の撮影です。

最近は自宅を建てる際に、建売住宅ではなく、建築家に依頼される方が増えています。そういう方々が建築家選びの際に参考にするのが、建築家のホームページです。私の写真は、そういった建築家の自己PRのホームページにたくさんアップされています。それだけに、その建築家が新しいクライアントを獲得できるかどうか、写真の役割は重要です。
私が住宅を撮影する際に最も気を使っているのは、「その空間に行ってみたくなるように」撮ることです。だからまず、その住宅で最も居心地の良い所はどこか捜します。居間のソファーの真ん中だったり、キッチンのシンクの前だったり…。その場所にカメラを構えます。この居間のソファーに座ってみたい、このキッチンで料理してみたい、このテラスで夕陽を眺めながらビールを飲んでみたい。そんな気にさせる写真が撮れればいいですね。当たり前のようですが、これが難しいのです。もうこの仕事を始めて30年以上になりますが、常に反省の連続です。

写真は、入居前に撮ることもありますが、できればオーナーのご理解をいただいて、住み始めてから撮影したい。その方が「生活の入れ物」としての雰囲気を出すことができますから。
竣工して1年くらい経っているのが理想でしょうか。庭の植木もなじんで来ていますし、入念に選ばれた家具や什器もしかるべき場所に収まって、家族の一員のような顔をしています。柱や畳も少し日に焼けて、軽いヴィンテージ感が出てきます。ジーンズでいえば、何度か洗濯してやっと体になじんできた頃、そんな感じです。その頃には、建築家の設計意図を超えた、オーナーのセンスが加味された素晴らしい空間になっています。

とはいえ、ときどき全く空間に合わない家具や什器が置かれている場合があって、建築家が自分で用意した椅子やテーブルに取り替えて撮影する場合もあります。奥様が一生懸命選んだ家具を片付けるのは心苦しいですが、仕方ありません。私は建築家からギャラをいただくのですから…。そういう場合は大抵、家具を取り替えたせいでガラッと雰囲気が変わったわが家を見て、「私のウチじゃないみたい…」と奥様が悲しくつぶやきます。「申し訳ありません、でもこの雰囲気もイカすでしょ?」と心の中で謝罪することしきりです。
本当は何も移動させず、そのまま撮影できるのが理想です。建築家が思いもつかなかった家具や絵画を設えて、独自の美学の空間を造る。これこそ本当の普請道楽、施主冥利、といえるでしょう。コンクリート打ち放しの住宅はたくさんありますが、一度、李朝の家具が置かれている住宅を撮ったことがあります。コンクリート打ち放しのモダンな空間と、李朝家具のクラシックで暖かみのある素材感が、実に見事なハーモニーを奏でていたのには感動したものです。

このように、これまで2,000軒前後の建築や住宅を撮影し、いつかは自分も建築家に建ててもらいたいと思い続けてきましたが、その夢が最近、叶いました。セカンドハウスを兼ねた私のアトリエを建てたのです。隣家の庭が素晴らしい借景になり、四季それぞれで趣が違う風景を楽しめます。
実際に自分で建ててみて、建築家はその場所の特性を読み切り、その場所にしか建てられない空間を造ってくれることを強く実感しました。今後も、その素晴らしい仕事を丁寧に紹介し続けていきたいと思います。

 

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セカンドハウスを兼ねたアトリエ。大きな窓だが、真北を向いているため、夏でもまったく日差しが入らず、暑さを感じることはない

 

建築写真家
小川 重雄 おがわ・しげお
1958年生まれ。80年日本大学藝術学部写真学科卒業。86年(株)新建築社入社、91年より新建築写真部長。08年小川重雄写真事務所設立。12年、東京大学にて写真展「Perspective Architecture」を開催。14年、Gallery Oにて写真展「瑞龍寺ー四百年前のモダニズム」を開催。現在、日本大学藝術学部写真学科非常勤講師、法政大学デザイン工学部建築学科研究科兼任講師。公式HP : ogawa-studio.com

月刊不動産流通2014年8月号掲載ƒ

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