街のコト

冬野朋子さん「なぜ灯りも着替えないの?」

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「只今節電中」。

3・11の東日本大震災後、東京都内の飲食店や商業施設、公共機関等、いたるところで落とした照明の中、標語のように掲げられたこの言葉をよく見かけました。「照明で電気の無駄遣いはいたしません。だから暗くても我慢してね」と言いたげに(少なくとも私には)感じられ、どうにもモヤモヤしたものです。そこで私は、「愛電中」(灯りを大切に愛でている最中です、という意味)と書いたステッカーを自作し、アトリエに貼ったのでした。

もちろん、オフィスや家庭でのエネルギー消費の用途別割合において、照明のそれは全体の2〜4割を占めており、世間の対応は至極真っ当ではあったのです。それでもなお、モヤモヤするのは、「暗くてご免」という社会の風潮に加え、「エネルギーを無駄遣いする」と照明が悪者扱いをされたことでした。折しも世界的にも、白熱電球の製造中止、LED照明への移行が始まっていた頃。この震災がきっかけで我が日本も、一億総LED化へと拍車がかかることになりました。

ところが、ここに大きな落とし穴があったと私は思うのです。震災に原発事故というイレギュラー中のイレギュラーな出来事に、私たちは必要以上に「効率」を重視せざるを得なかった。「私たちにとって本当に必要な光とは?」を問う間があまりになく、光の「質」が後回しになってしまったのではないか、と。
そんな「質」の向上なんて、メーカーが何とかしてくれるでしょ、とお思いの方も多いのではないでしょうか。でも、長寿命が特長のLED電球は、トラブルがない限りはおよそ4万時間、10年は切れることがないのです。もしお宅の電球が「ちょっと暗いなあ」あるいは「ちょっと眩しいかなあ」と感じていたとしても、「せっかく買った電球だもの、10年ももつんだし…」 とか「そのうちに慣れるでしょ」と、皆さんが我慢なぞしてやいないかと、案じてしまうのです。何しろ私たち日本人は「もったいない」の精神よろしく、物を大切にする国民性のようですから。

そもそも私たち人間にとって光とは何でしょうか。代表格と言える太陽光は、遥か 億5000万キロ先から大変なエネルギーをもたらします。その多くを占める赤外線がなければ私たちは寒さに震えることになるでしょうし、可視光線(プリズムでおなじみの7色の光)は視界に鮮やかな「色」をプレゼントしてくれます。近年の脳内物質の研究では、人間の身体や心に影響するホルモンのスイッチ的な役割を、光が果たしていることを立証してくれています。また、「希望の光」といった比喩にもあるように、光とは私たち人類が永々と命を繋いできた中で、絶対的に必要な心の拠り所でもあると言えます。
太陽などの発光の原理を応用した人工照明もまた、同様に私たちの身体や心に影響を与えています。そして生活を彩り、日常の作業を助けるなくてはならない存在といえるものです。

過去に、主宰するアトリエで「貴方にとっての光の原風景は?」というアンケートを取ったことがあります。そこで得られた回答には関心を惹かれものが多くありました。「木々の間から漏れる光」「バースデーケーキに挿されたロウソクの瞬き」「夏祭りの灯籠や提灯のゆらめき」「障子越しに射し込む柔らかい陽の光」・・・など、これらの回答の中には、思い出とともに心に刻まれたそれぞれの光がちゃんと息づいています。皆さんの心の中にもこうした光や灯りの思い出があるはずです。

だから、ここでもう一度、あなたにとっての光や灯りを思い出し、ちゃんと考えてみて欲しいのです。単に効率の面だけで測らずに、私たちを幸せへと導く道具と捉えてみると、案外気持ちも明るく、居心地もよくなるはずです。
人は、季節が変われば衣替えをします。気分を変えたい時には、新しい洋服を買い足したり、入れ替えたりもします。今日着る洋服を、夜の素敵なレストランのディナーに合わせ、あれこれ楽しく迷ったりもします。灯りだって一緒なのです。10年ももつと言っても、衣替えのように貴方の好きなものに替えていいんです。どうか貴方の心に感性に、どんな光や灯りが好きなのか聞いてみてください。きっとお気に入りが見つかるはずですから。

 

照明コンサルタント
冬野 朋子
大学では文化論を学ぶ。会社員として勤務の傍ら、日本の伝統工芸を生かした「和紙」と「灯り」に惹かれ、制作を始める。2001年より創作活動に専念し、07年に東京自由が丘に「光のアトリエPAPERMOON(ペーパームーン)」を開設。現在は、灯り制作と共に、手作りライト教室の開催、セミナーの講師として全国へ。特に、「人の心を元気にする光とは」を説くライトセラピー講座は好評を得ており、その活動はテレビ、新聞、雑誌等に数多く取り上げられている。展示多数。(一社)照明学会 照明コンサルタント/照明士。(一社)照明学会 正会員 http://www.papermoon-light.com

月刊不動産流通2016年9月号掲載ƒ

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