街のコト

鶴田 静さん「ビジーな田園エコライフ」

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青空に浮かぶ金色の朝日が山や森を照射して、木々の葉は銀色に耀いている。金銀にきらめく光や水滴に覆われた緑豊かな庭に出て、ピンクの立葵(たちあおい)の群生や花水木の白い花と一緒に、この大気をからだ中に吸い込みながら心の中で叫ぶ。ああ、なんという至福!

30年前、東京に生まれ育った私とアメリカが母国の夫は、温暖な房総半島の農村に転居した。
東京在住の頃から、私たちは日々環境に配慮し、小さな空き地で野菜を作り、エコライフを試みていた。その頃、友人たちが次々と地方に移住し、訪ねてみるとそこには新鮮な魅力があった。夫はエコライフをより充実させたいと考え、私も、環境についての著作や仕事の幅を拡げたいと願い、それには、自然豊かな田園に暮らすことが最適だと、友人のつてで移住したのだ。
最初に住んだのは、大きな古民家である。百年は経つどっしりとした建物。 家主さんの許可を得て、水屋を畳のキッチンに、土間を畳のダイニングに、和室を洋室に暮らしやすく改修した。広大な空き地には畑を作った。山と海、そして人々の恵みによって、私たちは質素だが気持のよい暮らしを営むことができたのだった。そこは、多数の人々が集う場ともなった。

15年後、家主さんの都合で退去することになり、不動産屋さんと見に行った土地に一目惚れをした。そこは海に近い山側の農村の中にあり、小さな丘になっている敷地に立てば360度、視界に入るのは自然だけ!眼下には目立つような家や遮るものは何もない。迷わずここを買った。

家はエコを意識して設計・建設した。日本産無垢の杉板の天井、壁、床、外 壁。そのすべてに断熱材を埋めた。壁の上部にはエコ対応の壁材を塗った。
広い戸や窓や小窓を、二重ガラスのサッシにした。暑さ寒さを遮り、湿気もほどよく、日光や月光が室内を明るくしてくれる。その上、周囲の雄大な景色が室内から一望でき、まさに自然と一体の家。「うわあ、すてき!」が常 にお客さまの第一声なのが嬉しい。
一方、これだけの自然の中のため、水源は遠かった。人の生活に必要なものの第一は水。だから井戸を掘った。職人さんと夫と友人たちとの共同作業。井戸の蛇口から、水が天まで届けとばかりに吹き出た時の喜びといったら!天地を巡り巡った正真正銘の天然水だ。それから、雨水利用のためのタンクや水がめを、庭のあちこちに置いた。海岸地方には比較的雨が多いので、まさに慈雨だといえる。

次なる必需品は電気だった。先の古民家では入居から数年経った1992年に太陽光発電機を設置していた。当時日本では個人がソーラーパネルを設置するのはまだ珍しかった時代。わずか1Kwhだったが、あの太陽が日々の電気をもたらしてくれると思うと、お日様を拝みたくなる嬉しさだった。それを丘の家ではさらに5kwhまで増やした。燦々と照りつける陽光がもったいない、あますところなく電気の材料にしてしまいたいと願う貪欲な私たちだった。

そして次は緑豊かな庭。実はここの土地は、以前は棚田で、20年以上も放置されていた。地質は田んぼの粘土で、全ての木が刈り取られ、夏草だけが生い茂る荒野だった。そこで家の敷地全体を庭にするために、私と夫は、ドロ ドロに粘つき、またカラカラに乾いて石のようになる粘土と闘い続けた。斜面を加えると約300坪の7段の庭は、私たちの苦闘の末に、花木や草花と一緒に野菜も育つ、日々の糧の生産地となった。
私たちはベジタリアンなので、新鮮な野菜が土の中から直行して台所に届くのは、まったく真の恵みだ。莢をはちきらせたグリンピース。掘りたてのジャガ芋、ニンニク、玉葱、ニンジン。触れれば切れそうなシャキシャキのレタスに青菜類。緑濃い木々や美しい花々を愛で、室内に飾り、庭の収穫物を美味に料理していただく。訪れる人々と共に、そして丘に住む多数の小動物や鳥たちと分かち合って。

こうして私たちはエコライフを手に入れた。一般的なイメージと違って、自然のリズムに追われ追いかけられるこの生活は、スローどころかとてもビジーである。だがとても楽しく、創造の喜びに満ちている。慎ましいエコライフだが、自然との共生は、私たちの人生にとっては豊かさそのものであることを実感する。

エッセイスト
鶴田 静
東京都生まれ。1975~77年イギリス滞在。帰国後79年に初のエッセイ集を出版して以来、自然生活、環境、食文化(ベジタリアン)、庭園と草花についての執筆、英語翻訳に携わる。88年、夫の写真家エドワード・レビンソンと房総半島の農村に転居し、現在に至る。著書『田園に暮す』/『二人で建てた家』(共に文春文庫プラス)、『いま、自然を生きる』(岩波書店)、『丘のてっぺんの庭花暦』(淡交社)、『サクラと小さな丘の生きものがたり』(ぷねうま舎)他多数。日本文藝家協会/日本ペンクラブ会員

月刊不動産流通2017年6月号掲載ƒ

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