家のコト

渡辺 梓さん「空間との対話が生み出す中古物件の味わい」

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2010年に横浜の若葉町に移り住み、女優業の傍ら美術家である夫と共に、1966年に建てられた銀行の古いビルを、自らの手でリノベーションしました。出来上がった「nitehi works(ニテヒワークス)」という空間は、さまざまな分野の表現者のための実験・交流・発信の場でもあります。
きっかけは、美術家の夫、稲吉 稔のプランが、横浜市の空き店舗活性化事業の助成金制度に通ったことでした。金銭的なサポートはもちろんですが、美術家の一種独特な視点を行政の方が受け入れてくれたことを何よりも嬉しく思いました。そして、大家さんの理解があったことでスタートすることができ、感謝しています。

この空間づくりはまず、そこに存在しているものたちの処分から始めました。非常食のカップラーメンに営業用のカバン、バイクのヘルメット。何ヵ月か前には役割を果たしていたであろうたくさんの判子や書類達。存在していないのは人物だけ。そこは金庫室のある銀行でいながら、ある時から時間が止まってしまったという、特殊で不思議な空間でした。

解体作業の最中にはさまざまな発見がありました。壁の中に隠されていた何年も使われていないポンプ、床下の貯水槽、ボイラー室の機械、屋上の室外機のプロペラ、そして、外壁に付いていた大きな看板。厄介な粗大ゴミに思えていたすべてのものが、汚れをふき取るなど、少し手を加えることで、「ゴミ・廃棄物」から、新たな素材に変化し、そこにしかない「特別なもの」として生まれ変わる。屋上の古いエアコンの室外機のプロペラは天井扇となり、外看板は長いガラステーブルとして生まれ変わりました。

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屋上にあった古いエアコンの室外機のプロペラを室内のファンとして使用

この「価値観の逆転」こそがニテヒワークスの軸でもあります。人の手が加わることで、古いものの味わいが引き出される面白さ…空間と対話し発見していく作業は、「そこだからこその空間づくり」にはとても大切な時間でした。

さらにその後、このリノベーションが縁で、関内のシェアオフィスのリノベーションも手掛けることができました。その建物に係る皆の思いを紡いで出来上がったその空間は、そこに息づく人たちが育て、成長し、生きたものとしてぬくもりを持ち、新たな人にそのぬくもりが引き継がれていく。つくづく中古物件の面白さは、その「ぬくもり」だと感じます。

こうしてツナギを着て埃やペンキまみれで空間と向き合う、女優業とはかけ離れた体験から、私はさまざまなことを学びました。舞台での不安や緊張を解くには、まずは芝居の世界を作り出す舞台装置一つ一つに触れてみればいいとわかりました。壁、棚、ソファ、テーブルなど…大きな無機質な空間が、手を触れることで、身近になり、芝居という非日常空間から、日常へと導いてくれる。空間が味方になり自分を受け入れくれることを体感し、安心感の中で芝居という世界に生きることが出来るようになりました。

また、私自身も40歳を過ぎてから、体に多少不具合が出て来ました。そういう意味では今の私は中古物件と同じです。古さや老いを欠点として捉え、覆い隠したり排除するのか、または自分ならではの「味わい」として愛し、違った価値観を見つけられるのか。自分の考え方次第で、これからの生き方が変わる時期です。
空間づくりを通して得た体験を生かし、自分自身と対話しながら、今までの価値観をどう逆転していくか、じっくり考えていきたいと思います。

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ガラステーブル(中央)として生まれ変わった外看板

女優
渡辺  梓  わたなべ・あずさ
1969年静岡県生まれ。87年に第11期生として「無名塾」に入塾し、89年 NHK連続テレビ小説「和っこの金メダル」ヒロインでデビュー。その後、舞台、ドラマを中心に活躍。2010年より、美術家の稲吉 稔とともにアートプロジェクト「nitehi works」(ニテヒワークス、ニテヒ=似て非なるの意)をスタートし、女優業とともに展開。
公式HP:http://nitehi.jp

月刊不動産流通2015年3月号掲載ƒ

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