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麺は口ほどにものを言う~ご当地ヌードル探訪~

未知の味わい“あまもっくら”! 長野県坂城町の「おしぼりうどん」

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日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は、長野県坂城町の郷土料理「おしぼりうどん」を紹介します。

おしぼりうどんの“おしぼり”とは、調理法のこと。坂城町の特産品「ねずみ大根」の“しぼり”汁につけて食べるうどんだから、おしぼりうどんと呼ばれています。何とつけ汁はねずみ大根100%だとか……! 地元の人気店「かいぜ」にat home VOXがお邪魔して、その味に迫ります!

ねずみ大根。下部が膨れ、根はねずみの尻尾のように見えることから名付けられました。

ねずみ大根。辛味大根の一種で、下部が膨れ、根はねずみの尻尾のように見えることから名付けられました。

■ここでしか味わえない“あまもっくら”

坂城町の中心地から少し外れた高台に「かいぜ」はありました。ゆるやかな斜面に造られた果物や野菜畑のなかに静かに佇む一軒家。たわわに実った秋冬の味覚が迎えてくれます。

かいぜという不思議な店名は、このあたりの小字である“開畝(かいぜ)”にちなむ。

かいぜという変わった店名は、このあたりの小字である“開畝(かいぜ)”にちなんだそう。

お店を切り盛りしているのは、女将の片山しさ子さん。おしぼりうどんには、坂城町に嫁いでから出会ったそうです。

片山さん「おしぼりうどんは、家庭料理なんですよ。昔の坂城は二毛作が盛んな地域で小麦粉を作っていたから、お父さん(片山さんのご主人)なんかは、昼はご飯、夜はおしぼりうどんみたいな粉ものを食べる日が多かったと言ってましたね。私もうどんの作り方はおばあちゃん(お姑さん)から教えてもらいました」

坂城の家庭で代々受け継がれてきたというおしぼりうどん。さっそくいただいてみます!

おしぼりうどんの、ひたすら白いつけ汁に目を奪われます。

おしぼりうどんの、ひたすら白いつけ汁に目を奪われます。

熱々の釜揚げうどんと薬味のネギかつおぶしみそ。そして真っ白なつけ汁からは、大根特有の刺激的な青いにおいがほのかに漂ってきます。そう、このつけ汁こそ、ねずみ大根のしぼり汁なんです!

片山さんねずみ大根を皮ごとジューサーでおろしています。瞬間的にしぼらないと、本来の辛みが生まれないんですね。まずはうどんとつけ汁だけで食べてみてください。そのあと、お好みで薬味を入れてもらえれば」

つけ汁は元が大根とは思えないほどにさらさら。大根おろしとは全くの別物です。

つけ汁は元が大根とは思えないほどにさらさら。大根おろしとは全くの別物です。

口に入れると、生大根の舌を刺す辛さを感じます。ぴりぴりとしびれるような感覚にしばらく浸っていると、少しずつ口のなかに甘みが広がってきました。この不思議な味わいは……?

片山さん「辛さのあとに、ほのかな甘みがあるでしょう? それが“あまもっくら”ですよ」

“あまもっくら”とは信州の方言。おしぼりうどんの味を表現するのによく使われる言葉だそうですが、食べてみれば納得です。普通の大根とは少し違う、辛さのあとにやってくる独特の甘い余韻は、まさにあまもっくらな味わい! この風味を引き立てるため、麺には工夫が凝らされているそうです。

片山さん「普通のうどんと違って、麺に塩を入れていないし、ゆで上がってから水にさらしていません。うどんは手打ちで、つけ汁がからむように表面がざらついています。水にさらすとコシは出るんですが、ツルンとしてからみにくくなるので」

確かに、麺をたっぷり浸さなくてもつけ汁が十分にからんでくれます。さらに薬味のみそをつけ汁に溶かせば、まろやかな味わいに。おしぼりうどんにみそはつきものですが、「かいぜ」では一般的な米みそではなく麦みそを使用しています。素朴な甘みがねずみ大根の辛さとマッチして、とても食べやすくなりました。

さて、もう一つの人気メニューが「おしぼりそば」です。こちらは長野県の戸隠や千曲で食べられている郷土料理ですが、「かいぜ」でも味わうことができます。

おしぼりそば。こちらは半人前で、「わがままセット」で出される分量。

おしぼりそば。こちらは半人前で、「わがままセット」で出される分量。

そばは水だけでつないだ十割そばで、香りコシともに抜群。特徴的なのは、ゆでている最中に切れてしまいそうなほどの麺の細さ。つけ汁の味が濃く楽しめます。

戸隠や千曲では、ねずみ大根以外の辛味大根が使われることがあるようです。

戸隠や千曲では、ねずみ大根以外の辛味大根が使われることがあるようです。

おしぼりそばは、めんつゆにねずみ大根のしぼり汁を薬味にしていただきます。めんつゆは、二日間かけて丁寧に出汁を取ったもの。カツオやサバのうまみがぐっと凝縮されています。

ちなみに、お店で一番の人気メニューは、おしぼりうどんとおしぼりそばを半人前ずついただける「わがままセット」。お客さんの半数がセットを注文するそうです。実際のところ、このつけ汁は辛み好きにとってクセになる味わい。2種類のあまもっくらを楽しめるぜいたくなセットがあるのなら、つい頼んでしまうのも納得です!

■出店の苦労と自家製のねずみ大根

坂城町では昔から食べられてきたおしぼりうどんですが、専門店となると近年までほとんどありませんでした。そのなかで、「かいぜ」をオープンした理由を、片山さんはこう語ります。

女将の片山しさ子さん。ちなみにエプロンに描かれているのは坂城町のご当地キャラ「ねずこん」。

女将の片山しさ子さん。ちなみにエプロンに描かれているのは坂城町のご当地キャラ「ねずこん」。

片山さん「このお店を始めたのは、私自身がおいしいと思うものをいつも食べていたいからですね。実は私は、うどんやそばがあまり好きではなかったんです。でも、うどんの作り方をおばあちゃんに教えてもらっているうちに、だんだんと好きになっていきました。そばはうどんよりも苦手だったので、そうめんみたいにツルっと食べられたほうがいいなと思って、細く作っています。もちろん、いまは両方とも好きですよ(笑)だから、一年中食べられればいいなと」

しかし、そこにはさまざまな苦労があったと言います。なかでも大変だったのは、おしぼりうどんの要となる、ねずみ大根の確保だったそう。

片山さん「ねずみ大根の旬は冬。普通の家庭だと冬から春先までしか出せないんですよ。でも、ウチでたくさん作って、保存することで、何とか一年中出せるようになりました

ねずみ大根の畑。左奥に見える建物が「かいぜ」で、まさに目の前に広がっています。

ねずみ大根の畑。左奥に見える建物が「かいぜ」で、まさに目の前に広がっています。

お店の近くにある畑では、ねずみ大根が自家栽培されています。おしぼりうどんに使用するねずみ大根は、すべて店のまわりにある5カ所の畑で収穫されたものなのです。

片山さん「ねずみ大根は毎年11月末に収穫しています。2〜3回は霜にあわせないと、辛さばかり強くなっちゃって、“あまもっくら”が出ないんですよ。この収穫が次の一年の味を決めるので、気を使います」

オープンしてからも、軌道に乗るまでは大変だったそう。片山さんはお客さんに助けてもらいながら、ここまでやってきたと言います。

片山さん「おいしかったと言って何度も来てくれたり、私が一人でお店を回しているときは、片づけを手伝ってくれるお客さんもいてね。ウチの人気メニューの『わがままセット』も、おしぼりうどんとそばのどちらも食べたいというお客さんの声から生まれたものなんです」

「かいぜ」では、季節を問わず楽しめるおしぼりうどん。その裏には片山さんのこだわりと努力、そしてお客さんたちの支えがありました。

坂城町は観光地として有名な長野市や上田市からもほど近く、近年ではねずみ大根を軸にした町おこしを行っています。町内にはおしぼりうどんを提供する店も増え、現在では10店舗近くで味わうことが出来るようになりました。信州に遊びに来たら、ぜひ食べてみてくださいね!

※記事中の情報・価格は取材当時のものです。

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