日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は、和歌山県和歌山市を訪れました。古くは「日本書紀」や「古事記」に記された神話にも登場した和歌山は、江戸時代には御三家の一つ・紀州徳川家が治める紀州藩の城下町として栄えました。
紀の川の河口に位置する和歌山市は、ご当地ラーメンの発展と深い関わりのある地域。ラーメンが全国的な人気を獲得したのは戦後ですが、和歌山では戦前から「中華そば」が食べられていたと言われています。
そして戦後の和歌山市には多くの屋台が立ち並ぶようになり、大きく二系統のスープに分かれてラーメン文化が発展しました。現在主流となっているのは、井出商店から派生した濃厚なトンコツしょうゆ系。1990年代には「和歌山ラーメン」として全国的に知られるようになりました。
そんな“ラーメン県”ともいえる和歌山市内で、和歌山ラーメンとは一線を画す異色のご当地ラーメン、その名も「てんかけラーメン」を提供しているお店があるんだとか。そこで今回は、製造・販売元である「玉林園」さんに向かいました!
玉林園は和歌山県内に多くの店舗を構えており、店内の「グリーンコーナー」と呼ばれるスペースでてんかけラーメンを販売しています。今回訪れたのは、和歌山駅から一駅の田井ノ瀬駅から10分ほど歩いたところにある、玉林園本社のグリーンコーナー。
店内に一歩足を踏み入れてみると…。
そう、玉林園は、お茶の製造をメインに行う製茶メーカーだったのです。本当にここでラーメンが食べられるのかとドキドキしていると、広報活動などを行う事業部の﨑山千晶さんが声をかけてくれました。
﨑山さん「うちは製茶メーカーですが、食品製造業、飲食業などお茶以外の事業も手がけているんですよ」
そう言う﨑山さんが案内してくれたのは、お茶の販売スペースの隣には10卓ほどのテーブルが置かれたスペース。どうやらグリーンコーナーとは、飲食店のことだったようです。
ホッとしたところでいよいよ注文。今回は、特別に調理の様子を見せてくれることに。てんかけラーメンとは一体何なのか、早速見せてもらいましょう!
■潜入! お茶屋さんのラーメン作り
麺をほぐし、トッピングをしていきます。ここまでは普通のラーメンのようですが…。
なんと、天かすを惜しげもなくラーメンの上に振りかけていきます。なるほど、「天」かすがたっぷり「かけ」られたラーメンで「てんかけラーメン」だったわけですね。
それでは実食です! ストレートの細麺を包み込むスープは、非常にあっさりとしたしょうゆベースの和風。スープとともに天かすが口の中にたっぷりと入ってきますが、あっという間にふわっと溶けてしまいました。麺も柔らかいので、ツルツルと喉を通っていきます。
天かすの油っぽさは全くと言っていいほどなく、存在感のある見た目とは裏腹に、麺やスープを邪魔していません。しかし、天かすの混じったスープを飲み込むと、後味にかすかに潮の香りがあり、余韻を残します。
﨑山さん「天かすは、スープに合うように開発した専用のものを使っています。ある秘密の素材を混ぜているので、独特の味わいがするんですよ」
トッピングは天かすのほかに、わかめ、ねぎ、紅しょうが。さっぱりとした麺やスープと相まって全体的にシンプルな味わいですが、合間に紅しょうがをかじることで味が一気に引き締まり、バランスが良くなります。天かすやトッピングはもちろん、スープまで簡単に飲み干せそうな、老若男女に愛されるラーメンでした。
これらのトッピングやあっさりとしたスープは、ラーメンというよりうどんを想起させます。また、全国的に広まっている濃厚なトンコツしょうゆ系の和歌山ラーメンとは、少し趣が違うようですが…。
﨑山さん「スープはとにかくあっさり、がうちのこだわりなんです。鶏をベースにトンコツやカツオだしをブレンドした特製のもので、“スープを最後まで飲みきれるように”との思いを込めて開発されました。いわゆる和歌山ラーメンはもっとこってりとしているので、てんかけラーメンは和歌山ラーメンの系統に属さない、独自の“和風ラーメン”だと私は考えています」
和歌山ラーメンの枠には属さず、独自のスタイルを追求したてんかけラーメン。それにしても、なぜお茶屋さんがここまで本格的なラーメンを作ろうと考えたのでしょうか。疑問に思っていると、﨑山さんが玉林園のこれまでについて教えてくれました。
■安政から続く老舗の、思いやりとアイデアが詰まったラーメン作り
玉林園の創業はなんと1854年、すなわち安政元年。日本がアメリカと和親条約を結んだ頃から続く老舗というわけです。最初はお茶だけでなく干物なども取り扱っていましたが、大正時代にお茶の専門店にシフトチェンジ。その後昭和時代に入り、玉林園は大きな変化を遂げます。
﨑山さん「昭和33年、アイデアマンだった5代目社長の林己三彦が“グリーンソフト”を開発・販売しました。これは世界で初めての抹茶ソフトクリームで、冷蔵庫も普及していない当時では画期的な商品だったんです」
お茶の売れ行きが下がる夏用の商品はないかと考えていた林さんが、外国人が抹茶をミルクに混ぜて飲んでいることを聞き、開発したのがグリーンソフトなんだそう。最初こそなかなか売れませんでしたが、次第に売れ行きを伸ばし、やがて和歌山市民のソウルフードと呼ばれるまでになりました。
グリーンソフト販売から2年後の昭和35年にグリーンコーナーを開設。本格的に飲食事業に乗り出し、昭和37年にはてんかけラーメンの原点となる「中華そば」が販売されました。当時は和歌山市内全体で中華そば店が増えており、時流に乗って玉林園も中華そばをメニューに取り入れたそうです。
﨑山さん「その頃からすでに、濃厚スープをよしとする“和歌山ラーメン”の風潮はありましたね。5代目は中華そばを提供するにあたり、調査のためにいろいろなお店の中華そばを食べて回っていました。その結果として、主流に反するあっさり味の“和風ラーメン”を開発したところが、5代目のアイデアマンたるところだと思います」
昭和42年、中華そば開発から5年後にてんかけラーメンは生まれました。お茶屋さんがラーメンを作り続けたことには、当時のラーメンブームという背景以外にも理由があるそうで…。
﨑山さん「いくらブームといっても、当時はまだ女性が一人でラーメン屋に入ると、後ろ指をさされてしまうような時代。ラーメンを食べたくても食べられない女性のために、5代目は店舗の奥にスペースを設け、そこでラーメンを提供したんです。お茶屋さんなら、女性が一人で入ってもおかしくないですからね」
なるほど! ずっと抱いていた“お茶屋さんでラーメン提供の謎”は、ここで氷解しました。
その後てんかけラーメンは口コミでリピーターを増やし、グリーンコーナーイチの人気メニューに。一杯370円という安さも手伝って、現在ではグリーンソフトと並ぶ和歌山市民のソウルフードとなっています。
店舗も増え、お土産用のセットも販売。お土産用とはいえ、スープから具まで店舗で提供しているのと同じものを使っており、お店のてんかけラーメンに限りなく近いものが食べられるそうですが…。
﨑山さん「店舗で提供するてんかけラーメンは、トッピングの量まで決まっています。5代目は、スープに麺、具のすべてが完璧なバランスになるように作り上げましたから、どれが欠けてもてんかけラーメンとは言えないんです。お土産用を買っていただけるのはもちろんうれしいですが、店舗でしか食べられない“完成形”のてんかけラーメンを、ぜひ味わってほしいですね」
“和歌山といえば濃厚なスープ”という概念を変えてくれる、玉林園のてんかけラーメン。和歌山を訪れた際は、こってりとした和歌山ラーメンと一線を画す、お茶屋さんの“和風ラーメン”を味わってみては?
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店舗情報
● 株式会社玉林園 グリーンコーナー本店
住所:和歌山県和歌山市出島48-1
電話:073-473-0456
営業時間:11:00〜LO22:30(年始休業あり)
http://gyokurin-en.co.jp/
※記事中の情報・価格は取材当時のものです。