海外の家や暮らしをリポートする「World Life Style」。第21回目はインドネシアの首都ジャカルタから。今回ご紹介するのは、アートをこよなく愛する芸術家カップル、イカさんとフランシスさんのお宅。「コス」と呼ばれる下宿で、たくさんの好きなものに囲まれて暮らしている。週末ごとに古物市やアンティークショップに繰り出し、ヴィンテージ小物などを収集して飾るという、ふたりのクリエイティブな住まいを訪ねた。
オランダ植民地時代に起源を発する「コス」
「コス」(インデコスの略)とは、日本でいういわゆる下宿のことで、「中で食べる」という意味のオランダ語「in de kos」に由来している。オランダ植民地時代、ヨーロッパ的な生活に憧れるインドネシア人の富裕層が、ある程度の金額を支払い、子息をオランダ人家庭に住まわせたという。オランダの生活様式を学んだり、オランダ人学校に通わせる、いわばホームステイのようなもの。この単語の意味が時代とともに変化し、最終的に下宿という意味に落ち着いたようだ。
「コス」はインドネシア都市部の学生、会社員や若い夫婦などが利用し、マンションや一軒家に比べると、比較的家賃が安い。シングルベッドひとつでいっぱいになる、窓もない部屋に、扇風機、共同トイレ・シャワー付きの質素なコスから、エアコン、温水シャワー、トイレ、インターネット、プール付きの高級コスまで、予算とライフスタイルに合わせてさまざまある。
南ジャカルタのブロックM地区は、日本食レストランが多いことから「リトル東京」と言われている。その地域の近く、大通りをちょっと横に入ると、表の喧騒が嘘のような閑静な住宅街があり、そこにイカさんとフランシスさんの「コス」もある。3階建てで、1階にオーナー家族が住み、2階と3階に各10部屋ある。共同シャワー・トイレのワンルーム(家賃月額約1万円)から、シャワー・トイレ、ベッドルーム、リビングルームの大きいユニット(家賃月額約3万円)まで各種あるが、イカさんたちが住む「コス」は一番広いタイプだ。
2階のすぐ左手にふたりの部屋の入り口がある。この「コス」には他に会社員、大学生、地方出身の夫婦(たいていの夫婦は子供ができるとコスを去る)などが住んでいるが、ふたりが仲良く行き来をしているのは、ここにスタジオを構えるタトゥー・アーティスト、歌手、コレオグラファー、ミュージック・ディレクターなど芸術系の仲間が多い。彼らとはよく集まり、おしゃべりやスクラブルなどのゲームを楽しむ。住人の出入りが激しいので、2年目のイカさんたちもすでに一番の古株。ここを訪れた友人に、空き部屋が出たら教えてあげることもあるそう。
ふたりの屋号は、名付けて「ハロー、ラジオ」!
インドネシアの住所は、各通りに歴史上の人物、地名、物、動物、植物などの名前がついている。例えば、「スディルマン将軍通り」、「地球通り」、「大マンゴー通り」といった具合に。この「コス」がある通りは「ラジオ通り」という名前なので、ふたりは住まいを「ハロー、ラジオ」と名付けた。単なる住まいにとどまらず、ふたりのアート作品を売るギャラリーであり、友人が集まる場所であり、何かを創造する空間でもあるという。入り口ドアのキャビネットには「HALO RADIO -SHOPPING, SHARING, MAKING-」(右の黄色い額縁)と書いたイカさんの作品を置いた。これが、ふたりの看板で屋号だ。
入り口ドアの上には、ピンで留めたお金が(時計の横)。「時は金なり」というメッセージを洒落っ気たっぷりに表現したもの。眺めれば眺めるほど新しく愉快な発見がある部屋だ。
入り口横のスペースには、ふたりの作品ばかりでなく、アーティストの友人たちと交換した作品をディスプレイ。アーティスト同士で影響し合い、創造性を高めていく有機的な関係。ジャカルタの現代アートが秘める可能性が、そこにはある。ちなみに、右上の大きい絵は、White Shoes & The Couples Companyのボーカリストで、画家としても活躍しているサリさんの作品。古いインドネシア映画をテーマにしているそうだ。ちなみに、サリさんのバンドは、2007年のYahoo! Musicで「地球上もっともブログで話題にする価値のあるバンド」として選ばれた。
ヴィンテージ小物がインスピレーションの源!
インテリアのテーマは”Hunter & Gatherer”。ふたりはとにかく好きなもの(道具、おもちゃ、本、アートなどあらゆる古いもの)を探し出しては収集するのが好き。週末ごとに古物市やアンティークショップに繰り出すのは、イカさんとフランシスさん共通の趣味である。
「夜寝る時にピカッとつけておくのよ」。イカさんは、ベッドルームの入り口上にある「EXIT」のランプを自慢げに点灯して見せてくれた。
最近のフランシスさんの水彩画作品は、プリンスやジョニ・ミッチェルなどミュージシャンの肖像が多いという。イカさんとフランシスさんの作品やコレクションを売るオンラインショップがInstagram (@haloradioshop)だとすると、ここはまさに実店舗。その他、見えないところにもおもちゃ、レコードのコレクションなどをたんまりと収納。レイアウトは気分によって頻繁に変える。イカさんは改めて部屋を見直し、「本当にウチってモノだらけよね!」と呆れていた。
アイデアと遊び心で殺風景なシャワールームが大変身
部屋を借りている以上、気に入らないからといって大幅に改装することはできない。とはいえ、イカさんとフランシスさんの手にかかれば大きくて殺風景なシャワールームもこの通り。遊び心満点のスペースとなる。「まさかシャワールームまでこんなに楽しく飾っているとは思わなかった」と、初めて入るお客さんも声をあげて喜ぶ。
「ハロー、ラジオ」にはグリーンがいっぱい
窓の下の小さなスペースにサボテンや多肉植物を飾った、イカさんの小さなガーデン。「あそこがハロー、ラジオだな」と、訪ねてくる人の目印になるように。
窓の外いっぱいに広がる緑は、墓地である。近くには公園もあり、ときどき散歩やピクニックを楽しむ。ジャカルタは決して公園が多い街ではないので、非常に恵まれた環境といえる。
食事や洗濯は近所のサービスを利用
一階にあるオーナー家族のキッチンは、住人たちも共用している。イカさんたちは気を使うので、ほとんど使わないという。
徒歩圏にたくさんの店がある便利なエリアなので、近所の屋台やレストランなどもよく利用する。最近は、配車アプリサービスのあるバイクタクシーをスマホでオーダー。「あのコーヒーショップでグリーンティーラテを買ってきてください」というお願いもできるそう。
「コス」内にもオーナーが提供する洗濯サービスはあるが、ふたりは近所の「キロアン」と呼ばれるランドリーを利用している。キロごとのリーズナブルな料金で、コス暮らしの強力な味方。
■プロフィール■
イカ・ファンティアニさん(40歳)専門学校で広報を専攻し、卒業後は日系広告代理店のコピーライターとしてキャリアをスタート。2008年から、主にコラージュ作品を得意とする芸術家に。恋人のフランシスさん(28歳)は、大学で国際関係を専攻。アートギャラリーに勤務するグラフィックデザイナーで、イラストレーターとしても活動。ふたりとも、アートは独学で身につけた。「コス」には2014年3月から入居。ふたりの共通の楽しみは、休みごとに古物市やアンティークショップをめぐり、古くて面白いものを掘り出すこと。フランシスさんはゴジラなど怪獣もののおもちゃを収集。イカさんは掘り出しものに手を加えて作品にすることもある。
~住まいについて~
面積:40平方メートル、家賃月額3,800,000ルピア(現在のレートで約3万円)、電気代込み、インターネット別
■インドネシア・ジャカルタの不動産事情■
ジャカルタ首都特別区は、東京23区くらいの面積に人口約1000万人が住み、人口密度もほぼ東京23区と同じ。東西南北と中央の5つの区域があり、北は華人の多く住むエリアや工場が多く、南は学校や閑静な住宅街が多い。ボゴール、デポック、タンゲラン、ブカシなどジャカルタ周辺の都市圏にも住宅地が拡大している。市内の地価は高く、郊外の住宅コンプレックスの一戸建てに住む層も多い。
特にジャカルタ西にあるタンゲランはIKEAやイオンモールのインドネシア第一号店があり、東急不動産によるコンドミニアムの建設が進むなど、国内外から注目されている。ただし、公共の交通網が十分に整備されておらず、自家用車の数も年を追うごとに増えているため、渋滞が深刻な社会問題に。郊外から都心への通勤は、最低でも片道1〜2時間はかかる。
通常、貸しアパートメント(日本のマンション)や貸家は1年分の家賃プラス1ヶ月分のデポジットを入居前に支払う。大学生や若い会社員が、月払いの「コス」に住むのは出費の負担を避けるためもある。アパートメントの家賃は、立地、設備、家具の有無などにより、月/4,000,000ルピア~50,000,000ルピアまでまちまち。同じくアパートメントの購入価格は平米/6,000,000ルピア~30,000,000ルピア。