暮らしのコト

麺は口ほどにものを言う~ご当地ヌードル探訪~

既成概念を覆す “夏のほうとう” 山梨県甲府市の「おざら」

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日本各地に根付いた「麺料理」を求めて、全国を巡る「ご当地ヌードル探訪」。今回は、山梨県庁甲府市にやってきました。甲府といえば、特産品のぶどうといったフルーツや、戦国武将・信玄をはじめとした武田氏が有名。「甲府」という地名も、信玄の父親である武田信虎により、「甲斐国の府中」という意味で付けられました。

信玄像

甲府駅のすぐそばで人々を見守る武田信玄像。高さは3.1m、重さは5tにもなります。

武田神社

武田信玄を祀る武田神社。武田氏の居館である「躑躅ヶ崎(つつじがさき)館」の跡地に建っています。

夢小路

おしゃれな店舗が立ち並ぶ、駅近くの「夢小路」。ワイナリーでは、豊富な種類のワインが試飲できます。

そんな山梨のご当地麺といえば、多くの人が「ほうとう」をイメージするのではないでしょうか。幅広の麺であるほうとうを、カボチャなどの野菜とともにみそベースの汁で煮込んだもので、農林水産省により「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれている名物です。

ただ、いくら名物とはいえ、この猛暑にぐっつぐつのほうとうを食べるのは少しつらいもの。しかし甲府には、夏にぴったりの“冷たいほうとう”、その名も「おざら」があるそうです。もしや、前回ご紹介した山形の「冷しらーめん」のように、氷が浮かんだほうとうなのでしょうか? 謎を明らかにすべく、今回は山梨県甲府市の老舗「ちよだ」を訪れました!

外観

ちよだは駅から徒歩約5分と好立地。土日に臨時休業が多いので、訪れる際はブログで確認を。

内観

温かみのある店内にはテーブル席と小上がり席が設けられ、家族連れでもゆったり座れます。夜は居酒屋も兼ねています。

店主

案内をしてくれたのは、3代目店主の斎藤義伸さん。妹のかおりさんと、二人でお店に出ています。

斎藤さん「おざらはもともと山梨の家庭で食べられていた郷土料理で、それを初めて観光客用のメニューとして取り入れたのがうちなんです。ほうとうの麺を使ってはいますが、煮込み料理のほうとうを冷ましたものではありませんよ(笑)」

ほうとうだけど山梨名物の煮込みほうとうではない……。ますます不思議なおざらとは、一体どんなメニューなんでしょうか?

■煮込まないから夏にぴったり! ほうとうを“あの”スタイルでいただくおざら

今回は特別に、おざらを作っているところを見せていただけることに。それでは早速チェックしてみましょう!

ほうとう麺

まず斎藤さんが取り出したのはほうとうの生麺。うどんよりも太いのが特徴です。

斎藤さん「使用する麺は、通常のほうとうと同じ。昨年麺を変えて、現在は山梨で100年以上続く伝統のある製麺所のものを使っています。100%山梨産の小麦でできた、自慢の麺です」

過程

麺を大釜でゆでたら、一度水にさらしてしまいます。

斎藤さん「普通のほうとうなら、麺をそのままみそ仕立ての汁に入れて煮込むのですが、おざらの場合は一度鍋で煮てから水でしめます。その日の気温などで麺のコンディションは異なるので、タイマーは使わず、指で固さを確かめながらゆでていきます」

この段階ですでに、煮立った“ほうとう”のイメージとは別物に。さらに斎藤さんは小鍋で汁を熱し、それだけをお椀に注ぎ始めました。

つけ汁

「ほうとう=みそ仕立ての煮込み料理」という既成概念を壊す、斬新なスタイル!

完成

やがて運ばれてきたものは、つけ麺タイプのほうとうでした。

冷水でしまった麺は、ぷりっとしてつややか。水分を吸って面積を増し、ボリューム感は満点です。一方、温かなつけ汁からは豊かなかつおだしの香りが漂い、食欲がそそられます。

ほうとう

こちらは煮込み料理のほうとう。見比べてみると、まったく別物であるということを実感します。

ディップ

冷たいほうとうを温かいつけ汁に浸し、いざ実食!

もちもち、ツルツルの麺は、かめばかむほど小麦の味わいが感じられ、自然な甘さが口いっぱいに広がります。冷水でしまってはいますが、ほうとうの特徴としてコシが弱めで柔らかいので、老若男女誰でも楽しむことができるでしょう。あっさりとした味わいの麺に、塩気が強くて濃い味付けのつけ汁がぴったりマッチ。たっぷり浮かんだ油が、素朴な麺にしっかり味を絡めてくれます。

つけ汁

具がたっぷり入ったつけ汁。汁だけを味わうと、カツオやしいたけのうま味を感じられます。

具沢山なのは通常のほうとうと同じですが、カボチャではなく油揚げがゴロッと入っているのが特徴的。実は家庭料理としてのほうとうには、油揚げが入ることが多いそうです。一口かむと、しいたけが効いた熱々のだしがじゅわりとにじみ出ます。食べ進むうちにしょっぱさが気になったら、三つ葉の出番。口の中をさっぱりさせてくれるので、また箸が進みます。

斎藤さん「つけ汁には特に気を使っています。まずは具ですが、しいたけ、たけのこ、ニンジン、えのきを細かく刻んで煮ています。そこに薬味の役割も兼ねたネギと三つ葉、トッピングに油揚げ、鳥ひき肉を投入。次にだしの取り方ですが、他店舗とは異なるやり方で行っています。詳しくは言えませんが、市販の材料は一切使わず、すべて天然のものだけを使用して作り上げているんです」

話を聞けば聞くほど、名物である煮込み料理のほうとうとは別物のおざら。とはいえさっぱりとした麺と、食欲をかきたてるつけ汁は、夏に食べるほうとう料理としてぴったりでした!

■思い出の家庭料理が、いつしか山梨のご当地グルメに

現在ほうとう・おざら専門店として人気のちよだは、1941年の創業当時はなんとタクシー会社でした。そこからお団子屋、大衆食堂、和食屋と変遷をたどり、40年ほど前に提供を始めたほうとうとおざらが名物になったそうです。

斎藤さん「おざらは山梨の中でも限られた地域で食べられていた家庭料理で、私も曽祖母の家などでよく食べていました。その味を母が受け継いで、店のメニューに取り入れたんです。だから私にとっておざらは、山梨名物である前に思い出の母の味なんですよね」

メニューとして加えた当時は認知度の低いおざらでしたが、食欲が落ちる夏にぴったりだと口コミで徐々に人気を得たそうです。それが市内中に広まり、現在ではさまざまなお店でおざらが提供されるようになったんだとか。県内のメーカーが製造・販売しているお土産用のおざらもあり、お土産屋さんではほうとうの横に並ぶまでに注目度が上がっています。

斎藤さん「他店舗では夏場のみの販売が多いですが、うちではおざらを通年メニューとして提供しています。また、平日限定で、“釜揚げおざら”といえる『ゆもり』というメニューもあります。夏はおざら、冬はゆもりと、一年中楽しむ常連客も多いんですよ」

ゆもり

温かいほうとうをつけ汁でいただくゆもり。漢字で書くと「湯盛り」だそう。

ゆもりはちよだによるオリジナルメニューですが、おざら自体の歴史は長いそうです。いろいろな方が研究しているようですが……。

斎藤さん「家庭料理ですから、いつから食べられていたのかという歴史や、おざらという名前の由来、つけ汁がみそでなくしょうゆベースである理由など、わかっていないことがほとんどなんです。県内の別の地域では『おだら』と呼ぶこともあるそうですが、我が家ではずっとおざらでしたしね。仏教の陀羅尼(だらに)経との関連性を調べている人もいますが、詳細はわかっていません。おざらがこんなに広まって皆さんに取り上げられるようになるなんて、母も思わなかったでしょうね」

再来年の2019年は、「甲府」の名が付けられてから500年を迎える節目の年。2年後に向けて、市では一丸となって500年観光PRを行っており、イベントの企画も予定しているそうです。記念すべき年を前に、街全体が盛り上がっている甲府市を訪れた際には、もしかしたら武田氏も食べていたかもしれないおざらを味わってみては?

  • 店舗情報
    ●ちよだ
    山梨甲府市丸の内2-4-8
    055-222-5613
    火~金    11:30~13:30(ほうとうLO13:15)、17:30~22:30
    土・日・祝日 11:30~14:00、18:00~20:00
    (月休・土日に臨時休業あり)
    http://marumaru115.blog.fc2.com

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