暮らしのコト

鈴木 光さん「災害の備えを自分の物語に」

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東日本大震災の後、仕事やボランティアなどで何度も被災地に通いました。その時に聞いたある漁師さんのお話がとても印象的に残っています。
漁師にとって船は何よりの財産。そのため、津波の恐れがある際は、漁船を沖合に係留して津波を避ける「沖出し」をすることもあるそうです。その漁師さんは、先代から津波の常襲地であることを聞いていたため、家族には常々「何かあったら沖に出ていてしばらく戻れないかもしれない、無線も通じないかもしれない」と伝えていました。そして「だからこそ家族には安全な場所で暮らして欲しい」と、港から離れた高台に家を建てました。そして、あの時、家族は高台の家で津波の被害を免れることができ、無線が津波直後に1回だけしかつながらなくても、お互いの無事を信じ、無事再会を果たすことができたそうです。
地震や台風を防ぐことはほぼ不可能ですが、できる備えをしておくことで、その被害を最小限に減らすことはできます。自然をコントロールするのではなく、自然を受け入れた上で被害を減らす工夫をしておくのです。この考え方を「減災」といいます。私はこの漁師さんのお話を聞いた時に、「これこそ、まさに減災だ」と思いました。

私は、災害を考え、備えるには、その土地の災害リスクをできる限りイメージしておくことがスタートだと考えています。もっといえば、災害が起きる前・起きた時・起きた後を自分の物語として紡ぐことが、「減災」なのです。
そうはいっても、文字ばっかりで紡いだものだとちょっととっつきにくい。イラストや写真が入った想像の翼を広げられるものを…。そう思って私が考えたのが「my減災マップ®」です。クリアファイルに地図やハザードマップを挟 み、自宅や避難所にシールを貼ったり、浸水想定範囲、土砂災害が起きる可能性がある範囲などをどんどん書き込んでいきます。今まで2000名以上の子供から大人まで、たくさんの人々と地域や学校でつくってきました。その結果、「(色を塗ったり、シールを貼ったりする)作業が楽しい」「(楽しいから)地域の災害を身近に考えられるようになった」という声を多くいただきました。

「my減災マップ®」をつくる際は、〝土地のお化粧〟を取り払った本来の姿を想像するのが一つのポイントです。
東日本大震災後に、ある男性に自宅があった場所で当時の避難の様子を伺いました。「津波で家が流されて、堤防もなくなった。ここに立ってみるとこんなに海に近い場所で生きていたのかと驚いた。海から離れて生活していたつもりだったのに」とのこと。家が密集し、堤防もあったことで、海が近いのに海が見えなくなってしまっていたのです。何も海辺だけに限りません。災害の可能性を考えれば、都会の崖、川の洪水 など他のことにも共通しています。

一方で人の繋がりも大きな「減災」です。「my減災マップ®」づくりをしていたある時、身近に避難できるか心配な知り合いがいたら黄色いシールを貼ってみましょう、と声を掛けてみました。ある高齢の女性が「私こそ不安だわ」と言うと、同じテーブルでマップを子供と一緒に作っていた若いお母さんが「あら、ご近所ですね。それなら私のマップにも黄色いシールを貼っておきますね。地震の後の声掛けくらいならできるかもしれません」とおっしゃいました。その時、その一人暮らしの高齢女性はとても嬉しそうでした。

災害の備えはやろうと思えばキリがありません。そしてこれから災害に備えていく私たちには、「しなやかさ」が必要です。災害を恐れるよりも、まずは自分の暮らす地域の性格を知り、災害の可能性を頭のすみに置きながらも、その良さを十分に謳歌すること、日々を大切に生きることが大切だと思っています。そんな風にしなやかに災害に向き合い、備えるコツをこれからも地道に伝えていきたいと思います。

(一社)減災ラボ代表理事/減災アトリエ主宰
鈴木 光
建設コンサルタントとして9年間、環境と防災分野に従事。退職後、フリーランスの防災ファシリテーターとして活動、2015年5月に減災アトリエを設立。全国各地の自治体職員、地域住民、学校、企業等に、主に地図を使った防災ワークショップや講演会等を実施。クリアファイルと地図を使い、楽しみながら地域の災害リスクの理解を深める減災教育プログラム「my減災マップ®」を考案し、各地の 学校教育現場、自主防災活動等で取り入れられている。防災図上訓練指導員、工学院大学 客員研究員。 減災ラボHP https://www.gensai-lab.com

月刊不動産流通2017年12月号掲載ƒ

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