(ライター:冨久岡 ナヲ)
イギリスを訪れた日本人が住宅街に迷い込むと、ほとんどの人が驚きの声をあげる。まったく同じデザインの家が何十軒も並んでいる通りに必ず出くわすからだ。一軒の家を隣へ、また隣へとコピペしたとしか思えないテラスハウス群。ある日本人建築家は、街の景観を保つために統一したに違いないと唱えた。果たしてそうなのだろうか。
イギリスのテラスハウス建築は、ヨーロッパで普及していたスタイルを真似て17 世紀くらいから始まった。その数が圧倒的に増えたのはビクトリア時代、つまり産業革命からだ。炭鉱や繊維産業などが発展し労働者向け住宅が必要となり、その需要への答えが、同じ建材を用いて安価に手っ取り早く大量の家を建てることだったのだ。暖房も長屋式にした方が一軒家よりも効率が良い。テラスハウスは景観よりも経済効果で選ばれたといえる。
間取りの定番は1階に2室と小さな台所、2階に寝室2つという「ツーアップ、ツーダウン」と呼ばれるスタイルで、居住面積は平均70㎡で庭付き。まだ電気も水道もバスルームもない時代でトイレは屋外だったが、当時の労働階級にとっては夢のようなモダンな家だったという。
ちなみに家の前に庭があることが多い日本に比べ、イギリスでは庭はとても私的な空間という位置付けで、表から見えにくい裏庭である場合が多い。そして、持ち家だからと勝手に増築や建替えをすることはご法度。屋根にソーラーパネルをつけるにも役所とご近所の同意を得なくてはいけない。そのあたりは、景観を美しく保つための配慮だが、こうした点もいまだ同じような家が並んでいる風景に貢献しているといえる。
冨久岡 ナヲ(ふくおか・なを)
ロンドン在住ジャーナリスト。イギリスのビジネスや文化など広範なテーマで記事を執筆するほか、日本からの投資用不動産視察コーディネートなども行っている。