(ライター:歌野 嘉子)

古いアパートメント。日常の街角も良い眺め
日本からヘルシンキに転勤してきたお客さまの家探しをお手伝いすることになりました。ヘルシンキの市内中心部で新築の物件を希望されたお客さま。予算にも余裕があるとのことですぐに決まるかと思いきや、家探しは難航を極めました。
ネックとなったのは「新築物件」という条件でした。どの不動産会社を訪ねても、担当者からはまず一番に、歴史あるエリアを勧められました。確かにそうしたエリアは静かで安全、そして街の中心で豊富な候補物件が見つかります。反対に新築の物件はほぼ皆無。新築にこだわるのであれば中心から少し離れるという選択肢しかない状態でした。
悩むお客さまと不動産会社とともに、1900年代初頭に建てられたアパートメントが並ぶエリアを歩きました。地震がほぼないフィンランドでは、建物は年月を経て修復を重ね、円熟していくものと考えられています。特に20世紀初頭、民族的ロマン主義の風が吹く中で、国家としての独立も果たしたフィンランドにとっては、建築が国の出発点でもあるそうです。
不動産会社は「美しい装飾の外壁に高い天井の室内。細部にまで当時の建築家の意気込みが宿っている。新築もすてきですが、ここには歴史と一体化する醍醐味がありますよ」と、力説。築100年を超えるアパートメントの部屋で聞くセールストークは、さすがに説得力がありました。

現在の建築には見られないドア周り
時間を価値として捉えるフィンランドの住宅事情の一面に出会うことができたお客さまの家探し。歴史の重みに心打たれたお客さまは、築112年の素敵なアパートメントに住まいを移されました。

当時を代表する建築家たちによる共同設計を記すボードがアパートメントの外壁に
歌野 嘉子(うたの・よしこ)
フィンランド在住10年。留学、現地旅行会社勤務を経て、オフィスウタノ(www.officeutano.fi)をヘルシンキにて主宰。個人旅行、ウェディング、各種メディアコーディネート等の他、デザインアパートメントホテルも運営。