家のコト

津久井 智子さん「部屋と消しゴムと私」

この「記事」が気に入ったらみんなにシェアしよう!

みんなにシェアしよう!

以前は東京の狭い賃貸マンションに暮らしながら仕事をしていましたが、知人の勧めで訪れてみた熱海に縁ができ、山の上の古い家を運良く格安で購入。最低限のリフォームを施して、2013年の1月に移住しました。

10年暮らした都心を離れること、中古とはいえ独身30女が借金して土地と家を買い、“消しゴムはんこ作家”という明日をも知れぬ珍妙な仕事でローンを返済していくことには、いろいろな意味で覚悟が必要でした。でも、思い切って都会暮らしと貯金を手放したおかげで、広い仕事部屋と、今までよりずっと自分らしい暮らしを手に入れることができました。
おいしい空気と水と野菜、源泉掛け流しの温泉めぐり、窓から青い海や満天の星空を眺める生活。そして、熱海で出会った2匹の子猫たちとの新しい暮らし。ユニークな移住仲間たちとの出会い。今となっては、熱海に来ていなかったら、人生の楽しさが半減してたかも? なんて思えるようなことだらけです。

購入した130坪の土地には2軒の家が建っています。1軒は築30年程度の2階建て。もともとは美容室兼住居だったもので、私は今、こちらだけリフォームして住んでいます。
もう1軒は、築40年以上の平屋。古いけれどつくりが丈夫で、しつらえもレトロでかっこいいのです。しかし20年も人が住んでいなかったため、あちこち老朽化していて、タダ同然でオマケのような形で手に入れたのでした。といっても2軒とも直すお金がなかったので、こちらは現在、手つかずの状態で放置してしまっています。
せっかくなので、こちらの平屋はできる限りDIYで、床や壁をタイルなども使って、自分でやってみたい!友達にも手伝ってもらったりして、かっこよく直せたあかつきには、アトリエ兼、誰かが遊びに来たときのゲストハウスにもなる素敵な「離れ」にしたい! などと妄想ばかり膨らませているのですが、やったこともなく、何をどれくらい揃えればいいかもわからず、なかなか取りかかれずにいました。

そんなこんなで先日、熱海の行きつけのバーで、ひょんな出会いがありました。鎌倉にレストランや洋服屋さんをいくつも経営されていて、それらのお店をすべて自分たちの手作りで、センスよくおもしろくリフォームしている人でした。私の仕事や作品を何かで知っていてくれて、その人から「津久井さん、消しゴムはんこで、壁、やってみませんか?」というお誘いをいただいたのです。
「鎌倉」駅から徒歩5分のまち中にある築80年の古民家をリノベーションして、モダンなゲストハウスとしてオープンしようと計画しているとのこと。部屋ごとにいろいろな作家さんに壁を作ってもらって、壁のデザインで部屋を選べるアーティストホテルにしようというアイディアで、話を聞いた途端、「やりたいです!」と即答しました。

10.7zuisou02

鎌倉の古民家宿「Villa Sacra」で製作の様子

下見に行くと、想像以上に純和風の家屋。褐色の柱や建具、ガラスの引き戸。壁に描かれた雅な日本画や、壁一面に貼られた書の書かれた半紙…。バックパッカー、特に海外からの旅行者たちがときめくに違いない素敵な空間です。漆喰を塗る部屋もあると聞いて、何かひらめきを感じ、コテを借りて塗り方を教えてもらって、漆喰と消しゴムはんこの相性を試してみました。すると、なんということでしょう! これが予想以上のかっこよさなのです。半乾きの漆喰の壁に、ちょうど良いタイミングで着色したはんこを押し付けると、活版印刷のように版の部分だけ凹むわけです。
10.7zuisou03はんこは金の鶴。胴体と左右の翼を別々の版で彫り、1羽ずつ翼の向きを変えることで、群れで羽ばたいているように見えるように捺しました。部屋の雰囲気に合う仕上がりとなり、無事オープンまでに完成。

これに弾みがついて、他のお店からも内装の依頼をいただいたり、自分の平屋の壁をどのように直すか、というイメージもしやすくなりました。こうして人とのご縁に恵まれることも、思い切って移住してよかったと思える理由の一つです。

 

消しゴムはんこ作家
津久井 智子 つくい・ともこ
1980年生まれ、埼玉県出身。熱海市在住。2003年より、オーダーメイドの消しゴムはんこ製作・販売を開始。書籍出版をきっかけに、メディア出演やワークショップ、商品のプロデュース、イベントでのライブパフォーマンスなど、消しゴムはんこの可能性を広げる活動を展開。多くのフォロワーを生み、「消しゴムはんこ」ブームを牽引。近年は活動の場を海外にも拡げ、日本発のアートとして発信している。著書は『消しゴムはんこ。はじめまして』(大和書房)など9冊。
ホームページ  http://tsukuitomoko.com

月刊不動産流通2014年11月号掲載ƒ

この「記事」が気に入ったら
みんなにシェアしよう!

MATOME