「横丁」

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昭和の頃、裏通りに 欠かせなかったあの店(さいたま市/さくら小路)

昭和の頃、裏通りに 欠かせなかったあの店(さいたま市/さくら小路)

さいたま市の中心街である大宮区は、JR「大宮」駅を挟んで対照的な風景が広がるまちです。再開発が進み、大型店が多い西口と比べて、東口は40年以上前にタイムスリップしたよう。古いアーケードや横丁も残っています。「さくら小路」もその一つ。100m足らずの狭い通りで昭和のオジサンの目に止まったのは、大谷石の蔵造りが珍しい質屋さん。ちなみに宇都宮特産の大谷石は加工が容易で、かつて関東一円の蔵に多く使われました。日比谷にあった帝国ホテル旧館の外壁にも使われ、竣工直後に起きた関東大震災によく耐えたことが知られています。

街のコト
杜の都・仙台は 「横丁率」の高いまち(仙台市/文化横丁)

杜の都・仙台は 「横丁率」の高いまち(仙台市/文化横丁)

「緑被率」をご存じですか? 自然の緑地や公園、河川などが地域に占める割合を示す単位です。その緑被率で全国の大都市中トップクラスにあるのが今号の仙台市。戦災復興の区画整理で中心部は整然としたまち並みを形成し、仙台城跡のある青葉山公園をはじめ、定禅寺通や青葉通の並木の美しさも印象的です。

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横丁まるごと「おでん」です(静岡市/青葉横丁)

横丁まるごと「おでん」です(静岡市/青葉横丁)

おっ、いいねえ。この雰囲気……。赤提灯を下げた小さな店が軒を寄せ合う横丁に、絵心がそそられます。ここは近代的なビルが立ち並ぶ静岡市の中心街にあって、異彩を放つ「青葉横丁」。すぐそばの「青葉おでん街」と合わせて、40店ほどのすべてがおでんの店という実に珍しい横丁です。

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「新世界」に生きる  うらやましい人びと(大阪市/浪速区・ジャンジャン横丁)

「新世界」に生きる  うらやましい人びと(大阪市/浪速区・ジャンジャン横丁)

仕事で関西へ出掛けると、つい立ち寄りたくなる場所が大阪ミナミの盛り場「新世界」にあります。全長180mほど、道幅3m足らずの「ジャンジャン横丁」です。 大正10年、大阪屈指の歓楽街だった通天閣界隈と飛田遊郭を結ぶ道筋として開通し、嬌声と脂粉の香り漂うバラック建ての店先からは、呼び込みの三味線がジャンジャンと鳴り響いていたことからその名が付けられたとか。

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和とフレンチが溶け合う粋な横丁(東京都/神楽坂・兵庫横丁)

和とフレンチが溶け合う粋な横丁(東京都/神楽坂・兵庫横丁)

「あら、先生。お久しぶり」。着物の裾を気にしながらお座敷へ急ぐなじみの芸者さんと、横丁でバッタリ。なーんて経験はありませんが、そんな想像すらしたくなる一画があります。変化の激しい都心に珍しく、花街の名残を漂わせる神楽坂でも、とりわけ風情のある「兵庫横丁」がそれ。曲がりくねった石畳の道、黒塀、見越しの松と、ノスタルジックな舞台装置がそろう道沿いに、上品な居酒屋や和食の店が点在し、出版社が多い土地柄を反映して、かつて作家や脚本家たちが執筆に励んだという「ホン書き旅館」も現役です。

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みちのくの夜寒を暖める人情酒場通り(青森県/八戸市・たぬき小路)

みちのくの夜寒を暖める人情酒場通り(青森県/八戸市・たぬき小路)

急速な経済成長と近代化を成し遂げた戦後の日本。大方の都市は年を追うごとに様変わりし、中にはパ リやニューヨークの中心街のようにオシャレで魅力的な通りも登場しています。しかし、昔ながらのまち の風情に心引かれる人も少なくないでしょう。今号からは全国各地を巡って、そんなノスタルジックでホ ッとくつろげる路地や横丁をご紹介します。

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