
あらゆる分野で活躍している人の仕事場を覗こう!という連載企画「潜入! プロフェッショナルの部屋」。第7回は、ゲーム業界の舞台裏に迫った『東京トイボックス』シリーズ(幻冬舎コミックス刊)などで知られるマンガ家・うめさんの自宅兼仕事場にお邪魔しました。うめさんの正体は、小沢高広さん(シナリオ・演出)と妹尾朝子さん(作画)の2人による夫婦ユニット。二児の子育てをしながら、現在はアップルコンピューター創業者、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの若き日を描く『スティーブズ』(小学館)を連載中です。
■電子書籍で1日3冊。「読む」こともマンガ家のライフワーク
職業柄、「マンガを片っ端から読み漁る」ことがライフワークだという小沢さんと妹尾さん。2人の自宅兼仕事場には、少女マンガから青年マンガ、過去の名作まで、マンガや本が所狭しと並んでいます。
小沢さん「何冊あるんでしょうね…(笑)。2人とも被って持っている作品なんかもあったから、さすがにそれは整理したんですけど。この家は1階が物置と寝室、2階がリビングと仕事場、3階が風呂と屋上になっていて、2階はどうせ仕事メインだからと、建てるときはいっそ『壁面全部を本棚にしようか』と考えたくらいなんです。結局やらなかったんですけど、今考えれば大誤算。やった方がよかった」
妹尾さん「抑えよう抑えようと思っても増え続けて、デスクの脚もととか、置きたくないところにまで進出してきているんです(笑)」
現在連載されている『スティーブズ』は史実をベースにした作品です。それだけに、当時の記録や資料などがたくさん必要になるのでは?
小沢さん「それはもう膨大に必要ですよ。コンピューター関連の本もそうだし、アップルに関わった人は本当にたくさんいて、それぞれがそれぞれの言い分で記録を残しているんです。記録同士が結構矛盾していて、どの情報が信頼に足るのかを検証するのが大変ですね」
妹尾さん「誰の記録を見てもふわっとごまかして書いてある部分があって、それはそれで面白いですけどね。たぶん、言ってはいけないこともあるんでしょう(笑)」
紙の作品への愛もさることながら、2人は相当な電子書籍フリークでもあります。「増え続ける」ことに危機感を覚え、最近はもっぱら電子書籍がメインだといいます。
妹尾さん「資料やマンガを含めて、1日平均3冊は買っているのかなあ。洋書とかも気軽に買えるから助かるんですよね。電子だと気になるページをすぐに検索できますし」
■「しっくりこない」を解決したときが、マンガを描いていて一番気持ちいい瞬間
小沢さんはかつてデザイン事務所などでも働いてたそう。どうしてマンガ原作者に?
小沢さん「僕自身はなろうとはまったく思っていなかったんです。妹尾と一緒にいたら、なりゆきでユニットを組むようになったというか。彼女の方がいわゆる『子どもの頃からマンガひと筋』っていうようなタイプで」
妹尾さんは、小沢さんに「話を作る才能」があることを知っていたのでしょうか?
妹尾さん「知らなかったですね。私が小沢をシナリオ作りのトレーニングに付き合わせていたら、たまたま面白い案が出てきて。『じゃあこれをマンガにしてみよう』ということになったのが、2人で活動を始めたきっかけです」
デザイン事務所にもいた小沢さんはグラフィックソフトを使うスキルがあったため、背景制作の部分でも制作に関わっています。
小沢さん「今でこそデジタルでマンガを描く人が増えましたけど、僕らが始めた10年くらい前はまだ少なかった。少なくとも当時連載していた雑誌でははじめてでした。印刷の知識があったこともマンガに活かせていますね。たとえば色味なんかは、自分が『ああしたい、こうしたい』っていうのを明確に伝えられるから」
お2人の仕事ぶりを見ていると、お互いのできること・得意なことをうまくぶつけあって作品の質を高めていることが分かります。それでも、意見が食い違う瞬間というのもあるのでは?
妹尾さん「ありますね。小沢は小沢で作品をもっとよくいこうとして、途中で演出を変えることが多々あるんです。だから、絵とセリフにズレが生じる。そのせいで私の『快心の出来!』と思っていた絵に、小沢がボツを出しやがったりします(笑)」
小沢さん「そこまでは滅多にやらないですけどね(笑) 『なんかしっくりこない』と、入稿ギリギリまで、しつこく直すのはしょっちゅうです」
妹尾さん「『大東京トイボックス』の5巻くらいの話だったっけ。原稿ができてそろそろアップってタイミングで、『あれ、全然面白くないじゃん!』ってなって、編集部に『すみません、今回落とさせてください』ってお願いしたことがあったよね」
小沢さん「『なんとかあと3日待ちますから!』って担当に助け船を出してもらって、作り直したんだよね。けど、あの『しっくりこない感覚』がスッキリしたときが、マンガを作っていて一番気持ちのいい瞬間でもあるんです」
ちなみに、その『東京トイボックス』シリーズでは、ゲーム業界の内情がとにかくリアルに描かれています。取材も緻密に行われたと思いますが、どんなところが見ていて面白かったですか?
妹尾さん「オフィスが結構面白かったよね。作品の舞台にした『スタジオG3』っていう会社はとにかくものが散らかった感じで描いているんですけど、現実のゲーム会社は意外とキレイなんです。昔は仕様書なんかがそこらじゅうに転がっていたらしいんですが、今はデジタルで管理するのが中心なので」
小沢さん「フィギュアの置き方が独特だったよね(笑)。机にただ置くんじゃなく、壁に貼り付けて浮いているかのようにしていたり。1人ひとりスタイルが違っていた」
■夕方子どもを迎えに行ったら、仕事はキッパリやめる!
お2人は二児の親でもあります。子どもが生まれて、働き方は変わったのでしょうか?
妹尾さん「それはもう劇的に。最初は自分たちのライフサイクルに子どもを合わせようと四苦八苦してたのですが、しばらくして子どものライフサイクルに合わせるほうがストレスが少ないことに気づきました。朝、子どもが起きて送り出すまでは仕事ができないから、本当に忙しいときはまだ暗いうちに起きて、子どもの目が覚めるまで仕事をして、送り出してからまた仕事の続きをやるという感じです」
小沢さん「それで、だいたいは保育園に子どもを迎えに行って帰ってきたら、仕事はキッパリやめちゃいます」
とても規則正しい生活ですね。マンガ家というとどうしても不規則な生活をしているイメージがありますが…。
小沢さん「子どもが生まれる前は、うちもそうでしたよ(笑)。でも今では、『なんであんなに仕事ばかりしていたんだろう?』って考えちゃいますね」
妹尾さん「だらだらしていたんだよね(笑)。今は時間が限られていることが分かっているから、しっかり計画を組んで仕事ができるようになりました」
小沢さん「面白いのが、SNSで自分の生活を発信する作家さんって結構いて、深夜3〜4時くらいになると、SNS上で『おはよう』と『おやすみ』が交差するんですよね(笑)。夜型組はそれくらいに寝て、子育てをしている人たちは起きるんです」
仕事が煮詰まったときはどうしていますか?
小沢さん「近所に散歩に出て、歩きながら打ち合わせをしますね」
ちなみに、スティーブ・ジョブズも、人と打ち合わせをするときは外に散歩に連れ出していたというエピソードがあります。
妹尾さん「そうみたいですね。歩きながら創作をする人って結構いますから」
お2人がこの家に住み始めて1年ほど。家に根付いていきつつ、将来的には別の働き方を考えているといいます。
小沢さん「沖縄が好きでよく行くんです。しょっちゅう行くもんだから現地に友達もできて移住も考えたんですけど、まだ子どもが小さくてなにかと大変ですからね。だから、こっちをベースにしながら、沖縄にも拠点を持ちたいなあなんて」
妹尾さん「今だとネット環境があれば仕事には困らないですからね。打ち合わせも「Skype」(インターネット用の通話ソフト)があればできちゃうし」
夫婦=ユニットであることの強みを生かして、仕事も生活も文字通り二人三脚で行っている小沢さんと妹尾さん。働き方の成熟が、そのまま作品の成熟へとつながっていく。これからはどんな素敵な化学反応が生まれていくのでしょうか。
- うめ
小沢高広(シナリオ・演出)と妹尾朝子(作画)によるマンガユニット。2010年に日本人マンガ家として初めてAmazon Kindleで作品をリリース(『青空ファインダーロック』)。代表作は『東京トイボックス』『大東京トイボックス』『スティーブズ』など。最新刊『スティーブズ』2巻が発売中。
http://blog.chabudai.com/
※記事中の情報は取材当時のものです。