ここのところ、主に企業でのAI応用が牽引役となり、人工知能AI (ArtificialInteligence)ブームが続いている。
AIは「人間の知的能力をコンピューター上に実現する」ことを目指す、60年ほどの歴史がある研究分野であるが、科学的と言うよりは工学的色彩が強く、現在さまざまな分野への応用が進められている。
その応用として、AIを住宅や居住環境の改善に活用しようという発想も自然に出てくる。この拙文では、居住環境でのAIの使い道はどうなるのか、またそこで何が課題となるかを徒然なるままに考えてみたいと思う。
AIの住宅応用というと最近ではまず思い浮かぶのが、「コネクティッドホーム」だろう。「コネクティッド(connected)」とは、「インターネットに繋がった」という意味であり、コネクティッドカーなどの用例がある。
コネクティッドホームは、居住環境にある家電や情報機器などの(ホーム)アプライアンスがすべてインターネットに繋がっていることをイメージしている。その意味では、IoT(モノのインターネット)の一形態とも言える。そこでは、アプライアンスは、ネットからさまざまな情報を得ることになり、またアプライアンスがセンシング(感知)したビッグデータがネットを通して共有される。そうなると何ができるかというと、例えばPCやスマートフォンで自分の家のすべてのアプライアンスの状態を知り、それらをコントロールすることが容易になり、スマートホームやHEMSのインフラができあがることになる。そして、そのようなコネクティッドホームの環境が整うと、いよいよ住居環境で活躍する「住居型AI」とも言うべきAIの出番である。
住居型AIは、まずコネクティッド とIoTの機能を活かして、住居内における居住者の情報(位置、姿勢、移動速度、行動、心拍や発汗などの生体情報、音声発話など)、すべてのアプライアンスのセンシングデータ、稼働状態データ、また周辺のスーパーや市場の買い物情報などの種々のビッグデータを収集する。
そして、そのデータから、データマイニング(データ解析)や機械学習を使うことで、人の行動パターン(何時に起きて、まず何をするかなど)、あらゆる嗜好性(好みのタレント、テレビ番組、料理の味、室温など)、人間関係(誰と誰の仲が良い/悪い、同室に居る傾向など)をはじめとする居住者に関するさまざまな知識を網羅的に獲得することができるだろう。
それらの知識をフルに使って、人のリモコン操作の前にアプライアンスが自動的に照明、室温、情報推薦などを、人の好みとエコの両方で最適化してコントロールすることができるようにな る。例えば、そりの合わないお父さんと娘を仲良くさせたり、屋内のどこにいても音声・ジェスチャーコマンドを正しく実行したり、日用品や消耗品の管理や発注を最適に行なったり…
ただし、このレベルの住居型AIが実現されるといろいろと新しい問題が生じてくる。
その一つが、住居型AIと一緒に暮らすことを人が受け入れられるかという問題である。居住者は、自分で操作することなく、「何者」かが勝手にさまざまなアプライアンスを操作することを体験するわけで、かなりの違和感を覚えるのではないだろうか。
つまり、アプライアンスをコントロールするのが何者であるのかを知り、そしてその何者かと一緒に暮らして行くことを受け入れなければ、このポルターガイストのような住居には安心して住めないだろう。便器のフタが自動開閉するトイレがあるが、あれを最初に体験したときのギョッとした驚きが何倍にも増大したと思えばわかりやすいかも知れない。
このような背後で動いているAIをユーザーに認識させ、さらにそのAIの振る舞いをユーザーに継続して受け入れさせる技術は、実は筆者の専門とするヒューマンエージェントインタラクション(HAI)の根本問題であり、まだまだ研究途上にある。今のところ住居型AIを開発しているメーカーは、壁やテーブルに丸いキャラクターを表示させたりしているが、そのような外見が妥当である根拠は希薄である。このAIの受け入れ問題は、多くの一般ユーザーがAIと永く付き合っていくという、今後ますます増えて行く状況において、初めて生じる本質的な問題なのである。
人工知能学会会長
山田 誠二
1960年、神戸生まれの神戸育ち。89年大阪大学大学院博士課程修了。工学博士。その後、大阪大学や東京工業大学を経て、2002年から現職の国立情報学研究所教授、総合研究大学院大学教授。他にも、東京工業大学特定教授。16年より、人工知能学会会長に就任。専門は、人工知能、HAIヒューマンエージェントインタラクション、知的インタラクティブシステムで、人間とAIの共存・共進化を目指す研究を行なっている。