街のコト

黒田 涼さん「東京にある江戸の〝記憶〟」

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私の仕事は「まちの記憶」の掘り起こしとそのご案内です。
東京のまちは徳川家康が江戸に入ってから400年超、それ以前の江戸城を築城した太田道灌や、「江戸」と言う地名の由来となった江戸氏などの歴史まで遡ると1000年近くの歴史を持つ大変古いまちです。
日本には京都・奈良というさらに古いまちがあるので、東京が古いまちだと意識することはあまりありませんが、たとえばアメリカには400年を超えるまちは皆無ですし、ヨーロッパでもこんなに古い首都はそうありません。地方出身者も多く、それほど長く住んでいる人が少ないせいか、東京では足元の歴史に関心が薄く、よく知らないという人がほとんどです。
これではまちに愛着を持ったり、まちの心配をする気持ちまで薄くなってしまいそう…。私は知られざる江戸・東京の歴史、史跡を掘り起こし、さまざまな土地の変遷を紹介して、東京への関心を盛り立てていこうと日夜東京のまちをご案内しているのです。

しかし日々東京を歩いていると、うれしい変化に気が付きます。というのも最近、新しいマンションやビルの中に、江戸時代など古くからのその土地の来歴や歴史を知らせてくれる建物が増えているからです。
もちろん「何か歴史的大事件があった」「古い遺跡が残っている」など、そういう場所には国や自治体が設置した案内があります。そうではなく、なんの変哲もない普通のマンションやオフィスビルに、江戸時代の地図やその土地を描いた浮世絵などが掲げられていたりするのです。それらは、その場所の歴史についてとても豊かな手がかりを与えてくれます。
江戸時代も末期には多くの地図が出版されていました。そうした地図の複製を建物の前に掲示することで、江戸時代に周囲がどんなまちだったのか想像することができたりするのです。
あるいは何かモニュメントを置く場合も多いです。駅だった広場にレールが埋められていたり、川沿いのビル前に、かつて舟をつないだ石が保存されています。詳しい説明はない場合が多いのですが、古き時代への想像がかき立てられてとても楽しいものです。

建物ができる前の段階から、歴史を強調するケースも増えているようです。マンションの売り出しチラシで「歴史」を売りにするものを目にしたことはありませんか? 大名屋敷や武家屋敷があったことを古地図とともに掲載して、「江戸の歴史を引き継ぐ」「江戸からの文化の薫る」などといった文字が躍っています。なぜこのように歴史がアピールされるようになったのでしょうか?
一つには大きな開発の場合、自治体が「歴史など文化的な情報を表示しては」とアドバイスすることがあるのかもしれません。建築確認申請などの際、やはりある程度の規模の開発では公開空地など、近隣への貢献を求められます。そうした一環もあるのでしょう。
また、近年の多くの地震災害以来高まった、土地への安心感を求める心理も考慮されていると考えられます。「江戸時代からの歴史がある土地は安心だろう」といったような。
しかしもっとも大きいのは、人々が土地や建物に新たな付加価値を求めていることではないでしょうか。立地や設備の快適性は当たり前。免震構造なども珍しくなくなりました。そうした中で、その土地に住む、働く上での精神的充足感がとても重視されているように感じます。テレビや時代小説で描かれた現場が実は足元にある。そう気づいて辺りを見回すと実にわくわくします。そうした心持ちに多くの人が気づき始めているように思います。
もっともっと多くの建物にこうした動きが広まるといいと願います。それはきっと、2020年の東京五輪を控え、訪れる多くの外国人にも「東京のまちはなんと歴史豊かなんだ」と思ってもらえる材料となるに違いありませんから。

エッセイスト
黒田 涼
神奈川県出身。大手新聞社で記者を務めるなどした後、現代東京に残る江戸の姿を探し出すおもしろさに目覚め、2011年に作家に。専門は江戸・東京の有形無形の歴史痕跡紹介。自称「江戸歩き案内 人」として、ガイドツアー講師も務める。各種カルチャーセンター講師、NHKはじめテレビ出演など多数。「江戸城天守を再建する会」会員。著書に『江戸・東京の事件現場を歩く』(マイナビ出版)、『おれの細道 江戸東京狭隘路地探索』(アートダイジェスト社)など。

月刊不動産流通2017年7月号掲載ƒ

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