暮らしのコト

ヒビノ ケイコさん「移住生活は「人」も環境」

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雨が今にも降りそうな空気。息子と並んで、こぐ自転車。水色、白、青、うす紫…。山に咲く花の淡い色が、風と一緒に通り過ぎていく。
「もう11年かあ…。早いもんだなあ」

京都から夫の実家がある高知県嶺北地方に移住した当初、寂しくてたまらなかった。昔話?と思うほどの山奥。まだ移住者はほとんどいない時期だった。地域の知人たちは親切にしてくれる。でも、「世間話だけがしたいんじゃなくて、もっと深い話や悩みも話せる仲間がほしい…!」と切実に感じた。
そんな感じで泣き暮らして1年、「こんなこと言ってても、誰も用意してくれない。コミュニティがないなら、自分でつくろう」と思い立ち、夫が仲間と共に始めた移住支援NPO「れいほくいなか暮らしネットワーク」を応援することに。その後、活動が広がり全国から人が移住してくるようになり、今や嶺北は毎年40組以上の世帯が移住する人気移住地にまでなった。

その体験を踏まえ、改めて移住生活がうまくいくポイントについて考えてみると、以下の3つが思い当たった。

 

その1・「人」も環境

都会では「住環境=物件&物件の周辺環境」という意識が強い。でも、田舎暮らしは“何部屋あって家賃が安い、景色がきれい”などの条件だけで選ぶと失敗する。
なぜなら、田舎では「その家のある地域」「そこに住む人との付き合い」もセットだから。「どんなコミュニティがあるか?」は、重要なポイントだ。閉鎖的な地域で価値観が合う人がひとりもいない場合、いくら自然や物件が
素晴らしくても、暮らしていくのは大変だ。特に子育て中だと、ママ友ができず孤独感がつのり、やがて鬱に…なんてことにもなりかねない。悩みなどの話もでき、協力しあえるコミュニティがあること。すでに移住者が多い地
域、地元の人と移住者がある程度うまくいってる地域だと、受け皿があって安心だ。

その2・「自分は田舎向き」だと思っていても「実は都会向き」の場合も

NPOの移住相談でよくあるのが、 本人は“せっかく移住するのだから山奥で”と希望していても、よくよく話を聞いてみると、「地方都市」向きだったという事例。山奥の集落は、その集落によって性質が全く違う。例えば、A集落は住民の結束が強く頻繁に集落活動があり、一方でB集落はもう少し都会的で集落活動は最低限。それぞれの暮らしを良い意味で放っておいてくれる、など。つまり、「自分には、どのくらいの付き合いの濃さが合っているのか?」を知る必要がある。その上で、地方都市向き・田舎のまちなか向き・親密な集落向きなど、自分に合う移住先を見極めていくことが必要だ。移住窓口や移住支援NPOなどでスペシャリストに相談し、地域に通って確かめてみると、マッチングの合った集落が見つかりやすいだろう。

その3・お客さまではなく、主体的にまちに関わる姿勢を持つ

最近は、全国の地域が特典を出して移住者争奪戦を行なっている。でも、だからと言って移住者が「住んであげている」と勘違いするとうまくいかない。「お客さまではなく、自分がどう地域に貢献できるか?」。移住生活を長続きさせている人の中にはこういう意識がよくみられる。
もちろん、村の風習にそのまま合わせることはない。でも、自分が協力できることがあれば、協力していくこと。
移住者と地元民が組み合わさって、これからの村がつくられていく。リアルタイムでその様子を楽しみつつ、自分らしく現代の田舎で生きるのが、移住生活の面白いところなのだ。

 

私は毎月、都会に出張して講師のお仕事をしている。田舎と行ったり来たりの暮らしの中で、都会ならではの刺激やプライベート感が「ラクだな」と思うこともある。だけど、田舎に帰ってくると心底ほっとする。肩書きや経済や能力…そういうものを関係なく「けいこちゃん、おかえり」と、そのまんま受け入れてくれる人たちが暮らしているから。
地域性と暮らしが密接に関係し合っている移住暮らしは、面倒くさい。けれど、都市のように個々の暮らしが分断されている場所にはない懐の深さがある。その一員になるために必要なのが、今日紹介したポイント。もし皆さんのところに移住希望者が訪れたら、アドバイスの参考にしていただけたら幸いだ。

エッセイスト・日々(株)代表
ヒビノ ケイコ
1982年大阪生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。「地域と自然の中で子育てしたい」という思いから、2006年に高知の山奥、嶺北地方に移住。「自然派菓子工房ぽっちり堂」ネット通販店、山カフェをオープン。16年、全国での大人の学び舎「ぽっちり舎」を開始。どんな場所でも自分を持って仕事と暮らしをつくること、表現、女性の生き方、移住や地域活動などをテーマに、自分らしいライフスタイルをつくる講座を提供しており、全国からの参加者に好評を得ている。著書『山カフェ日記』(Live design研究所)、共著『自由になるトレーニング』(Evolving)など。

月刊不動産流通2017年9月号掲載ƒ

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