家のコト

板橋 祐己さん「切手収集家の家探し」

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一戸建てを買うか、マンションを買うかは切手収集家にとって大きな分かれ道になるという。

私は小学3年生のときに切手に興味を持ち、中学2年生で本格的に収集を始めた。そんな私が家を持つことを意識し始めた30代の初め頃、切手の先輩方に「都心から多少離れたところで一戸建てを探すべきか」、あるいは「職場まで1時間以内のところで、手ごろなマンションを探したほうがよいのか」を相談してみたことがある。すると、一戸建てを強く推す人もいれば、マンションを勧める人もいたが、お互いの話に耳を傾ければ傾けるほど、住宅というものはその後の切手収集を決定づけるほどの重大な選択だということに気付かされた。

「切手なんて小さな紙きれなのに、なぜ住宅が大事なのか」と思う人は、一度切手収集家のイベントに出かけてみて欲しい。切手ショップといえば、切手が1枚ずつ値段付きで整然と並び、販売されているのを想像するかもしれない。もちろんそういう取引きが主流でもあるのだが、その一方で切手はひと山いくらで取り引きされることも多い。使用済みの切手が1㎏2000円といった金額で量り売りされることもあるし、中には切手入りのバインダーの1冊単位、あるいはみかん箱1箱分といった単位の商品も珍しくはない。切手収集は意外なほどスペースが必要になる趣味でもあるのだ。  加えて、切手収集という趣味にどっぷり浸かり始めると、多くの専門文献やカタログ類が必要になり、国内外の切手雑誌やニュースレター、オークション雑誌なども週に2、3誌は届くことになる。これもなかなか侮れない。年月を重ねると相当な量になってしまうのだ。

その点でいえば、一戸建てに住むべきとする人の言うことは明快だ。一戸建てであれば、庭に物置を設置するなど、いろいろとスペースのやりくりができるし、マンションでは共用スペースに当たるようなところも気にせず利用できる。階段の裏や屋根裏・縁の下などの収納スペースが、切手収集の強い味方になってくれる。みかん箱単位で売られている商品でも躊躇せずに手を出すことができるし、家に届く切手雑誌の保管場所にも困らないので、品物も情報も獲得するチャンスを逃さないのだという。

参考までに、自分の体重の3倍くらいの古切手を見て初めて一人前になるという話がある。それを教えてもらった高校時代の私の体重は67㎏だったので、その3倍は約200㎏。つまりみかん箱に換算して20箱分くらいの古切手をしっかり観察することで、ようやく“切手”というものを理解できて、印刷ミスなど何かしらのエラーを含む「お宝切手」が発生する頻度も感覚としてつかむことができるというのだ。そこで私は当時、一念発起して、まずはみかん箱8箱ほどの古切手を買い込み、自分の部屋でせっせと整理してみた。当時を思い返してみれば、みかん箱単位で古切手を買うことができたのも、私の実家が一戸建てだったからである。もっとも私の両親はしばらく機嫌が悪かったけれども。

一方で、マンション住まいを勧めてくれた人の意見も傾聴に値する。マンションは一戸建てに比べて、スペースの上では絶対的に不利であり、だからこそ、切手は基本的に1枚1枚を吟味して買うことになる。仮にみかん箱単位の商品に手を出したとしても、短期間のうちに自分のコレクションに必要な切手だけを選び出して、残りを処分しなければならない。切手雑誌も一度読んだらもう二度と読み返さない気持ちで臨み、自分の頭というハードディスクの中に記憶するくらいの覚悟が必要だ。どうしても読み返したい記事は厳選の上スクラップにして、あとは古紙回収に回してしまう。こうしたマンション暮らしならではの制約の中にこそ、収集家としての個性、知性、創造性が生まれてくるというのだ。

いずれも切手収集という趣味の本質を突くような深い話であり、一戸建て住まいにもマンション住まいにも一長一短がありそうだ。 しかし、こうして趣味と住まいについてあらためて考えてみると、そもそも住まいというものは人の行動や考え方の表れであり、逆に住まいが人の行動や考え方を規定するという両方のベクトルがあるのではないかなどと、少し哲学的なことに思いが至った次第。 ちなみに現在、私はマンション住まいだ。

 

切手収集家・ライター
板橋 祐己 いたばし・ゆうき
東京外国語大学卒。都内でサラリーマンをしながら、切手収集・郵便史を得意とする専門ライターとして活動。2013年に第28回住野正顕賞受賞。15年に(公財)日本郵趣協会の公認審査員(伝統郵趣・郵便史)、関東地方本部理事に就任。郵便史研究会所属。総合情報サイトAll Aboutで切手収集ガイドも務める。著書に『ビジュアル世界切手国名事典』(日本郵趣出版)シリーズ3巻がある。

月刊不動産流通2016年2月号掲載ƒ

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