(OVO オーヴォより)

今年を反転、攻勢から再成長の一年と位置付けるキリン。もちろん土台のビール事業がその反転の中核で、これまでのビールにとらわれない自由な発想の「新価値創造」を掲げ、新たなビール文化づくりに取り組んでいる。
歴史と伝統のキリンがいまなぜ新価値創造か。背景には、若年層のライフスタイルの変化を把握しきれなかったという思いがある。
キリンビールの土屋義徳・商品開発グループマネージャーは「若い人から見ると、業界がこれまで振りまいてきた、仕事終わって、お疲れ様、カンパーイというビールのワンパターンのイメージは相当滑稽だった」と苦笑する。
「画一的な飲用シーンの提案が多すぎた」
2014年11月からセブン&アイグループの店舗で発売している発泡酒「キリン フレビア レモン&ホップ」(300?、アルコール分3%、店頭価格税込み213円)は、そんなワンパターンを断ち切る、新価値創造の「申し子」といえる新商品だ。
これまでの容器のイメ―ジを一新した点が最大の特徴。女性も手に取りやすい見た目すっきりの細身の瓶で、色はグリーン。パーティーなどのテーブルにワインと一緒に並べても違和感なく映えるデザイン。
もちろん大事な味わいも、若者に抵抗感なく受け入れ、しかも適度な刺激で満足度も高い程よい苦味に仕上げている。醸造を何回も繰り返して味を吟味した。「単なる苦味でなく、そこはかとなく感じる苦味。かといってジュースのような甘い味でもない」(土屋氏)新感覚の苦味を追求した。
土屋氏は「フレビアは、ビールに食指を動かさない若い人に飲んでもらうため、味覚はもちろん、特に、容器のデザインを工夫した。若い人は、ビールを単に喉を潤すだけのものではなく、自己演出のツールとしても使っている。フレビアのデザインが、格好良いという感じで飲んでもらっている」と予想通りの手応えに満足気だ。
さらに予想を超えた嬉しい反応もあった。ビールなどお酒にある程度たしなみがある30歳以上の主婦たちの反応で、彼女たちが好む新しいビールのイメージに、フレビアの洗練された装いがぴったり重なったのだろう。
例えば、ママ友たちのパーティーでフレビアがよく飲まれているらしい。従来は「ビール、お呼びでない」というシーンの狭き入り口を、「細身」のデザインを生かして、するりと浸透した感じだ。おしゃれに着飾ったママ友たちが手にとっても場の雰囲気を崩さないどころか、場を華やかに彩る演出ツールとして重宝しているようだ。
またパーティーの手土産として、フレビアが手ごろという声も寄せられている。「ちょっとした手土産にするアルコール類があまりなく、ワインじゃ高すぎるという人たちにとって程よい感じを与えている」。デザイン重視が主婦らの好みに刺さり、これまで見えなかった新たな市場が広がりつつある。
新価値創造は単なる新商品の展開だけにとどまらない。インターネット通販サイト「ロハコ」で、発泡酒「キリン オフホワイト」(350?缶、アルコール分3.5%)のテスト販売も始めた。これまでの既存の販売網とは異なる、ネット通販独特の消費行動の把握に努め、今後の商品開発に生かしていくつもりだ。目的買いかどうか、購入日・購入時間はいつか、「オフホワイト」と一緒にどんな商品を一緒に買っているかなど、いわゆるビッグデータを解析していく。新価値創造にとっては消費者の心をつかむための、まさに「宝の山」。土屋氏は「データを見ると消費者の飲用シーンが浮かんでくる。新価値創造にフィードバックする」と意気込む。
キリンが今春、東京、横浜にオープンする小規模ビール工房「スプリングバレーブルワリー」も新価値創造のための大事な拠点の一つ。同社にとって「原点回帰」の施設ともいえる。
理想のビールを目指してさまざまな種類のビールを造り、その場でお客に提供し、その反応をつかむ。民間有志の小さな工房からスタートしたキリンの「丁寧なものづくり」のDNAに立ち返る。原点に立ち返ってこその新価値創造なのだろう。養分なき土壌の木はもろくて弱い。同工房育ちの個性的なビール群が、新価値創造を支える豊かな養分となるはずだ。
ビール市場は全体で見ると弱含みで、明らかに需要が減っている。でも、土屋氏は悲観してない。
「市場のボリュームは減っているが、バリュー(新価値)を求める部分は増えている」
キリンが、量を競うシェア争いだけでなく、人々のライフスタイルの変化に即した「ビールの新作法」に知恵を絞る理由がここにある。ビール好きはもちろん、ビール無関心派・ビール嫌いも、今後のキリンには期待してよいかもしれない。