家のコト

枝元 なほみさん「樹に癒される家」

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「私は住宅運がいいんですよ」。家を褒められるとつい言ってしまう。

たいていの場合、「男運の悪い分が全部、住宅運に回っちゃったんですよ」とその後に続けるが、ほとんどの人は当然ながら、そんな言葉を聞いても「リアクションに困るよねえ」という顔をする。わかっちゃいるけど、つい言ってしまうんだな。誉められた照れから出る言葉なわけで、申し訳ない。でも男運が悪いのは多少真実に違いないとの自覚はある。まあ、これもどうでもいいことで、再び申し訳ない。

現在の住まいは、まちなかの築40年の古いマンション。日当りのよい窓は大きく、昔風の余裕のある造り。坂の途中ながら、道路を挟んだ向かいには大使館の大きな樹々が茂っており、寝室の裏窓からもそれらが借景できる。
購入のきっかけは、新聞の折り込み広告。売りマンションの間取り図の中に木のマークを見つけて、ついその不動産屋さんに立ち寄り、その日のうちに購入を決意した。何しろこの決断の早さが不動産屋さんに好印象だったようで、契約もスムーズに進んだ。
以来10年、いろいろな出来事が起こったような気もするけれど、マンション自体には満足して、まあ穏やかに暮らしている。

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ベランダから眺める樹々の様子

このマンションとの出会いでわかったことがある。
「山と海、どちらが好き?」「どっちの近くに住みたい?」と聞かれることはないだろうか? 私はこれまでに何度も聞かれ、その際、どう答えたものだろう、と考え込んでしまうことが多かった。私はどっちが好きなんだろう。

横浜生まれの祖父は船乗りだった。子供の頃は逗子や江ノ島に泳ぎに行った。千葉に住む親戚を訪ねた夏休みには、海沿いの町の細い路地が小さな貝殻で埋まっていた事に感動したのを覚えている。だから漠然と海はいいなあ、と思っていた。
でも、そういえば山の記憶だってある。やっぱり夏休みの記憶だ。母の友人家族と高原に出かけて夕方の景色の美しさにうっとりした。たくさんの赤とんぼも見た。大人になってネパールを何度も旅して、ヒマラヤの雪景色に泣いた事もあったっけ。リタイアした父は山を見て暮らしたいと、弟の結婚を機に住んでいた家を譲って母と2人、車の移動が頼りの山の家暮らしを始めた。登山は苦手だけど山もなかなかいいよなあ、なんて…。
長らくそんなどっちつかずの状態だったけど、今の住まいを見つけたとき、はたと膝を打つようにしてわかったのだ。私は、山とか海という区別ではなく、樹や森が、樹々が茂る景色が好きなのだと。

樹との暮らしには生き物とのふれあいもある。これも私にとって大切なこと。いつも向かいの樹々に面したベランダの張り出しで、スズメにえさをやっている。こんなまちなかなのにスズメがやってくるのは、きっと樹があるおかげだ。このスズメがとてもかわいくて見てて飽きない。人でも猫でもスズメでも象でも、生き物が何かを食べているのを見るのが大好きだ。料理が天職だった、と確信する瞬間でもある。

料理研究家という仕事柄、一日中リビングの一角にあるキッチンに籠もらざるを得ない生活。ちょっとオーバーだけど、「まあいいか、なんとかなるか」と思わないと続けられないときがたびたびある。こんなとき、この自然の癒しの力がどれくらいの助けになることか。まちなか暮らしの仕事漬けでもなんとかバランスを保っていられるのは、目の端でいつも窓の外の樹々やスズメを見ているからだと思う。
そう。頭の中で考えているだけだとヒートアップして息詰まるけど、実は、樹の見える家は、私にとって、「自分だって、ご飯を食べることで生きている生き物。自然の一部だから自然に生きればいい」と思い出させてくれる場所なのだ。こうして考えるとやっぱり私って住宅運がいいと思えてくる。

 

料理研究家
枝元 なほみ  えだもと・なほみ
神奈川県横浜市生まれ。明治大学文学部卒業。1981年より劇団転形劇場研究生として、役者をしながら無国籍レストランに8年間勤務。劇団解散後、フリーの料理人となり、女性誌や新聞、テレビなどでアイディアあふれる料理を紹介するように。2011年に、「食」を考えるには農業や漁業などの生産の現場を支えることが必要だと(一社)チームむかご(http://mukago.jp)を設立。ホームレスの自立を支援する雑誌「ビッグイシュー日本版」に、隔月でレシピとエッセイも連載中。

月刊不動産流通2015年1月号掲載ƒ

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