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あんがちょクリスタル

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「あの人、エイガカントクなんだよ」
 映画監督などという人種に出会ったのは今夜が初めての拓三だ。
「だから金貸すの?」
「まだ若いからお金ないんだよね」
「それで、貸したの?」
「貸したよ」
「元カレだから?」
「違うよ」
 巡は拓三の視線を正面で受け止める。
「タクゾー、あの人は自分の映画をつくるためにお金がいるんだ。だから貸す。何かをつくるためにはお金がいる。あたりまえのことさ」
 拓三は巡のいうことが理解できた。彼女も何かをつくる人なのだ。だから、あの男と巡は深いところでつながっているのだと。
「もしタクゾーが何かをつくるために必要な金なら、あたしが貸してやるよ」
 拓三はこれまで、こんな風に巡と真剣な話をしたことはなかった。巡の中に潜むパワーに触発されて、拓三は巡やエイガカントクの側に自分も行きたいと思った。
「あんがちょ、メグル」
「こう見えてもあたし、けっこう金もっているんだから」
「知ってる」
「それにタクゾー、あんた、けっこう絵かけるじゃん。見直したよ」
 iMacを指さして巡は言った。
「それって……まさか、見たの?」
「当然じゃない。あんたのパスワードなんて五秒で解けるよ。takuzo0302。名前と誕生日の組み合わせは危険だよ」と言い放ってから高笑いする巡だ。
 ショックだった。拓三は顔から火が出るほど恥ずかしい。パソコンの中には、明らかに巡とわかる女をモチーフにしたイラストがたくさんあったからである。
「ちゃんと続けるんだよ。タクゾー」
 うつむいたままの拓三には、ふがいない自分に別れを告げて自立しろと巡が言っているように聞こえた。
「それとね。あたし引っ越すから。来月」
 顔を上げる拓三。
「やっとお金が貯まったんだよ。もっと広い部屋を借りていい作品をつくるんだ」
「うん」そう答えるのが精いっぱいの拓三だ。巡がいなくなってしまう現実をなかなか受け入れることができない。
「そんな捨てられた猫みたいな顔をするなよ。いつでも会えるさ」
「……うん」
「タクゾー、おたがいにがんばろうよ」
「うん」
「あたしも本腰入れてホンモノになるから」
「ホンモノ?」
「そう、これまではニセモノばかりつくって金にしてきたから、これからはホンモノをつくる」
「ホンモノ……メグル、何がいいたいの?」
 巡は拓三の質問に言葉で答える代わりに、左耳のピアスからイヤリングを外して拓三に渡した。金色の金具が付いた透明の小さなキューブ。拓三はそれを電灯にかざしてみる。

あんがちょクリスタル

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