テーマ:お隣さん

あんがちょクリスタル

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「それじゃメグルさん。これから合鍵をつくりにいきましょう」
「合鍵?」
「だって僕の部屋を使うなら必要でしょ」
「そんなのいらないよ。ベランダから出入りできるから」

 布団の中で拓三は、あれからずっと巡のペースだった、と改めて実感していた。一人暮らしのはずが一人暮らしではない。かといって同居でも同棲でもないないこの中途半端な生活を拓三は気に入っていた。東京に友人がいない拓三は巡のおかげでこの数か月寂しさを感じなくなった。
 おもむろに拓三は起き上がり、押入れからバスタオルを出して敷布の上に広げた。次にベッドの下に転がったティッシュボックスを枕もとに置く。再び布団にもぐり込み、トランクスに手をかけて引き下ろす。
 こうして自分を慰めることが日課になっていた。そのことを巡に感ずかれないようにするために、バスタオルは常に二つ折りにするようにしている。リアルな巡は手強すぎて拓三がかなう相手ではなかったが、想像の中となれば話は別だ。巡を性の対象として扱うことができる、とても短い拓三ひとりだけの時間が始まろうとしていた。
 その時、携帯が鳴った。拓三は舌打ちしてスマホの画面を見る。メールが届いている。発信者名はkondoだ。

 朝七時の新宿西口。この時間だと出勤する人たちはまだ少ない。高層ビル横の歩道に十四、五人の一団が輪を作っていた。学生風の若者が多いが中には三十台か四十台の男も数名いた。三割ほどが若い女の子だ。全員がおそろいの白いビニールジャンパーを着ている。背中にはCMでおなじみの通信会社のロゴがシルバーで刷られていた。拓三の姿もその中にあった。皆一様に吐く息が白い。特に女の子たちは短いスカートなので一層寒そうだ。
 輪の中心に汗をかいて熱弁を振るう男がいる。この男だけ白いジャンパーを着ていない。黒くて細いスーツ姿だ。頭は五分刈りで太い眉と細い目が印象的なこの男が近藤だった。近藤は手に持ったチラシを振り上げて一団に檄をとばしている。そんな近藤を見る拓三の視線は冷ややかだった。

 近藤と拓三は高校の同級生である。特に仲が良かったわけではない。卒業後ふたりは上京し、拓三はデザインの専門学校へ進み、近藤は世田谷にある低ランクの大学に進んだ。同郷の仲間が集まる飲み会で数回顔を合わせたが、拓三が専門学校を中退してからは疎遠になった。
 近藤と久々に再会したのは半年ほど前、ちょうど今のアパートに引っ越す少し前だった。池袋の風俗街でばったり会った。ふたりに連れはなく、こういった場所を男一人で徘徊しているということは何が目的なのか、お互いにすぐにピンと来た。

あんがちょクリスタル

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ