あんがちょクリスタル
二割引きのヒレカツ弁当を買ってアパートに向かっていた拓三は、小さな公園の中に梅の木を見つけた。つぼみが膨らんでいる。まだ寒い日は続いていたが、春が着実に近づいていることを実感した。近藤の下で仕事はしていたが、ひと月ほど前に中古のiMacとペンタブレットを買った。時間があるときにはイラストを描いていた。もう少しアプリケーションを使いこなせるようになったら、デザイン会社に履歴書を送ってみようと思っていた。
鍵を開けて部屋に入る。電灯のスイッチを押して、ただいま、という。弁当を座卓の上に置いて、めぐる、帰ったぞう、という。反応がない。ベッドを見ると巡はいなかった。今日は早く起きて仕事始めたのかな、などど思いベランダに向かい、ガラス戸を開けて巡の部屋の様子を伺う。
拓三は仰天してエアコンの室外機に頭をぶつけた。巡の部屋のベランダに男がいたからだ。長身で神経質そうな男がタバコをふかしていた。目が合った。男は小さく会釈すると、ゆっくり、「こんばんわ」という。拓三は完全に気が動転して「こんちゃーす」と茨城弁で返した。男は少し微笑むとズボンのポケットから携帯灰皿を取り出してタバコをもみ消した。拓三にもう一度頭を下げてから巡の部屋に入っていた。
茫然自失状態のまま部屋に戻ると座卓の前に座り込む。巡と知り合ってから半年になるが、男が出入りしたのを見たのは初めてだった。たまに年配の女性が来ていたのは知っている。巡によれば彼女は巡の商品を大量に捌いてくれるバイヤーだとのことだった。
それにしても、と男のことを思い返した。
何か怪しい雰囲気の男だ。物腰は穏やかだが、どこか冷酷な気配がある。それにあの身長はおかしい。百八十五はあるじゃないか。巡とは絶対にに釣り合わん
……などと勝手な妄想をしていると、サッシのガラスを叩く音がした。
巡だった。ガラス戸を引くと顔を出して「こんちゃーす」といってから部屋に入ってくる。
巡は拓三の向かいに座った。
「メシまだだったんだ」弁当が入ったポリ袋の中を覗いていう。
「メグル、あの人は……」
「帰った」
誰なのか聞きたかったが拓三にはきけない。
「前の彼氏」拓三の心は読まれている。
「そうなんだ……」
なんとなくそのような気はしていた。拓三には巡と色恋は結び付かないが、普通にみれば巡はかなりいけてる女なのだ。男関係が無いほうが不自然だ。
「お金貸してくれって」
色恋から現実的で生々しいことに話が変わって拓三は混乱する。
あんがちょクリスタル