テーマ:お隣さん

あんがちょクリスタル

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 これが拓三の部屋を利用する理由だった。といってもここはゴミ屋敷ではない。むしろ逆だ。この部屋はキラキラと輝く美しいもので溢れている。複雑な刺繍が施されたカラフルなバッグ、宝石のようなアクセサリー、緻密に彫刻された木製の額縁。ステンドグラスを使った華麗なランプシェード。製作途中の物、完成品、部材、部品、それらが部屋中に散在していた
 巡は、部屋の中央にある木製の作業机に向かう。スチール製の椅子に座り、アーム型のスタンドに明かりを灯す。机の上に散らばったキューブ型のガラスや金属片に光が当たる。巡は耳にイヤホンを押し込みiPhoneを操作する。流れてくるのはロブ・ゾンビのLiving Dead Girl。
「さて、はじめるか」
 気合を入れて巡はラジオペンチを手にした。彼女の仕事はハンドクラフト・アーティストである。
 拓三は巡に昼間だけ部屋を自由に使わせていたが、二人の関係は隣人以外の何物でもなかった。男と女の関係はなく、金の貸し借りがあるわけでもない。姉弟でもない。昔からの知り合いでもない。
 拓三と巡が知り合ったのは四ヶ月ほど前である。

 夏の暑い日だった。拓三がこのアパートに引っ越してきた日の夕方、梱包していた荷物を段ボールから出し終わり、一息ついているとドアをノックされた。ドアを開けると、巡が立っていた。その時の印象は、なんてちっちゃいんだ、である。
「あたし、となりに住んでいるものだけど」
 拓三は恐縮して最初に謝る。「すみません。うるさくしましたよね。今日引っ越してきたカワモトです。さっき伺ったんですが、お留守のようでしたので……」
「いたよ」
「は?」
「部屋で仕事してたんだよ」
「……すみません」謝りながら、言葉遣いが女らしくない、と思った。
「いいよ。全然気にしてないから。あたし仕事中はずっと音楽聞いているから他の音なんて気にならないの」
「はあ」
「それよりカワモトさん」といって巡は拓三の部屋をのぞき込む。
「……はい」
「あなた今日の引っ越しで段ボールの空きがずいぶんでたのではないですか?」
「……多少は」
「よろしい。あたしがそれを引き取りましょう」というと勝手に部屋に上がり込んだ。戸惑っている拓三など眼中にないようだ。巡は拓三が適当に潰した段ボールを畳み直し始めた。手際が良い。膨れていた段ボールが平らになって二十枚ほどがコンパクトにまとまった。拓三は感心した。
「ずいぶんと慣れてますね。ひょっとして引っ越屋さんですか?」

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