テーマ:お隣さん

あんがちょクリスタル

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「エンドウメグル。メグルでいいよ、これからは。カワモトさんもこれからはタクゾーと呼ぶから」
 国道沿いにあるファミレスで、ヒレカツ定食をご馳走になった拓三はひとつ疑問を解決したが、その引き換えに名前を呼び捨てにされることになった。年齢を聞くと、拓三よりも二歳年上だった。
 巡はペペロンチーニを食べている。パスタを綺麗にフォークに巻き取り、優雅に口に運ぶ様を見ながら拓三は言葉遣いの悪さとのギャップに戸惑った。
 巡の仕事がアクセサリーや置物を手作りするハンドクラフト・アーティストであることもわかりショーヒンが商品であることも理解できた。
「メグルさん。それは儲かるのですか?」疑問を率直に口にする拓三だ。
「いい質問だ、タクゾー。いっこいっこの単価は安いけど、チリも積もれば何とかさ。さっき出荷した段ボール十箱でいくらだと思う?」
「そうですねぇ」女性が好む装飾品や雑貨の値段などまったく思いつかない拓三だったが、あてずっぽうで「十万円ぐらいでしょうか」と答える。
「バーカ。それじゃ生活できないよ。材料費払ったら赤字だろうに。四十万だよ」
想像をはるかに超える金額だ。
「そ、そうですか。……あれだけつくるのに時間はどのぐらいかかるものなのでしょう」
「そうねぇ。だいたいひとつき」
となると、年収で四百八十万になると拓三は計算した。目の前のちっちゃな隣人が高額所得者であることが判明して溜息がでる。
「といっても材料費はかかるし、ひとつひとつ手作りだから重労働さ。目はしょぼしょぼするし、肩は凝るし、なにより材料と商品がいっぱいで寝る場所がないのが一番つらい」
 そこで巡は自分の部屋の事情を説明し、拓三が不在のとき仮眠するために時々部屋を使わせてくれないかと言い出す。ほとんど初対面の男にそのようなことを頼む巡に、拓三は半ば面喰い半ば呆れた。だが、拓三はその常識外れな願い事をその場で了承した。拓三は一週間前に巡と出会った時から彼女が好きになっていた。今日、彼女についてのことを知るうちに、その気持ちははっきりしたものになっている。といっても異性に対する恋、とはいえない。どこか違う。拓三には巡とつきあう自分が想像できない。性を超えたところで巡のキャラに魅了されていたのだ。また、少し年上の巡は拓三が幼いころから欲していた、しっかりものの姉、なのかもしれなかった。
 拓三はその名の通り三男だ。兄が二人いる。長男は水戸にある実家で家業の水道修理業を継いでいる。次男は中学の教師だ。暴走族のリーダーだった長男と秀才だった次男。三男の拓三はというと、何の肩書もなかった。あるとすれば、川本さんとこの末っ子である。自分を主張することが苦手な拓三は、自分の代わりになんでもテキパキ決めてくれる擁護者のような姉を求めていた。

あんがちょクリスタル

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