テーマ:お隣さん

あんがちょクリスタル

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 連れだって、この界隈で一番安いと思われる居酒屋にはいった。近藤はこの春大学を出て就職していた。そのころ拓三は日雇いや短期のアルバイトをつないで何とか生活していた。肩身が狭く、酒がまずかった。近藤が勤める会社はセールスプロモーションを支援するとかで、そのための人材を募集しているという。聞いたことがない社名だったが、近藤によれば徹底した実力主義で、結果を出せば若くても高給が貰えるらしい。
「お前も稼いでるのけ?」と拓三が聞くと、
「けっこういけてるわ。同期の中ではでぎる男さ」といって太い眉をぴくぴく動かす。拓三は感心して同期は何人いるのか聞いた。近藤はホルモン焼きの串を三本差し出す。拓三が、はあ?という顔をすると、
「四月の時点では十二人いたんだけどな。根性の無い奴は脱落するっぺ」と言ってからホルモンを頬張った。
「ところでお前、ぶらぶらしてんなら俺の仕事手伝わんか。スタッフ足んないんだ」といって、またホルモンを頬張った。

 そんじゃ解散!と近藤が言うとスタッフは輪を崩して四散する。それぞれの持ち場は決まっている。拓三が担当するのは駅前のカメラ店が並ぶ一帯だ。チラシとティッシュが山盛りのカゴを抱えてその方角に向かって歩き出した時に肩を叩かれた。
「タクゾーわりいね。とんずらこいたやつがいいてさ。こんなとき頼れるのはダチのお前だけだから」と言い残し、足早に駅に向かう近藤だ。近藤は常にノルマに追われていた。慢性的に不足するスタッフを補充するために、これから奔走するのだろう。
 拓三は今日は非番の予定だったのだ。二週間ぶりの休日が昨夜のメールで消滅した。こういったことはこれまで何度もあった。近藤は友達を自分の都合に合わせて利用しているだけなのだ、と拓三は見切っていた。セールスプロモーションとか言っても、やることはビラまきとティッシュ配りだ。拓三の立場を要約すると、ブラック企業の一兵卒として働く友人の下で搾取される奴隷ということになる。
 ふと、巡のことをが思い浮かぶ。
 巡は立派に自立している。組織の力に頼らず、自らの才能を活かして金を稼いでいる。それに比べて俺は……。何かをしなければならない。何かを始めなければならない。でも、その何かが見つからない。やっはり俺は、ごじゃっぺだ。
 そんな思索にとらわれている拓三の眼前に、オフィスに向かうサラリーマンやОLの大群が押し寄せてきた。拓三は思索をやめてカゴからポケットティッシュを取り出す。

あんがちょクリスタル

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