壁のむこうの色
翌日。お隣さんが突然チャイムを鳴らしてやってきた。
「柊也君」
いつも明るい笑顔のお隣さんは、今朝はすごく緊迫した顔つきだった。
「大丈夫?」
「なにがですか、大丈夫ですけど」
「優也君と、さくらちゃん。いるの?」
すると奥から優也がばたばたと駆けてきて「おとなりさ~ん!」と元気よく抱きついた。昨夜のことはもう忘れてしまったかのように元気な優也。
「柊也君。ちょっと、いいかな?」そう言って部屋を覗こうとしたから、急いで扉を閉じた。どうして見せなきゃいけないんだよ。
「なんですか」
「みさは学校に行ったし、だいちも幼稚園に行っていないけど、ちょっとうちに来ない?」
「やったぁ! いくいく!」と優也が飛び跳ねる。止める間もなく隣の家へ駆けていってしまった。仕方なく起きないさくらを抱きかかえた状態でお隣さんの部屋へあがった。自分が奥まで入るのは初めてだった。玄関から見るよりもずっと、暖かくてカラフルでいい匂いで、ものすごくいい部屋だった。だから、ものすごく居心地が悪かった。
「怪我してない?」
真剣な顔でそう訊く。
「騒いですいませんでした」
今までの近所トラブルは全部この嵐が原因だった。
「殴られたの?」
「ふたりですか? 殴られてないですよ。親父は物にあたるだけです」
「ふたりは幼稚園にもいってないでしょう? いつも昼間子供だけで家にいて……。それも、すごく気になってた」
「幼稚園は義務じゃないですよ」
「そうだけど、小さい子だけで家に長い時間いて、それって」
「じゃあ、自分が高校辞めて一緒にいたほうがいいですかね?」
怒るように言ってしまった。カラフルで明るい部屋に押しつぶされそうだった。
「なんでそんな口出しするんすか。関係ないじゃないですか。警察に通報とかまじでやめてくださいよ。そんなん前からいろいろあったけど解決したことないし、逆に面倒なことになってさくらや優也はもっと苦しい思いするんです。それに引き離されるのはごめんだし、自分たちなりに頑張ってやっていってるんで迷惑だと思いますけど我慢してくれたら嬉しいです」
「あのね、柊也君」
お隣さんはずっと真剣だった。
「逃げるって道も、あるんだよ」
逃げる?
「頭にないかもしれないけど、頑張ってやっていく以外にも道は、方法は、あるから」
「児相とかですか。だから、引き離されたりするのは嫌だし、あんな家でも頑張ってやっていきたいって……」
……思っているんだろうか、さくらと優也は。
壁のむこうの色